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寒空の下で見つけました


「パシャッ」


乾いた音と同時にフィルムの動く稼動音が鳴る。目線まで持ってきてたカメラを下げて、正面にある景色を眺める。


「うん・・・・」


自然と声が出た。あたしは今、とある山の頂上から朝日をフィルムに焼き付けた。

どこの山かは知らない。というか、誰の敷地なのかも分からない。まぁ、俗に言う不法侵入?みたいなものだ。そんな細かいことは気にするな、と架空の誰かに手を振って笑顔を撒き散らしてみる。が、頬が引きつって口元が歪む。鏡を見なくても分かってしまうのが些か物悲しい。

おっと、閑話休題。まぁ、知らん人の土地に無断で足を踏み入れたあげく、美しい朝日をあたしの相棒のカメラに収めた。私の課題は達成したので帰ることにした。

このあと山を抜けるのに、相当時間が掛かったという事実は無かったことにしたい。


「おぉ、着いた」


黒い屋根に紺色に壁、ご近所からは幽霊屋敷と噂される陰気な空気を纏う家の玄関を開ける。


「お、ただいま」


「・・・・・。おかえり」


靴を脱ごうを思って片足を上げると、すり足で歩いてきたジャージ姿の美少女がお出迎えしてくれた。うん、これが本当に美少女なんだよな。いや、今は機嫌が悪いのか目つきが若干険しい。


「うん、なんか機嫌悪い感じッスか?」


シェーの出来損ない見たいなポーズのまま訪ねてみる。話しかけたら更に険しい顔になったご様子。あれ、あたしなんか仕出かしたかな?

そんなことを考えて遠い目をしてたら、棘が酷すぎて触るのも躊躇うような声が飛んできた。


「目が飛んでるよ。ばか姉。ていうか、どこ行ってたのよ」


「ばか姉とは何さ。いや、この前見つけた山登って朝日を拝んできたんだ」


「この前見つけた山って・・・・・どこよ?」


「いや、分からん」


素直に告げると、今度は見ると冷汗が出るような視線を送ってきた。いや、ココで負けたらダメだ。という訳の分からん対抗心を燃やしてじーっと目を合わせると、すぐに目を逸らされた。流石に勝った!と勝ち誇れなかった。勝ち誇ったら色々ダメな気もするし。

美少女の冷たい声が頭上から落ちてくる。


「土汚れ、落ちなくなるから早く風呂入って自分で手洗いしてよ」


「うぃ」


「それと、」


「ん?」


靴を揃えて脱いで、振り返る。横着なのか単純にばかを相手にするのが嫌になったのか、振り向かずに言葉を吐き捨てられた。


「それと、どっか行くときは、ちゃんと伝えなさいよねっ!」


そう言った小柄な少女の耳は何故か赤かった。ような気がした。いや、あたしの気のせいかもしれないけどさ。あ、忘れてた。今さっき脱いだ靴の上に乗っかって、パーカーとかジーンズについてる土を落とす。玄関はあとで箒をかければ怒られないだろうし。へっこんだ靴を元に戻すのは面倒だったので放置した。ま、あとでやればいいさ。

廊下を歩いてて「いでっ」何故か壁に激突した。側頭部に鈍い痛みが走って顰め面を抑えきれなかった。

ふむ、どうやら昨日の夜中からふらふら山登りしてたから、体がもやしみたいになってるのかもしれない。これは早めに食事を摂取したほうがいいようだ。だが、今は風呂が先決。室内汚すと、美少女が切れるから。


「うぃー」


おっさんみたいな声を出しながら、パーカーのポケットに入れてたものを籠に入れる。カメラは先に部屋に片付けた。服を手早く脱いで風呂場の扉を開けると、不思議なことに浴槽には湯がはってあった。


「いや、まだ明け方の3時なんですけど・・・」


シャワーのコックを捻って、冷水を浴び、「あぎゃあっ!」なんとも間抜けな叫び声だった。どうしてもやっちゃうんだよなぁ。最初の水って冷たいのに、避けないで浴びてしまう。

靴下を履いていたにもかかわらず、足全体は土で黒くなっていた。ボディーソープを存分に使って泡を楽しんでみた。やりすぎると排水溝が詰まるので、程よく自制して脱いだ服を洗う。泡をシャワーで一気に流して、湯船に浸かる。


「あったけー」


まだ熱をもっている湯に浸かり、耳を真っ赤にしていた(ような気がしただけかもしれないが)美少女のことを考えてみる。


いや、あの美少女はあたしの妹ではない。簡単に言えば、他人。いろんな経緯であたしの住んでいるこの家にいるけど、実はあの子の苗字さえ知らない。あの子のことは一緒に暮らし始めてから、いろいろ知った。



初対面の公園であたしは死にそうになってた。三日間食事を取らずに歩いてて手持ち金も0で、死ぬのを覚悟した。いや、死ぬ覚悟はしてなかったけど、オマワリさんにご厄介になると思った。しかも理由が写真を撮るために町をうろついていた、である。世間ではなんと言われるか、と大して気にしてないのに考えた。

「もう無理」そう思って公園のベンチに座り込んだとき、あたしより少し背の低い美少女が立っていた。美少女は、黙ってアンパンを差し出してきた。それを見て、なんて言っていいか分からなくて、とりあえず確認してみた。

『え、なに?くれるの?』『・・・。あげる』『マジでか。あ、でも今お金もってないよ、あたし』『要らないわよ』『じゃ、遠慮なく』『・・・・・・・・・・』

あたしは無言でアンパンを頬張ったが、美少女はベンチに座ってずっとあたしを見てた。その視線に耐え切れず、パンを無理やり飲み込んで喋った。


『あーっと、パンはもう食べちゃったよ』


『知ってわよ』


『あ、うん。えーっと・・・・・・・』


何となく、この子に何かしてあげなきゃいけないような気がした。美少女は寒さがキツイのか、ベージュのコートの襟を直していた。というか、格好がすごい。とてもあたしには真似出来ない。ショートパンツにレギンス、その上にベージュのコート。ついでに紫色のリュックを持っていた。どこに行くにも手ぶらでジャージとパーカーのあたしは、お洒落のおの字も理解出来ない。

少女をよく観察して一つ、気になったことがあった。この寒いなか外に長時間出ていたのなら、鼻先や頬が赤くなるのは不思議じゃない。だけど嫌な予感がしたので聞いてみた。


『もしかして、熱とかある?』


驚いたようにこちらを見上げて、口をもごもごと動かす。


『分かんない、けど、たぶん熱はあると思う』


うーむ。これは早めにどうにかしないと大変なことになるぞ。てか、この寒空の下そんな格好をしてたら風邪の一つや二つ引くだろう。ぼーっとする美少女に、出来る限りやさしく声をかける。


『あのさ、家帰ったほうが良いんじゃない、かな?』


『いや。家には帰らない』


即答ときたか。まぁ、そんな気はしてたんだけどさ。だからあんまり驚かないで、考えてたことを口に出した。


『じゃあ、あたしの家来る?』


『は・・・?」


当たり前な反応が返ってきた。普通そう反応するよな。目が点になってるし。


『いや、ホラ、こんな寒空の下に居たら風邪酷くなるよ。あたしの家、結構広いから寝る場所もあるしさ』


『・・・・・・行かない。』


『じゃあ、帰る場所あるの?』


『ないわよ』


『じゃあおいでよ』


『・・・・・・・・・行かないんじゃなくて、行けない』


『えっと、どゆ意味?』


『足、動かないの。何か、足元がふらふらする』


あー、どうやら風邪が酷くなったようだ。このベンチに放置することも出来ないので、美少女の腕を取って引き立たせる。勢いで前に倒れる美少女を背中で支えて、そのまま持ち上げる。本人の許可なく強制的におんぶさせてもらった。


『え、ちょっ!何なのよ!』『動けないようなので、あたしが運ぶ』『な、いいわよ!!』『大きな声出すと、体に響くから大人しくしましょーねー』『だからっ!あんた何なのよ』


美少女と言い合いながらも公園を出る。少し距離はあるが、アンパンも食べて元気になったので体力の心配はない。美少女の軽さに驚きながら、質問に簡単に答える。


『あたしは写真を撮るのが好きな奴だよ。アンパンくれたお返しに、君を助けようってわけさ』言ってる途中で、あたしがどうしようもなく勝手なことを言ってることに気づいた。これじゃ誘拐犯です、って叫ばれても言い訳の一つも出来ないじゃないか。


『わけ分かんないよ』


そう言いながら、美少女があたしの背中に体重をかけてきたのが分かった。

普通はこの状態でリラックスなんて出来ないよな・・・・・・。ゆっくり家に帰るつもりだったが、パーカー越しにでも分かる体温にちょっと戸惑う。熱が高いのは明らかだったから、仕方なく美少女には一方的に説明と謝りを伝えた。


『美少女、悪いんだけど走るね。うん、ごめんね』


その後は宣言どおり、美少女を背負ったままダッシュで家に帰った。その後は忙しかった。自分のベットを手早く整えて、あたしの寝巻きを着せたりして美少女を寝かせ、食事を作るために自転車で近場のスーパーまで走ったりした。

お粥を作って渡したとき、おでこに熱さましシートを貼った美少女が名前を教えてくれた。


『私の名前、桃香。あの、ありがとう』


戸惑いながらもそう言ってくれた。



「いやー、後にも先にもあたしが自分を褒めたのはあの時だけか」


写真を撮るために森やら川やらあちこちを歩き回ってたので、桃香を背負って家まで走れたのだ。体力と筋力は結構ついている。


そんな過去を暢気に思い出していたら、のぼせそうな自分に気づいて湯船から出る。手洗いした服を洗濯機に突っ込んで、スタートボタンを押す。切るのを面倒臭がって伸びた髪をバスタオルでごしごし拭く。少しでもドライヤーを使う時間が短縮出来れば良いので適当。

風呂に浸かりすぎて頭痛に悩まされる。もう少し、風呂の時間を短縮しないといつか貧血でひっくり返るような気がする。短い廊下の壁で左肩をずりずり削りながら歩いた。

リビングの扉に手をかけた時、腹の虫が鳴いた。腹減った・・・。







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