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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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ハイル視点:行方不明の愛し子

 仕事が終わる時間になってもアルドラが戻らない。こんなことは初めてだ。何かがあってもアルドラが直接対処することは少なく、ヴェントがいない時は特に周囲への報告や連絡に限っている。そのため本人が矢面に立つことはないはずだった。住民達の不安や不満を聞くためお茶するようなことも仕事の範疇としているが、完全な私用を仕事中にすることもない。何かが起きていることは明らかだった。

 団員達にアルドラを見なかったか聞き取りを行い、最後に見られた地点付近によくいる住民にも聞き取りを行わせる。目撃情報は巡回を行わせていた地区のみに存在し、本人は通常通りの巡回を行っていたことが分かった。住民達との会話も違和感ないもので、なおさら帰って来ないことへの違和感を強められる。途中で体調を崩したような報告もない。朝も昼も彼女の体調に異変はなかった。口付けも通常通りで、、本人にも特別気になることがあるような様子はなかった。巡回の途中で誰にも見つからず倒れるなんてことは考えにくい。何らかの事件に巻き込まれたと疑うべきだ。

 どこのどいつが俺のアルドラに危害を加えたのか。血が上る頭を抑え、団員からの報告を聞く。ようやく手がかりと言える情報が一つ入ってきた。ケイドの同業者の知り合いを名乗る男が彼女を喫茶店まで案内するという話をしていた。会話の最中に通りかかった住民からの情報のため、どちらの方向に行ったかすら分からない。直接話した男を探しても意味はないだろう。関係しているなら口を割らない。

 その後の報告にはめぼしい情報がなかった。仕事中の服装は大人しい物にしているとはいえ、桜色の髪の彼女は精霊の乙女として知られており、見ているのに気付かれないなんてことはない。そのアルドラの目撃情報がないということは、近くの屋内に閉じ込められているということだ。これ以上居場所の推測をすることは難しい。ここからは人海戦術だ。

 部下達に喫茶店の個室を短時間ずつ利用させ、そこにいないことを確かめさせる。費用は嵩むが、最近一番の買い物といえばアルドラへの婚約指輪程度。十分金はある。アルドラはサマジアにとっても欠かせない人間のため、経費として落としても良いと最後に目撃された地点の近くから順番に調べるよう指示を出した。皆の反応は十分良い。こうした場合に備え、常々厳しく教育しているのだ。

「アルドラのためなら皆必死にもなります。早く次の指示を。」

 サイフの言う「次」はおそらく報復のことだろう。彼女の亡き姉と婚約していたと聞いている。アルドラのことも妹のように気にかけていることを俺も知った。しかしその次を考えることは彼女を手元に戻してからだ。今は保護を最優先にする。その後、相手が同じ過ちを繰り返さないようしっかりと教育を行う。まだ報復のためにアルドラ捜索の人員を削るつもりなどない。

 次々と部下から、この店の個室は全て確認するもアルドラ不在、この店の個室は残り一つだが客がいて入れない、と報告が届く。個室が一つ二つ埋まっている店は複数あり、どこかに特定することは難しかった。

 事務所で待っていることもできずにウロウロと歩き回る姿など部下には見せられない。そう自覚しつつも事務所の前に立ち、少しでも早く報告を受け取ろうと待っていると、面倒な客人が苦情を入れに来た。

「アルドラに、俺に会うなとでも言ってるんですか。いつもだったら巡回の途中でも少しくらい俺とも話してくれるのに、先週も今週も、何も言わずに俺から逃げるみたいにして」

「今は忙しい。ガキの愚痴を聞くつもりはない。さっさと帰れ。」

 無視し続けても話し続けるだろう。それも鬱陶しいと返事をし、サイフにケイドを家まで送るよう指示する。いつも巡回中に話していたなんて、一体いつの話をしているのか。指輪を押し付けようとしてきた男とそれまで通り接するわけなどないだろうと内心毒づく。

 もう夕食の時間だ。レストランならいざ知らず、喫茶店で長時間利用されることなんてそう多くないだろうという読みは見事に外され、その近辺だけでも一箇所に特定できることなく時間は過ぎていく。軽食と菓子を食べられる場所なら夕食の代わりにすることもできる。そういった輩が長々と雑談に興じているのだろう。そこに苛立ちを覚えても仕方ないと分かりつつ、特定の邪魔だという思考も止められない。普段であればもう互いの自宅に到着しているだろう時間を過ぎても終わらない捜索に痺れを切らし、目撃情報のあった地点から最も近い喫茶店の空かない個室から順番に調べていくと決定した。


 目撃情報のあった場所から最も近い喫茶店に向かう。その次に近い喫茶店にはサイフを向かわせた。ふらっと立ち寄った雰囲気を装いながら、既に何人ものサマジア団員が来た後だからか、店の中も通常とは異なる雰囲気に包まれている。店員にも店長と話したいと一言伝えるだけで、すぐ店の奥へと案内された。

 部屋に入れば店長と呼ばれた人間が振り向く。その手には何かの瓶が握られていた。身構えれば俺よりも早くノクスが飛んできた瓶を足で掴み、割れることも防いでくれる。頼りになる相棒だ。後で十分な礼をしようと羽を撫でつけ、店長を睨みつける。ここが黒だ。何もないのに訪ねて来た俺を攻撃する意味はない。

「ここは市長御用達喫茶店です!いくらサマジアといえど好き勝手はさせません!」

 先に攻撃を仕掛けたのが自分だという自覚はないらしい。何が入っているか分からない瓶を投げつけ、敵意を見せた後でもまだその言い訳が通用するとでも思っているのか。

「あの瓶には何が入っていたんだ?飲んで見せてくれるなら見逃してやろう。それとも空かない個室を見せてくれるか?」

 コクコクコクと壊れた人形のように頷く店長に案内され、扉の前に立つ。店長の手で鍵が開けられ、直後逃げ出そうと踵を返す彼をノクスに捕獲させた。しっかりと口を塞いでくれているおかげで、異常が他には伝わっていない。しかし俺の前には確かに異常が広がっている。扉のすぐ前に、いつもの仕事着で一人倒れたアルドラ。彼女の呼吸は落ち着いており、外傷も倒れた時についたのだろう痣だけ。無意識に頭は庇ったのか、頭部には見えない。立っている時に意識を失うなどただの疲れではありえない。睡眠薬か何かを飲まされたことは明らかだった。ただの睡眠薬ならこのまま眠らせて問題ないが、専門家でもない俺だけで判断すべきでもない。店長の意識を奪い、ノクスに部下や医者に連絡を入れるよう依頼した。確保した店長を個室に隠し、自分もアルドラを連れて医者の下へ向かう。

 いつものように無防備に眠っているアルドラだが、まだ安堵はできない。無闇に振動を与えるべきでもないが、一刻も早く医者に見せるべきでもある。ノクスから連絡を受け取り、準備してくれていた医者が速やかに診察を始めてくれた。アルドラの様子と俺の話、それらを総合し、自然と目覚めるまで待てば良いという診断を受け、ようやく一息吐く。入院も必要ないという話で、今度はゆっくりと事務所へと戻った。

 事務所で今後の対処や部下への指示を行い、アルドラの目覚めを待つ。本当は仮眠室に寝かせたほうが良いと分かっていたが、自分の視界の範囲から出せず、事務所のソファに寝かせた。毛布は被せているため体が冷えることはないだろう。地図やペン、メモも移動させ、自分が膝枕させていると知ったらサイフも驚くだろう。その二人にも他の部下にもまだ報復を許していない。店長も連れ去り、話を聞かせている。既に一部証言を聞き出すことには成功しており、金を掴まされ、誰かに利用されたと主張しているそうだ。相手の名前や特徴は吐かせている。報復はアルドラの証言を聞いてからだ。

 焦れている部下をなだめ、今ある情報を纏め、今後の方向性を固める。そうしているとアルドラが身動ぎし、唸り声を上げた。ただ眠っていただけだと言わんばかりの様子で、いつも通り挨拶の言葉を発し、頬を寄せる。こちらも返してやれば微笑み、体を起こした。欠伸をし、目を擦り、体を伸ばす。それから周囲を確認し、ここがサマジア事務所であることに気付いたのか、自分の記憶を探るように停止した。

「そうだ!迎えに来てくれてありがとう。あのね、ちょっと大変なことがあったの。」

 ゆっくりで良いと抱き寄せる。頭を撫で、すりすりと甘えてくれる彼女の話を聞く。ケイドの同業者が話したいと言っていると聞き、近くの喫茶店に入った。個室に入れられ、こんな会話をした。彼らを見送ると眠気に襲われ、個室を出ようとしても鍵が掛けられており出られず、そのまま意識を失った、と。俺の見た状況と一致している。会ったというケイドの同業者の特徴も聞き、店長から得た情報とも照らし合わせ、部下に喫茶店の前で待機するよう指示する。見つけ次第、確保の予定だ。

 一通り指示を出し、今できることは終わったか、と彼女の様子を改めて確認する。医者に診せても問題なかったことを本人にも教え、危険な目に遭わせたと謝罪する。精霊の乙女に手を出す間抜けがいるとは思わなかったなんてただの油断、ただの言い訳だ。

「目覚めて一番に見たのがハイルで安心したよ。」

 たった一言でこちらの後悔を消してしまうのだから、やはり彼女には敵わない。今後は誰かと会う場合は常に、事前に教えてほしいが、これは束縛が過ぎるだろうか。彼女の許可さえ得られれば常に居場所なども把握できるようノクスの協力も仰げる。どこまでやって良いだろう。彼女がいくら精霊に愛される乙女でも、本人はただの成人したばかりの女性。毒への耐性もなく、特に鍛えているわけでもない一般の男の腕力にも勝てない。そこを軽視すべきではなかった。

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