婚約破棄してくださってありがとうございます、殿下! おかげで王家に貸した金貨を、利子つきで回収できますわ♪ え、返せない? では、この国は私がいただきますね
「リゼット・エーレンフェルト公爵令嬢! お前との婚約は破棄する!」
卒業パーティーの真ん中で、第二王子ジェラルド様が高らかに宣言した。
きらびやかな会場が、しんと静まり返る。ヴァイオリンの音まで止まった。
彼の腕には、小柄な男爵令嬢ミリア嬢がしがみついていた。瞳をうるませ、まるで今にも私にいじめられそうな、かわいそうな顔をしている。
「お前は、この心優しいミリアを、陰でずっといじめてきたそうだな! 公爵家の権力を笠に着るとは、なんと卑劣な女だ!」
周りの貴族たちが、ざわざわとどよめいた。
あら、まあ。
私は、ぱちぱちとまばたきをした。
そして。
「……ふふっ」
こらえきれずに、笑ってしまった。
「な、なにがおかしい!」
「いいえ、殿下。うれしくて」
私はスカートをつまみ、にっこりと最高の笑顔を浮かべた。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。ところで殿下。婚約が白紙に戻るということは、当然、貸し借りも全部、清算ということですわよね?」
「……は?」
ジェラルド様が、ぽかんと口を開けた。
*
「お忘れですか? 我がエーレンフェルト公爵家は、この国いちばんの商会と銀行を持つ家。そして王家は、ここ十年、我が家から金貨を借り続けてこられました」
私は懐から、一冊の帳簿をすっと取り出した。
「戦費に、宮殿の改修に、舞踏会の費用。締めて金貨、二十万枚」
「に……」
「婚約していた間は、利子はゼロ。いずれ私が王妃になるのだから、家族みたいなもの。そういうお約束でしたわよね?」
私は帳簿をぱたんと閉じ、こてんと首をかしげた。
「でも、婚約破棄なさるなら、話は別ですわ。赤の他人に、ただでお金を貸す家なんて、どこにもございません。利子をつけて、今すぐ全額、お返しくださいね♪」
会場が、ざわっとどよめいた。
「む、無茶を言うな! そんな大金、今すぐ用意できるわけが」
「あら。では、どうやって返してくださるの?」
私はわざとらしく、頬に手を当てた。
「この国の一年ぶんの税収、ぜんぶ集めても、まだ足りませんわよ?」
*
そこで、ミリア嬢が「ねえジェラルド様、どういうこと?」と、彼の袖を引いた。
「ああ、そうそう。ミリア嬢」
私は、彼女に向かってにっこり笑いかけた。
「あなたが今つけている、その首飾り。とても素敵ですわね。殿下からの贈り物でしょう?」
「え、ええ。そうですけど……?」
「そのお金、殿下が私から個人的に借りたものですのよ。ええ。あなたへの贈り物代も、デートのお茶代も、ぜんぶ私が立て替えた借金。証文は、ここに」
私は、ジェラルド様の署名入りの借用書を、ひらりと掲げた。
会場が、爆発するようにどよめいた。
「う、嘘よ! ジェラルド様、嘘ですよね!?」
「ち、違うんだミリア、これは」
「最低っ! あんた、自分のお金じゃなかったの!?」
ミリア嬢の、うるうるしていた瞳が、一瞬で吊り上がった。さっきまでの、かよわい令嬢は、もうどこにもいない。
あら。やっぱり。
私は、心の中でそっとうなずいた。
この子が、お金目当てで殿下に近づいたことなんて、最初から気づいていた。だって彼女、男爵家のふくらんだ借金を返すために、必死だったもの。商会の帳簿を見れば、ぜんぶ分かることだ。
*
周りでは、貴族たちがひそひそと囁き合っている。
「おい……あれ、王家の借金、ずっと公爵家が肩代わりしてたのか……」
「婚約破棄って、つまり……自分から金づるを、たたき切ったってことだろ……?」
「殿下……足し算、できないのか……?」
ジェラルド様の顔が、みるみる青ざめていく。
そう。彼はようやく気づいたのだ。
自分が今、たった一言で、この国を破産させたことに。
*
そのとき。
「いやはや。実に見事な計算だ」
ぱちぱち、と、ゆっくりした拍手の音。
会場の奥から、銀髪の青年が歩いてくる。見慣れない国の、仕立ての良い正装。その胸には、見間違えようのない紋章。
「り、隣国の……国王、ジークハルト陛下!?」
貴族たちが、いっせいに頭を下げた。
卒業式の来賓として招かれていた、隣の大国の若き王。彼は私の前まで来ると、ふっと笑った。
「リゼット嬢。前々から、君の噂は聞いていた。『エーレンフェルト公爵家の帳簿は、すべて令嬢の頭の中にある』とね」
彼は、すっと手を差し出した。
「単刀直入に言おう。うちの国に来ないか。財務大臣の地位とよければ、王妃の座を用意する。君のその頭脳、ぜひ我が国のために使ってほしい」
会場が、どよめいた。
私は、その手を見つめた。
……地位より、王妃の座より、私がいちばん気になったのは、ただ一つ。
「陛下。一つだけ、確認させてくださいませ」
「なんだ?」
「お給料は、きちんと、利子つきで払っていただけますか?」
ジークハルト陛下は、一瞬きょとんとしてそれから、声をあげて笑った。
「ははっ! いいだろう。複利でもなんでも、好きなだけつけてやる」
まあ。なんて、素敵な殿方かしら。
私は、にっこり笑って、その手を取った。
*
それから、半年後。
ジェラルド元殿下は、王家を破産寸前まで追い込んだ罪で、王位継承権を剥奪された。今は地方の小さな領地で、慣れない畑仕事に汗を流しているらしい。
ミリア嬢は、男爵家ごと借金で首が回らなくなり、ある日どこかへ姿を消した。
そして私は隣国でいちばん大きな銀行の頭取になった。
夫となったジークハルト陛下は、毎日、私に贈り物をしてくれる。
ただし、宝石ではない。
「リゼット。今日はこの鉱山の権利を買っておいたぞ。三年で、二倍になる」
「まあ、陛下! 世界一の口説き文句ですわ!」
お金は、裏切らない。
そして、お金の価値が分かる人は、もっと裏切らない。
私は今日も、うずたかく積まれた金貨を数えながら、しあわせに笑うのだった。




