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第1話 名前のない朝
目を開けた瞬間、知らない天井があった。埃っぽい木の梁に、ひび割れた漆喰。ここがどこかも分からないのに、身体だけが妙に重い。
指先が震えていた。冷たい。
毛布は薄く、窓の隙間から入る風が首筋を撫でる。起き上がろうとして、視界の端に鏡が映った。
割れかけた鏡の中に、見覚えのない少女がいた。銀に近い淡い髪。
痩せた頬。だけど瞳だけが、やけに強い光を帯びている。
わたしは誰だろう。
頭の奥で、何かが軋む。記憶がばらばらの紙片みたいに散らばって、掴もうとすると指の間からすり抜ける。ただひとつだけ確かなのは、この身体が「わたし」ではなかった、ということ。
窓の外では、石畳の街路に朝靄が流れている。遠くで鐘の音がした。
知らない街。知らない身体。なのに胸の底に、どうしようもないほど強い感情がある。
けれど不思議と、恐怖よりも先に覚悟が胸に落ちた。前の人生でも、何度かこういう瞬間があった気がする。
すべてを失ったと思った朝に、最初の一歩を踏み出す。そういう経験の記憶が、薄く残っている。
──もう、黙って奪われるのは終わりにする。
その決意だけが、震える指先を止めてくれた。扉の向こうで、階段を上る足音がする。




