表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/26

恋人の触れ合い

 恋人同士の甘い話題は、仕事の合間でも仕事終わりの食事でも持ち出せなかった。そのためクレハとの相談結果は結局、一週間後の休日まで待つこととなる。

 今日もまたヴェントとノクスは身繕いをし合っている。水の精霊アクアについても話しており、人間の装飾品に彼女が興味を持っているという話題だ。彼女は水の傍でしか活動できず、雨の日ならともかく、雨の降っていない日は街中を移動できない。あの小瓶に入っての移動も窮屈で不満という話も聞いている。

「水路でも作れば良い。何故、話を進めよらんのか。」

 ノクスは不満のようだ。既に建物の立っているバラジーを横断する水路はなかなか難しい。建物のないバラジーの周囲と考えても、現実的ではないだろう。アクアの住む森から繋げることだって難しい。少なくとも首都の地盤沈下から日の浅い今始めることではないだろう。しかし確かにアクアが自由にあちこち移動できるようになれば、一緒に買い物にも行きやすくなるかもしれない。クレハともセイカとも異なる気分のお買い物になるだろう。

 いつになるか分からない未来の空想に、ハイルも楽しみだと言ってくれる。それなのになぜか精霊の性別認識の話を始めた。ノクスは雄のような認識を持っており、アクアはその姿の通り女性のような認識を持っている。ロゼットとフレイムが互いを番と感じていたように、ノクスとアクアも今近づこうとしているそうだ。

「俺達と同じだな。」

 必要もないのに囁き、私の手首を指先で撫でる。袖の緩い服のため、手首からさらに先に指を入れることもできるが、それはしない。悪戯に自分ばかり翻弄されているような気がした。なんだか面白くない。先週クレハに相談した結果を素直に伝える気にはならず、異なる言い回しを選んだ。

 私達は恋人なのに、まだそこまで親しくなっていないらしいアクアやノクスと同じにするのか。誕生日に私は服を選んでもらっているのに、と。唇を少しだけ尖らせ、そっぽを向く。少し子どもっぽいだろうか。それでもさらに言葉を重ね、私だって悪戯できるもんと言い張ってみる。ハイルは私をどう見ているのだろう。笑っているような振動が感じられた。

「そんなことを言うのならこの口を塞いでしまおうか。」

 顎を掴まれ、軽い力でそちらを向かされる。微笑んでおり、私のわざとらしい行動などお見通しのように見えた。彼の親指が私の唇に触れた。反射的に目を瞑ると、唇の上を何度もその指が往復する。ただそれだけなのに心臓の音が煩いくらいに鳴ってしまった。

「今日はここまでにしよう。急く必要などないのだからな。」

 顔どころか体まで熱くなる。何を言えば良いのか分からず、ただ首を縦に振った。ハイルの顔を見られない。それなのに俯けば今日も着けているハイルから貰ったネックレスが目に入った。その先に見えてはいない紫の下着の色まで思い出してしまう。以前この話をしなくて良かった。安堵したのも束の間、自分の体から目を逸らせば一緒に選んだ机が目に入る。このソファもあのカーテンも全てハイルと一緒に出かけて買った物だ。

 部屋中を見てしまい、ハイルのところまで戻ってくる。彼は余裕の表情で私を見つめていた。


 休日を過ごし、仕事の日を迎える。門をくぐる前に一つ深呼吸し、それからサマジアの敷地に足を踏み入れた。ハイルに会っても動揺しない。そんな意識はあっても、「姐さん」との呼びかけには何も答えられない。まだそこまでの関係ではないと否定すれば、これからそうなると言うように感じられてしまったのだ。代わりに軽く手を振り、返事を誤魔化した。

 事務所の扉の前で再び足を止める。手鏡で顔が赤くなっていないことを確認し、扉を開いた。ハイルは既にいつも通り仕事を始めており、付き合う前とも変わった様子はない。

「おはよう。アルドラ、少しこちらに来てくれないか。」

 なんだろうと誘われるまま机の向こう側、ハイルのすぐ傍に立った。顔に手が伸ばされ、涙袋と目尻を指先でなぞられる。私とは反対にハイルは余裕の笑みを浮かべた。手を離すと何事もなかったかのように仕事の時の表情に戻り、地図を指し示す。今日の午前の巡回地区の指示だ。いや、今の行動に関する説明はないのか。そう問い質したい気持ちもありつつ、仕事の話を始められてしまえば答えないわけにはいかない。具体的な巡回の手順や特に注意する点の確認を行えば、そのまま私は見送られてしまった。

 巡回しつつも今朝の出来事が頭から離れない。確かに恋人同士なら仕事の前後に触れ合うことだって珍しくないと聞く。その程度、私だって聞いたことがあるのだ。しかし私とハイルは、と考え、はたと気付く。私はハイルは恋人になった。ああした触れ合いだって、つい先日経験した。一つ一つ事実を確認すれば、あれが何もおかしな行動ではないという結論に達してしまう。帰りにもするのだろうか。私ばかりが動揺させられるなんて不公平ではないか。きっとハイルは私から何かを仕掛けられるなんて予想していない。帰りは私から触れてみよう。

 昼休みにその決意を悟られないよう、いつも通りの会話に努めた。午後の巡回も終え、朝のように深呼吸をしてから事務所に入る。報告を済ませ、今度はハイルに呼び寄せられる前に自分から机の内側に入り込んだ。どうしたと聞かれる前に体を近づけ、至近距離から瞳を見つめる。この後どうしていただろう。見るだけだっただろうか。分からないまま一度体を離せば、頭の後ろにハイルの手が差し込まれていたことに気付く。半身乗り上げたような姿勢から離れることは許してくれないのに、それ以上近づけることもしてくれない。これはどういうことなのだろう。

「積極的だな。それならこれも教えようか。」

 返事をする間も与えられず、首筋を撫でられた。先程見ていただけの私とは異なり、手は頬も包み込む。感触を確かめるように軽く押された。私が目を瞑るのを合図にしたかのように目の周りも撫でられる。数秒なのか数分なのか分からないそれらに、もう良いだろう熱い顔を離せば、それは許してもらえた。私とは反対にハイルは涼しい顔をしている。

「良い子だったな。少し仮眠室で休んで行くと良い。その顔では外に出せない。」

 どんな顔をしているのだろう。手鏡を見ることもできず、ただ助言に従った。まだ顔が火照っている。これはいつになれば収まるのだろう。


 朝晩の触れ合いが日課の中に組み込まれた。あのように時間をかけた、首筋を撫でるようなことはあの日の一回だけだったが、次はいつもっと触れ合うのだろう。次は私からする番なのだろうか。答えの出ないまま、また休日がやってくる。

 ハイルに変わった様子はない。コーヒーを静かに飲む彼の目を見つめる。上手に淹れられただろうか。コーヒーの味はまだよく分からない。自分でも喫茶店で飲むようにしているため苦みと酸味があることは分かったが、それを美味しいと表現するのかまだ理解できないのだ。

「また触ってやろうか?ずっと見ているだろう?」

 あんなふうに触れ合うなんてできない。破廉恥、と苦情を入れる。頬の赤みが引くのに何分かかったと思っているのだ。そう必死に訴えれば、私の反応を予測していたかのように彼は笑った。またしてやられた気分だ。それなら私にだって考えがある。今日はヴェントとノクスも家にいない。常に行動を共にしているわけではないのだ。

 自分の胸に手を当て、鼓動を感じる。意識して呼吸をすれば、準備は万端だ。事務所で近づいた時以上に距離を詰める。今日二回目の至近距離からの見つめ合い。自分からその唇に触れ、目元をなぞる。私だって心の準備ができているのなら自分から触れられるのだ。少し距離を取れば、まだ余裕そうなハイルがいる。油断できるのも今のうちだ。今度は半ば抱き着くような姿勢になり、首筋を撫でるところまで真似をした。

 勝った。なんとなくそう思った瞬間、短いスカートの裾の先、つまり膝の辺りに触れられる。反射的に体を起こせば、悪戯な笑みを浮かべる彼がいた。暖かい家の中だからとタイツも履かず、デートだからと選んだ服だ。そのせいで直接触られてしまった。

「積極的だな。」

 膝裏を撫でる指がくすぐったい。身を捩るとするりと手が首筋まで上がってきた。次はどこを触るのだろう。そう見ていると手は唇に止まった。それ以上触られることなく、頭を撫でられる。

「良い子だな。こうした触れ合いが好きなのか。だが、続きはまた来週にしよう。」

 ハイルの手で隣に降ろされ、凭れかかればまた頭を撫でられる。その手の感触はもう先程のような色を伝えては来なかった。


 ハイルとの仲に進展があったならクレハやセイカにも話す。交流の時の話題のためでもあり、時間を作る口実でもあった。互いに首都の地盤沈下後の生活のために忙しくしている。その中でわざわざ時間を取るための話題として、二人も感じてくれているのだ。先週からの約束は、ただ唇に触れられた報告をするだけのつもりでしたものだった。それなのに報告内容は想定外に増えてしまっている。触れ合いにもあんなに種類があるなんて思っていなかった。二人に上手く話せるだろうか。あんな風に首筋にも膝にも触れるなんて、友達にもしない話ではないか。どこまでを、どう話すか。それを決められないまま、約束の喫茶店に着いてしまった。

 セイカは自分の触れてこなかった恋愛に関心があるのか、早速私にどうだったか尋ねてきた。手は繋いだのか、会話はどう続けたのか、など小さなことにも興味津々だ。私としてはそれどころではないことが起きている。思い出すだけで頬が熱い。何かを察したようなクレハの反応に意を決し、仕事の日にも朝晩唇に触れ合っている、休日にはもっと様々な箇所にだって触れ合った、と白状した。

「話しにくそうにしてるから何かと思えば、意外と優しいんだな。いや、逃さないための策略か。」

 クレハは何かを理解したように頷いている。私からだって仕掛けていると弁明もした。ことごとくそれ以上の反撃を食らっているだけで、やられる一方というわけではない。上手く自分からの行動を完遂し、ハイルを驚かせたい。そんなことを零せば、昨日私が仕掛けた内容と食らった反撃まで結局話すことになってしまっていた。

 話し終わった後の沈黙が痛い。セイカは自分の陣地に引き込めとか、自分の速度で飲み込めとか、何の話をしているのかという反応だ。クレハも何か思いついているようなのに躊躇している。

「そりゃ自分の恋人が自分以外の男に服を選んでもらうなんて面白くないだろ。流石にそれはできないからな。そうだ、セイカ。これから言う店にアルドラを連れて行って、服を選んでやってほしいんだ。」

「任せろ。あの男に効くような攻撃的な服を選べば良いのだろう?」

 どの店なのか説明される前にセイカは即答した。攻撃的な服、とはどういった服を想定しているのだろう。クレハが言う店も私の行ったことのないような店だ。そもそも女性用の服を多く売っている店に、どうしてクレハが詳しいのだろう。質問する間も与えられず、早速買いに行こうとセイカはコーヒーを一気に飲み干した。私も急いでマドレーヌを咥え、セイカを追いかける。

 会計は任せろと言ってくれたクレハに甘え、ほとんど走っているような速度のセイカに追いつく。早歩きの彼女に小走りでついて行き、到着した場所はやはり私の入ったことのない店の前。少し足を踏み入れただけでとても大胆な服を売っている店であることが分かる。どうしてクレハはこの店を知っていたのだろう。

「この前、私の服を嬉々として選んでいたからな。人間の男はこうした攻撃的な服を好むらしい。恋人の前でしか着てはいけない、という話もしていた。アルドラ、よく覚えておけ。これは一番大切なことらしい。」

 言われなくてもハイル以外の前でこんな格好なんてできない。とても重要なことを話しているような雰囲気で重々しく言ってくれるが、内容は常識的なことだ。当然であり、わざわざ言うほどのことではない。まずセイカはクレハにここにあるような下着を履いて見せたのだろうか。二人はいつの間にそんな仲になったのだろう。私の恋愛に興味があったのは、自分も今付き合っているからだろうか。

 思いつきの質問はセイカの機嫌を上向けるものだったようで、私をサマジアに引き渡してからの生活で親しくなったと教えてくれた。詳細を話し始めようとし、しかし今は私の服を選ぶ時だ、と話題を戻してしまう。

「さあ、勝負下着を選ぼう。これで来週攻め込んでやると良い。ふむ、これも可愛いな。」

 膝や首筋を撫でられただけで顔が熱くなってしまったのだ。こんな服を着てはどうなってしまうか分からない。そもそもまだ私はハイルを自宅に泊めたこともなければ、ハイルの自宅も知らない。先にそちらをすべきではないだろうか。ヴェリタテの姉妹で住んでいた廃屋に泊まったことは自宅に泊めたことに数えないだろう。

「同時にやってしまえば良い。そろそろ家を知りたいと言えば一撃だ。それから着替える時に見せびらかす。あなたに着せてほしいと頼んでも良いな。瑕疵一つない完璧な作戦だ。」

 確かに同時に達成できることではある。しかし攻めすぎではないだろうか。本当に大事な所しか隠せていない下着や、そもそも下着としての役割を果たせていない物まである。チュニックのようになっている物もあるが、完全に透けており、服と表現して良いのかどうか迷うところだ。

「前回の攻撃が失敗した原因を考えてみろ。十分な威力がなかったから反撃を許したんだろう?それならより威力を強めるか、想定外の方向から攻撃を仕掛けるかだ。」

 私がこんな服装を自らするとはハイルも思わないだろう。想定外の方向からの攻撃であり、こんなに過激な服装は威力の高い物とも言える。ハイルもこれなら驚くはずだ。私だって一度くらい彼を動揺させてみたい。ここは少々気恥ずかしいがセイカの助言に従おう。

 攻勢を強めるのだ、というセイカの言葉に後押しされ、宿泊の予定まで決めていく。早く伝えたほうが良いが、今すぐというわけにもいかない。ハイルが休日にどこにいるか知らないためでもあるが、私の心の準備もある。明日の昼なら仕事の合間だ。その時なら必ずハイルと一緒に過ごすこともでき、私の心の準備もできている。私の提案に彼はどんな反応をしてくれるのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ