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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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口付け

 定番となった朝の触れ合いを済ませ、午前の巡回も問題なくこなす。セイカと一緒に買った攻撃的な下着を売っていた店の前を通る時には、いつも通りのただの巡回なのに手足の動きを意識してしまった。不自然な行動にはならなかっただろうか。サマジアの誰かに見られなかっただろうか。ハイルに報告されていないだろうか。ハイルから報告するよう指示されていなかったとしても、サマジアの人達なら私とハイルの仲を応援するつもりで全て報告してしまうだろう。私が口止めすれば秘密にしてくれるだろうが、そこまでするほどのことでもない。今週末には知られることだ。報告を受けたとしても、まさか私が攻撃的な下着を履いてハイルの家に泊まる気であることまでは分からないはずだ。

 歩いているうちにどう会話を切り出すかということまで決められ、いつも通りの顔で事務所に戻れた。昼食を取りつつ、用意した言葉で何気なさを装い、今週末の予定を尋ねる。

「改めてどうしたんだ?一緒に過ごす予定を入れているだろう?」

 過ごし方の内容について、とさらに踏み込む。私の家だけが知られている、私はハイルの家を知らない、と不公平な部分を指摘した。ついでに夕食後に帰ってしまうのが寂しい、とも付け加える。

「可愛いことを言ってくれる。確かにそうだな。今週末は俺の家に来てもらおう。一泊できる用意もしてくれ。朝、家まで迎えに行こう。」

 色々と言い訳が必要かと用意していたが、セイカの言う通り一撃だった。セイカの言うような真っ直ぐな言い方はできなかったが、それでも何の抵抗もなく受け入れられた。この調子ならセイカの作戦も上手く行くかもしれない。しめしめ、と内心を隠して昼食を続ける。ハイルも今週末を楽しみにしてくれているのか、いつもよりも少し浮ついた空気の昼休憩となった。 次の休日に約束した宿泊の時に向けて、私はその日から準備を始めた。着ていく服と下着、夜用の寝間着はセイカと買った物、それに合わせる夜の下着も攻撃的な物で、翌朝の着替えも下着も用意した。その日に着けていくアクセサリーは当然ハイルから貰ったネックレスだ。歯ブラシなども忘れず詰めた。シャンプーなどは借りれば良いだろうから持って行かない。週の真ん中にはもう全ての準備が整っている状態になっていた。予定が休日の朝から仕事日の夜に変わってもなんら問題はない。一泊二日から二泊三日になるだけだ。

 そして予定日。仕事終わりにいつもの挨拶をし、そのまま事務所でハイルの仕事が終わるのを待つ。この間に荷物を取ってきて、もう一度ここに戻って来ても良いが、その提案はハイルに却下された。ハイルも私と同じように手を繋いで一緒に歩きたいと思ってくれているのだろうか。

「待たせた。さあ行こうか。」

 すっと当然のように手が差し出された。私がその手を取っても、そのことに言及されることもない。晩御飯は買って帰ろう、来週は婚約指輪を注文しに行こう。ほんの少しの会話しかできていないのに、すぐ私の家に着いてしまった。それでも今夜だけでなく今週末はまだまだ一緒にいられる。玄関先に待機させている荷物を持ち出し、ハイルの下へと戻った。

 私の荷物なのにハイルが受け取り、手を繋いで歩き始める。ここで私が自分を持つと言っても最終的には甘えることになるのだ。それなら素直にお礼を言ったほうが喜んでもらえる。ここはまだ不意を突く時間ではない。私が攻めに転じる時間はハイルの家に着いてから、入浴も済ませてからだ。その時に一矢報いる。思わず繋いだ手に力を入れてしまい、ハイルの顔を窺った。横目に視線を、同時に手にも軽く力を入れ、返事をしてくれる。企みには気付かれていなさそうだった。

 ハイルの家は彼に似合いの落ち着いた色合いの家具で揃えられており、壁には大きな本棚が置かれている。机にも本や辞書が出されたままになっていた。手早くそれらが本棚の空いている箇所に避けられ、食事の用意がされる。今日もヴェントとノクスは精霊同士の交流をすると言って、アクアの森に出かけていったため、二人分だ。いてもノクスには食事は必要ないと言われてしまうが、一緒に食事している雰囲気を味わうためかヴェントはいつも少しだけ食べてくれるのだ。

 彼が食器を出してくれている間に、私は買ってきた惣菜を机に並べる。今日は赤ワインも買ってきた。しかしワイングラスと同時に水も用意される。乾杯、と食事を進め、そっと赤ワインを口に含んだ。以前飲んだ白ワインよりも渋味を強く感じ、舌にザラザラとした食感が残る。その代わり肉の脂の感触は消え去り、肉料理に赤ワインが合う、のような話がなぜされていたのか、なんとなく理解できた気がした。

 そして食後。ここからが本番だ。第一関門はハイルに風呂の順番を譲ること。そうしなければ見つからずに着替えられない。言い訳だって用意してきた。お風呂上がりに一人で待っていたくないと言えば良い。今日この後しようとしていることを考えれば、この程度の言い訳なんてことない。そう意気込んでいたのに、ハイルはあっさりと脱衣所に向かった。なんだか拍子抜けだ。少し油断してしまいそうになるが、ここで気を抜いてはいけない。気を引き締め直し、攻撃的な寝間着と下着の入った服をを取り出し、こっそりと素早く脱衣所に向かう準備をした。不透明の袋に入ったそれらの中身に気付かれることはない。後はハイルが上がって来るのを待ち、私も入浴を済ませれば良いだけだ。

 ハイルが入浴を済ませ、入れ替わりで私が脱衣所に入る。うっかり中身が見えてしまわないよう、しっかりと両腕に抱え、見事中身を知られずに脱衣所に置けた。目隠しのカーテンもないそこで振り返るが、視線上にハイルは見えない。これで入浴後、着替える瞬間にも見つからないと確かめられた。せっかく驚かせようとしているのに、着替え終わってからではなく着ている最中に見られてしまっては作戦が台無しだ。

 浴室に入り、湯を浴びる。シャンプーを手に取り、頭を洗う。いつも私が使っているシャンプーとは香りが異なる。これをいつもハイルが使っているのか。リンスも石鹸も彼が普段使っている物と同じ物を、今私が使っている。全身が同じ匂いになる。今日と明日は私もハイルと同じ匂いを身に纏うのだ。

 浴槽に身を沈め、自分の身体を再確認する。荒事の仲裁をすることがあっても、主にヴェントが対応してくれるため、私自身の怪我は少ない。まだ幼い印象を与えてしまうのか、私を見ると暴れている人達も怪我をさせないよう気を遣ってくれるためでもある。ただし皆無でもなく、村にいた頃は肌の状態に気を遣う余裕もなかったため、珠のお肌とは言えない。それでも先週、ハイルは私の膝回りや首筋をしっとりと撫で上げた。自分のこの肌もハイルを誘惑するに足る魅力はあるのだろう。

 次の第二関門は湯上がりの支度を全て済ませてからだ。湯上がり用のタオルをさらに一枚借り、全身を隠す。素早くハイルに接近し、抱き着くと同時にそのタオルを脱ぎ捨てる。成功だ。

「なんて格好をしているんだ!何を企んでいるのかと思えば、こういうことだったんだな。全く、ひとまずこれを羽織っておけ。」

 作戦成功だ。ハイルの部屋用の上着を被せられ、思わず笑みが零れる。怒られそうな予感もしつつ、上着をぎゅっと抱きしめるふりで下着まで見せた。ハイルの視線が下がっている。確実に私の攻撃的な下着を見た。その上で、私にそれはどういう時に着る服なのかと質問する。これは恋人と夜を過ごす時に着る服だ。当然知っている。だからこそ私は下着をハイルがよく事務所で身に着けている紫色にし、透けて見える薄い白のネグリジェを選んだ。この回答にハイルは私の目を真っ直ぐに見つめ、そうかと思うと大きなため息を吐いた。私の勝ちだ。再び抱きついても、今度は怒られなかった。その代わり、さらに質問が重ねられる。

「どういう夜を過ごす時に着る服なんだ?」

 口付けと触れ合いをする夜に着る服だ。私は触れ合いならハイルと経験済み。つまり今この服を着ていても良い関係性だ。怒られる謂れはないと胸を張る。

「まだ口付けたことはなかったな。」

 言葉と同時に唇に触れられた。指だけではなく、唇で触れられる。チュッチュッと何回も知らない感触と音が響いた。風呂上がりという以上に熱くなり、自分の頬を手で隠す。もう見られているため意味はないと知りつつ、攻撃的な服になっている全身を隠したくなってしまった。同時にすぐ着替えてしまうのも勿体ない気がして、ソファに腰掛ける。ハイルも隣に座り、隠れていない私の腰に手を添えた。

 特に何をされるでもない沈黙。視線だけを感じる時間。彼の手が動いているわけでもないのに、そわそわと私が体を動かしてしまう。それすらもハイルに楽しまれている気がした。じっと視線を感じ、ようやく作戦の成功の先に何があるのか、思考が巡り始める。作戦が成功するということは、もっと深い触れ合いがあるということではないだろうか。

「さて、アルドラ。知っているのであれば分かるだろう?」

 抱き上げられ、太腿の上に座らせられる。じっと見つめられ、何か言い訳をしなければならない気分にさせられた。何を言えば通用するのだろう。もっと深い触れ合いはどういうものなのだろう。どう感じるのだろう。何も分からないまま、再び彼に口付けられた。それなのにそれ以上のことは何もない。私だって多少の知識くらいはある。この先に何が起きるかは読んだことがある。それなのにハイルは不敵な笑みを浮かべるだけで、もう何もしない。何が起きるのか知っていても、自分から何をすれば良いのかは分からなかった。

 沈黙したまま見つめられるだけの時間が続く。ハイルの一瞬の動揺は既に跡形もなく消えていた。勝利の余韻すらない。むしろ勝ってはいけなかった勝負だったかもしれない。いや、そもそも勝っていなかったのかもしれない。

「作戦はもう終わりか?」

 私の作戦はおそらく成功に終わった。ただ成功した後のことを考えていなかっただけだ。素直に驚かせたかっただけ、と白状し、この後のことは何も考えていなかったと白旗を上げた。

「そうか、それなら作戦は成功だな。十分驚いた。ただ、ああいう驚かせ方は感心しないな。完全に誘惑だろう、あんなもの。」

 私だってもう気付いた。セイカの言っていた「攻撃」の意味がそこまでの内容を含むものだったとわかった。そう認識を深めると今の姿勢が一層恥ずかしくなる。自分の手がハイルの肩を掴んでいることも縋っているように感じられた。背を向けるように座っても彼になぞられた首筋を見せることになり、ほとんど透けている背中や尻を彼に見せる形になってしまう。紫の下着だって見えているだろう。

 気恥ずかしさに耐えられず、でも、と言い訳を試みる。自分ばかりがいつも翻弄されている、これは仕返しだ、作戦はセイカと立てたものだから自分は悪くない、誘惑のつもりはなかった。セイカには心の中で謝罪し、この大変な今の状況を報告することに決める。

「実行したのはお前だろう?」

 反論の余地を残してはくれない。確かに作戦はセイカと立てた。しかしセイカは提案してくれただけで、何も悪くない。相談内容もハイルに一矢報いたいというもので、そのために効果的な服を一緒に選んでくれただけだ。この下着と寝間着に決めたのは私だ。セイカは一緒に店に行き、私の背中を押してくれただけだった。

「次は言い訳せずに誘ってほしいものだ。ほら、もう寝よう。」

 ハイルは私を寝台に連れていき、隣に寝転んだ。本当にこの服装のまま寝るのだろうか。セイカがクレハから聞いた話ではあるが、男はこうした服装が好きという話だった。ハイルは少しも手を出してくれないのだろうか。少しくらいは良いのにと小さく不満を口に出し、ハイルの手を握ると、彼は困ったように眉を潜めた。

「少しくらいで止まれないから言っているんだ。聞き分けてくれ。」

 お休みと額に口付けを贈られる。今夜はこれ以上何も起きなさそうだ。自分から起こす気力も残っていない。今日の分の全力は既に出し切った後だ。それなのにまだ心臓は煩いほどに鳴っている。眠るにはもう少し時間がかかりそうだ。彼はきっと私とは違い、こんなことになっていないのだろう。体を寄せ、胸元に耳を寄せる。しかし彼は少し体を離した。先程は自分から私を太腿に座らせ、自分の寝台に連れ込んだのに、どうしてだろう。さらに身を寄せれば、その鼓動も速いことに気付く。私だけでなく、彼も同じように感じてくれているのだ。

 私が彼を見れば視線を逸らし、目を瞑ってしまった。きっと私の作戦は大成功したのだ。そう私も目を瞑った。

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