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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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サマジアの女

 今度の休日は私の家でのお泊りだ。明日の予定は決まっていない。どこかに散歩に出かけても良く、一日家でのんびり戯れても良い。既に繋いだ手が少し遊んでいる。指を絡め、器用に繋いだまま撫で、また握り直された。小さなご馳走を買って帰ろうという相談も一緒に住んでいるかのようだ。毎週末どちらかの家に泊まるのだからと衣類などを置いて帰っているため、荷物ももう少なく、寄り道も簡単にできるようになった。そろそろシャンプーなども揃えても良いかもしれない。明日一緒に買いに行こう。私の家に置いておくハイルの物と、ハイルの家に置いておく私の物。そう考えるだけで足取りは一層軽くなった。

「一緒に買い物に行くだけで喜んでもらえるなんてお手軽だな。もっと売り惜しんでくれても良いんだぞ?自分とデートに行くならこれをしてもらわないと、とかな。」

 これが恋の駆け引きというものだろうか。私にはまだ難しい。そう返しつつ、それなら、と今夜も一緒に眠りたいと要求した。

「可愛らしいお願いだな。それなら毎日一緒に寝ようか。」

 もう経験済みのことだ。そんなに緊張しなくて良いと知っている。今夜は少しだけ悪戯してみようか。まずは夕食のご馳走を選ぼう。悪戯するかどうかなんてその場で決めたって良い。

 少しのご馳走を食べ、入浴も済ませ、同じ寝台に上がる。帰り道で話していたため、何の相談もなく一緒に布団を被った。隣に寝転び、その姿勢で見つめ合う。至近距離でももう目を逸らさない。少し頬は熱くなるが、それでも今日はここからしたいことがある。その手を取り、私の口元に寄せた。婚約指輪が嵌まる予定の指に口付ける。ちらりと彼を見ればいつもよりほんの少し大きく目を開けていた。しかしすぐ元に戻り、その指で私の唇を擽る。

「大人になったな。ほら、もう寝よう。明日も出かけるのだろう?」

 悪戯は成功した。良い気分で目を瞑る。明日は二人の物を沢山買うのだ。一緒に住んでいるように、互いの家に互いの物を用意する。当たり前に彼の物が自分の家に置かれるのだ。唇に寄せられている指を離し、その手に頬ずりする。ふにふにと摘まれる感触もおかしくなった。これから寝ようと言っているのに全く眠気が訪れない。それが彼にも伝わったのか、婚約指輪の柄の話をしてくれた。

「お前の髪が桜色だからな。だが、お前はすぐに散ってしまうほど儚くないだろう?」

 だから花ではなく葉だった。生贄になっていたのなら桜の花が似合ってしまったのかもしれない。今はもう生きることを諦めていたあの頃の私とは違う。彼の隣に居場所を見つけ、当たり前に日々を過ごせている。その日々を思い返しているうちに、自然と眠りに落ちていった。


 なんだか良い夢を見た気がする。昨夜の良い気分を維持したまま朝を迎えた。また一段と大人になった気分だ。彼に選んでもらった服を着る自分も大人に感じられる。

 日用品を売っている店に向かい、いつも使っている物はこれ、少し変えてみようか、置いておく用の服ももう少し増やそうと相談しつつ、いくつもの店を回っていった。その間繋がれていた手の温度は以前より高くなっている気がする。食器も選ぼう。そう別の店に向かう道中、知り合いに声をかけられた。その相手はバラジーの日用品店なら出会っても納得の人物、ケイドだった。

「久しぶり。その、今日は何のデートなんだ?」

 ハイルと出かけている時に出会うことは珍しい。いつも私が一人でいる巡回中に話しかけられていた。ハイルも繋いでいた手を私の腰に回し、返事を私に委ねている。今日は特別なお出かけではなく、ただ必要な物の買い出しに出かけているだけ。そう答え、既に購入した物の入っている袋を見せた。ただの世間話なのにケイドはどこかぎこちない。鈍い言葉と動きで自分も買い物に来ただけだからと去っていった。

 見送るとハイルの手が腰から手に戻ってくる。同じ街にいればハイルとだって会うことはあるだろうに、ケイドの表情は少し硬かった。一体何だったのだろう。

「俺が怖かったんだろうな。後ろめたいことをした自覚があるようで何よりだ。」

 指輪を押し付けようとしたことは確かに悪いことだ。むしろ正面切って怒っていない時点でハイルは随分優しい対応をしている。これでケイドとも何事もない会話をできるようになると嬉しい。こればかりは今すぐどうにかなる問題でもないと食器選びに向かった。

 二人で食器を選んでいる最中、巡回中に話すことのある婦人に話しかけられる。彼女も既に何枚か皿を確保していた。

「この前はごめんねぇ、余計なお世話だったみたいで。まさかサマジアの団長さん本人がお話に来るなんて思わなかったわぁ。私みたいなただのおばさん相手でも愛する女性のためなら自ら脅しに来るなんて、人間らしいところもあるのねぇ。」

 恐れられていることも多いが、こうして知っていてなお話しかけてくれる人もいる。これは私もいるからだろうが、それにしても目の前でこの発言は相手が誰だったとしても肝が座っていないとできないことだろう。脅されたとその相手の目の前で言い、それを人間らしいと言うなんて、脅しの効果は薄そうに聞こえる。それにしても愛する女性、なんて少々照れる言葉だ。

 その婦人から離れ、買い物を済ませる。家に着いてから、先程の「愛する女性」という言葉に関してハイルに尋ねた。思い返してみると、その言葉を直接彼の口から聞いたことはない。

「もちろん愛している。伝わっていなかったか?これからは言うよう努めよう。」

 伝わっていた。その言葉を聞いて初めて気付いたということは、何も問題なかったということだ。それを言うなら私だって言ったことのない言葉になる。お返しにと口に出してみれば、彼のようにさらりと言うつもりだったのに、思ったより引っかかってしまった。彼のように何気なく口にできなかった。むぅ、と口を尖らせればその唇を舐められる。自分も、と触れさせれば、言葉が上手く出て来ないことくらい些細なことに思えた。

 もう一つ聞きたいことがある、と思い出して服装のことに触れる。今の私は可愛い系や綺麗系、精霊の乙女に相応しく巡回時にも動きやすい服、と服の種類も増えているが、その中にサマジア団長の女らしい強く美しく格好良い物はない。また選んでもらえるだろうか。

「らしい、というのが俺にはよく分からないな。アルドラが俺の女だ。お前らしくあるのがサマジア団長の女らしい、ということでは駄目か?」

 確かにサマジア団長の女は自分しかいない。私がハイルの隣に立っていることが当然なら、服装など問題ではないのか。それはそれとして、ハイルの趣味で全身を包みこまれていたい気持ちもある。明日の朝も全身ハイルに選んでほしい。そんなお願いも快く受け入れられた。


 全身ハイルに整えてもらった休日に満足し、また仕事に向かう。裏では護送団サマジアが動いているが、表面上は何事もなくバラジーの日常が続けられている。警察も各々の職務に励んでおり、挨拶を交わして通り過ぎた。直接協力し合うことはなくとも、同じバラジーの治安維持に励む者同士だ。どことなく仲間意識がある。

 恙無い巡回中、いつも言葉を交わす住民に声をかけられる。今日は珍しくヴェントが一緒ではないため、気になるようだ。ヴェントはアクアの森に行くと言っていた。精霊同士の交流も深まり、楽しそうで何よりだ。少しだけの会話で巡回に戻ろうとすれば、引き止められた。

「少しだけお茶に付き合ってあげてほしいのです。ケイドくんの同業者が、ケイドくんが今まで以上に仕事に打ち込むようになったきっかけの君にお礼をしたいと言っているんです。」

 失恋して、仕事に打ち込むようになった。彼らはそう考えているそうだが、恋が成就していても同じ結果になったのではないだろうか。恋愛関係なく、今までもケイドは仕事を十分に行い、その結果として住民達の信頼と優しさを向けられるようになっているだけ。私がお礼を受け取る理由もないように思える。一方で頑なに拒むようなことでもないため、特に何もしていないがお話なら、と応じた。

 案内された喫茶店は少々お高い店で、どんな物が飲めるのだろうと少し気になってしまう。案内してくださった方はここまで、ケイドと同業だという男性がここからは自分が、と個室に案内しようとした。恋人でもない異性と個室で二人きりは良くない。そう断ると女性の同業者も待っていると連れてきてくださった。それならと個室に向かい、三人でのお茶の時間が始められる。

 早速ケイドのやる気をさらに引き出したとしてお礼を言われる。最近特に頑張りすぎで心配になるくらい、と世間話が始まった。私とケイドは何の関係もない人間だ。一言お礼を聞くくらいなら構わないが、長々と話を聞くつもりはない。特に今は巡回中。こうして少しお茶する程度なら許されるが、あまり長時間は取れない。それでも社交辞令で周囲が関係する変化があったなら良かったと締めた。しかしこれで会話を終わらせるつもりはないようで、私がサマジア団長と恋仲であることにも触れられる。口の堅さから信頼を得ているケイドは研究施設の掃除なども任され始めたようで、将来有望、優良物件、私達の希望となぜか私にお勧めしているようだ。ただの余計なお世話だ。ハイルは物件ではない、立場が問題ではない、いつの間にか傍に居て当たり前になっていた、これからもその未来が続いてほしいから婚約している、と反論した。

「君は男に所有される趣味でもあるのか?」

「それならあの子は優しすぎるかもね。掃除のついでです、って模様替えの手伝いもしちゃうくらいだし。」

 私は所有なんてされていない。互いの存在が気付けば馴染んでいただけ。どちらかが所有し、所有される関係ではない。私は何かをハイルに強要されたことなどない。婚約しているはずなのに指輪をしていないことを指摘されても、今発注し、完成を待っているところだと反論できる。今の家を借りる時だって保証人になってくれた。それ以外でも困った時には手を貸してくれた。口先より行動で示してくれている人だ。

「若い頃は悪い男が魅力的に見えて、優しい男はつまらないように見えるだろうけど、長い目で見るなら優しい男一択なのよ。結婚は始まりなんだから。」

 ハイルも私には優しい。ただ甘いだけではない、強さを持った人だ。これからの人生を共にするからこそ、私は彼と共にいる未来を選んだ。初めて自分で選んだ場所で、気付けばそれが自然な選択になっていた。この感覚を言葉で説明するのは難しく、案の定彼らには全く伝わっていない。本気で好きと言っていたケイドが可哀想だとか、彼のように誠実で思いやりにあふれる努力家が私だけを見る幸運なんてそうそう訪れるものではないとか。それだけなら良かった。あろうことか彼らはサマジア団長なんて立場はいくらでも女を侍らすことのできる立場だと侮辱まで始めたのだ。そうすることが可能な立場であることと、彼がそうするかどうかは全く別の問題。ハイルも私を真っ直ぐ見てくれている。その上で周囲にも気を配り、バラジーの治安維持に貢献している。警察だけでは解決できない問題をサマジアは担っている。

 いつの間にか大きくなっていた声での反論に、男も声を張り上げた。頑固な女だと机を強く叩き、言うことを聞くよう求めてくる。理解はできないが、彼らは私がケイドを選ぶよう仕向けたいようだ。基本的に巡回の時はヴェントが一緒にいてくれる。今日もそうなら彼の力を借りてこの場を脱することもできたのだが、今日に限って彼はアクアの森に出かけてしまっていた。相手を刺激しないよう、慎重に行動する必要がある。そう届いたカヌレを食べながら、感情のまま怒鳴る男を眺めた。

「駄目だわ、この子。何も分かってない。しばらくここにいてもらいましょう。」

「そうだな。ゆっくりおねんねしていることだ。」

 二人は個室を出ていった。二人が飲み物しか注文しなかったのは長居するつもりがなかったからか。自分のカヌレを食べ終える頃には少し眠くなってしまっていた。これから巡回に戻らなければならないのに、と思いつつ個室の扉を開こうとするが、鍵がかかっているのか開けられない。大きな声で呼んでも誰も来ない。寝ている場合ではないのに瞼が落ち始めた。助けを呼ばなくては、と今日はいないヴェントに連絡を頼もうとしたところで、私は立っていられなくなった。

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