(二)何だろう
◆ 逃げないでね
シジミは、ハクセキレイの動きを見た。
鳥は道を横切る。
途中で一度止まる。
うちの人間を見る。
「近い」
少し走る。
「まだ見てる」
さらに離れる。
うちの人間が、少し近づいた。
写真を撮ろうとしているらしい。
「逃げないでね」
ハクセキレイが答える。
「近づくな」
当然である。
人間は鳥へ近づきながら、
「逃げないで」
と言う。
近づかなければ、逃げない可能性は高い。
原因を自分で作りながら、結果だけ望んでいる。
ハクセキレイは、ついに飛んだ。
低く地面を離れ、少し先へ移る。
着地すると、また走り始めた。
うちの人間は残念そうに言う。
「あ、行っちゃった」
行かせたのである。
◆ 最初の答えへ合わせる
シジミとうちの人間は、そのまま道を進んだ。
しばらくして、うちの人間は絵の光る板を取り出した。
先ほど撮った写真を見る。
遠い。
鳥は小さく写っている。
それでも白と黒は分かる。
尾が長いことも分かる。
うちの人間は写真を広げた。
「シジュウカラ、かわいかったな」
まだ言っている。
一度つけた名前を疑う気配がない。
人間は、最初に出した答えへ引っ張られる。
最初にシジュウカラだと思う。
そのあと、長い尾を見ても、
尾の長いシジュウカラ。
地面を走る姿を見ても、
走るシジュウカラ。
いつもと違う動きをしていても、
こういうこともするシジュウカラ。
すべてを最初の答えへ合わせる。
本当に別の鳥ではないかとは考えない。
シジミなら、最初に分からなければ、分からないまま観察する。
体の大きさ。
羽の色。
くちばしの形。
尾の長さ。
動き方。
どこにいるか。
何を食べているか。
どのように鳴くか。
それらを見てから、知っている鳥か判断する。
知らなければ、それで終わりである。
知らない鳥。
ただし地面を速く走る。
白と黒。
尾が長い。
必要な情報は得られる。
名前が分からなくても、危険かどうかは判断できる。
近づく必要があるかも分かる。
生きるうえでは、それで困らない。
人間は逆である。
名前を先に欲しがる。
名前が分かれば、特徴を見なくなる。
名前が間違っていれば、そのあとの理解もすべてずれる。
それなのに、自信だけはある。
◆ ハクセキレイ?
家へ戻ると、うちの人間は先ほどの写真を誰かへ送った。
『散歩中にシジュウカラいた』
しばらくして、返事が来た。
『これ、ハクセキレイじゃない?』
また誰かに訂正されている。
メジロのときと同じである。
うちの人間は画面を見た。
少し首を傾げる。
「ハクセキレイ?」
そうである。
すぐに調べ始める。
白と黒の鳥。
長い尾。
地面を走る。
画面には、先ほど見た鳥とよく似た姿が並んだ。
うちの人間が言う。
「本当だ。ハクセキレイだ」
最初からそうである。
さらにシジュウカラの画像も見る。
並べれば違いは分かりやすい。
シジュウカラは、頭部の黒が目立つ。
頬は白い。
胸から腹へ黒い線がある。
体つきも、ハクセキレイとは違う。
ハクセキレイは、細身で尾が長い。
地面を歩いたり走ったりする姿が目立つ。
うちの人間は二つの画像を見比べた。
「たしかに全然違う」
ぱっと見は似ている。
全然違うというほどでもない。
ただ、よく見れば区別できる。
人間は、間違いに気づくと今度は違いを大きく言う。
最初は同じに見えた。
訂正されると、全然違うと言う。
どちらも少し極端である。
似ている部分がある。
違う部分もある。
それでよい。
◆ 何だろう
うちの人間は、もう一度写真を見た。
「でも、これは間違えても仕方ないよね」
それはシジミもそう思う。
庭へ来ない。
普段あまり見ない。
白と黒が似ている。
間違うこと自体は、責めるほどではない。
問題はそこではない。
うちの人間は、間違う可能性を考えなかった。
一瞬見ただけで、
「あ、シジュウカラだ」
と言い切った。
もし、
「シジュウカラかな」
なら、まだよかった。
もし、
「白黒の鳥がいる」
なら、正しかった。
もし、
「何だろう」
なら、最も正確だった。
だが、人間は、分からないと言うより、何か答えを出すことを選ぶ。
※第29話「シジュウカラとハクセキレイ」は全三回です。
続きます。
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