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美少女の悩み&玄関先で


「怖いのよ。両親がね」


淡々と言う少女にあたしは何も言わない。無言で続きを促す。シャーペンの音と、桃香の声だけがリビングに響く。


「私さ、愛が良くわかんないの。その原因は分かんないし、知りたいとも思わない。小さい頃はそんなの気にならなかった。だけどさ、中学で三年間過ごして高校入って思った。みんな両親が嫌だとか、過保護だとか言うでしょう。お小遣いが貰えないとか。まぁ、思春期ってやつかな。その話聞いてると、みんなは家族を嫌だ嫌だって言いながら大切にしてる。」


「だけど私は『家族に対して』何も思ってない。自然とみんなは家族の話題を出すけど、私はそんなこと、一回もなかったし」


シャーペンの芯は使わないままペン先から出て、ノートの上を転がった。あたしの目は自然とシャーペンの芯を追う。桃香はテーブルのカップをぼーっと眺めてるだけ。目の焦点は、カップに定まっていない。


「その事実が嫌なの。私だけ間違ってるみたいでさ。みんなが当たり前だと思う感情を、一人で理解出来てない。まるで、『欠陥』があるみたいで嫌なの」


芯がなくなって字を書くことが出来なくなったシャーペンを、芯と一緒にノートの上に転がす。シャーペンだけは景気良く転がって、テーブルを横断してあたしの方まで来た。転がるシャーペンを左手で止めて、テーブルから落下するのを防ぐ。

桃香はそれを目で追っていて、あたしがシャーペンを止めると目が合った。目の焦点は定まってて『反応しろ』と視線だけで言ってくる。

だけどあたしはまだ何も言わない。まだ、この子はいいたいことがあるはずだから。言いたことって言うか、あたしの質問の答え。


「・・・・・・・」


「・・・・分かったよ。言ういう、言えばいいんでしょ!」


怒ったような顔で両手を横に振って降参のポーズをする。急かされるのがいやで堪りませんと全身で伝えてくる。ついでとばかりに思いっきり睨まれた。


「その欠陥の原因は分からない。だけど、そしたら両親が怖くなった。原因を作ったのが両親だったら?そうかもしれない人達が、私の欠陥を造った人が側にいるなんて吐き気がする。あの人達の愛が分からないのよ。信じる材料もない」


ずっと黙って話を聞いてて、一つ分かったことがあった。この子は待ってる。言ってほしい言葉があるんだ。それを言っていいかは分からない。だから違う言い方をしてみる。その言葉が桃香の心の傷を抉るかもしれないけどさ。あー、自己完結しすぎて頭が痛くなる。

でも伝えなきゃ、分からない事ってある筈だからさ。


「・・・・愛は無かったの?」


「無かったわよ」


即答でそう言って、視線の中の怒気が殺意に変わった、気がする。明らかにさっきまでとは違う意味合いの視線を、正面から浴びせてくる。そんな姿を見て、何となく思った。

この子は素直だなぁ、って。普通正面から殺意とか怒気とか向けてこないでしょう。でもあたしの普通は一般人の普通からかけ離れてるから、実は桃香は普通なんだ。閑話休題。話がかけ離れて収束がつかなくなる。


「そう、分かった」


あたしはあたしにそう言った。確認したいことは出来たから。桃香に向けたものじゃないんだ。これは、あたし自身に言った言葉だ。


桃香は家に帰らない。原因は両親にある。そう信じてる。問題は一つだけだ。


「色々、間違ってるよなぁ」


語尾をだらしなくのばして、イスに落ち着いていた腰を持ち上げる。朝の気合と夢を思い出して、桃香に微笑んでみた。

これから始めるゲームは、実に滑稽なものかも知れない。滑稽なうえに、あたしが踏み込んでいい話じゃないかも。

でも、あたしはそのゲームに参加するためのチケットを受け取ってる。受け取った経由は置いといて。有効期限が切れる前に使わないと、意味は無い。そんなの勿体無いよね。エコしよう。・・・微妙に違う気もするけど。今は気にしない。

微笑んだのが気持ち悪かったのか、桃香はイスでフリーズしてる。あたしの笑顔は醜悪なのか。

固まってる美少女を放置して自室へ移動する。

洋服ダンスから、服を引っ張り出す。いつもは適当に選ぶけど、今は脳味噌をフル回転させて記憶の棚をひっくり返して探す。両腕が空気を引っかくけど、なんとなくな記憶を頼りに洋服を選んで着替える。これだった筈だ。


いつもと対して変わらない、パーカーとジャージ。上下ともにグレー。

何となく、あたしはグレーが好き。どっちつかずな、微妙な色。だけどその色を嫌いになれない。

ジャージのポケットに傷のない携帯電話と、軽すぎる財布を入れる。買い物が結構響いた。持たなきゃいけないものなんてほとんどない。携帯を携帯するなんて初めてだし。


「ど、どこ行くのよ!」


あたしの部屋の前まで走ってきて、仁王立ちになって叫んだ。その瞳は潤んでて、頬を指先でつつけば涙が頬を伝いそう。

そんな姿を見て、あぁ、年下なんだなぁ、て実感する。普段は澄ましてるから、本当はあたしより年上なんじゃないかって不安になる。それはあたしの方にも問題があるんだけど。


「ちょっと出かけてくるよ」


通せんぼしてくる桃香の腕を退かしてリビングのテーブルからカメラを取る。

桃香はあたしの部屋の前で直立不動だった。

玄関先に座って靴を履いていたら、パーカーのフードを引っ張られた。不意打ちで、廊下の床と後頭部がこんにちはしそうになる。使っていない腹筋に力を入れて、床にひっくり返るのを避ける。靴ひもから手を離して、床にその手を着いて振り返った。

やっぱり涙目の桃香が、歯を食いしばってあたしのパーカーのフードを掴んでた。理由は何となく分かってるから、フードを引っ張るという行動の意味については言及しなかった。


「フード離してくれないと立ち上がれないんですが」


下手に出てお願いしてみた。振り返ったまま喋ったら腹筋が痛んだ。さっきの動きはガッツの消費が激しいみたいだ。


「私の質問にも答えなさいよ」


「だから、出かけてくる「どこに?」、うい」


ええいせっかちな奴だ。台詞を被せられるし。

どこに行くか。それはあたしが知りたいくらいだ。答えのない質問に、即席で答えるのは存外難しかったりする。言葉遊びだって同じことだから。

あたしはあたしなりの精一杯で答えた。


「桃香が納得できる場所を捜すのさ」


今度は涙目を見開く。力が緩んだ隙に立ち上がって、あたしは今度こそ振り返らずに玄関を出た。


主語がない上に『あたしなり』の考えだから、大して凄い事言ってなかったりする。うん、悔しいね。こんなこと考えてる時点で、いい場面がぶち壊しだなぁって考えた。



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