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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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サマジアの仕事

 平日。いつも通り巡回を始める。今日の午前は街の出入り口に近い地区だ。裏通りにも一般市民はいるが、人目を避けやすいからか良からぬことを企む者も集まりやすい。逆に大通りや街の重要地点を結ぶ交差点も人が集まっていて自然なため、良からぬ者のちょっとした物の受け渡しに使われる。どこを歩いていても気を抜いてはいけないが、緊張しすぎていざという時に動けなくなってもいけない。その塩梅を私も理解し始めた。

 街の出入り口付近を通りかかるとクレハに呼び止められた。少し歩きながら話そうと誘われ、了承する。巡回を続けられるのなら邪魔にはならず、剣も携える彼なら一緒に巡回しているように見えることだろう。

「最近ケイドと何かあったか?この前偶然会って、ひたすら愚痴を聞かされたんだよ。」

 それは大変だと話を聞けば、私に避けられているという話だったそうだ。確かに会うことは減ったが、気付かれるほどあからさまな行動は取っていない。この前短く会話を切った理由は巡回中だったからだ。ハイルからの配慮でもある。元々巡回の最中に遭遇していただけだ、と事実を伝えた。その時にハイルと婚約指輪を選びに行く話をしたことも教える。

「なるほど。俺が愚痴でも聞いてもガス抜きしてやるか。アルドラ、ありがとう。それと、婚約おめでとう。」

 クレハに礼を言い、またヴェントとの巡回に戻る。今週末には婚約指輪の詳細な絵も見せてもらえる。その次の日にまたクレハとセイカと話す予定だ。話せることは沢山溜まっているが、今話す時間はない。セイカもクレハのように祝福してくれるだろうか。二人はもう婚約指輪の話をしたのだろうか。攻撃的な作戦が半分成功したことも報告したい。


 今週末はハイルの家での宿泊だ。私も先週のハイルを見習い、朝から宿泊用の荷物を事務所に持ってきている。これで真っ直ぐハイルの家に向かえるのだ。

 仕事着のままハイルの家に入る。夕食も入浴も済ませ、寛ぐ時間だ。今夜は特に何も企んでいないため、何も考えずにソファに腰掛けた。添えられた手も、会話する距離も近い。仕事中のキリリとした表情も彼らしいが、こうして二人で話している時は穏やかな表情をしている。凭れかかっても何も言わずに受け止め、頭を撫でてくれた。姉のように守ってくれているのに、姉とは全く異なる体だ。少し筋肉質で、服の隙間から覗く傷跡が荒事を仕事にしている男性だと感じさせる。この体で、私を抱き締めているのだ。

 今日の私の寝間着は可愛い系だ。下着もハイルのことを意識して選んではいるが、実際に見られることはないだろう。一人の日にも着ている物でもある。あの攻撃的な服を見せ、下着が透けている格好を見せた後なら今更だろうか。口付けだって交わした後だ。今夜も軽く触れ合う口付けで、少し鼓動の速くなる時間を過ごした。


 一晩過ごし、婚約指輪の意匠を確認しに行く。先週ハイルに選んでもらった服で全身を包み、件の店を訪ねた。詳細な絵はより一層婚約指輪を具体化してくれており、サマジアの団長であるハイルと私の証である桜の葉を上手く組み合わせてくれている。これで満足、と作成は依頼された。特注になるためすぐに手に入るわけではなく、予定では三ヶ月後の受け取りだ。それでも既に右手の薬指はどこか重くなった気がした。

 街を歩き、すれ違うサマジアの団員から団長、姐さんと呼びかけられる。市民からは精霊のお嬢さんと呼ばれる。稀にその男が誰だかわかっているのか、と心配そうな声をかけられた。治安維持に協力している立場であり、特に首都の地盤沈下以降は市長とも情報交換を密にしているが、歓迎しない住民も多い。これはもう仕方のないことだ。ケイドの父親のように他から借りられないお金をサマジアから借り、大変な目に遭った人もいるのだ。監視や借金の取り立てはあるかもしれないが、監禁されたり痛めつけられたりするわけではない。それでも監視されている事実に恐怖し、サマジアは悪の組織だと糾弾する声もある。中には借金が返済されずに、サマジアの下請けのように働く人もいた。その場合に身内からサマジアの悪い評判が広まるのだ。

「ある程度は怖がられていないとな。自分より強い者に脅されないと理解できない者もいるんだ。」

 私はその怖い部分をあまり見ていない。もちろん監視しているらしいサマジア団員や脅す場面をちらりと見たことはあるが、それだけだ。長く傍にいることはない。

「役割分担があるからな。巡回する役割はお前が一番適任だ。」

 同じ仕事の、別の場所を担っている。私も知ってはいるのだから。知った上で、それでも傍にいる。繋いだ手は家に着くまで一度も離されることはなかった。


 まだ婚約指輪は出来上がっていないのに、なんとなく右手の薬指が気になる。そんな仕事の日を迎える。今日も朝の挨拶を済ませ、巡回の予定を聞いた。

「今日は少し新しい仕事を頼む。午後からのことだが、もしかしたら午前にも見かけるかもしれない。」

 太腿の上に座らされ、数枚の絵を見せられながら話を聞く。始まった説明は賭け事に夢中の父親を持つ娘の傍にいてほしいという内容だ。父親がサマジアに借金をしたが、返済が滞っている。人質として娘を預かっているが会いに来ることもなく、それどころか娘を使って稼いだ金が自分の物になるのかと聞いてくる始末。娘は一言も話さず、母親のことも聞けていない。飲み物や食べ物は受け取っているためすぐ死ぬことはなさそうだが、健康状態が良いとは言えない。絵の中の娘もやせ細っており、私の年齢の半分もなさそうだ。父親も痩せ型に描かれ、身に着けている物も貧相ではあるが、娘のように目立った破れはない。

「父親のほうは他に対応させる。お前は娘の所に向かってやってくれ。午前中も騒ぎを起こされる危険がある。街の人に姿を見せて、何かあればお前も対応すると示してくれ。」

 その父親がよく出入りする賭け事の店を含む地区が今日の巡回場所。既に何度か騒ぎを見たこともある場所だ。多くは店の警備員が対応しているため、私達が対応することはほとんどない。その上で騒ぎが大きくなりすぎればサマジアが介入するという圧力を掛けることが目的なのだろう。

 指示に従い、その地区を歩く。表通りは一般市民の生活する場所であり、何ら怪しい点はない。彼らも通ってはいけない通りを把握しているため、多くは揉め事に巻き込まれない。手を振り歩き、その様子が普段と変わらないことも確かめた。今日は何かが起きるかもしれないという話だが、巡回の手順はいつもと変わらない。突発的な異変に対処することが私とヴェントの仕事なのだから。予告がなくとも今日のように身構えていなければならない。

 この地区はお金を持っている人も多く住む地域。表向き治安が維持されており、絵の親子が来るような場所には見えない。しかし隠れた場所には非合法の賭博場があり、父親はそこに通っているという。

「おいおい、娘捕まってんのに呑気に賭け事か?」

「当たれば返せるんだ!もう少しなんだ!手応えはある。だからもう少しだけ!」

「他で稼げって言っただろ!話聞かねえヤツだな。こっち来い!」

 人目を避けた路地裏、その行き止まりへとサマジアの団員が男を連れて行く。私は見ないほうが良いのだろう。誰かに邪魔もされたくないことだろう。誰かがそちらに行きそうなら引き留めよう。今まさに秘密基地に向かうと走る子どもがいる。以前聞かせてくれた君の猫は元気かと話しかけ、長々と会話を始めた。

 午前の仕事を終え、ハイルに報告する。あの賭け事狂いの父親を見かけたが、サマジア団員が既に対処していたため見送った。一般人の子どもがそちらに侵入しそうだったため、雑談でそれとなく引き止めた。仕事に関係する報告をすれば、いつも通りの昼食だ。今回はハイルの好きな店でホットサンドを買ってきた。既に何度も買っているが、挟む具材が豊富で、まだ全種類は食べられていない。季節によって具材も変わるため、なおさらだ。

「お前が今日見た違法賭博の店は近々潰れるだろう。警察が入る予定がある。場所が変わるだけでああした連中はまた別の場所で集まるんだがな。また次の場所を見つけないといけない。」

 今日の父親のような人間の把握が難しくなる。サマジアとしては困ったことだが、警察に楯突くのは得策ではない。首都は地盤沈下し、家屋も一部崩れたが、様々な機能は残っている。警察機構も維持されており、問題なく機能している。上手く動かないことを期待して油断する犯罪者を一網打尽にする作戦らしい。ともかくサマジアとしてはできる対処をするだけだ。新しい巣窟の調査などは私の仕事ではない。見かけたなら報告する程度だ。私は精霊を引き連れ、人々を見守り、安心感を与えれば良い。今日の子どものように、見なくて良い現実から目を逸らさせることが私の役割だ。

 午後の仕事が始まる。ハイルと共に向かった先はサマジアが管理しているアパートの一室だ。

「お嬢さん、精霊の乙女が会いに来てくれたぞ。」

 返事はない。ハイルは鍵を開け、私に入るよう促した。私だけがまず会うのだ。ハイルのような人が行っても怖がらせるだけで、何も聞けないのだろう。特別背が高いわけではないが、小さな女の子から見ると威圧感が気になっても理解はできる。服の色を白や明るいものに変えるだけでも印象は大きく変わるだろうが、代わりにできる人がいるならその人がやったほうが効率は良い。

 何かあればハイルに連絡すると約束し、部屋に入る。サマジア団員が交代で世話しているため、室内は整っていた。ぬいぐるみが幾つか床に置かれ、特に女の子の近くに配置されている。しかし彼女はそれらを見ることもなく、膝を抱え俯いていた。机の上には食べ残しらしきホットサンドが半分ほど皿に載せられている。

 部屋の入口から声をかけた。アルドラという名前を教え、彼女の名前を尋ねる。また返事はない。話し相手になってほしい、精霊は好きか、と質問を重ねる。これにも返事はない。部屋に入って良いか尋ね、返事を聞かないまま机の横に腰かけた。ぬいぐるみを抱きしめ、一人で人形遊びを始める。そのぬいぐるみの手を握り、今日はどこに行きたい?と言ってみたり、ぬいぐるみに口付け、これはもう慣れたか?と言ってみたり。ハイルが言ったことや言いそうなことを挙げていく。そんなことを繰り返しているうち、女の子は不思議そうに見上げていた。

 女の子の視線を感じながら、私は一時間ほどお人形遊びを続けた。すると女の子のほうから私に声をかけてくれた。

「お姉さん、何やってるの?」

 婚約者のことを思い出しているの、指輪ももう発注したんだよ、彼と私の紋章を上手く組み合わせてもらった柄なんだ。そうハイルとの日常の一部を女の子に話していく。女の子もいつの間にか私のすぐ隣に移動してきており、私とハイルの少し甘い日常を聞いてくれた。そして女の子の様子が落ち着いていることを確かめてから、その人はさっき、お嬢さん、って声をかけた男の人だと教える。

「とっても怖くて悪い人だってお父さん言ってた。本当に怖がってたよ。お父さんのこと連れてって、私のことをここに連れてきた人達が団長って呼んでた。本当に同じ人?」

 仕事の時とお休みの時は違う。婚約者とそれ以外でも変わる。努めて冷静に反論した。怖い一面も確かにある。世間的には悪いと言われる部分もある。それでも私にとっては一番優しく、格好良い、頼りになる人だ。

「ふーん。私はね、お母さんと一緒に住んでたの。でもお父さんが来て、お母さんと約束してるから先に行こうって言って来たのに、お母さん来ないの。お父さん、嘘吐いたのかな?」

 彼女の父親とは話していない。だから嘘を吐いたかどうか答えられない。代わりに、お父さんと家を出た時に、お母さんは何をしていたのか尋ねた。

「お仕事に行ってたよ。お母さんといた時はもっと美味しいもの食べられたし、綺麗な服も着られたの。でもお父さんとだと何にもない。私、お母さんのこと置いてっちゃったの!」

 どうしよう、と狼狽える女の子にお母さんをどこに置いてきたの?と尋ねる。お家、という言葉だけで分かるはずもなく、お家はどこにあるの?と一つずつ質問を重ねた。別の街、フォルド、と明らかになるにつれ、私の頭でもある程度場所が絞られ、その上で自宅近辺の具体的な建物の情報も聞き出し、サマジア団員や警察の協力があれば家の特定もできそうなところまで聞き出す。そこでようやく、お母さんを探すため、私の婚約者にこの話を伝えても良いか尋ねた。

「お姉さんの婚約者さんって、あの怖い人?うーん、でも、お母さん探すために必要なんだよね?うーん、お姉さんの婚約者さんなんだよね?」

 何度も唸り、私の婚約者であることを確認し、ようやく教えても良いと返事をもらう。扉の前で待機している団員に伝言を頼み、私はもう少し女の子と一緒にいることにした。そのほうがこの子も安心してくれるだろう。この子を保護し続けるにもお金がかかる。母親の下に帰せるのならそのほうが良く、帰れるのならこの子も安心する。父親だけがずっと人質に取られていると思っていても良い。この子なら母親のことも説得し、軟禁されているふりもしてくれるかもしれない。詳細はハイルが考えるだろう。私にできることはただ報告することだ。

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