私の誕生日
私の誕生日まで一週間を切った。つまり今週末が私の誕生日。朝から待ち合わせ、服を選び、夕食まで共にする。体力を温存するため、前日は早めに寝る予定だ。まだ週が始まったところなのに、既に週末の予定は決まっていた。
昼食時にもハイルと今週末の予定について話し、予約してくれたレストランの場所や名前を教えてくれた。今日の仕事が終わったら自分でも見に行ってみよう。そんな予定を立てつつ、鼻歌交じりに午後の巡回に向かった。
街の中心部や出入り口付近には警察や自警団が十分にいるため、サマジア団員は少ない。市長と護送団サマジアが繋がりを持っていると認識されることは互いにとって良くないと、表立った接触は控えているそうだ。私とヴェントのことも知られているため、今なら比較的問題は小さいかもしれないとも聞いている。ハイルも闇の精霊ノクスを従えているため、そこを知ってもらえれば精霊を従える者として危険視されないかもしれない。しかしそこを公表するつもりはないらしい。
護送団サマジアについて住民から聞かれることもある。しかし詳細は市民に知らせるつもりがないという方針に従い、私は笑って誤魔化すに留めていた。住民達も深く追求することはなく逃がしてくれる。そんな彼らの間から駆け寄って来る人影があった。
「アルドラ!これから昼飯なんだよ!ちょっと話そうぜ!」
ケイドの大声が近づいてきた。私は休憩時間を終え、これから仕事だ。そう断りを入れたのに、ケイドはちょっとだけ、少しくらい巡回時間が短くなっても良いだろうと食い下がってきた。巡回だって大事な仕事だ。見回っている姿を見せることで人々に安心感を与えられる。何かあれば私と風の精霊ヴェントも問題解決に当たるのだ。そのために私は数日かけてバラジー全体を回り、どの地区にいても週に一回は皆が私の姿を見られるようにされている。護送団サマジアの悪評が広がりすぎることを防ぐことにもなればと思っての行動だが、バラジーの街を守ろうという気持ちがあることも確かだ。この巡回はバラジーを守るために指示されている。
「今ここでちょっとだけ話させて。今週末のアルドラの誕生日さ、盛大に祝おうと思ってるんだ。予定空けといてくれ!」
今週末は既にハイルと約束している。盛大に祝おうとしてくれる気持ちも本物なのだろうとは分かるが、予定は既に埋まっているのだ。それなのに翌日ならと空いているものとして言われてしまう。確かにハイルとの約束は誕生日当日のみだが、その日に初めて大人としてお酒を飲むのだ。姉と密かに飲んだ酒はほんの少しで、今回飲む酒はどの程度の量になるか分からない。翌日の体調次第では眠って過ごしたいかもしれない。自分がどれだけ飲めるか分からないのだ。それならとさらなる予定の候補を挙げられそうになるが、もう仕事に戻らないと、と切り上げて巡回に戻った。彼も次の依頼があるのなら時間を無駄にはできないだろう。
逃げるように去った私を追いかけて来ることはなく、無事巡回を終えることはできた。ハイルにも報告を済ませられた。新しい自宅に帰ろうと歩いていると、ケイドがまた駆け寄ってくる。話したいと言う内容は私の誕生日祝いについて。誕生日も翌日も駄目なのかとか、今週が駄目なら来週末とか、平日の夜少しだけでも良いとか、幾つも提案がされている。クレハやセイカも一緒に祝いたいと言っていると伝えてくれるが、本人達からは何も聞いていない。二人が本当に祝いたいと思っているのなら、そのついでに用意できる時間をケイドにも伝えようか。クレハやセイカとも相談して決める、ヴェントに伝言を頼むと返事するに留め、この場での時間の決定は避けた。
私の誤魔化しを許してくれそうにないケイドから逃れるため、忘れ物をしたと嘘を吐き、事務所まで戻る。サマジア事務所内にまではケイドも追って来られない。しかし一度出ていったはずの私が戻ってきたことにハイルも気付いてしまった。
「どうしたんだ?難しい顔をして。」
隠すようなことでもない。祝いたいとケイドが会いに来ており、予定の調整を行っていた。来週ならまだ予定が空いているが、家の中もまだ決定版の形に出来ていない。せっかく家を借りたのだから服を増やしたいとも思っている。ハイルへのお礼や贈り物だって選びたいが、これは内緒だ。
「急に言われても困るとまだ分かってくれないのだな。あれも仕事をしているならそこも覚えてもらわないと困る。こっちの予定に合わせてお前が来い、くらい言ってやれ。」
仕事を口実にせずとも、お前が合わせろ、と言っても良いのか。昼間は仕事中だったため短時間で済ませることを優先したが、業務時間外なら多少時間がかかっても問題ない。先にクレハとセイカに確かめよう。二人ともバラジーにいるだろうか。クレハはよく利用している宿を教えてくれているため、一度訪ねてみよう。
ハイルに礼を言い、帰路に就く。新しい家もサマジア事務所から歩いて五分もかからない。少し足を伸ばせばクレハの利用する宿もある。そこまで行けば、今日はバラジーに泊まる日だったようで、ケイドから聞いた話を伝えることもできた。
「セイカもプレゼントを渡してみたいと言ってたよ。たぶん渡すだけじゃ済まないだろうけど。」
私も二人とは色々と話したいことがある。クレハに関してはヴェリタテで気にかけてくれていたのに、話す余裕がなかった。むしろ村を出てからのほうが会話できているかもしれない。サイフとは同じサマジア団員ということで話す機会をいつでも持てる。今回は十分時間を確保しよう。そう誕生日の一週間後の朝に待ち合わせようと決定した。朝から待ち合わせ、クレハと朝から話そう。セイカも一緒かもしれない。ケイドにも昼に会おうと伝えようか。
誕生日当日の服だって重要だ。服を見に行こう、その服を着てレストランに行こう、という話ではあるが、こっそり買い足した新しいワンピースに身を包む。深いワインレッドのワンピースはこれからのお出かけに相応しいだろう。それに合わせた黒いカーディガンだって用意している。仕上げにハイルから貰った黒い宝石のネックレスも忘れず身に着けた。仕事の時も着けているが、服と合っているかどうかには自信がない。今日はしっかり合わせた上で見せる機会だ。拳を固め、自分は何をやっているのかと力を抜いた。
玄関先でハイルを待つ。わざわざ迎えに来てもらうなんて悪いと一度断りはしたのだが、誕生日なのだからという言葉で押し切られてしまった。誕生日はお姫様だから我が儘になって良いなんて、どこのお嬢様なのだろう。
約束の時間通りに、ハイルは迎えに来てくれた。いつものスーツとは少し異なる服装だが、街のどこにいてもすぐ分かるような紳士の雰囲気を身に纏っている。私の服装で隣を歩いても相応しい人間に見えるだろうか。くるりと回ってお披露目すると、ふっと軽く笑う声が聞こえた。
「よく似合っている。今日もそのネックレスを着けてくれたんだな。」
流れるように誘導され、玄関を出る。鍵も忘れず、いざ出発だ。そう並んで通りを歩き始め、いつもよりハイルの頭が近い所にあることに気付いた。少しだけ高いヒールを履いてみたのだ。大人に近づいた気分を味わうように隣を歩き、服屋まで案内されて行った。
幾つも私の黒いネックレスに合うようにと、頭の先から足に至るまで揃えられていく。途中昼食以外にも何度も休憩を挟み、服などだけでなくそのお茶の費用まで全てハイルが持ってくれた。今夜行く予定の店に相応しい服装にするために一日必要なのだ。そう分かりつつも大人の女性に変身するための装備が揃えられていく過程に、着替える瞬間への期待は高まっていった。
一度サマジア事務所に戻り、レヴィナの手も借りて着替えを済ませる。昼間の私が背伸びしすぎだったように感じられるほど、鏡に映る私は自然に見えた。深いワインレッドや黒で纏めていた服装が一転して桜色や淡いベージュ系で揃えられ、髪型もいつもとは異なる括られ方をしている。小さな花の髪飾りや桜色の小さな鞄は可愛い物なのに、どこか大人の雰囲気を帯びていた。靴のヒールも昼間履いていた物のように私が歩ける程度の高さと太さで、食事も楽しめそうだ。これが無理をしない大人、ということなのだろうか。そして仕上げのハイルから貰った黒い宝石のネックレス。今夜私は本当に大人になるのだ。
完成形の私をハイルにも見てもらう。レヴィナもゆっくり楽しんでと去っていった。服のことはよく分からず彼にほとんど選んでもらったが、今の私がどう見えているのだろう。
「想像以上だ。美しいよ、アルドラ。」
可愛い印象もあるドレスではあった。特に小物は可愛い物だった。それでもそちらに寄ってしまわない選択は、私では難しかっただろう。弾む足取りを抑え、彼の手を取り、予約されているレストランへと向かった。
静かだが静まり返っているわけではない店内。バラジーの中心にある塔の見える個室で、店員が椅子まで引いてくれる。既にコース料理と決まっており、私が選ぶのはお酒をどれにするかだけ。舐めた程度ならあるとはいえ、味もよく覚えていない。どれが良いのかなんて皆目見当もつかない。その上、私はハイルに飲酒が初めてと伝えている。ここでも助言を求めた。
「初めてなら軽い白ワインを少しだけにしておいたほうが良いだろう。酔ってしまっては勿体ないからな。」
お酒も飲んでみたいが、食事だって味わいたい。何を話したのかだって覚えていたい。助言に従い、店員にもお勧めを聞き、白ワインを一つ選んだ。
食前酒から始まり、前菜と続いていく。食べ方にも色々と決まり事がある。少しだけなら聞いたことがあるが、正解を知っている人に答え合わせをしてもらったことも実践したこともない。これで合っているだろうか。
「ああ、綺麗に食べられている。学んだことがないと聞いて驚くくらいだ。それに今日は仕事の会食でもない。そんなに気にしなくて良い。」
出てきた物は食べ方の分かる物であったり、見様見真似ができるような物ではあった。最初こそ食べ方を気にしていたが、食べ進めるほどに味への意識でそれも薄れていく。甘く爽やかな白ワインも食欲をいつまでも維持してくれた。そのおかげで最後まで美味しく全ての料理を食べさせてくれそうだ。そんな勢いのままに少しだけ嘘を吐いていたと告白する。実はお酒を飲むのが初めてではないのだ。
「なんだ、そんなこと気にしていたのか。よくあることだ。あまり外では言わないほうが良いがな。」
それならここだけの話に、秘密、と言って食事に戻る。小さな気がかりもなくなり、十割の力で食事と会話の時間を楽しみ始めた。
こんなに美味しい物を食べたのは初めてだ。バラジーの食事はどれも美味しい。それなのにここの料理はどれもそれ以上だ。美味しい、美味しいと食べていると、視線を感じた。
「本当に美味しそうに食べるな。すぐには難しいが、いつか海辺の町にも食べに行ってみるか?」
新鮮な、バラジーには届かないような種類の魚や貝も食べられる。その日によって使われる食材も変わるほど格別な味わいのもの。ヴェリタテでは川魚しか食べられなかった。バラジーでは海の魚も食べられるが、それよりも種類が増えるそうだ。今ハイルがバラジーを離れるわけにはいかない。近々とは言えないいつかの話だ。地盤沈下した首都の出入り口に坂道を作るまでは皆その対応に忙しいだろう。
この魚も美味しい。生臭さが一切ない。今まで食べてきた魚とは全くの別物で、同じ魚料理に括ってはいけないような気さえしてくる。海辺の町の魚料理はもっと別物に感じられるほど美味しいのだろうか。ヴェリタテに一緒に向かった時も少し特別な気分だった。その後一人で向かった時はそんなに楽しくなかった。この前ルナを見つけた時に海辺に行った時はそれどころではなかった。次は楽しめるだろうか。
「そことは別の場所になるが、景色も良い場所だと聞いている。」
ハイルも行ったことのない場所らしい。バラジーの中では全て彼の知っている場所になる。ヴェリタテは来たことがなかったようだが、既に廃村とかしており、私の姉の墓を建てる目的があった。私が知っている場所でもあった。二人とも知らない場所を楽しんだ経験はない。具体的な予定はまだ立てられないが、本当にいつか行ってみたい。
「そんなに楽しみにしてもらえて嬉しい限りだ。これは首都の復興も急がせないとな。」
地盤沈下の影響で崩れた建物や壊れた道の修復もある。日常生活がなんとか続けられることと、対処する側の忙しさが落ち着くことは同じではない。サマジアやバラジーから首都の復興を急がせられるのかは分からないが、私も出来る限りの協力はしよう。
仕事の話はここまで、と打ち切られ、また食事に戻る。次の予定はまた落ち着いてから、仕事の合間に話しても良い。今日は私の誕生日なのだ。今に集中して、この時間を過ごしたい。




