宇宙を喰らう者
この作品はフィクションです。
「今日のお昼ご飯は何かしら」
黒を基調とした高貴なドレスに身を包んだ少女は、舌なめずりしながら食事処へと向かう。口元には牙のように鋭い歯が垣間見える。少女は、髪も目の色も黒なら、長めの黒髪をポニーテールに結んでいる髪留めもまた、黒だ。靴も黒なら、両手を肘元まで覆う手袋もまた、真っ黒だ。そんな黒ばかりの容姿で対照的に目立つのは、白い肌と、胸元で銀色に輝くブローチ。食事処の扉の前に立つ僕たちは、頭を下げて少女が通りすぎるのを待つ。
食事処は真っ暗だった。証明をつけていないからとか、夜だからという理由ではない。そもそも、今は昼だ。その理由は、昼の食事にあった。
昼食は真っ黒な宇宙。唯一の食べ物であり、最高の御馳走。魔王同然の彼女は、宇宙を喰らうことは普通だと思っているし、それが世界にどう影響するかなども考えない。地球という星のどこかで発達している科学では、宇宙は年中無休で広がっているとか。どれだけ食べても、絶対になくならない、むしろ、食べても食べても増え続ける宇宙。
宇宙を食べると聞いて選ばれし勇者とかがわざわざ城まで不満を言いにくるけど、宇宙を食べたことによって蓄えられた宇宙パワーで、どんなやつも一撃の下に粉砕する。
「うん、今日もおいしー」
宇宙に味はない。甘味も辛味も苦味も酸味もない。上手いとも不味いともいえない。だが、味は少女の創造の中で作られ、その味覚を刺激する。まだ幼かった彼女は、親に食べさせてもらっている時からずっと宇宙を食べ続けている。宇宙は想像の塊。だから、味も宇宙パワーで作り出す。味がないなら、それを想像し、創造する。この城にいる者のうち、宇宙を食べるのは少女だけ。他の者は、その辺の惑星から取ってきた獣の肉とか果物を食べる。少女の血筋を持っている者は、宇宙以外を食べれば死んでしまう。なぜかって? 宇宙以外の食物が蓄えている『栄養』というものは、微量で宇宙パワーを大量に分解してしまうからだ。少女にとって、フツーの者達の『栄養』の役割を果たすのは、宇宙パワー。全ての行動において消費される宇宙パワーは、少女にとっては、命を繋ぐ力の源。
「おいしかったー」
十分に摂取したら、お風呂に入って宇宙パワーを活性化させる。風呂によって温度が上昇すると、消化と共に体中にエネルギーを行きわたらせる。こうすれば、戦っても六時間くらいは持つ。少女は、お風呂の時だけは、黒の衣装を全て取り除き、その素肌を温める。
数十分かけてじっくりとその体を火照らせた少女は、再び全身を黒の衣装で包み込み、城の中を歩き回る。選ばれし勇者とかが来るのは、いつも週に一回か二回。少女は運動したりはしない。それは、単に動く必要もないのと同時に、体内に蓄積された宇宙パワーは、勇者達に放つために、ほぼ定期的に発散される。少女にとって、勇者たちは宇宙パワーを発散させる運動器具に他ならないのだ。
「侵入者発見! ただちに迎撃せよ!!」
その大声(といっても、城内各所に設置されたスピーカーから発せられているものであるために、肉声の風情を感じさせられることはない)によって、城内の兵士たちが慌ただしく動き出す。少女はその兵士たちが走っていく方向へとゆっくりと歩き出す。その先に、今日の運動をするための者達が控えているのだ。
「今日は男が一人に女が二人。なんだかあまり楽しめなそう」
現れた三人のうち、女はどちらともダイヤモンド性の防具で身を包み、それでいてところどころはそのスタイルの良さを強調させるかのように露出させている。見たところ、二人とも少女とさほど年齢差はないだろう。そして、男の方は、どうみても戦士、あるいはそれに準ずるだけの力を持った者とは思えない。少女とは対照的に白い白衣に身を包んでいるその姿から想像できる職種としては、科学者や医学関係の者か。体は全体的にやせ気味であり、顔もまた、細長いと形容しても誰も異を唱えたりはしないだろう。
白衣を着た男が女たちの一歩前に出て一人で喋りはじめた。
「宇宙を喰らう者よ。おぬしはこれから、衰退の道を辿る」
「現実味がないなー」
そう言いながら少女は、両手それぞれに宇宙パワーを集約させる。宇宙パワーを粒子状にすることにより、光速レベルの粒子ビームを放つことができる。しかし、標準として定めた女二人は、その到来を予感すると、それぞれ足元から僅かに微粒子を溢れさせた。発生源は恐らく足裏だ。
「えいっ!!」
少女は両手それぞれを女たちに向けてビームを放つ。女達はそのビームが到達した時にはその場にはいなかった。少女は我が目を疑った。女達はそのビームをかわし、少女が知覚した時には部屋の両端まで動いていたのだ。
「な、何でっ!?」
「経緯から詳しくお教えしてあげましょう。彼女達はあなたが宇宙パワーによって撃退した勇者のうちの二人です。あなたの宇宙パワーは、人体を構成している栄養素によって分解されると同時に、栄養素を分解していきます。完全に栄養素を分解された彼女達は、宇宙パワーを新たな人体構成物質として取り込んだのです」
少女は驚愕するしかなかった。自分の血統以外に、宇宙パワーを人体内部に取り込んでそれを構成物質とできる人間がいることに、絶望さえも覚えた。
「彼女達は今、宇宙を食べて命と力を得ています」
少女は、更に投げつけられたその一言にもまた、驚く以外の反応を見せることができなかった。
「地上に宇宙はない!」
「我々の研究機関は、ブラックホールの生成実験の研究を行っています。その過程において、宇宙を作ることに成功したのですよ」
ブラックホール。その空間に存在するありとあらゆる物体を吸収する宇宙上での生成物。ブラックホールはその名称通り、黒で全身を彩られた全方位吸収物体。実際のところ、その吸収の原理は、全てを引き寄せる超重力だ。その重力は光すらも飲み込む。もちろん、そこにある宇宙自体も自身のうちに引き込むのだ。
「そんな・・・・・・」
「あなたが今まで撃退してきた勇者達は、自分の体を構成するものが栄養素から宇宙パワーに変わったことに気づかないままに、食べ物を摂取してしまったためにその体を滅ぼしてしまったのですが、彼女らを構成する物質が宇宙パワーとなっていることを救助時に確認した我々の研究機関は彼女達を自分たちの手元に引き込み、こちらで生成させた宇宙を食べさせ続けたところ、ここまでの進化を遂げたのですよ」
つまりは、と少女は思った。
自分が倒した者達のうちに彼女達がいたのかは記憶にはないが、そんな無意識のうちに倒した者達が強くなって復活したということなのだ。ゲームなら悪役の立場。アニメなら主人公の立場。彼女達は自分にやられた後も研究、そして戦うためだけに生き長らえさせられている実験動物。自分のせいで、そうした悲しい人生を送らせるになってしまったのである。
「許さない・・・・・・それは彼女達が望んだことなのっ!?」
「そんなことは知ったことじゃないです。後々は大量生産し、地球上の生物の生存計画に利用するつもりです」
少女は、もう我慢することも、耐えることもやめた。ゆっくりと歩き出した。その先にいるのは、先ほどから少女と討論を続けている男だ。少女の視線は男から揺るがない。男は始めの十歩くらいは顔色一つ変えずにその様子を見ていたが、その表情がはっきりしていくのに比例して、顔を引きつらせていった。
「そのために、彼女達を犠牲にするというのなら、私はあなたの体全てを宇宙パワーに変えるわ・・・・・・!!」
「宇宙パワーにしてくれるのなら、研究にも貢献できるというものだ」
放たれた言葉こそ強靭な精神を持った科学者の印象を見せるが、言葉そのもの以外は、全てが科学者のイメージを裏切らない脆弱で弱気なものだった。科学者が心を開き、親しくするのは決まっている。非動物性物体、物質か、実験動物。
「勘違いはしないで。あなたの構成物質を宇宙パワーにするんじゃない」
その言葉を言い終えると、少女は宇宙パワーの助力によって一瞬のうちに男の目の前まで移動すると、黒手袋を外し、その素手を男へと叩きつけた。
「あなた自身を、宇宙パワーにするのよ」
その言葉を言い終えたころには、男は粒子状に分解され、その粒子は少女の中で宇宙パワーに変換されて取り込まれた。
その光景を目の当たりにした二人が、その場にへたれこんだ。
「私たち、これから、どうすれば・・・・・・」
将来への不安。実験動物であるがゆえに守られ、食べていられた。
少女は震える彼女達へと優しい笑みで手を差し出した。
「私に忠誠を誓うなら、ここで一緒に暮らしてもいいよ?」
目に涙を溜めていた二人は、その言葉を聞くと、遂に堪えきれなくなった涙を溢れさせながら少女の胸に飛び込んだ。
突発的に書いてみてしまった完成度低めの短編第一弾。
文章構成はグダグダですが、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。