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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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凍てつく町フォルド

 クレハとセイカにも同行してもらい、四人でフォルドへと向かう。隣町とはいえ、一日では辿り着けない。のんびりしている時間もないが、焦っても何もできない。そう言い聞かされ十分な休息を取る。ヴェリタテ村でも食べたことのある栗鼠のサンドイッチで、ほんのりとナッツの風味のするご馳走だ。私も姉も狩りは得意でなかったから滅多に食べられなかった。小さくすばしっこい栗鼠を捕まえるには技術が要る。大きな獲物でも仕留めきることが難しい。余所者の私達は特に村への貢献をしなければならず、そんな中で自分達の贅沢品を確保する余裕などなかった。

 無駄話をするべきではない。そうセイカやサイフに注意されても、クレハは私の様子を気にかけてくれた。護送団サマジアの内部に入ってからどんな雰囲気か、日々の暮らしに問題はないか。入りたてのため低いだろう給料が服などを買い揃えるに足りる額なのか。今日はたくさんお給料も貰い、その上服など色々と用意してくださったのに給料からの天引きにもなっていなかった。護送団サマジアの戦力底上げ、という話をしていたが、あの魔力操作の話はそんなにも役に立ったのだろうか。

 移動中の質問は徐々に減り、セイカ達の助言通り無駄な体力を使うことのない無言に移動になっていった。無事フォルドに到着すれば、聞いていた通り氷漬けだ。バラジーほど大きくはないが学校もあるような町で、子どもも多い。クレハの溶かした道からの出入りはあり、そこから燃料や食料品の運び込みは行われている。長く続けられるわけではないため、早急な解決が必要だ。まずは氷の精霊を探したい。どこから氷漬けが始まったのか分かれば、と手がかりを求めるが、今見えている人はみな忙しそうだ。町の中に入ってしまえばもう少し時間のありそうな人もいるだろうか。

「この氷は普通の火では溶かせなかった。精霊の関与は明白と言って良いだろう。」

 セイカの発言で、氷をさらに溶かす役割はクレハに任された。道は多ければ多いほど、太ければ太いほど良い。その間に私とサイフは町の中で聞き込みを行う。

 通りを歩く人はほとんどいない。いても荷物の運搬など忙しそうにしている人だけで、やはり話を聞かせてもらえそうにはない。人のいそうな家を訪ね、調査していると言って話を聞かせてもらう。ほとんど快く応じてくれたが、地面から建物まで下から上へと凍っていった、という証言ばかりでどこに氷の精霊がいるのかは分からない。どこでも似たような証言ということは、全体に同じように影響を与えられる場所、町の中央だろうか。

 頼りない手がかりを元に、中央広場に立つ。氷漬けの噴水、ここがこの町フォルドの中心だ。平常時であれば人々の憩いの場になったのだろうが、今は寒すぎて誰もいない。どう呼びかければ良いのか分からず、氷の精霊さん、お話しましょうと声を出した。しかし返答はない。

「溶かせば何か起きないか?クレハを呼んでくる。」

 サイフを見送り、私は引き続き呼びかける。寒くとも素手で氷に触れ、氷の精霊さん、と何度も呼ぶ。やはり水の精霊アクアが応じてくれたのは彼女だったから、彼女の力を授かったレヴィナがいたからであって、私の力ではないのではないか。こうした時、村の人達は祈っていた。祈っても世界樹は応えてなどくれないのに、祈っていた。祈りで救われるのなら姉は死なかったはずだ。この呼びかけにも意味があるのかは分からないが、それでも戻って来るまでだ、と呼びかけ続けた。

 結局氷の精霊からの返答はないまま、クレハに噴水の氷を溶かすよう依頼することとなった。本物の氷のように溶けても水が残るようなことはない。ただ蒸発し、消えていくだけ。じっくりと氷を溶かし、徐々に噴水本体が露わになり始める。白い石の噴水には氷の結晶の柄があり、元々この地が氷の精霊を特に崇めていたことが窺えた。一部元々存在したのだろう水に手を浸し、再び氷の精霊に呼びかける。今度こそ、という念を込めれば、ピシピシと噴水に氷の花が咲いた。

「うるさい。人間が過ちを正さない限り、僕はやめないぞ。」

 足も腕も組み、怒っている様子。露出した手足が寒そうだが、氷の精霊なら寒さなど感じないのだろうか。ひとまず、と名乗り、それから彼の名を問う。フロストと名乗った彼はやはり氷の精霊で、寒そうと言えば手足を人間のようなものから氷の集まりのように変えてくれた。形状は人間のままだが、質感が氷で、見ているだけで寒くなるような物ではない。

 人間への敵対心は見せるのに、ちょっとした頼みには応じてくれる。彼を怒らせた人間の過ちとは一体何なのだろう。私はこの町に初めて来たため、この町の内情も分からない。先に人間に確かめたほうが良かっただろうか。

「学校で聞けばいい。そこに人間の罪がある。」

 それだけ言うとフロストは全身を氷に変え、氷像となってしまう。もう呼びかけても何の反応もない。

 手がかりはこの町の学校。複数あるが、最も大きな、年配者も通う学校から行こう。さっと決定してくれたサイフに続き、氷に支配されたフォルドを歩く。相変わらず人は少なく、食料品の運搬を行う者くらいしか見えない。子どもすら外で走り回っていない。私の手も冷え切ってしまっている。息で温めてもあまり効果を感じられず、鼻の冷たさに意識が向いてしまうだけ。バラジーほど広くないという話なのに、随分遠く感じられた。

「手、繋いでるか?炎で温めるのは難しいけど、触れてたら多少ましにはできるから。」

 クレハの手を取り、その体温を感じる。炎の精霊の加護を受ける以前よりさらに温かくなっている気がする。鼻や顔は冷たいままでも我慢できないほどではなくなった。それなら私も、と実は寒かったらしいセイカもクレハの手を取る。クレハは体温が高いのだろうか。

 じんわりと温められながら一際大きな建物の前に立つ。鍵もかけられているここにどうやって入るのだろうと思えば、まずクレハが氷を溶かし、続いてセイカが扉を打ち破った。修理費を払えるようなお金は持っているのだろうか。それどころか牢屋に入れられてしまうかもしれない。本当に入って良いのかと迷いつつ、結局迷いなく侵入する三人に私も続いた。

 どこを調べれば良いのか分からないまま、セイカが扉を壊していく。何か怪しい物、手がかりになりそうな書物、と幾つもの扉を壊した。誰もいないだろう。そんなつもりで壊されていた扉は振り返った男性に咎められる。

「何をしているんだ!これは世界の希望だぞ!」

 男性の手には試験管が握られている。周囲には紙も散乱しており、何か液体の入ったビーカーもある。何かの実験をしていたようだ。世界の希望、とは何なのだろう。それを問いかける前に、セイカがビーカーの液体を飲み干し、ビーカーも試験管も壊してしまった。その上彼に剣を突きつける。

「誰の指示だ。お前はこれをどこで手に入れた。共犯者を教えろ。」

 セイカの気迫に男性も硬直してしまっている。突然のことにクレハもサイフも止められていない。二人とも剣に手を添えているが、それがむしろ男性への脅しとなってしまっているようでもある。

 彼は答えられない。私にもセイカがどうして急にこんなことをしたのか分からない。あの液体は飲んでも害のない物だったのだろうか。

「世界樹の樹液だ。この世界を殺す気か?」

 この世界の根幹、全ての親、この世界がこの世界として存在する理由。それが世界樹。世界樹から世界は生まれ、世界樹のおかげで世界として存続を赦されている。そんな世界樹から直接樹液を採るようなことできるのだろうか。できたとして、しても良いのだろうか。いけないからセイカは怒っているのだろうか。

「フロストが町を丸ごと氷漬けにした理由が分かったな。人まで凍らせなかったのは温情だ。殺されたくなければ今すぐこの研究をやめるんだ。」

 コクコクと壊れた人形のように男性は頷き続け、町長に会うようセイカに伝えた。町長の屋敷の特徴も教えてくれる。セイカはその返答に不満だったのか、薄く彼の肌を斬ってから剣を片付けた。ここにはもう用がないと壊した扉を通って学校を出る。次は町長の屋敷だ。

 学校には及ばないまでも住居としては大きな屋敷はおおまかな方角と外観だけで十分判別可能な物だった。玄関を凍らすことは避けてくれていたのか、ここはクレハの力を借りずとも訪問を伝えられた。

 どう名乗れば良いのか。迷っているとセイカがこの惨状を招いた原因である氷の精霊フロストの使いと名乗った。勝手に使いを名乗って良いのだろうか。しかしそれ以上に話を聞いてもらえそうな名乗りは思いつかず、黙ることでその片棒を担いでしまった。現状の打破になると受け取ってもらえたのか取り次がれ、案内された先には上品なお婆さんが待っている。彼女がこの町フォルドの町長らしい。セイカからの説明にも真剣に耳を傾け、事態の改善のために動いてくださった。

「直接精霊様とお話することはできるかしら。この町の厳しい寒さを乗り越えるための研究が何故、世界樹を害することになるのか、もっと詳しく聞かせていただきたいわ。」

 セイカの知識の出処が分からないためか、町長は慎重に返事をされた。精霊からの説明のほうが納得しやすいことはセイカも理解できるのか、呼びかけに応じてもらえるかは分からないが、と前置きして氷の精霊フロストのいた場所まで案内する。呼びかける役目は私のものだ。

 町長を呼んできた、世界樹の樹液をセイカが飲んだ、と報告し、フロストに呼びかける。氷像の一部は人のようになった。彼はまっすぐに町長を見ている。

「で、どうするの?セイカの言うことは合ってるよ。今の研究全部捨てられるの?」

「今のままでは凍える家族が増えてしまいます。冬を乗り越えるだけの策を考える時間をくださいませんか。」

「却下。研究を全部捨てるのを見たら、僕の力で寒さを軽減させることはできるけど。先に人間の誠意を見せてもらわないと。」

 従うしかない。それは町長にも分かったのか、研究の停止を命じる、これまでの成果も破棄させると約束した。今すぐ連絡に行けというフロストの命令にも従う。同行は三人だけで、私はフロストの傍に留め置かれた。町長お婆さんの速度で、三人もそれに合わせてゆっくりと歩いている。クレハは私達にしてくれたように温めてあげているのだろうか。

 私だけを留めておいた理由は何なのだろう。フロストも四人を見送っており、何を話すでもない。質問には答えてくれるのだろうか。恐る恐る疑問を口にすれば、ようやく彼の目はこちらを向いた。

「君は不思議だ。二つの精霊の温度がある。風の温度と闇の温度。風の温度が一番濃いけど、その外側に闇の温度も乗っかってる。ヴェントとノクスに接点なんてあったかな?僕がこの町に来てから何か変わった?」

 言われても分からない。ヴェントは私に力を与え、今回は留守番だが一緒にいることも多い。しかしノクスとは少しの交流だけで深い繋がりがない。それでも精霊には何か感じられるものなのだろうか。

 ぽつぽつと会話しつつ、四人の帰りを持つ。フロストはこの町とその周囲の平原程度で、他の様子をあまり知らない。私の村のことも興味深そうに聞いてくれた。その上、生贄の話には強く憤ってくれたのだ。クレハが炎の精霊フレイムから聞いたと言っていたように、やはり精霊は生贄を求めていないのだ。精霊信仰の厚いヴェリタテでも精霊との対話は十分に行われていなかった。だから求められてもいない者を捧げ、貢いでいる気になっていたのだろう。

 四人の姿が見えた。セイカとサイフはお婆さん町長を両脇から支えられるように歩き、クレハは私に駆け寄ってくれる。この両手を包み、寒くないか気に掛けてくれた。言われてみれば寒さが和らいでいる。フロストが何かしてくれたのだろうか。

「ヴェントの不興を買いたくはないからね。ノクスも協力したら大惨事だ。」

 お礼を言っている間に、町長は戻ってきた。私達が場所を空けると、町長はすぐにフロストに跪く。研究関係の予算、実際に研究する者達の代表者など各方面に連絡を入れた、と報告が始まった。世界樹の樹液を使わない方針で研究を進めるよう指示し、氷を溶かせ次第、全体に行き届く予定になっている。

「ふん、まあいいだろう。僕はいつでもどこからでも見ているからな。」

 すぅっと水が地面に吸い込まれるように、氷が消えていく。同時にフロストの姿も消え、先程まで氷に包まれていたことが夢のように、何事もないフォルドがそこにはあった。

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