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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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縮まった距離

 目覚めるとハイルと目が合った。いつから起きていたのだろう。寝顔を見られていたのだろうか。よだれは垂れていないだろうかと口元を急いで拭った。

「幸せそうな寝顔だったな。美味しい物を食べる夢でも見ていたのか?」

 頬に彼の手が置かれ、指先だけで撫でられた。私も朝の挨拶だとその手に自分の手を添えて頬ずりすれば、よくできたと言わんばかりに頭を撫でられる。ふわぁ、と欠伸をしていると、洗面所にいるから着替えたら呼べと言って去ってしまった。どうしてわざわざそんなことを、と思いながら体を起こせば、布団の中から自分の攻撃的なネグリジェと下着が現れた。着替えるところなんてどんな服装でも恥ずかしいと一気に頭が覚醒する。この服もしばらく封印だ。まだ自分には早かった。いや、攻撃的な服装の中で彼シャツという物もセイカは教えてくれている。その時に下着は利用できるかもしれない。ネグリジェだけを封印にしよう。

 今週は家でのんびり過ごす予定のため、防寒面はあまり意識せず服を選んできた。また彼は体に触れるのだろうか。そんな期待も込めてスカートだ。前回よりは短くないが、スカートなら下から捲り上げて触れる。普段は家の中で装飾品など身に着けないが、今日は特別だ。ハイルから貰った黒の宝石のネックレスだけは着用する。これで万全とハイルを呼び、すぐ朝食が始まった。

 今日も宿泊。予定通り、暖かい時間には少し二人で散歩に出かけることもしつつ、ほとんどをハイルの自宅で過ごした。私が想像していたようなスカートの中に手を入れられるなどの出来事はなかったが、手を繋ぎ、隣に腰掛け、度々手首や頬を撫でる触れ合いはしてもらえた。そして夜、今日もハイルに入浴の順番を譲り、じっくりと作戦を練る。今回はセイカやクレハに頼らない作戦だ。

 二日目用の寝間着と下着も当然持ってきている。下着は可愛いレースの物で、攻撃的でない。寝間着も可愛さを意識しただけの物。これを着ても良いが、寝間着を忘れたふりをしてみるのも良い。彼シャツは彼氏のシャツを借りて着ること。自分の服があっては借りられない。攻撃的でない下着にハイルのシャツなら程良い攻め具合になるのではないか。シャツなら昨日のように体を隠す必要なく、抱きついて体を密着させる必要もない。ただ昼間のように隣に座れば良いだけ。寝間着は自分の鞄の中に隠し、二日目の夜の着替えの袋には下着だけを入れた。

 なんてことのない顔をして下着だけの入った袋を抱きしめ、脱衣所に置く。入浴も済ませ、下着を履けば完成だ。ここから彼のシャツを借りる。そう部屋を振り向いて、はたと気付く。この状態でどう寝間着を忘れたと伝え、シャツを持ってきてもらうのか。既に寝巻きはない。今は下着しか身に着けていない。とりあえず状況を伝えようと声を上げた。多少声は上ずってしまったが、ハイルは意図を察してくれる。私の隠した体から目を逸らし、シャツを貸してくれた。彼が脱衣所にいたのはほんの数秒だった。昨夜よりは隠せていたとはいえ、シャツを着ているより露出度は高いはずなのに、彼は何の反応もしなかった。私の肌はお世辞にも綺麗とは言えない。胸だって大きくはない。それでも膨らみはあり、ハイルの手で掴めるほどということは彼も見れば分かるだろう。可愛い下着では色気が足りないのだろうか。

 ハイルのシャツを着る。袖の長さも服の丈も肩幅も何もかも合わない。おかげで下着も完全に隠れてしまった。見えるか見えないかが良いらしいとセイカが言っていたのに残念だ。白いシャツのおかげで薄紫の下着もほんのりと透けているように見えるが、これも攻撃力を持っているのだろうか。袖口を捲っていると服の香りが広がった。自分の家の洗剤とは異なる匂いだ。明日着て帰る服もこれと同じになっているのか。

 セイカやクレハから授かったわけではない、自分で立てた作戦の実行。あえて上から二つもボタンを外した格好でハイルの太腿の上に腰掛け、自分から口付ける。ハイルからのお返しも口付けだ。

「昨日の話を忘れたらしい。全く、困った子だな。もっと教えてやろうか?」

 口付けにも種類がある。そう再びの口付けは二度、三度と繰り返され、唇を舐められた。驚いて体を離せば、余裕の笑みで見つめられる。深呼吸をし、真似をすれば頭を撫でられた。私はまた一つ、大人になれた気がする。


 次の仕事は口付けから始まった。いや、これは仕事前だ。これからはこれが朝の挨拶になるのだろうか。何の説明もなく今日の仕事の話を始められた。集中しなければならないのに、今週末の約束に気が散ってしまいそうだ。今週末は休みの前日に一緒に私の家まで帰り、休日に婚約指輪を買いに行き、その翌日にハイルは帰っていく。その日にはまたクレハやセイカと喫茶店に行く予定だ。婚約指輪の話もすれば、また会話もきっと盛り上がる。

 巡回中の住民達との会話もいつも通り。そのはずだったのに、一部住民からハイルの話を聞かされた。それも意外と融通が利くとか、ハイルが私情で私の巡回の順番を決めていたとか、そういったよく分からない断片だけ。私的な問題からその日にその場所に近づけないようにしていたらしい。その私的な問題とは何か、という質問が私にもされたが、心当たりが全くない。一体何の話だろう。

「ケイド君もアルドラちゃんに会えないって元気ないのよ〜、可哀想にねぇ。お仕事の都合だから仕方ないけれど、運が悪いわねぇ。」

 一時期は頻繁に遭遇していたのに、最近はほとんど会わなくなった。以前は規則的にバラジーを一周するような順番で巡回していたのだが、今は不規則になっている。ケイドの仕事も依頼があった家のほうへ移動するようなもののため、上手く噛み合って会わない形になっているのだろう。ケイドとしては残念かもしれないが、私としては少しありがたい偶然だ。指輪を押し付けられそうになったことを思い出せば、あまり顔を合わせたくない。

 内心を隠した世間話は上手くできすぎたのか、ご婦人が遠くに見えたケイドをわざわざ呼び寄せてしまった。表情を見れば純粋な親切心なのだろうと分かるもので、ケイドも周囲の人に何度もぶつかってしまうほどの速度で駆け寄って来る。ご婦人はゆっくり話せると良いねと歩き去ってしまい、二人で話す機会を用意されてしまった。

「アルドラ、久しぶり。指輪は、まだないんだな。」

 誕生日を祝ってくれた時以来だ。ケイドから私への指輪の件に触れずに応じた。ハイルからの指輪のことを覚えてくれているのなら、もうあのようなことは起きないと思って良いだろう。今週末二人で選びに行くと伝え、まだない事実は肯定する。これ以上何かを聞かれたいとは思えず、巡回の途中だからと会話を切り上げた。

 ハイルの仕事が終わるのを待っている間、この後話したい内容を頭の中で整理する。ケイドに遭遇したことは伝えたほうが良いだろう。婚約指輪の件を伝えられたのだ。これは朗報と言って良い。そこまで考えた時、ハイルからの巡回の指示が不規則になり始めてからケイドとの遭遇がなくなったことへの違和感に気付く。サマジア団員達から毎日ハイルは報告を受け取っているのだ。たった一人の動向や行動予測くらいできるのではないだろうか。

 胸の高鳴る推測を抱えたまま、手を繋いで事務所を出る。宿泊用の荷物も朝から持ってきていたようで、私の家に直行だ。ハイルの家に行った際よりも短い道のりだが、もう遠くに借りれば良かったなんて思わない。家に入ってからも手を繋げるのだから。

「今日もご機嫌だな。そんなに一緒に寝るのが気に入ったのか?」

 それもあるが、見えない優しさに気付いたからでもある。今日、私は一つの答えに辿り着いた。私が気付かないかもしれないのにハイルは調整してくれていたのではないか。

「自分の女を狙う男に会わせたくないというだけだ。」

 少しだけ力の込められた手が逃さないと言ってくれているようにも感じられる。私とケイドはそんな関係ではなく、ただ偶然出会っただけの知人だ。私と話したいと言ってくれることはあっても、今のハイルとの関係のようになりたいと言われたことはない。それでもハイルにはケイドがそれを望んでいるように見えているのだろうか。指輪を渡そうとしていた時も他意はないと言っていた。それともそれが嘘だったのだろうか。本当でも嘘でも受け取れるわけのない贈り物。ただ、おかげでハイルから指輪の約束を貰えた。明日、約束は現実になる。私の指輪はハイルが、ハイルの指輪は私が買う。婚約したら姉にも報告しよう。生きていたら姉のほうが先に結婚していただろう。サイフに大切にされながら私のことも祝福してくれただろう。サイフにも伝えよう。彼はきっと今でも祝福してくれるから。


 朝食を済ませ、お出かけ前の服装を確認する。今日は婚約指輪を注文しに行く日だ。しっかり暖かく、指輪を選ぶ時間がどれほどになるか分からないため脱いで温度を調整できる物にしたい。どれが可愛いだろう。ハイルは可愛い系か綺麗系かどちらのほうがより好みなのだろうか。そういえば聞いたことがない。誕生日に選んでくれたドレスは可愛いと綺麗を両立しているような物だった。私を褒めてくれる時は綺麗と言ってくれていることが多い気がする。

「お前はどちらかと言うと可愛い系だな。綺麗でもある。今日着る服なら、これはどうだ?着ているところを見てみたい。」

 結局どちらなのか教えてくれない。私と結婚しようとしているということは可愛い系だろうか。特にこだわりはないのだろうかと勧められた服を手に取る。しっかりと暖かい生地のズボンとカーディガンで、中の服もこれ、これ、と選んでくれた。仕上げはお出かけの時にはいつも着けるハイルから貰ったネックレス。全て自分の持ち物なのに、どこかいつもと違った雰囲気に感じられた。

 今日は他の店も全て素通りし、指輪を注文できる店に真っ直ぐ向かう。指輪をじっくり見るなんて初めての経験だ。宝石の付いた物から銀細工、金メッキ、太く格好良い物もあれば細く繊細な物もある。仕事中も毎日着ける物ならあまり目立たず、どんな服装にも溶け込み、ペンなどを持つ手の邪魔にもならない物が良い。書類の確認や指示の覚え書きにペンを使うことの多いハイルにとっても主張の激しくない指輪のほうが良いだろう。

「そうだな。お前に着けてほしい指輪はまた別の機会にしよう。」

 今回はお揃いで、日常を妨げない物にする。ハイルにも私にも似合う物。主張は小さめで、と選んでいくと銀細工の指輪になった。指の太さも測ってもらい、意匠の相談もさせてもらう。婚約指輪なら互いの名前を入れることも多いそうだが、そんなものは必要ない。もっと意匠として溶け込む互いの記章や紋章を入れ込んでほしい。ハイルならサマジアの紋章になる。私ならなんだろう。私はサマジアの団員だが、ハイルのようにサマジアの団長というわけではない。家紋もなかったような家の出身だ。

「桜の葉はどうだ?アルドラらしいと思うが、自分ではどう思う?」

 よく分からないが、違和感はない。それならそれで、と店員さんに頼めば、手早く雰囲気だけ絵にしてくれた。これが銀細工の指輪になる。それはとても素敵な物になるだろう。もっと細部まで描き込まれた絵は来週見せてくれるそうだ。そのうえで銀細工の指輪作成を依頼する。二つ注文するが会計は別々に、と少々手間のかかるお願いも快く引き受けてくれた。私にとって今までで一番高い買い物だ。それでもここは使い所。しっかり奮発しよう。

 注文を済ませた帰り道、私の希望で服も見に行く。来週のお出かけにはハイルが選んでくれた服を着たいと頼めば、快く引き受けてくれた。私としては選んでもらいたいだけだったのだが、買ってくれさえした。お礼に昼食と夕食は私が奢ろう。その提案も受け入れてもらえた。

 幾つもの収穫を得て、私の家に二人で帰る。食事も済ませており、入浴も帰ってきてから済ませた。今日すべきことは全て終えたとハイルの隣に座る。今週は先週と異なり、ハイルから私と同じ匂いがする。普段はしない自分と同じ甘いシャンプーの香りがハイルから漂っている。

「どうした?お前も先週、同じことになっていただろう?」

 この甘い香りはハイルに似合わない。なんだか花屋のお兄さんみたいだ。そう伝えれば自分と対極の存在だと返されてしまった。ハイルにだって甘い部分はあるが、花屋のお兄さんとは確かに異なる。誰にでも柔和な対応をするわけではないのだから。そう思えばさらに良い気分になった。明日の帰りには私の家で使っている洗剤の匂いを身に纏って帰るのだ。ほんのりと甘さを含む匂いで、花屋のお兄さんのようになって、バラジーの街を歩き、あのハイルの家に入る。誰がその人を護送団サマジアの団長だと思うだろう。知っているのは私だけだ。

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