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寒空の下の公園で



落ち葉もない公園は殺風景で、見続けるのも躊躇う。

公園にあるペンキの剥げたベンチには、先着がいる。白髪(しらが)のない頭の男はベンチに座って下を向いているから、あたしには顔を確認出来ない。しても意味はないけどな。

男が纏う空気は何だかどんよりしたていて、殺風景な公園の一部みたいに見える。

入り口に棒立ちになっているのに気づいて足を動かす。何時までも男を観察していたら、危ない人扱いされそうだし。


歩きながら耳にあてていた携帯を閉じる。携帯を手のなかで転がして、あの子が一人でここまでこれるか心配になる。

まあ、土地勘がない訳じゃないから大丈夫だと思うけど。

足はベンチに向けて一直線に歩く。

ベンチに座っている男は下を見ているからあたしには気づかない。表情的には、何か考えてるみたいだけど。

公園の湿った砂を踏みしめながら、最初にどう話かかけるか考える。人との関わりが極端にない人間には、初対面の人を前にして軽々と言葉は出てこないの。


「うぁっ」


滑った。あと三歩というところで水道水でぬかるんだ土に足を掬われた。ひっくり返るのを回避するために、滑っていない右足を前に出してバランスを保つ。

髪の毛をばさばさ揺らした所為で、目の前が髪で覆われる。髪の色は黒だったけど、学生時代に興味本位でブラウンに染めた。だけど染めたのは一度だけ。

そのあとは放置してたから、地毛の黒と染めたブラウンが一緒になっていてあまりキレイじゃない。

前髪をかきあげて前を向く。もちろんベンチに座っていた人は此方を見ていた。あれだけ一人で騒げば、いやでも目が向くよね。


「こ、こんニチハ」


声が途中で裏返る。やっぱり緊張しているらしい。いや、なんか人事っぽく言ってるけどそうじゃないんだよね。


「こ、こんにちは」


男も眉をひそめながらも返事を返してくれる。律儀な人だ。


「えっと、桃香、さんの親族ですよね。というか父親ですよね?」


「じゃあ貴方が『四季』さんですか?」


『四季』さん。これは本名じゃない。写真集を出すときに使ってた名前で、ペンネームみたいなものだし。いや、でも何であたしが四季だって知ってるのかな。調べた?まぁ、いいや


「いえ、四季は仕事で使っていた名前です」


「そうなんですか。あ、改めて申し上げます。桃香の父、沖野大樹(おきのたいき)です」


「初めまして。お電話をくださったのも沖野さんですよね」


「はい。あの、なんで私が桃香の父親と分かったのですか?」


沖野さんは不思議そうにしている。その表情は桃香に似ていて、どことなく懐かしく感じた。

桃香の父親だと思った理由は単純。ヒントは沖野さんがくれた電話の中で見つけた。

電話をしてきたとき、受話器越しに桃香のことを桃香『さん』と呼んだ。でも、あとからは桃香に敬称をつけなかった。敬称なんてそう簡単に忘れるものじゃない。初めて電話する相手に無礼がないようにするのは常識だ。しかも電話の理由が年頃の娘を家に連れ帰ってほしいとの理由だ。


「それと名前で呼ぶほど親しい大人なんて、なかなか居ませんから。一番大きい可能性としては、やっぱり父親かなって思って」


理由を一気に説明したから疲れる。会話なんて普段してないから口の中が乾く。

今まで黙って聞いていた沖野さんが、ぽつりと漏らした。


「それだけで、わかりますかね?」


「え・・・た、多分?」


自信満々で披露した種明かしで、そんなことを言われるとは思わなかったから語尾が弱腰になる。結局二人して首を傾げあった。

いや、こんなことしてる時間ないから。と自分自身につっこむをいれて、嘘っぽい咳払いをして話を戻そうと試みた。

あたしの考えが伝わったのか、沖野さんがベンチの隣を勧めてくる。普段のあたしだったら断るけど、今はそうもいかない。簡単に終わる話かどうか分からないし。


「・・・・・・・・桃香は帰って、いえ、会ってくれますかね?」苦虫をかんだような顔で、長い間のあとに聞いてくる。

それを聞かれるのは覚悟出来ていたから、すぐに答えを返せた。


「すみません。それに関しては何も言えないません。決めるのは、あの子ですから」


沖野さんが驚いたような顔でこちらを凝視してくる。桃香を説得していなかったことに怒ってるのかもしれない。


「本当にすみません」


頭を下げた。こんなに真剣に頭を下げたのも久しぶりだ。下げた瞬間に驚いたような声がした。声を発したのは、沖野さん。


「え、何でですか?顔を上げてください!」


最後は声のボリュームまで上げてきた。どうやらあたしの考えは外れているらしい。それでも桃香を説得しなかったのは事実だから、顔を上げにくい。最後にもう一度だけ頭を下げて、ゆっくりと顔を上げて沖野さんを見る。


「・・・えっ?」


今度はこっちが驚いた。沖野さんはさっきの不思議そうな表情とは打って変わって、泣きそうな、でも嬉しそうな、子供みたいな表情をしていた。あたしの声ですぐに申し訳なさそうな顔をしたけど、それでもその複雑な表情を消しきれてなかった。


「いえ、あの・・・嬉しかったんです。あの子を、桃香をそういう風に理解してくれる人がいることが」


「桃香を理解ですか?」


素直に聞くと、恥ずかしそうな顔をして少し俯いた。


「はい。恥ずかしい事ですが、私は桃香がいまいち理解出来ないんです。あの子になにをしてあげればいいのかも分からなくて、いつも迷惑ばかりかけていて」


この言葉を聞いて、納得した。この親子は表情だけじゃなくて、考え方もそっくりだ。分からない事を素直に聞けない。それはとても人らしくて、もどかしい。あたしは単細胞だから、ほとんど気にしないで分からない事を聞くけど。

あたしはそういう感情で悩んだ事がほとんどない。だから桃香にどういってあげればいいのか分からなかった。

でも、だから桃香にあたしは惹かれたのかもしれない。この公園であの子と話したとき、必死に何かを探してた。何かを掴もうとしてたんだ。


「素直に聞けばいいんです。どうすればいいか、教えて貰えばいいんです」


「でも、私はあの子の親です。親が大切な娘一人理解出来ないなんて、許されません」


あたしはそういう風に思えない。そんな空っぽなあたしが唯一手にしたのがカメラだったんだ。後先忘れて町中走り回って、写真を撮るためにシャッターを切った。カメラの何に惹かれたのか、今でも分からない。それでもカメラは手放した事がなかった。


「良いじゃないですか。子供を全て理解したい気持ちは大切です。でも全てを理解するなんて、誰にもきっと出来ません」


言い切ってベンチから立ち上がる。寒さの所為で足が痺れて動きにくい。ギクシャクした動きで振り返って、沖野さんを正面から見た。沖野さんは悔しそうに俯いてる。


こんな表情(かお)が出来るなら、大丈夫。きっと、ゆっくり進める


「私に出来ることなんてありません。でも、何かしたいんです。これは私の我侭です」


「ねぇ!」


後ろから声が飛んできた。声の主は顔を見なくても分かってる。あたしがこの公園にわざわざ呼んだんだから。


「待ってたよ、桃香」


桃香は少し前と同じ服装。ショートパンツにレギンス、その上にコート。それと紫色のリュック。あたしもあの時と同じ格好。

あたしが一歩ずれる。桃香が目を見開いて口をあける。思わず間抜けだなぁ、と思った。この子には、沖野さんが来ているとは言ってない。言ったら来てくれなそうだったし。

予想より速く公園に来てくれた。だけど引きこもっていたからか、息切れして苦しそう。

後ろの沖野さんも青い顔をしてる。いや、娘に会ってその顔はないだろう。

二人とも決闘でも始めようとしてるのか、一歩も動かない。仕方ないからあたしが桃香に歩みよって、手を握る。そのまま引きずるようにベンチに向かって歩く。桃香は暴れてようとしたけれど、それより先にベンチの前にたどり着いた。











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