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気合と決意は口に出そう


電話の着信が部屋に響く。あたしは目を丸くしてしまった。自慢じゃないが、あたしは友達どころか知り合いだってまともに居ないのだ。そんな住人が住んでる家の電話が鳴るのは、実の珍しいことだから。桃香は座ったまま固まっている。カップを片手に持ったまま摺り足で電話に近づく。


「はいはーい」


誰に言うわけでもないのに返事をして、受話器を上げる。耳元に当てると同時に、嗄れたような男の声が聞こえてきた。


「「初めまして」」


「初めまして。あの、どちら様ですか?」


あたしの記憶にこんな声はない。知り合いのいないあたしはそれ以前の問題もある気がするが。受話器の向こうで相手が、ゆっくりと深呼吸しているのが分かった。息遣いは聞こえるのに、あたしの質問に対する答えが返ってこない。このまま時間を無駄にするのは嫌なので、受話器をそっと戻そうと耳から話した瞬間に相手が喋りだした。


「「私は、君と君の家に住む子を知っている者だ」」


だから誰だよ。と心中で突っ込みを入れる。しかもあたしの家に住んでる子がいるって何で知ってるんだよ。桃香はこの家に来てから外出を一回もしてない。電話のやつは桃香を知ってる。突っ込みどころ満載で実に困るし面倒だ。


「はぁ、で。なんの御用ですか?」


「それがね、」




嗄れた声の男と通話を終わらせて、受話器を戻す。振り返ると、桃香が怪訝そうな目で此方を見ていた。白い壁紙を見ながら一瞬思考を巡らせて、笑顔で言い訳をしてみた。もちろん桃香にはスルーされた。


「今の電話誰から?」


椅子に座った瞬間に身を乗り出して聞いてきた。桃香の()には好奇心と疑問がごちゃごちゃで映ってるように見える。次は苦しい言い訳には挑戦しないで無難な言い訳にした。


「んー、ご近所さん。ゴミ当番をサボるなってさ」


「・・・それにしては随分長く話してたじゃない」


「いや、あたしは返事しかしてないから」


「そっかぁ。ゴミ当番の話でわざわざ電話なんてしてくるかしらねー」


あたしが受け流してるのがバレたのか、不機嫌面でそっぽを向いた。話してて語尾を伸ばすときは、大体不機嫌の証だ。その顔を見て、美少女なのに勿体無いとかどうでもいいことを考えてた。しかもその原因あたしだし。

まぁ、今の電話内容は聞く必要が今はないことだし。いつか嫌でも言うことになるだろうから。

そんなことを考えて、頭痛がしてきたから考えるのを止めた。脳みその弱いあたしには長時間考えたり、迷ったりすると自爆する。それを微妙な長さの人生で悟った。

長電話のせいで(ぬる)くなった珈琲を一気に飲み干す。テーブルにカップを戻して、代わりに幾つかの山になっている写真を輪ゴムで束ねる。お互いに無言。壁の模様が何か話そうとしているように見えてくる。こういう空気に耐えられないのはいつもあたし。どんだけ精神年齢が低いんだ、と壁の模様に心の中で嘆く。


「あ、桃香これあげる」


輪ゴムで束ねようとした写真の山にあった、青空の写真を手渡す。桃香も写真を見ながら受け取る。写真を頭の上まで持ち上げて、見上げる。透かしても何も出てこない筈なんだけど。じーっと写真だけを凝視してる桃香の唇が蠢く。


「もらっていいの?」


「うん。それ、最近で一番きれいに撮ったやつだから」


「え、じゃあいいよ。あんたが持ってれば良いじゃん」


「いや、それは桃香にあげようと思ったからいいの」


「なんだそれ」


「いいから受け取ってくりゃー」


語尾が気持ち悪くなったが気にせず言い切る。それを聞いてた桃香が笑い出す。それをきっかけに空気が軽くなるのを体で感じ取る。写真を全部輪ゴムで束ねて、青い箱に戻す。蓋をして部屋には持って行かずテレビの横に置く。普段は部屋に持って行くから、あたしの行動を見ていた桃香が不思議そうにしていたが気にしない。

重くなってきた瞼を押し上げて、カップを台所に片付ける。リビングから廊下へ出る扉に手をかけて、振り向かずに桃香に話しかけた。


「もうあたし寝るね」


「もうって今、朝の6時だけど」


「細かいことは気にするな。若者よ」


扉を開けて自室のベットに寝転ぶ。布団を引き上げもせず、朝日で明るくなってる天井を眺める。薄いクリーム色の壁なのに、朝日を反射しているのか眩しく感じる。目の奥で花火が散っているみたいだ。

瞼は重いのに、頭の中は妙に冴えててさっきの電話で聞いた話を思い出す。



『それがね、君の家にいる女の子、ああっと桃香さんの母親が病気で倒れたんだ。もう長くはなさそうだから、桃香さんに逢わせてあげたいんだ』


『だから、君から桃香に帰るように言ってくれないかな?』


あー、本当に嫌な内容だ。

あたしは家族のこととか、そういう小難しいことは考えたくないのになぁ。

頭が痛くなる内容だったから、重い瞼を素直に下ろしてみた。

考えるのは起きてからでいいよね。誰にともなくそう言い訳して、意識を睡魔に引き渡す。



夢を見ている。何故かそれが理解できた。あたしは白い部屋に立っていた。病院のような部屋なのに、窓が一つもない。それに壁や天井が眩しい。まるで光を(はな)ってるみたいだ。目の前には、背中を向けて座る男の後ろ姿と、ベッドで寝ている人がいた。寝ている人の顔は座っている男のせいで見えない。男は布団から出ている、細い腕を握っていた。


ごめんね。


どっちが呟いたか分からなかったが、苦しそうなのが声色でわかった。

悲しそうな、苦しそうな謝罪の言葉が鼓膜を大きく揺らす。頭が痛くなる。

男の背中が震えているのに気づいた瞬間、壁が歪んで男の背中とベッドが遠くなる。反射的にその背中とベッドを追おうとして一歩踏み出す。


突然、白かった壁や天井が無くなって黒い空間が広がる。目の前にはベッドも背中も壁も無かった。ただ、黒いだけ。


綺麗だね


聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、少女が黒い地面に座り込んでいた。少女は背を向けていて、周りに大量の写真が散乱している。写真はどれも見覚えがある。答えはすぐに浮かんだ。


「あたしの、写真?」


あたしの唇から出た筈の言葉は、どこか遠くで鈍く響いた。

手を伸ばした瞬間、周りが明るくなった。というより眩しすぎて逆に何も見えない。顔を横に逸らしたら、見慣れた天井が映った。寝ていた筈なのに手は天井に伸びていた。

まるで、あの真っ暗な空間に座り込んでいた少女に手を伸ばしていたようだ。思考を落ち着かせながら、手の力を一気に抜いてみる。あたしの骸骨みたいに細い頼りがいの薄い腕が、迷いなくベッドに落ちる。

知らない人から来た電話に、あたしの家にいる美少女、大量の写真、夢。

普段使わないから錆付いてる脳味噌を動かして、考える。沢山のパズルのピースみたいに頭の中を回る、単語をゆっくりと繋げる。

考えて、考える。寝る前に考えなかったから、その分も。


「したいこと、見ーつけた」


摺り足で机に近寄り購入してから一度も手をつけた事のない、今の時代はみんな持っている、携帯電話の電源をいれた。画面が明るくなったのを見て、携帯を閉じる。これをうまく使えるか少し不安になって、顔を上に上げる。朝日は高くなって、もう部屋の窓から直進はしてこない。眩しくない天井を見て、気合と決意を口に出す。


「うし、やりますか」


部屋を出て、とりあえずリビングに向かうことにした。




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