燃え尽きた村ヴェリタテ
一週間ほど寛いだ時間を過ごし、日々の業務に戻る。仕事をしつつの訓練となっていた団員の皆は私ほど劇的に実力が伸びていることもなく、少しずつの積み重ねの途上だ。ハイルへの報告も特に何もなく、これが私の日常になるのだという実感も芽生え始めた。そんな朝の時間、クレハが事務所に駆け込んでくる。
「サイフは!?ヴェリタテ村が大変だ!」
真剣な様子でハイルはクレハに話を聞き出す。ヴェリタテ村が燃えていた。そんな言葉に呼び出されたサイフも動揺する。二人は家族もあの村に住んでいる。だから村の様子も気になるのだろう。そのことに気付いたハイルは遅れて入ってきたセイカも含めた私達四人に調査を命じてくれた。
バラジーを出てすぐの場所からは様子が分からない。しかし森を進んでいくと焦げ臭いことまで分かってくる。クレハとサイフの表情は暗くなってきた。小走りでなければ追いつけないほど二人の足は速まっている。
ヴェリタテに辿り着けば、二人は足を止め、絶句した。何もないなというセイカの声も聞こえていなさそうだ。跡地はあるが、彼らの望んでいたものはない。焦げた家屋の柱も残っている。畑もある。柵も残っている。しかし人間も家畜もいない。ここに村があったことは分かるが、それがつい数日前のことだとは思わないだろう。
村中を二人は走って確認し、それぞれ一つの家屋跡で立ち止まる。クレハの家とサイフの家だ。村の一番奥にある場所が、姉が生贄に捧げられ、私が捧げられそうになった祭壇だ。大きな穴の底は真っ暗で何も見えない。
足音に振り返ればそこには姉のロゼットがいた。生贄に捧げられた時とよく似た全体的に白いワンピースで、裾だけが炎を思わせる紅と橙の混ざった色になっている。思わず声を上げればサイフも駆け寄り、抱きついた。しかしロゼットは振り払う。サイフは信じられないものを見るように、呆然とされるがままになった。それにもロゼットは気にする様子なく、隣にいる炎が人の姿を得たような男性に視線を向ける。
「フレイム、この人達知ってる?」
彼は炎の精霊フレイム。今の状況など気にすることではないと言うようにロゼットを抱き寄せた。ロゼットの服の裾は炎の精霊フレイムと同じ色だ。クレハには炎の精霊から授かった力がある。だからか彼だけ紹介してもらえた。面識のない私達は自己紹介を行う。姉に対して自己紹介なんて、と思いつつ、思い出してくれないかと希望を見た。
「アルドラって言うのね。初めまして。」
妹だと名乗り、それでもロゼットは首を傾げる。抱き締めてくれたが、何かしっくり来ない。温度自体はいつもより高いのに、どこか温かさが足りない。
「炎の精霊ロゼットよ。まだ生まれたてなの。よろしくね。」
私より少し濃い桃色の髪と瞳、炎のようなワンピースの裾。人間の頃でも再現できそうな姿なのに、どこか馴染みのない雰囲気。もうお姉ちゃんと呼びかけても反応してくれないのだろう。サイフもロゼットを凝視するだけで何も言えていない。クレハも悲しそうに彼女を見ている。その中でセイカだけが何事もないようにロゼットに挨拶をした。
ロゼットはこの村で起きた惨劇を教えてくれる。私達が去ってからの、とても最近の出来事を語ってくれた。
彼女はこの森を散歩していた。なぜか近寄りたくない場所があると同時に、そこを見なければならない気がしていた。だから彼女はフレイムになぜか持っていた薔薇を差し出し、同行を頼む。その行動を面白く思ったらしいフレイムが願いを聞き届け、その村へと向かった。
その村がヴェリタテ村。フレイムは生贄を捧げた村だとクレハから聞いており、人間のロゼットと炎の精霊として生まれたロゼットに共通点が多いことにも気付いていた。だからフレイムは炎の精霊ロゼットのことを誰にも教えなかったそうだ。
行けば何かを思い出すかもしれない。思い出さないほうが良いかもしれない。どちらも思いつつ、フレイムはロゼットの願うままに連れて行ってくれたそうだ。しかしロゼットは村に到着した途端、頭痛に苛まれた。
「あの場所が嫌だったの。」
白い祭壇を指差す。その時は村人に声をかけられ、さらに痛みが増し、体も震えた。無意識にフレイムにしがみつき、周囲を見回していた。何を探しているのか問われ、ようやく自分が何かを探しているのではないかと思い至った。何を探しているのかは思い出せず、それでも見つけるべき何かを持っていた気がし、今も彷徨っている。
その時も彷徨っていた。大人の村人は彼女を遠巻きにするだけだった。しかし子どもは石を投げ、お化け、悪霊、化けて出るな、と攻撃的な態度を取った。家から鉈を持ち出す子までいたそうだ。当てられることはなく、彼女が振り向き、一歩近づいただけで大人が子どもを抱き寄せ、畏れるように謝罪をした。少し離れた場所から様子を窺う人もいた。ロゼットには何も分からなかったが、フレイムは生贄に捧げられた人間がこのロゼットなら、その人々の態度に酷く落胆したそうだ。その落胆のために、フレイムは炎を発した。
村はフレイムの炎で包まれた。村人は逃げ惑ったが、炎の精霊であるフレイムの炎から逃れられるわけがない。炎が行く手を阻み、村の外への脱出を許さない。誘導された村人は生贄の儀式の執り行われた祭壇へと追い詰められる。村人達が生贄を捧げられる場所だと、精霊に繋がる道だと信じるただ地底へと落ちるだけの大穴に、彼らは集まってしまった。
ロゼットの話はそこで終わった。ここには死体一つない。おそらく村人達は唯一の希望と信じ、精霊に転生することを祈り、焼け死ぬよりはと飛び降りたのだろう。ロゼットと同じ死に方をし、私に与えようとしていた死を自ら迎えた。衝撃を受けているサイフとクレハには悪いが、私には特に感慨もない。特別交流のあった村人なんてサイフだけ。クレハとは村を出てからのほうが深い交流を持っている。私にこの村への未練なんてもう何もなかった。
思い出を振り返るように、サイフは私達の家のあった場所で立ち止まった。自分の自宅ではなく、ロゼットも一緒に過ごしたこちらを見てくれる。この家も燃えてしまっていた。ここで作ったロゼットの手料理はサイフも一緒に食べている。野草や木の実のシチューは決して贅沢なものではなかったが、どんなご馳走よりも美味しかった。歯応えのある葉を選んで入れていたのは肉をあまり食べられない状況でも食べた感覚を得やすいようにという彼女の優しさだ。刺激的な木の実も調味料として使える便利なもので、特別な味付けをしなくとも食事を楽しめる一つの要素になっていた。甘い果実はその季節にだけ食べられる特別なもので、それはそのまま齧っていた。
「彼女は冬にだけ採れるあの果実が好きだったな。」
寒いのに木登りをし、寒そうな肌に怪我をしていた。それを見かねたサイフが代わりに採ってくれるようになり、三人で一緒に楽しんだ。毎年の恒例になり、一緒に採ることも私にとっては遊びの一部だった。怪我をすれば姉が薬草を私達に巻いてくれた。その薬草は年中生えていたが、冬に採りに出かけたくはないと秋の間に採り溜めていた。
この台所も石の部分程度しか残っていない。この辺りには寝室があったと見ても、もう寝床にしていた藁も毛皮もない。全てフレイムの炎で燃え尽きてしまった。ここでも三人で寝たことがある。姉妹なのに親子みたいと笑っていた。サイフも照れながら夫婦みたいだとロゼットとの時間を喜んでいた。
今はサイフの話を聞こう。そうサイフの家に案内してほしいと求める。彼は私達に気遣ってか、自分の家族の話をあまりしなかった。今尋ねてもあまり言わない。村の中に入れてもらえない私達と深く関わりを持っていた彼は、村から排除されそうになっていたのかもしれない。本当のところは彼もクレハも語らないため分からない。クレハも自分の自宅を見られたのか、セイカと共に私達の所に近づいてきた。
「バラジーまで戻ろう。ここは長くいる所ではないからな。」
セイカの決定に三人とも従う。急いできたため、少し思い出に耽る時間があっても日帰りできた。状況は把握できた。これ以上できることは何もない。そうハイルに報告を行う。サイフは無口だった。クレハはじっとしていられないと狩りに出かけた。セイカも一人どこかへと旅立った。私は今から何をしよう。
明日は休みだと伝えられても、今日の仕事は終わりだと言われても、何をする気にもならなかった。サイフと並んでサマジアの庭を歩くが、二人ともこれ以上話すことがないのか、ただ黙って並んでいるだけだ。サイフは薔薇を眺めているが、私もそれをする気にはならない。ヴェントと戯れる気分でもない。一人鍛錬を行っても、集中できていないのか、素早い精霊術の発動どころか、的まで上手く飛ばせないことも多くなってしまっている。いつもなら夕食を取っっているような時間になっても意味のない鍛錬の真似事を続けた。そんな時間でも団員の一部は鍛錬を行っている。こうして実力を高めるために彼らは日々努力を重ねているのか。
レヴィナに食事に誘われても、そんな気分にはなれないと断った。今日は借りている仮眠室で簡単にパンを食べよう。パン屋は開いているだろうか。閉まっているなら今夜は何も食べなくても良い。今を逃しても明日になれば食べられるのだから。
一人、また一人と鍛錬する団員が減る中、私は残り続けた。私は仮眠室に戻れば良いだけ。帰る家もないのだから移動のことを考えなくて良い。明日も休みなのだから時間なんて気にしなくて良い。こんな時間も無駄だと分かっていても、鍛錬の真似事を続ける。ヴェントが早く休んでほしいと見守ってくれていることにも気付きながら、視線を感じていないふりをしていた。
団員が全員帰宅し、もう新たに誰かが来ることはないだろう時間。日が沈み、月が昇ったのがいつなのかすら忘れてしまったような時間。それなのに鍛錬場に足音が近づいた。
「俺は休むように言ったはずだが。」
団長のハイルだ。まさか今まで仕事していたのだろうか。精霊術を止め、近くのベンチに腰かける。ハイルも暇潰しに付き合ってくれるつもりなのか、隣に腰かけてくれた。
何を話そうか。ベンチに座ったは良いものの、特に何を話すか決めていたわけではない。仕事外なら報告でも何でもない会話で良い。そうまずはとハイルが今まで仕事だったのかどうかを尋ねた。
「そんなわけないだろう。少し散歩していただけだ。」
こんな時間に散歩。問題があるわけではないが、私ならこの時間は眠っていなければ次の日起きられない。ハイルは起きられるのかと感心すれば、彼も明日は休みと聞かせてくれた。彼にも眠れない理由があるのだろうか。そこまで聞いて良いのだろうか。判断に迷い、結局報告の時には省略した、ヴェリタテ村での出来事を語る。サイフと思い出話をした、彼の家も燃え尽きていた、家族もおそらく大穴に飛び降りていった。その哀しみに私は寄り添えたのだろうか。
「彼は君より先に村を出ていた。サマジアに所属した以上、帰るつもりもなかっただろう。」
私の姉によく似た精霊ロゼットと出会ったことも、今回心に来る出来事だったのだろう。私のことも分かってくれず、炎の精霊フレイムに寄り添ってしまっていた。もっと話したいと言うことも、一緒に行こうということもなかった。サイフにも何も感じていないようだった。もう彼女は私の姉でもサイフの恋人でもないのだと、思い知らされる態度だった。
サイフは戻ってきてからずっと薔薇を見ていた。ロゼットの好きだった花だ。度々町へ出かけては買って来て贈ってくれていた。あの日もそのために村を空け、その隙に儀式が執り行われた。儀式のことは私にも姉にもサイフにも伝えられていなかった。サイフも私達姉妹に寄り添いすぎたために、村の重要事項を伝達されなかったのだ。
過去を人に話すことなど珍しい。姉とは全てを共有していた。サイフにもヴェリタテ以前のことを話さなかった。もしかすると姉は話していたかもしれないが、少なくとも私のいる前では話していなかった。クレハやセイカにも話していない。既に失われたものを語っても意味はない。
「話すことで過去にできることもある。話したいなら話せば良い。」
ただ静かに聞いてくれていたハイルはまだ聞いてくれるつもりでいる。親のことはあまり覚えていない。私にとっての家族は姉だけだった。一人で生きることなど姉を失うまで想像すらしなかった。クレハに連れ出されて、村の外で生きる選択肢を初めて意識した。サマジアに入って、本当に生きることができると分かった。
私は初めて、姉から離れて生きている。




