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昔は今と違うかな?


写真はあたしの生き甲斐。

きれいな風景や愛しいものをひたすらに探した。空も海も草木も、沢山のものをずっと撮して生きてきた。

昔から周りを気にしないあたしにとって、世間体などどうでもいいもので、中学の時からずっと写真を撮り続けた。


「勉強をしなさい」両親は口をそろえてそう言い続けた。

「周りを見なさい」学校の教師のほとんどがそう言って叱ってきた。


それでもあたしは写真を撮った。何かを追いかけてたのかも知れない。でも人は撮らなかった。レンズ越しに見ようとも思わなかった。



『ねぇ、人物とか撮る気ない?』



高校一年の秋、赤い落ち葉を踏みしめながら、いつもの写真屋で現像された写真を貰った帰り道で声をかけられたら。


「その写真、見せてくれないかしら」


あたしの手元にあった写真屋の袋を指差してそう言ったのは、30前後くらいの女の人だった。スーツを着ていて、働いていますという感じを体で表現しているような人だった。

困るような事は無かったから、黙って袋を差し出した。女の人の冷たい指が袋の口を開けて、写真を見る。


「うわぁ、凄いわね。これ誰が撮ったもの?」


写真に目を釘付けにしたまま、そう聞いてきた。あたしは隠しもせずに答えた。この頃は正直だったから、面白い返答なんて出来なかったし。


「あたしが撮ったやつですよ」


そう言った瞬間に、目を写真から引き剥がしてあたしを見てきた。目を大きく見開いてて、鼻先は寒さのせいで真っ赤だった。鼻が赤いのはどうでもいいことだったけど。

何も言わないから、何か悪いことを言ったのかなぁ、とか│呑気のんきに考えてたら手を握られた。唐突だったからとっさに一歩引いた。あたしにそっちの気はないから。


「ねぇ、ウチで写真撮らない?」


「はい?」


目を輝かせて女の人はそう言ってきた。最初は意味が全くわからなかった。

その後は引きずられるように近場にあった喫茶店に連れ込まれた。長い話の結果、女の人は篠宮伊織(しのみやいおり)さんという名前で、写真家のスカウトをしていたと言う事を知った。


「君の写真、すっごいわよ!!写真集とかにしたら絶対売れる!だから私たちの事務所に来てくれない?あぁ、すぐにとは言わないわ。時間があるときに顔を出してくれればいいの」


周りにも将来にも勉強にも興味の無かったあたしは深く考えずに答えた。売れるとか、将来に繋がるとか、全く考えなかった。


「はぁ、時間が出来たら、行きます」


結局篠宮さんと会った3日後に、教えてもらった事務所に行った。小さい事務所は人数こそいなかったけど、それなりに活気のあるところだった。

扉開けた瞬間に篠宮さんに抱きつかれたときはびびったけど。

事務所に足を踏み入れてから一週間後には、写真集を作る話が出た。細かい事は理解出来なかったけど、その辺は篠宮さんやほかの事務所に人がやってくれた。

それから二ヵ月後、作ったあたしの写真集は本屋に並んだ。人気は爆発的で、小学生からおじさんおばさんでも手に取るほどだった。すぐに品が足りなくなって、何度も作り直した。


撮った写真は自然ばかり。季節感のある写真を大量に撮った。足りない部分は今まで撮った写真の中から引っ張り出した。写真の順番とか選ぶのは、あたしも参加して考えた。


「初の写真集でここまで売れるなんて、正直考えてなかったわ」


「あたしもですよ」


事務所の白いソファーに埋もれながら、机の上の手紙や小包などで出来た山も見ていた。

山の一番上にあったピンクの封筒が目に付いたから、手にとって封を切った。中の便箋にはかわいらしい文字で、あたしの写真集を賞賛する言葉が書いてあった。


『キレイな写真がたくさんで、とてもすてきでした!』


便箋二枚分の手紙の最後に、そう書かれていた。正直気味が悪かった。手紙をくれた子には悪いけど、そんなに凄いことをしたわけじゃないのに褒め称えられて、反応が出来なかった。


「篠宮さん」


「なあに?」


写真集の売れ行きがいいからずっと笑顔の篠宮さんに、あたしが何でこんな事を聞いたのか、そのときのあたしには理解出来なかった。


「あたしの写真の意味、分かりますか?」


「………どういう意味なのか、分からないんだけど」


「いえ、いいんです。あたしも良く分からないから」


写真を撮り始めた理由を思い出すと、胸の奥がじくじくと疼く。大きな傷跡みたいに、ゆっくり鈍く疼く。


それからも事務所にはほかにも写真集を出してくれ、と要望の手紙やらが大量に届いてた。事務所のスタッフもそれを見ては驚いてた。


「こんなに沢山の人達の心を掴むことが出来るなんてな・・・」


「そんなに惹かれるものがありますかね?」


あたしは定期的に写真集に目を通したけど、そこまで惹かれるものを感じない。自分で撮ったものだからかもしれない。スタッフの人に直接聞いても、同じような答えだけだった。


「う~ん・・・言葉では表しにくいんだよな。でも、目を離せなくなるよ」

「あ、それあたしも思います」

「キレイって言うか、美しいって言うか」


結局良さが分からなかったから、事務所を出ようと思って篠宮さんに挨拶をしに行った。篠宮さんは事務所の机でなにやら真剣に考え込んでた。声をかけていいか迷って、でも何も言わずに帰るのは、流石にヤバイと思って声をかけた。


「あの、篠宮さん。あたし帰りますね。失礼します」


「あっ!!待って!」


「うい?」


背を向けたのに引き止められて、首だけを振り向かせる。篠宮さんはイスから立ち上がって此方を見ている。

なんだか真剣な空気が漂う。うわ、こういう雰囲気苦手なのに。帰りたいという気持ちを何とか抑えて体の向きも反転させる。正面で向き合って、直立不動になってみた。


「あぁ、そんなに固まらなくていいわよ」


「あ、はい」


正直篠宮さんはちょっと苦手。二人きりになると、あたしは沈黙する。いや、無口になるのは誰でも一緒か。どうしていいか分からなくて、最近染めたばっかりの茶色い髪を顔から退ける。


「えっと、なんでしょうか?」


「あのね、君に提案が一つあるの?」


「提案が一つ?」


オウム返しして、自分の間抜けな声を聞く。篠宮さんはうんうんと首を縦に振る。


「ねぇ、人物とか撮る気ない?」


「・・・・・・・・・人?」


「ええ、そうよ。人物ってか、モデルを使った写真集を新しく出さない?」


「・・・・・・・・・・何でですか?」


「君のファンレターとか要望では人物がメインのものを見たい、ってのが多いのよ。私も君なら凄いのが撮れると思うの」


ああ、そういうことか。だけどあたしは撮るつもりは無い。

人は撮らない。そう決めてるから。


「あー、はぁ。いやでもあたし、人物は撮らないんで」


「・・・えっ?」


素っ頓狂な声を上げて、手に持っていた資料も床に落とす。


「な、何で撮らないの!?」


「いえ、別に。理由はありますけど・・・。言いたくないんで」


焦った様に頭を横に振る篠宮さんを横目に、床に散らばった資料をかき集める。資料の文字は細々してて、見てるだけで頭痛がしてきそうだった。それとずっと向き合う大人は凄いと感心した。資料を纏めて立ち上がると、篠宮さんは微妙な表情をしていた。


「………人物を撮る気は、全くないの?」


「無いです。可能性は皆無です」


手の中にある資料を差し出すと、それを受け取りながらも食い下がってきた。


「でも、もしかしたら撮りたくなるかも」


篠宮さんがしっかり資料を持っているのを確認して、あたしは手を離した。さっきみたいに資料は床に散らばらなかった。


「撮りません」


あたしの中にある、ドロッとした感情が口から吐き出される。

篠宮さんの言葉は、あたしのもろい部分を削り回し、それから逃れるためにあたしは言葉を吐き出した。いけないとはわかってたのに。


「篠宮さん。ありがとう御座いました」


初めて真剣に頭を下げた。頭の上からは「え?」と不思議そうな声が聞こえた。このお礼をした時、もう決断していた。

頭を上げて、篠宮さんの顔は見ないで踵を返した。事務所の扉に手をかけたとき、後ろからいろんな人の声が聞こえてた。


「………ありがとう御座いました」


口の中でみんなにもお礼を言って、事務所の敷居を跨いだ。





結局サボリばっかしてた学校には行かなくなった。学校に行かなくなってからは、写真を撮るために外に出る時間が増えた。

元から外を歩き回る癖はあったけど、学校と事務所に行くのをやめてから、更に酷くなった。


「お、青空だ」


歩くのを止めて、空を見上げた。

青空からは日が射してて、何となく体が軽くなった。時刻は正午。腹の虫がギュルギュル鳴いてた。


「腹減った―」


カメラのバックを持ち直してから、方を回す。

何時家に出たのか思い出そうとして、思考を巡らす。考えと一緒に首を回して、あぁと息をもらす。家を出たのは昨日の夕方だ。夕日を最近見つけた公園で撮ろうと正午に思い立って、昼ご飯を食べて時間を家で潰したんだ。


「あ、財布がない」


ポケットを探って、家の鍵しか入ってないのを確認する。よくよく考えて、財布を手にとった記憶がないなと気づいた。

これじゃ、コンビニに行っても冷やかし客にしかなれない。冷やかしてもお腹は膨れないし、オマケに店員さんには冷たい視線が送られる。見事に良いことなし。


「お、公園発見」


夕日を撮った公園とは違う公園に入る。

空気はほんのり冷たい。あたしは寒さに強い。雪とか降ってても平気で外でアイスとか食べれる。その変わり暑さには弱い。風邪引いて熱出す度に、死を覚悟するくらいだ。熱が出たときだけは、独りで暮らすのが寂しくなる。結論、病気よくない。

公園は寂れてて、遊具は鉄棒しかない。あとはペンキの剥げたベンチが一つ。

いや、これ公園なのか。余計な物がある空き地の方が適切な気がする。


「流石に遊ぶ気力は残ってない………。もう寝ようかな―」


喋るのも疲れる。ベンチまで足を動かして、重力に逆らわずに体が下に落ちる。

ベンチに体重をかけた瞬間に、ギャギャッと嫌な音がした。もしあたしがジャンプでベンチに飛び乗っていたら、地面にベンチだったものと一緒に仲良くコンニチハしてたかも知れない。それを考えると少し背筋が寒くなった。

空腹が本格化してきた。まだ育ち盛りだったのかあたし。何て面倒な。


一人で苦悩していたら、膝に人の形の影が出来た。一瞬幽霊かと思ったけど、そんなのあるかー、と考えて前を向いた。

目の前には、ザ・美少女がいた。てか、格好寒そう。






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