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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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護送団サマジア

 ケイドに同行しつつ、お金を借りた相手について聞いていく。護送団サマジアという組織で、その名の通り、街から街、村への移動を護衛してくれることもあるそうだ。商品を守っていることもある。街の外の森などから素材を調達する仕事も請け負う。そして、金貸しもしている。契約を守っている間は無害な存在とも言われるそうだが、多くの住民にとっては恐ろしい存在でもある。それは迂闊にお金を借りれば返せるまで何をさせられるか分からないから。一時間でも返済が滞れば暴力を振るわれ、厳しい監視下に置かれる。裏路地ではそうした護送団サマジアによる犯罪が横行しており、全く取り締まられることもない。実質この街はサマジアに支配されているのだ、とまでケイドは言った。そんな危険な組織から父親はお金を借りてしまった。正規の金貸しでは返済の目処など厳しく審査されるそうで、ケイドの家族の仕事や収入では借りられないそうだ。

 約束の場所に着けば、男が一人座っていた。返済期限はまだ先だが、他の借り主を待っているのだろうか。声をかければ頭を上げる。その顔は私とクレハにとっては非常に馴染みのある、ロゼットの死以降会っていないサイフその人だった。彼も私達を見て一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直し、早く大通りへ戻るよう促した。しかしそういうわけにもいかない。今日はケイドの父親が借りたお金の話をしに来たのだ。そう説明すればサイフは苦しそうに事務所まで案内すると歩き出した。求めるものは返済期限の延長、利子の軽減。そうケイドは言うが、既に契約してしまったものを変更することなどできるのだろうか。

 疑問に思いつつ重厚な建物に入れられる。堂々と歩いているセイカが不思議なくらいだ。ケイドと手を握ってあげ、私はクレハの手を頼る。黒基調の内装は明らかに他人を威圧するための物に見える。本当に私達だけで来てしまって正解だったのだろうか。事務所の奥へと進めば、一際大きな椅子に座る男性が書類を眺めている。案内してくれたサイフが声を掛け、ようやく顔を上げた。

「よく来たな。まだ返済日は先だが、もう用意できたのか?」

 開口一番お金の話が始まる。村人達のように世間話などの前置きはないようだ。私達姉妹に振られる世間話はおおよそ暴言だったため、むしろ対応しやすい。話すべき内容も決まっているのだ。ただし話すべき人間はケイド。私は黙って様子を窺う。

 ケイドはこの世間話のない本題に怯んでしまったのか、手を震わせている。返答を待っている間、置物に見えた机の鴉が私の頭に留まった。鋭く見えて足の爪も刺さることなく、帽子でも被っているかのように優しい。羽ばたいている振動も感じないのに見た目ほどの重さも感じられない。ヴェントよりも軽いことは鳥であることから納得だが、それにしても軽く感じられる。私の意識はケイドの声で鴉から引き戻された。返済期限の延長と利子の軽減を願う声は諭すような男性の言葉で簡単に却下されている。

「大人同士の契約は、子どもの口約束とは違うんだ。」

 でも、とケイドは自分の家族の窮状を訴え、私やクレハにも助言を求める。しかし私にも彼の発言を覆すだけの知識はなかった。返済期限は来月だが、ケイドの計算では一ヶ月で稼げる額ではないと言う。父親やケイドが朝夕なく働いても難しい。その上、そんなことをすれば母親も仕事に出てしまう。薬を必要とするほど体調を崩した母親にそんなことはさせられない、とケイドは必死だ。

 契約は約束だ。反故にするならそれ相応の理由が必要であり、認めるかどうかも相手次第。そのくらいは知識のない私にも分かった。それならどうするという男性の問いかけにもケイドは黙り込んでしまう。私達に協力でも願うのかという言葉は煽っているようにも聞こえた。協力してあげたい気持ちもあるが、私はセイカ達に助けられている身だ。私だけにできる範囲と言っても協力してくれてしまうかもしれない。これ以上の迷惑はかけられない。私もただ黙って動向を見守る。するとセイカが焦れたように口を開いた。

「協力してやろう。どうせ明確な目的があるわけではないのでな。」

 ケイドも迷惑ではないかと一度遠慮したが、暇潰しだというセイカの言葉に甘えることに決めたようだ。その返答を聞くなり、セイカは男性に何をすれば良いのか質問した。男性も返済してくれるのであれば相手が誰かは問わないようで、近くの森での狩りを提案する。セイカが剣の腕に自信があること、精霊術も使えることを言い添えたからだろう。クレハも彼女同様戦える。私は戦えない。ヴェントが風の精霊だったのなら協力してくれるかもしれないが、それならヴェントだけが向かったほうが効率的だ。私も同行しては足を引っ張るだけになるだろう。

 村から連れ出してくれただけで彼らは十分に助けてくれている。ここからは私も私の力で生きていく術を見つけなければならない。そう今後のことを考え始めると、セイカが男性に私のことを頼んでくれた。護送団サマジア。一般市民からの視線は厳しいようだが、今話している男性は悪い人に見えない。十分会話できる相手であり、人質として預かろうという言葉にも悪意があるようには聞こえない。私は護送団サマジアでお世話になることにした。

 ケイドを自宅に送り届け、護送団サマジアの事務所に戻る。サイフとも話をしたいと言えば、あっさりと要望は叶えられた。ケイドやその家族がサマジアの人々を怖がっていた理由はまだ分からない。感じたそのままをサイフに伝えると黙り込んでしまった。話題を替えても反応は薄い。姉がいた頃にはもう戻れないのか。

「君は、俺を恨んでいないのか。」

 恨む理由がない。彼は何も知らなかった、知らされなかった。それは彼なら姉を助けてしまうと思われたからだ。私が姉を失ったように、彼は恋人を失った。あの数年前に移り住んできただけの余所者だからと諦められた私達とは異なり、彼は突然現実を突きつけられた。家族からも恋人を生贄に捧げる話を隠され、裏切られたのだ。それを受け止めるために時間が必要になってもおかしくない。私にはまだヴェントもいた。生きているだけの状態でも死ぬことはなかったのはヴェントのおかげだ。クレハが炎の精霊フレイムの力を授かり、クレハという名まで授かったことも伝えたい。

「君達は、精霊に愛されているんだな。何故ロゼットには……」

 言いかけてサイフは言葉を止めた。私を責めたいわけではないと謝罪もする。私達姉妹は風の精霊と言葉を交わしていた。私は姉のおまけだったのかもしれないとも思った。姉が生贄に捧げられて以降、彼の声が聞こえなくなったため、いなくなったと思ったのだ。その代わりこのヴェントがいてくれた。風の精霊の名を付けたのは私が寂しかったからだ。ヴェントはどうして私と言葉を交わしてくれなくなったのだろう。

 ヴェントはただの狐のように私の腕の中に収まっている。しかし私の問いには答えてくれる気のようで、真っ直ぐ見つめてくれた。

「ロゼットも僕と同じになってくれると思った。でもただ死んだだけだった。君に会わす顔がなかったんだ。」

 懺悔するように頭を下げる。姉の時に止めなかった理由は精霊になってくれると思ったから。私の時に止めなかった理由は私に生きる意思がなかったから。精霊のヴェントも人が生贄に捧げられ、精霊に転生すると信じていただけだった。

 許しの言葉が適切なのか、狐の姿でも傍にいてくれた感謝の言葉が適切なのか、私には分からなかった。移り住んでから姉妹二人で協力し、貧しいながらも充実した日々にできた理由には風の精霊ヴェントの声が聞こえたからというものもあった。お伽噺や伝説の存在との交流が村の中での孤立を忘れさせてくれていたのだ。

 事務所に戻れば私の力も試したいと、今度は団長のハイルに護送団敷地内にある訓練場まで案内された。私に戦う力はない。ただ、ほんの少しだけ分けてもらっていたと最近気付いた風の精霊の力があるだけだ。そう前置きし、求められているだろう風の矢で的を貫いた。

「十分だ。同時に複数は出せるか?」

 それはできない。まだこの力を使うことにあまり慣れていない。狩りの経験はあるが、罠を仕掛けていた。ナイフを使う場合にも息を潜め、動きの少ない瞬間を狙っていたため、動いている最中の生き物に当てることも難しい。

 代わりにもっと弱くはできそうだ。いきなり人に向けて試すことは危険だが、見て分かる物に試したい。目印に吊るされた布に向けて、そよ風を吹かせる。

「繊細な出力調整ができるのか。それならうちの者を鍛えてくれ。力任せばかりで困るんだ。」

 私のために場所を空けさせられた団員達が戻って来る。こんなにも精霊から力を授かった人がいるのか。村を出るまで見たことがなかった。精霊と密かに会話する私と姉だけが特別だと思っていた。

 団員達は自分の実力を見てくれと言うようにそれぞれ精霊術を的に向かって放った。どれも私の全力より高威力で、的はもう原型を留めていない。ヴェントからの助言で、多くが闇属性、一部水属性が混ざっていることが分かった。ヴェントが狐の姿に変える以前、気まぐれに与えたという風属性の者もいる。風属性の人はともかく、他の属性の人にも感覚を伝えられるのだろうか。ひとまず伝えてみようと、もう一度自分で精霊術を放つことから始めた。

 弱く放つ時はふっと息を吐くように。さらに弱くしたい時は内緒話をするように。もっと微かにしたいなら獲物を狙う時のように息を潜めて。ヴェントを私の精霊術で包み込み、そっと持ち上げる。このお手本は上手く伝わっただろうか。

 何度も強い精霊術の塊を放つ人達。一部は的を壊さない程度にまで威力を弱められたが、あまり変化が見えない人もいる。たった数時間の練習で急激に成長することは難しい。また明日、じっくりと練習すれば良い。そう才能がないのかと落胆している人達を慰めた。

「精霊術を何度も放出して疲れたでしょう?マッサージしますよ。」

 自分も練習して疲れているだろうに、団員のレヴィナが提案してくださった。後で私もすると伝え、仮眠室に案内される。

 仮眠室とは言うものの十分生活できるほど整えられており、柔らかな布団も個室トイレも完備されている。天国を見せるという宣言通り、極楽の時間が始められた。全身を柔く揉まれ、時には強くツボを圧され、次に自分がしてあげるために覚えていこうという意識すら薄れていく。魔法の手の持ち主は現実にも存在したのかと思うほどだ。

「お褒めに預かり光栄です。貴女を十分もてなすよう指示されたのは団長なんですよ。この後もご馳走を用意していますからね。」

 やはりハイルは良い人だ。後でケイドにも教えてあげようと思いながら、落ちる瞼に抗っていた。


 互いにマッサージを行い、風呂も借り、不十分だった着替えさえ用意され、クレハ達の帰りを待つことなく眠ってしまった。翌朝、事務所に向かえば何故か一触即発の雰囲気で、ケイドはその手にナイフを持っている。クレハも私の怪我の状態を確かめてくれるが、こちらはそこまで緊張した様子ではない。その様子を見守り、ケイドはナイフを握った手に力を込め、ハイルを睨みつける。

「アルドラは何も関係ないだろ!なんで彼女だけここに引き留めたんだ!」

「歓迎してもこう言われるのか。残念だな。」

 とても気持ち良かったと感想を述べる。食事も美味しく、大衆浴場にみんなで入ったのも楽しかった。良い一日を過ごさせてもらった。ケイドに声をかけ、関わるきっかけを作った私が休んだだけになってしまったことは申し訳ない。

 セイカもクレハも良かったなと言ってくれた。しかしケイドはまだハイルを睨んでいる。

「騙されちゃ駄目だ。アルドラは知らないかもしれない。だけど、この街では有名な悪党なんだ。」

 護送団サマジア。既に聞いたその名前を繰り返し、短い返済期間と高い金利で借金をさせられ、一生借金返済に悩まされることになると強調した。中にはただ働きをさせられる者までいると言う。今回はクレハとセイカの働きで利子を半年間免除としてくれた。借りたお金と同額を返さなくてはいけないのは姉妹間での貸し借りでも当然の範疇だ。

「ケイドは借金を返済するつもりがあるのか怪しいな。アルドラ、しばらくここに留まってはくれないか。その間監視は付けさせてもらうが、この街バラジーの中なら好きに動いてもらって構わない。」

 村にいる頃は自分で食料の調達を行わなければならなかった。お金もないのに街の中で調達はできない。稼ぐためには仕事が必要だが、どう見つければ良いのか分からない。村の人々と共に仕事することも難しかったのだ。別行動で物を渡し、その対価を得ることは辛うじてできていたが、この街バラジーでも通用するのだろうか。

 私も精霊術の操作に関して教えられた。食事だって作れる。ちょっとした細工品も作れる。戦闘面では役に立たないかもしれないが、私にもできることはあると自分を売り込んだ。

「戦力の底上げが一番重要だな。まずはそれを任せよう。」

 重要なものを任される。村ではむしろ避けられたことだ。姉は任せてくれた。信頼があるから任せられる。そう言ってくれていた。まだ信頼されるだけの何も見せられていない。それなのに重要な仕事を任せてくれる。気合を入れて仕事に励もう。

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