新しい生活
セイカとクレハは狩りを行っての金稼ぎができる。私のように護送団サマジアの世話になる必要はない。しかしクレハが私のことを気にかけてくれており、近隣の町との連絡など頼まれ事があれば格安で請け負うと提案した。それならとハイルも隣町フォルドの様子を見てきてほしいと頼む。ここ数日、急に連絡がつかなくなったそうだ。話を聞くなりセイカが事務所を飛び出し、クレハも慌てて後を追った。ケイドは私をここに一人残したくないと言うが、彼にも仕事があるだろうと帰宅を促す。私はもう護送団サマジアの一員として仕事を頂いたのだ。
ケイドを見送り、精霊術の指導の続きを行う。感覚の共有は昨日行っているが、急いで説明した部分もあった。今日は一人一人にもっと時間をかけて説明しよう。全員自分なりの感覚で精霊術を使っているため、同じ説明では感覚を上手く伝えられない。もっと繊細な扱いを習得するには個々の練習だけでなく、会話の中で感覚やその表現方法の違いを知っていく必要がありそうだ。それにしても精霊術を使える人がこんなにいるなんて驚きだ。精霊から力を授かる人間は少ない。そう聞いていたのに、昨日と今日見ただけで両手で足りないほどいる。
「団長の傍にいる鴉がいるでしょ?あれが闇の精霊ノクス様。私は小さい頃探索してた時にアクア様にお土産って言って力を貰ったのよ。伝言はちょっと上手く伝えられなくて怒られちゃったけどね。」
見ているとレヴィナが関わりのある精霊について教えてくれた。よく力を取り返すという話にならなかったものだ。ともかく、精霊の力を授かっている者が多い理由は少し分かった。団長ハイルを助けるつもりで護送団サマジアの団員達に力をばらまいているのだろう。こんな会話をしていたからだろうか、そろそろ休憩にしようと促してくれた。指し示された先にはサイフがいる。彼との会話はまだ足りていない。ヴェリタテ村での時間を共にした相手として仲良くしていたい。そうだよね、とヴェントにも同意を求めると、こんっと鳴き声で答えてくれた。
各々の目的のために動くバラジーの人々。日常の買い出しや公園での休憩、友達同士の遊び、仕事の合間の休息や移動。村より多い人間がこの街では生きている。子どもたちは駆け回り、大人も花を眺め、互いに干渉せずとも同じ街で生活していた。
「アルドラ、君は、本当にここにいたいのか。」
改めて聞く理由は何なのだろう。サイフもいる、私にできることもある、ヴェントだっていてくれる。腕の中のヴェントも鳴き声で肯定してくれた。ヴェリタテ村にいては生きられなかった私がここでは生きられる。クレハやセイカと一緒にいては守られるだけになってしまう私が誰かを支える立場になれる。姉に守られて、クレハに助けられて、セイカに守られた私が、自分で見つけた居場所だ。ヴェントの支えはあっても、頼り切りではない。ハイルも仕事をくれた、護送団サマジアの団員達もどうすれば良いか教えてくれる。同時に私にもできることがあると示してくれた。
「村では、どうだった?」
姉がいなくなってからは次は私だと思って過ごしていた。クレハは気に掛けてくれた、ヴェントもそれから一緒にいてくれるようになった。それでもここでずっと過ごすことはできないのだと分かっていた。今のように自分の居場所とは思えなかった。姉の遺体は深い穴の底に落ち、墓すら立てさせてもらえていない。ただヴェントを抱き締め、心の中で安らかな眠りを祈ることしかできなかった。ヴェントも静かにこーんと鳴き、頬を舐めてくれる。
二人と一柱で僅かに湾曲する道を辿り、喫茶店で昼食にする。ハムまで挟まれたパンという贅沢な昼食だ。ヴェントもミルクと野菜を貰っているが、不服そうだ。いつも肉を欲しがるが人間の食べ物は与えられない。精霊なら心配要らないのかもしれないが、狐の体に人間の濃い味付けの物を与えて良いとは思えない。村にいた頃はクレハや私、ヴェントが自分で狩った肉が食べられたが、今は難しい。代わりに肉屋で買える。生より焼いたほうが好きでも、味付けせずに焼いた物ならヴェントにも食べさせてあげられる。台所も借りられるだろうか。
「そのくらいなら大丈夫。このまま戻って作ってあげようか。ヴェントもお腹が空いただろう?」
こんっと元気の良い返事だが、後回しにしてはいけない。手早く昼食を済ませ、喫茶店を後にした。
護送団サマジアの台所ではサイフと協力して肉を焼いた。ここの物の使い方を私はまだ把握できていないからだ。火加減は私の精霊術で微調整できるかもしれない。そう試してみると、良い匂いが漂い始める。ヴェントは何度も摘み食いしようとした。火傷をするからと注意しているのに身を乗り出して、サイフの手を煩わせる。
お待たせ、とヴェントが好きなレアの状態で出す。よほどお腹が空いていたのかがっつくように平らげ、人間のようにお腹をぽんぽんと叩く。満足してくれたようだ。歯磨き用の葉を与えれば自ら磨いてくれる。それが終わればヴェントを寝かしつけ、私は午後の仕事だ。サイフも午後の仕事のために事務所を出ていき、私は裏の訓練場へと向かった。
一日中精霊術と触れ合い、私も少し杖を使った護身術を教わる日常が始まった。昼にはサイフと食事を取り、ヴェントのお肉を用意してあげる。度々ケイドは危険だと話しかけてきたが、むしろ充実した日々を送っていた。
今日は朝一番に団長のハイルから呼び出されている。サイフも一緒に待っており、今すぐにでも街から出られそうな装備だ。
「神秘の泉の話は知っているか?水の精霊との窓口になってほしい。護衛としてはサイフとレヴィナを付ける。水の精霊への質問や要求、対応可能な範囲はこの紙にまとめた。」
渡された紙には水の精霊から与えられた水で酒や果実水を作りたい、どの程度の量をどの程度の頻度で、どんな見返りで与えてもらえるのか、という内容などが箇条書きにされている。運搬の問題にも触れられており、相談のために誰なら立ち入っても良いのか、人数制限は、など質問も多岐に渡る。レヴィナも一緒なら楽しい道中になりそうだ。私はただ伝言係をすれば良い。詳細は追々、今回は水の精霊が交渉に応じてくれるのか、という点が第一だ。
重要点、話し合えると良い点、など確認し、三人と一柱で秘の泉へと向かう。私は既に一度足を踏み入れた場所、サイフは初めて来る場所。レヴィナは幼い頃に来て以来らしい。もう道も忘れてしまったという話のため案内するつもりで、水の精霊アクアにお邪魔しますと呼びかけ、足を踏み入れる。以前は水球があった場所も空いており、水球の中の人も他の場所の人もいない。既に保護は済んでいるようだ。
さらに奥へと進み、水の精霊アクアと会った泉に辿り着く。声を掛ければ幻のようにふわりと現れた。
「人間はしっかり撤去してくれたわ。次はいつかしらと思っていたのよ。レヴィナも久しぶりね。全然会いに来てくれないから寂しかったのよ。」
上手く伝言できなくても会いには来てほしい。ハイルからの連絡も待ってくれていた。それならと水の提供とその見返りに関する相談を始めさせてもらう。しばらく真剣に話を聞き、ハイルから預かったメモも一緒に眺めてくれたが、難しい顔を崩さない。
「分からないわ。瓶は持ってる?入るわ。」
どういうことかと思いつつ、瓶に水を汲めば、そこにするりとアクアは入った。小人の女の子が顔を出しているようで可愛らしい。このまま連れて行ってほしいとも言われる。ここには住んでいるだけで、水があれば移動自体は可能らしい。ついでにノクスに会うという言葉からも精霊同士の交流もあると窺える。便利な、と言っても良いのか分からないが、移動がお手軽だ。
瓶に入ったアクアを連れ、事務所まで戻る。何度も往復するより事は素早く進むだろう。思わぬ土産にハイルもきっと驚く。そう事務所に入れば労いの言葉と共に菓子を渡された。それを味わいつつ小瓶を差し出す。中からはアクアが顔を出し、鴉にノクスと呼びかけ抱きついた。鴉からはハイルよりも低い男性の声で久しいな、と聞こえる。事前に聞いていても一瞬驚いてしまった。闇の精霊ノクスは鴉、風の精霊ヴェントは狐。精霊は意外と身近に潜んでいるのかもしれない。精霊達三柱は久々の集合なのか話が盛り上がっている。
「少し時間がかかりそうだな。ノクスは特に多く力を与えてくれている精霊だ。俺も闇の力を頂いている。」
証拠とばかりに黒い炎の揺らめきを見せてくれる。力をくれてもそのまま傍に居続けてくれるとは限らない。精霊と人の価値観は異なるとも聞くが、精霊に気にいられている彼はやはり良い人なのだろう。私の風を吹かせてみても、本物の炎とは異なり、その闇の炎は揺らぐことを知らない。ただ魔力で戯れただけになってしまった。
「水の精霊が来てくださったのなら、後はこちらで話そう。ご苦労だった。少し早いが昼食にしてくると良い。それと、これは今月の給料だ。」
一部私の服などを揃えるために使った分が天引きされているそうだ。今月は月の途中からでもあった。来月はもっと多くなるだろう。それでも自分で稼いだ現金を手にするのは初めてで、ずっしりと重く感じられる。昼食もサイフに奢って貰ってばかりのためお礼をしたい。一部服の値段を見た。それから考えると、少々計算が合わないように感じられる。護送団サマジアでの仕事がしやすいようにと何着も服を頂いている。仮眠室に住まわせてもらっていることも考えれば、天引き前の給料が贅沢をするための額に思える。毎月服を購入するわけがないのに、それらを全て買えるだけの給料があったのだろうか。団員達と一緒に精霊術の話をし、護身術の訓練をしただけで、そんなにも高いお給料を貰えるとは思えない。
「必要経費だ。教官になってくれた君への贈り物だと思ってくれ。」
とても沢山頂いてしまった。ぱぁあっと顔に出てしまった自覚もある。それでもまずお礼をと伝えれば、今後の働きに期待するとだけ返された。応えるためにもまずは腹拵えだ。退室し、サイフやレヴィナと共に昼食に向かう。今日は私の奢りだ。そう既に何度も行っているサンドイッチの美味しい喫茶店で昼食にする。また今度ハイルへのお礼も一緒に選んでほしいと頼んでいると、また今日もケイドに遭遇した。
「アルドラ、今日はなんだかご機嫌だな。」
初めてのお給料を頂いた、色んな物を頂いたのにその分の費用も持って頂いていた、と昼食前に知った嬉しいことを共有していく。ケイドは私に助けられたととても感謝してくれているが、護送団サマジアにいる私を心配してくれてしまっているのだ。ハイルは少し目付きが鋭いだけで良い人だという私の説明も、ケイドは信じてくれていない。一緒にいる鴉も利口な子だと言っても騙されるなとしか言ってくれない。本当は精霊だと教えてしまって良いだろうか。精霊が特定の個人の傍に居続けるなんて話は聞いたことがない。隠しているのなら勝手に話すべきではないと今は口を噤んだ。
ケイドが一緒の昼食時はいつもヴェントの機嫌が悪い。ケイドに威嚇し、私とケイドが近づかないよう警戒している。護送団サマジアの人と挨拶する度にケイドは彼らを睨みつけ、それを軽く受け流されていることも彼は気に食わないようだ。
「お金のない人から巻き上げる悪党なんだよ。アルドラも目を覚ましてくれ。」
サマジアは商人の護衛依頼を請け負うこともある。この街の住民には危険だと思われつつも、仕事を依頼する人もいるのだ。それでもこの街で生まれ育ったケイドにはサマジアと関係を持つこと自体が悪党の道を歩くように見えるらしい。私はまだ完全にサマジアの一員になったと思われていないようだが、そのうち誤解も解けるだろう。最初に私の力で生活できるよう整えてくれたこの場所を離れるつもりなどない。
ケイドの説得を躱し、事務所に戻る。ハイルは今からようやく休憩なのか、アクアとノクスを連れて中庭に出るところだった。交渉は上手く行ったのだろうか。
「ああ、順調だ。お前がアクアを連れ帰ってくれたおかげだな。」
バタバタと慌ただしい足音が近づき、クレハとセイカが駆け寄ってきた。調査は終わったのだろうか。早口の報告によると、調査に向かった町フォルドが氷漬けになっていた。なんとか住民達は生活できているが、それも長くは続けられない。クレハの炎でなんとか一部の氷を溶かして侵入し、調査を続行。こうして状況を伝えてくれたそうだ。突然の気候の変化という言葉では収まらない災害。こうした現象は姉の語ってくれたお伽噺の中にもあった。人が精霊を怒らせ、その罰としてこうした災害は起きるのだ、と。
「アルドラ、早速で悪いがサイフと共に向かってくれ。精霊が原因なら対話を試みてほしい。水の精霊アクアを連れ帰って来られたお前なら話を聞いてもらえるだろう。」
アクアだから話ができただけだ。アクアの力を授かったことのあるレヴィナが一緒だったという理由もあるだろう。それでも期待してくれているのなら頑張ろう。ヴェントがいない不安を押し殺し、サイフと共に隣町フォルドへと出発した。




