だいすきだよ
かけがえのない「だいすきなひと」へ…。
水鳴瀬 鈴さまデビュー1ヶ月記念作品
読み聞かせ ストーリー
ある町はずれの小さな家に、おじいさんと白い毛がまじった年老いた犬、コロが住んでいました。
コロの飼い主のおじいさんは、ある朝ふいに倒れてしまい、そのまま遠くの病院へ運ばれてしまいました。
静かになった家の中で、コロは毎日、おじいさんがいつも座っていた座布団にうずくまり、そこから戸口と道ばかり見つめていました。
けれど何日待っても、おじいさんは帰ってきません。 ある夕方、赤く染まった空を見上げて、コロはゆっくり立ち上がりました。
「ぼくが会いに行こう。」
足取りはふらふらでしたが、コロは町へ出ました。 最初に通りかかったのは、いつもいい匂いがするパン屋さん。
店の前でへたり込むと、おばさんが気づいてかけよってきました。
「まあ、こんなにやせちゃって…」
おばさんはパンの耳をあたためたミルクにひたし、小皿に入れてくれました。
「うちの子もね、遠くの町で一人でがんばってるのよ。たまにしか会えないけど、元気でいてくれたら、それでいいの」
コロが小皿をなめるたび、おばさんの目には光るものが浮かびました。
少し元気を取り戻したコロが公園にさしかかると、すべり台の下で男の子が一人で泣いていました。
コロはそっとそばに座り、涙でぬれた手をぺろりとなめました。
男の子は「うわっ」とびっくりしたあと、くすぐったそうに笑います。
「きょうね、ぼく引っこしちゃうの。ここでできた友だちと、もう遊べないんだって」
コロは何も言えません。ただ鼻先を男の子の手に押しつけました。
「ありがとうワンちゃん。きっとまた会えるよね」
そうつぶやいた男の子の涙は少しだけあたたかく見えました。
夕日が川を赤く染めるころ、コロは橋のたもとにたどり着きました。
一人で釣りをしているおじさんが、コロに気づいて声をかけます。
「おまえさんも一人かい」
コロがしっぽを一度だけ振ると、おじさんは笑いました。
「俺もな、大事な人を待ってるんだ。初めて出会ったこの場所で…。もう会えないけれどな。それでもな、待ってる間は、その人と一緒にいれるんだ。」
おじさんはコロの首輪をそっとなで、「気をつけて行くんだぞ」とつぶやきました。
夜の気配が降りてくるころ、コロはとうとう病院の前に着きました。 ガラスの自動ドアの前で、コロはかすれた声で、何度も、何度もほえました。
その声は、静かな病棟の廊下にも、かすかな震えとなって届きました。
窓ぎわのベッドで眠れずにいたおばあさんが、耳をすませてつぶやきます。
「看護師さん…、外でわんちゃんが鳴いてるの。なんだか、とてもかなしい声だわ。」
看護師さんが玄関へ降りていくと、そこには小さな影がひとつ。
コロは足をふらつかせながらも、おじいさんを探すように、声を振りしぼっていました。
そのときです。
廊下のずっと奥から、かすれて細い声がコロを呼びます。
「……コロかい?」
コロは耳をぴんと立て、最後の力をふりしぼるように、短く高く一声ほえました。
その一声に、おじいさんの目がゆっくりと開きます。
「…来てくれたんだなあ」
おじいさんのまぶたが、静かにまた閉じられました。
コロもまた、ドアの前で目を閉じ、深く長い息をひとつ吐きました。
翌朝、病院の入口のそばには、古びた首輪がひとつ、静かに落ちていました。
コロの姿は、どこにも見当たりませんでした。
けれどその夜、病院の窓には、まるで再会をよろこぶような、まるくてやさしいお月様が、そっと浮かんでいたのでした。




