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婚約破棄してくださってありがとうございます、殿下! おかげで王家に貸した金貨を、利子つきで回収できますわ♪ え、返せない? では、この国は私がいただきますね

作者: 河合ゆうじ
掲載日:2026/05/29

「リゼット・エーレンフェルト公爵令嬢! お前との婚約は破棄する!」


 卒業パーティーの真ん中で、第二王子ジェラルド様が高らかに宣言した。


 きらびやかな会場が、しんと静まり返る。ヴァイオリンの音まで止まった。


 彼の腕には、小柄な男爵令嬢ミリア嬢がしがみついていた。瞳をうるませ、まるで今にも私にいじめられそうな、かわいそうな顔をしている。


「お前は、この心優しいミリアを、陰でずっといじめてきたそうだな! 公爵家の権力を笠に着るとは、なんと卑劣な女だ!」


 周りの貴族たちが、ざわざわとどよめいた。


 あら、まあ。


 私は、ぱちぱちとまばたきをした。


 そして。


「……ふふっ」


 こらえきれずに、笑ってしまった。


「な、なにがおかしい!」


「いいえ、殿下。うれしくて」


 私はスカートをつまみ、にっこりと最高の笑顔を浮かべた。


「婚約破棄、謹んでお受けいたします。ところで殿下。婚約が白紙に戻るということは、当然、貸し借りも全部、清算ということですわよね?」


「……は?」


 ジェラルド様が、ぽかんと口を開けた。


 *


「お忘れですか? 我がエーレンフェルト公爵家は、この国いちばんの商会と銀行を持つ家。そして王家は、ここ十年、我が家から金貨を借り続けてこられました」


 私は懐から、一冊の帳簿をすっと取り出した。


「戦費に、宮殿の改修に、舞踏会の費用。締めて金貨、二十万枚」


「に……」


「婚約していた間は、利子はゼロ。いずれ私が王妃になるのだから、家族みたいなもの。そういうお約束でしたわよね?」


 私は帳簿をぱたんと閉じ、こてんと首をかしげた。


「でも、婚約破棄なさるなら、話は別ですわ。赤の他人に、ただでお金を貸す家なんて、どこにもございません。利子をつけて、今すぐ全額、お返しくださいね♪」


 会場が、ざわっとどよめいた。


「む、無茶を言うな! そんな大金、今すぐ用意できるわけが」


「あら。では、どうやって返してくださるの?」


 私はわざとらしく、頬に手を当てた。


「この国の一年ぶんの税収、ぜんぶ集めても、まだ足りませんわよ?」


 *


 そこで、ミリア嬢が「ねえジェラルド様、どういうこと?」と、彼の袖を引いた。


「ああ、そうそう。ミリア嬢」


 私は、彼女に向かってにっこり笑いかけた。


「あなたが今つけている、その首飾り。とても素敵ですわね。殿下からの贈り物でしょう?」


「え、ええ。そうですけど……?」


「そのお金、殿下が私から個人的に借りたものですのよ。ええ。あなたへの贈り物代も、デートのお茶代も、ぜんぶ私が立て替えた借金。証文は、ここに」


 私は、ジェラルド様の署名入りの借用書を、ひらりと掲げた。


 会場が、爆発するようにどよめいた。


「う、嘘よ! ジェラルド様、嘘ですよね!?」


「ち、違うんだミリア、これは」


「最低っ! あんた、自分のお金じゃなかったの!?」


 ミリア嬢の、うるうるしていた瞳が、一瞬で吊り上がった。さっきまでの、かよわい令嬢は、もうどこにもいない。


 あら。やっぱり。


 私は、心の中でそっとうなずいた。


 この子が、お金目当てで殿下に近づいたことなんて、最初から気づいていた。だって彼女、男爵家のふくらんだ借金を返すために、必死だったもの。商会の帳簿を見れば、ぜんぶ分かることだ。


 *


 周りでは、貴族たちがひそひそと囁き合っている。


「おい……あれ、王家の借金、ずっと公爵家が肩代わりしてたのか……」


「婚約破棄って、つまり……自分から金づるを、たたき切ったってことだろ……?」


「殿下……足し算、できないのか……?」


 ジェラルド様の顔が、みるみる青ざめていく。


 そう。彼はようやく気づいたのだ。


 自分が今、たった一言で、この国を破産させたことに。


 *


 そのとき。


「いやはや。実に見事な計算だ」


 ぱちぱち、と、ゆっくりした拍手の音。


 会場の奥から、銀髪の青年が歩いてくる。見慣れない国の、仕立ての良い正装。その胸には、見間違えようのない紋章。


「り、隣国の……国王、ジークハルト陛下!?」


 貴族たちが、いっせいに頭を下げた。


 卒業式の来賓として招かれていた、隣の大国の若き王。彼は私の前まで来ると、ふっと笑った。


「リゼット嬢。前々から、君の噂は聞いていた。『エーレンフェルト公爵家の帳簿は、すべて令嬢の頭の中にある』とね」


 彼は、すっと手を差し出した。


「単刀直入に言おう。うちの国に来ないか。財務大臣の地位とよければ、王妃の座を用意する。君のその頭脳、ぜひ我が国のために使ってほしい」


 会場が、どよめいた。


 私は、その手を見つめた。


 ……地位より、王妃の座より、私がいちばん気になったのは、ただ一つ。


「陛下。一つだけ、確認させてくださいませ」


「なんだ?」


「お給料は、きちんと、利子つきで払っていただけますか?」


 ジークハルト陛下は、一瞬きょとんとしてそれから、声をあげて笑った。


「ははっ! いいだろう。複利でもなんでも、好きなだけつけてやる」


 まあ。なんて、素敵な殿方かしら。


 私は、にっこり笑って、その手を取った。


 *


 それから、半年後。


 ジェラルド元殿下は、王家を破産寸前まで追い込んだ罪で、王位継承権を剥奪された。今は地方の小さな領地で、慣れない畑仕事に汗を流しているらしい。


 ミリア嬢は、男爵家ごと借金で首が回らなくなり、ある日どこかへ姿を消した。


 そして私は隣国でいちばん大きな銀行の頭取になった。


 夫となったジークハルト陛下は、毎日、私に贈り物をしてくれる。


 ただし、宝石ではない。


「リゼット。今日はこの鉱山の権利を買っておいたぞ。三年で、二倍になる」


「まあ、陛下! 世界一の口説き文句ですわ!」


 お金は、裏切らない。


 そして、お金の価値が分かる人は、もっと裏切らない。


 私は今日も、うずたかく積まれた金貨を数えながら、しあわせに笑うのだった。

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王子、足し算できないのか?に吹いた。
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