吹き荒ぶ街バラジー
フォルドのことは町長に任せれば良い。私達はハイルの指示で氷漬けの状態を解消しただけ。その報告のためにバラジーまで戻る。
そのバラジーでは一歩街に足を踏み入れただけでその異常が感じ取れた。踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいそうな強風。通行人も少なく、いても大柄な人ばかりだ。子どもは吹き飛ばされてしまうかもしれない。私でもクレハとサイフが手を繋いでくれていなければまともに歩くこともできなかっただろう。セイカが身を低くしつつも一人で歩けていることが不思議でならない。
街の外はそよ風、街に入った途端の強風、そしてサマジア事務所近辺もまたそよ風と明らかに自然の風ではない。一体何が起きているのか。ヴェントに聞けば分かるだろうか。そう事務所に入ると、疲れた様子のハイルが精霊達の相手をしていた。バラジーで何が起きているのか気になりつつも、まずは報告を済ませる。結果としては良いものを持ち帰れて何よりだった。報告が終わればバラジーの現状を聞く。入口からここまで強風だったが、一体何があったのだろう。
「お前の精霊ヴェントが暴走している。街の中央の塔まで迎えに行ってやれ。」
ヴェントはいつも穏やかに私を支えてくれていた。今回はアクアやノクスと交流していたため、置いて行っただけ。サイフとクレハのことならヴェントも以前から知っており、セイカとも行動を共にした。ヴェントは衝動的に動いてしまう精霊ではない。何かの間違いではないだろうか。そんな私の感覚は街の中央の塔まで行けば分かるという言葉で否定された。この強風が暴風になってしまう前に鎮める必要がある。そのために私自身が出向く必要がある。そう説得され、ヴェントの暴走原因については鎮めてから聞くこととなった。
精霊二柱で事務所近辺だけを抑えている。中心部に近づくほど風は強く、既に暴風と化しているそうだ。そこに行くには二柱の力を借りる必要がある。私一人で、暴風の中を歩く。アクアとノクスがいれば大丈夫だろうか。
「俺も行こう。サイフ、ここは頼んだ。」
サイフも頷き、他の団員達も屋内に避難済みと情報を共有されている。クレハとセイカも屋内に留まるよう言われ、渋々従った。私が向かうことを心配してくれているのだ。それでも私が向かわなければならない理由を理解し、見送ってくれている。ノクスとアクアだけでなくハイルまで同行することも二人が無理に一緒に来ると言わない理由かもしれない。
三人に見送られ、風の吹くバラジーの街へと踏み出した。小瓶のアクア、私の頭の上に乗るノクス、腰を支えてくれているハイルのおかげで真っ直ぐ歩けている。風も落ち着いているが、これはアクアとノクスが抑えてくれているだけ。風の音は十分以上に聞こえ、時折ベンチなどが飛び上がる姿は見えた。直撃すればひとたまりもないだろう。こちらに飛んで来ないのはアクアとノクスのおかげだろうか。
「自分の大切な主に傷は付けられない。無意識で避けているのだろう。」
ノクスの説明で抑えきれていない風が温かく感じられた。ヴェントは何を悲しんでいるのだろう。それとも怒っているのだろうか。ヴェントを置き去りにしてしまったから寂しいのだろうか。
どうヴェントに話しかければ良いのだろう。窓から住民達が様子を見ている。どこから話を聞いたのか、それとも不安でずっと外を見ているのか。注目されたのは生贄に捧げられそうになっていた時以来だった。
「アルドラ、ヴェントだけを見ていろ。あの子はお前を待っているんだ。」
塔の周囲は特に風が強い。まだヴェントの姿がはっきりとは見えないが、金色の塊がヴェントなのだろうとは分かる。暴風の音だけを聞き、少しずつ近づいていく。あれが私のヴェントなのだと自信を持って言えるほどにまで近づいた。行って来いとハイルに背中を押され、頭の上のノクスにアクアの入った小瓶を預ける。
一歩、また一歩と塔の下にまで入った。両腕を開き、ヴェントに呼びかける。来たよ、会いに来たよ、私の傍にいて。今までの人生で一番の大声を出し、何度もヴェントに呼びかける。ぴょこんとヴェントは私の腕に収まってくれた。パタパタと尻尾を振り、私に顔を擦り付ける。やはり寂しかったのだろうか。
「よくやった。お前はこの街の救世主だ。」
周囲を見れば風は止み、音もなくなっていた。飛んでしまった物はそのままだが、それもすぐに片付けられる。ヴェントがどうしてこんなことをしたのか、聞かせてくれるだろうか。ゆっくりと話を聞くために護送団サマジアの事務所まで戻った。
無事かと抱き締めてくれるクレハ。セイカもぽんぽんと私の体を軽く確かめる。色々と話すことがあるとハイルに勧められるまま、その隣に腰掛けた。ヴェントも私の膝の上に乗り、ぴったりとくっついている。ノクスもそのヴェントを心配するように嘴で身繕いしてあげている。小瓶の中からアクアも見ており、精霊達も何か感じているようだ。
早速本題だ。どうしてヴェントはバラジーを暴風に閉じ込めてしまったのだろう。
「僕と話していたから、ロゼットは生贄に選ばれてしまったんだ。」
始まった話はロゼットが生贄として捧げられた当時のこと。生贄は精霊への捧げ物。精霊と触れ合える者のほうが選ばれやすい。私達がヴェントの声に気付いたのは、姉が森で精霊に語りかける古い歌を歌っていたから。歌に反応してヴェントが私達に声をかけてくれたのだ。
「話し続ければアルドラも殺されるかもしれないと思った。でも姉を失って、僕まで離れたらアルドラが一人になってしまうから、狐の姿で、もう話さないと決めて、傍にいることにしたんだ。」
だから姉のいなくなったあの日から狐のヴェントが私の傍にいてくれた。風の精霊から取ったその名前は、偶然にも風の精霊その人に呼びかけ続けることになった。風の精霊ヴェントがいなくなってしまったと思って、狐にヴェントと名付けて気を紛らわせているつもりだった。そのうち、狐のヴェントが私のヴェントだと感じるようになり、あの村でも耐えられる気がしていた。それが間違いだったことは次の生贄が私だと知った時だ。それでも姉と同じ場所に行けるのならと諦められた。狐のヴェントが傍にいてくれたから、落ち着いてその日を待っていられた。
「前は結局クレハとセイカがアルドラを助けた。今はアルドラも前向きに生きようと思ってくれてる。それなら僕だってアルドラを助けられる。傷つけるケイドだって街の人間だって僕が排除できる。そう思ったら風が止められなくなったんだ。」
視線は感じていたが街の人間に傷付けられた覚えはない。ケイドにも困ったことはあっても嫌いではない。誤解させてしまったのなら、今回の暴風は私のせいと言っても過言ではない。街の人達に謝罪に回るべきだ。ヴェントの姿は街の人々にも見られている。今回の暴風の原因もヴェントだと気付かれているなら、その説明だって私がすべきだろう。
私の意思を伝えればそれなら付き合おうとセイカが言ってくれた。クレハは止めたそうにしていたが、ハイル達はセイカがいるなら問題ないだろうと背中を押してくれる。
怒られるだろうか。それでも受け止めなければならない。私のヴェントが暴走した結果なのだから。そう深呼吸し、セイカに見守られながら一軒目の扉を叩く。胡乱げな視線に晒されながら、抱えたヴェントが風の精霊であったこと、自分の不在中に暴走してしまったこと、そのせいで住民の皆さんを危険に晒してしまったことを謝罪した。
「つまり、あんたがずっとその子といれば良いわけだ。頼んだよ、風の姫さん。」
このおばさんも頬にも腕にも切り傷があり、少し切れる箇所がずれれば危険な状態になっていただろう。それでも怒ることなく、今後のことだけを考えてくれた。
続く家でも好意的な反応だった。ヴェントが可愛い狐の姿だからかもしれない。無邪気な動物に見える彼がしゅんとしているのに、それ以上怒ることも難しい。
「それよりアンタ、大丈夫かい?護送団サマジアに脅されてないかい?この暴風の中スーツの男に連れ出されてたじゃないかい。」
私のヴェントが暴走してしまったから、私が鎮めに行っていた。ハイルはノクスを貸してくれた、危険な場所に自分も同行してくれた。連れ出されたわけではない。そう言っても何かあれば相談してくれ、と締められてしまった。
この後の家でも、しっかり面倒を見るんだなどの言葉程度で、厳しい対応の家は少なかった。私はまだこの街で過ごしていけそうだ。
事務所に戻り、謝罪は概ね受け入れられたと報告する。ヴェントが風の精霊として積極的に協力してくれるのなら、できることはきっと増やせる。そう伝えたのにハイルの反応は思ったものとは異なった。
「今ならどこでも受け入れられるだろう。綺麗な組織もお前を歓迎するはずだ。」
勧誘されたいわけではない。そう黙ればセイカからも謝罪の様子が伝えられてしまった。ハイルもその反応を想像していたように平坦な返答で、咎めることも悲しむ様子もない。ハイルだけが悪者のように言われると分かっていて一緒に行ってくれたのなら、なおさら感謝すべきだ。体を支えてくれる手は心強かった。私は移る気なんてない。そう主張する。街の人々がなんと言っていても、ただの他人の言葉だ。私の結論は変わらない。確かにクレハもセイカも私を助けてくれた。しかし二人といては守られる一方だ。私が自分で生きていく力はここでしか得られない。
「精霊使いが増えるのはありがたい。少しばかり休んで、また仕事を頼む。」
元気の良い返事で護送団サマジアに居続けることが決定された。ヴェントともよく話そう。何を不安に思い、何を脅威に感じたのか。また彼が暴走してしまわないように、私もしっかり精霊使いをするのだ。
周囲の心配も受けつつ、バラジーでの日常は再開された。水の精霊アクアを護送団サマジアに引き込み、氷の精霊フロストを鎮めて隣町フォルドを救い、風の精霊ヴェントも落ち着けた。ヴェントは元々私が原因で暴走してしまっただけ。それでもハイルは特別報酬を弾んでくれた。フォルドでは特に大変だっただろうと特別休暇も頂いた。他の人は通常業務についているため、一人と一柱での散歩だ。
誰かが話したのか、フォルドでのことも広まっている。そのおかげでフォルドとバラジーの救世主とまで言う人すらいた。ただ精霊と話しただけ、その上バラジーでのことは飼い主の責任のようなつもりだった。精霊に飼い主なんて不敬だが、狐の姿のヴェントは姿の見えなかった頃より身近に感じられる。慕ってくれる様子も神々しさより親しさを感じさせるもののため許してほしい。
落ち着かない散歩の時間、知り合いに声を掛けられた。護送団サマジアへの借金をまだ返せていないケイドだ。利子がないため元本だけで良いはずだが、母親も万全とはいかないためか遅々として返済が進んでいないらしい。
「アルドラも本当にサマジアに入っちゃったんだな。」
暗い声で確認されるが、何度聞かれても回答は同じだ。ケイドは自分と一緒に働いてほしいのだろうか。その願いは叶えてあげられないが、話を聞いてあげることはできる。ケイドはどんな仕事をしているのだろう。その質問には淡々とした返事が返ってきた。街の掃除、家の外壁の掃除、屋内の掃除も請け負っている。体力も腕力も要る作業が多いそうだ。私には難しいだろうとも言い添えられた。私も村で自分達の生活のために力仕事を行うことはあったが、毎日幾つもの家を登ることなどなかった。たまに自宅の外壁を登ることはあったが、その程度だ。その上このバラジーの建物は村よりも高い。落ちたら怪我では済まないかもしれない。天井も高く、二階建て三階建て、中には四階以上の建物まで見える。一般の家は分からないが、少なくともサマジアの事務所の天井は高い。
連続で何軒も回ると途中で疲れて落ちてしまうかもしれない。だから一回一回十分な休息を取り、次の家に向かう。今はその休憩中。空腹も避けるべきだが、満腹も避けるべき。そう軽食を何度も取っているそうだ。昼食にはまだ早いが美味しそうなサンドイッチに釣られて私も注文してしまう。
「アルドラは普段どんな仕事をしてるんだ?」
サマジアの人達に精霊術の繊細な操作を教えている。今のところその程度だ。精霊との交流ができるならその役目も私のものになるのだろうか。ヴェントに協力してもらえればできることも多いが、それはヴェントの仕事になる。一柱で仕事をする気はなさそうなため、私の仕事はヴェントの付き添いだろうか。私の精霊術の腕も上がればもっと色んな仕事を任せてもらえるかもしれない。そうと決まれば早速練習だ。他人に教えるのも良いが、自分を鍛えることも大切だ。
ささっと軽食を済ませ、借りている部屋に戻る。ちょっとお散歩のつもりだった服装から精霊術を使う際の気合の入った服に着替えた。お金もたくさん貰ったから何か買おうかと思っていたがそれはまた今度で良い。必要な物は既に揃っており、急いで買う物などない。
「あれ、アルドラちゃん?今日はお出掛けじゃなかった?」
レヴィナも不思議そうに声をかけてくれるが、気が変わったとだけ答えて意識を集中させる。深呼吸をし、息が吸い込まれる先の一番底に呼気を集めるイメージで、力を何度も溜める。それを一気に解放するつもりで呼吸と共に魔力を吐き出す。ふっと鋭い息と魔力で的を貫く。的を貫通させられた。発射までの時間が以前より短くなったような気がする。教えることで自分の感覚が明確になったのだろうか。この調子でもっと素早い発射を目指そう。
昼過ぎまで練習を続け、遅めの昼食のために事務所を出る。少し先にハイルも見えた。彼も遅めの昼食だろうか。今は何か起きていたのか記憶を探っても、私は何も聞かされていないことしか思い出せなかった。
「少し苦情を処理していただけだ。アルドラは練習に励んでいたそうだな。」
この短期間で精霊術の扱いが成長した気がする。感覚も含めて報告すれば静かな笑みで答えてくれた。午後からもまた練習に戻ろう。一つ呼吸をする間にあの的を貫くことを目標に、神経を研ぎ澄ませたい。そのためにも今はお腹を満たそう。
食べつつケイドと遭遇したことも伝える。街や家の掃除を仕事としており、借金返済のために彼も頑張っていた。母親や父親のことは聞けなかったが、明るい表情をしていたため問題ないのだろう。そう彼のことを話していると、また仕事から仕事への移動中なのか、ケイドに声をかけられる。今度はハイルへの発言だ。
「借金を返済できたら、アルドラを返してほしい。」
「どこに所属するかは本人に任せている。」
私は護送団サマジアに留まるつもりだ。これは何回も言っている。仕事をしつつ、自分の実力を高める時間も確保できるサマジアを出ていく理由がない。ケイドの家だって薬を買うために借金をしなければならないほど、それも正規の所からお金を借りられないほど、生活には余裕がない。サマジア以外でお金を稼ぐ当ても今はない。探せばあるかもしれないが、今ほど稼げるかは分からない。団員達とも楽しく過ごせている今、探す気にもならなかった。
ハイルを睨みつけるケイドを放置し、目の前のサンドイッチに齧りつく。柔らかなパンに挟み込まれた優しい塩味のベーコンに濃厚なチーズ、それにさっぱりとしたトマトがふわりと口の中に広がった。午前に軽食を取っているからと思っていたのにあっという間に食べ終わってしまう。もう一つのパンはクロワッサンの中にウインナーが入れられた物。これもバターの染み込んだ生地の中にウインナーの肉味が主張する。見た目以上にお腹の膨れる一品だ。
「美味しそうに食べるんだな。」
笑われてしまった。いつの間にかケイドはいなくなっており、ハイルも食後のコーヒーを楽しんでいる。この街の食事はどこで食べても美味しい。お金もたくさん持っているため毎日三食も四食も食べられる。心置きなく今の食事を味わえるのだ。
午後の予定も話しながら、満足のいくお昼休憩を過ごせたのだった。




