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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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不安な約束と安心な同行

 翌日仕事終わり、ケイドとの約束のために服を選ぶ。「おしゃれしてきて」という話だったが、どういう店なのか分からない以上、どの程度のおしゃれをすれば良いのか分からず困る。私もバラジーで生活し、店毎に服装の決まりがあることを知った。普段着で良い店、ちょっとお出かけ着にしないといけない店、しっかりドレスなどを着ないといけない店、堅苦しい服装でないといけない店。私が行くことのある店は普段着やお出かけ着の店ばかりだ。それ以外は一人で入るには勇気が足りない。予約が必要な店ということは、しっかり服装の決まりがある店だろう。一方で前日の予約で十分と考えるとそこまで厳しい決まりではなさそうにも思える。ケイドは待ち合わせの場所と時間しか教えてくれず、店の名前どころかどんな店に行くかすら聞けていない。これでは自分で確かめることもできない。上着である程度調整できる形に妥協するしかないか。それもどうすれば自分ではどうすれば良いのか分からない有り様だ。仕事の時間は終わっているが、ハイルはまだ事務所にいるだろうか。そう急いで事務所まで戻った。

「どうしたんだ?今日は予定があるんじゃなかったか。」

 予定のために服を選びたい。それなのにどう選んだものか分からず困っている。そう相談すれば約束の時間を確認され、数分だけ待ってほしいと言われた。

「俺で良ければ服を選ぼう。部屋には入って構わないか?」

 選んでもらえるなら何でも良い。食い気味にお願いをすれば快く引き受けてくれた。本当に数分だけ待ち、私の使っている仮眠室に移動しながらも情報を共有する。店は教えてもらえていない、約束は昨日した、今日予約されている、おしゃれして来てと言われた。自分で言いつつ情報が少なすぎて申し訳ない。これではハイルも選べないのではないか。しかしハイルは真剣な様子で私の広げた服と私を交互に見てくれていた。

 私の服はまだ多くない。仮眠室である都合上クローゼットなどなく、畳んで保管しているだけ。広げられる場所も少なく、今は床や寝台の上など部屋中に広がっている。

「これで良いだろう。部屋の前で待っているから、着替えてみてくれ。」

 ハイルは部屋を出ていく。着替えた結果まで確認してくれるつもりなのか。あまり待たせるわけにはいかないと手早く着替える。選ばれた服は私の持っている服の中では比較的上品なもので、ある程度の店までなら入れるような物。同時に街を歩いていても浮かないような範囲の物になっており、これならどこに連れて行かれても安心だ。引っ越したらもう少し服の選択肢も増やそう。

 着替え終わり、ハイルを招き入れる。しっかりと完成度を確かめた上で、仕上げに、とハイルが以前くれたネックレスを着けてくれた。自分で鏡を見ても、黒の宝石が私を一段と大人に引き上げてくれているように見える。また何かお礼をしたい。ハイルは何が良いのだろう。

「この程度大したことではないな。ただ、お礼をしてくれると言うのなら、来月の誕生日は一日空けてくれるか?」

 一ヶ月も先のことなどまだ考えていない。そう元々空いている予定を埋めないと約束し、ケイドとの食事に向かった。

 待ち合わせ場所は街の中心部にある塔の前。さほど遠くない場所であり、毎日バラジーを巡回している私にとってはなんてことのない距離だ。ケイドは既に見慣れないスーツ姿で待ち構えている。あの服装で向かう場所ということは、ある程度服装に制限のある店なのだろう。やはりハイルに選んでもらって正解だった。

 私に気付いたケイドは大きく手を振り、まじまじと私を見る。頭の上から爪先まで眺め、満足そうに頷いた。

「めちゃくちゃ綺麗だ。初めて見る人みたい。ほら、行こうぜ!」

 どこに行くのかという問いかけには答えてもらえない。いや、良いお店という言葉で本人は答えているつもりなのかもしれない。先導してくれながらもケイドは浮ついている。向かいつつ、行き先から話題を逸らすためか、再び私の服装について触れた。

 これはハイルに選んでもらったものだ。行く店を教えてもらえなかったことで、どんな服装にすれば良いか分からず大変だったと言ってしまいたいという気持ちを抑え、選んでくれた人だけを答える。ハイルと食事に出かけるわけでもないのに、わざわざ仕事終わりの時間を使ってくれた。仕上げのネックレスは以前ハイルから貰った物だ。少し大人にしてくれたその宝石に触れれば、これからの慣れない食事の時間の勇気まで与えてくれる。

「今日は俺の奢りだから、お金の心配はしなくていいからな!」

 一瞬言葉に詰まったケイドだが、気を取り直すように声を上げた。お金は私も十分用意してきた。改めて奢られるつもりはないと伝え、ケイドには奢ってもらう理由もないと断りを入れる。自分が予約したから、それなりの価格だからと奢ってくれようとするケイドだが、私にはなんとなく今日ケイドに奢られることが良くないことのように思えた。「奢ったからといって自宅に来いなどとは言わないから安心してくれ」というハイルの言葉が頭によぎる。

 私は上手くケイドの奢りを回避し、レストランの前まで到着できた。明らかに高級レストランで、私の服装で入店拒否はされないだろうという程度。ケイドの服装もスーツではあるが、私とケイドでは少々場違いにも思えるほどの場所だ。ハイルとなら抵抗なく入れたのだろうか。

「ここだ!来たことないだろ?」

 確かに来たことはないが、来ようと思っていなかった場所でもある。案内されるまま席に着き、周囲の空気が私に馴染みのないものであることにも気がついてしまう。入ってから一層、私とケイドが来る場所ではないという感覚が強まった。せめて食事だけは楽しみたい。そう気合を入れ直した。


 緊張する夕食を終え、自宅へと帰還し、翌日は通常通りの仕事へ向かう。昨日の夕食のことを早くハイルに話したい。昼食の時間では足りないくらい話したいことが沢山ある。そんな気持ちを伝えれば、夕食後もお茶をしながら話せる店に連れて行ってくれるという。自分から誘っておいて店のことなど何も考えていなかったことに提案されてから気付いた。夜に喫茶店には行かないだろう。喫茶店ではなく、食事とお茶の時間を楽しめる場所といえば、お酒を飲む店だ。

「まだ成人していないのだろう?サマジアで過ごすならそこは守ってもらわないとな。」

 後ろ暗いところがあるからこそ、単純なことで付け入る隙を与えない。私ももう少しで酒を飲める年齢になるため、今回は我慢だ。その代わりデザートを楽しめる店にしてくれるそうだ。お店の名前も教えてもらい、午後の巡回時に見てみると良いとも勧めてくれた。そのために今日の午後に巡回する地区はその店のある地区に設定される。意識して見たことのない店名だが、おおよその場所も合わせて聞けば分かるだろう。外観だけでも知っていると服装に悩む必要もなくなる。今回は悩んでもハイルと一緒に行くため、選んでもらえば良いか。

 昼食を終え、午後の巡回に向かう。ハイルの言う通り、少し横道に入った場所にその店はあり、落ち着いた外装に見えた。出入りする人もおしゃれではあるが私の持っている服で対応できる範囲であり、畏まった服装ではない。あそこなら話しながら食べられそうだ。

 午後の巡回も終え、夕食の時間。軽く汗だけ流す時間を貰い、手早く着替える。ハイルの服装も変わっており、見るからに護送団サマジアの団長といった風貌ではなくなった。変装というほどではなく、知っている人が見ればすぐ分かるだろう程度だ。これでも怖がる人はいるだろうが、いつもの服装でも問題なく一般の店舗を利用できているのだから良いだろう。

「しっかり暖かくしたか?」

 小さい子どもでないのだから自分で季節に合わせて調節できる。そろそろ寒くなり始める季節であり、姉の墓参りも暖かくなるまで止めようと思い始めたくらいだ。全力で反論しても子どもっぽいと澄ました表情で反論し、すぐ店に向けて歩き出す。

 到着した店は昼間と変わらない雰囲気だ。まずは食事からと美味しそうな名前の料理を選び、早速昨夜のことを報告する。ケイドと行った高級レストランでとても緊張したこと、なぜかケイドの機嫌が良くなかったこと、奢ってくれるつもりだったが断ったこと。素直にお礼を言ったほうが良かったのだろうか。

「色々言いたいことはあるが、まず断って良いと言っておこう。断られて不機嫌になる相手ならなおさら断って正解だ。中には奢ってやったのだから一緒に寝ろという悪い男もいるからな。」

 そういうものなのか。ケイドは私と一緒に寝たいと思っていたのだろうか。両親は健在で、その上親と一緒に寝たいと言うほど子どもでもない。私に親代わりを求めているわけではないだろう。家族三人で住んでいるのだから一人が寂しいというわけでもない。不思議なものだ。

 今日の食事の代金についてはまだ何も話していない。私も毎回奢ってもらうのは申し訳なく、自分の分は自分で支払うつもりでいる。

「どちらでも構わないが、この話をした後に奢らせてほしいと言う勇気など俺にはないな。」

 勇気がないなんてハイルから出てくるとは思わなかった言葉だ。思わず笑ってしまいながら、それなら今日は各々支払おうと決めた。前回も奢ってもらったため今回は私がと言いたいところではあるが、確かにこの流れで奢ると言っては一緒に寝たいと言っているようにも感じられる。一度意識してしまえば自分が奢るとは言い出せなかった。

 食事を進めつつ、ケイドとの夕食の話は十分に話せた。次は以前家を紹介してもらったことに関する話題だ。以前は住むつもりもなく見てしまったが、来月で成人するならしっかり自分の家を用意したい。借りるなら仕事まで伝える必要がある。収入が安定しているかどうかの判別のためらしい。私の仕事は何と言えば良いのだろう。

「街の治安維持だろう?実際お前がしている仕事はそれだ。家もどこにするのか決められたら教えてくれ。保証人が要る。」

 保証人。万一私が支払えない場合に代わりに支払ってくれる人。そんなものもクレハは話していただろうか。確かに保証人を頼めるような人はハイルしかいない。そこまで頼って良いのだろうかと思いつつ、なってくれると言うのなら良いのだろうと納得する。そうしてもらえると嬉しいと、家はどこにするのかもう少し考えると返事した。姉が生きていたら今の自分の成長に驚いてくれるだろう。そんな自分を実感しつつ、その後の時間も静かな盛り上がりに浸った。


 一日じっくり部屋を検討し、以前ハイルが紹介してくれた物件のうちの一つにすると決めた。家も決めたら教えてほしいという話だったが、すぐにというわけではないだろう。そう思いつつ、とりあえず報告のつもりでヴェントに頼んで決めたことを伝えてもらった。それなのに戻ってきたヴェントは明日早速契約に向かうという返事を持って戻ってきた。明日は何も予定がない。サマジアの団員と護身術や捕縛術の練習をしようと思っていたくらいだ。それは時間があるからしようかと思っていた程度のことで、いくらでも変えられる予定だ。むしろ急にハイルの予定を埋めてしまったかと気になってしまった。しかし仮眠室を借りている身では折角家を早く借りられるよう動いてくれているのに、それを無駄にもしたくない。ヴェントに何度も往復させるのも悪い気がする。そうあっという間に決まった明日の約束のため、急いで服装を考えた。

 翌日も休日。午前中から家の契約のために出かける。近場のためそこまで動きやすい服でなくて良い。一方で遊びに行くわけでもないため、完全なおしゃれというのも違う。そんな中間の服を選び、待ち合わせ場所であるサマジア事務所前に向かった。

 今日は実務的な目的があるからか、ハイルからの服装に関する褒め言葉も特になかった。自分から求めるようなこともできず、何も気にしていない風を装い、自分の決めた物件を伝える。速やかに契約は結ばれ、宣言通りハイルが保証人になってくれた。入居日までその場で決められる。引っ越しといってもそもそも仮眠室で生活していた私に大きな荷物はない。私一人で持ち運べる程度の物しかなく、特別手を借りるつもりもない。

「新しい家には家具も食器も要るだろう?来週届けてもらえれば良いのだから、このまま選びに行こう。お前は来週からどう生活するつもりだったんだ?」

 言われてみれば必要な物が何も無い。洗濯も簡単に済ませ、食事は自分で作っていない。自分で稼いだお金だけで生活できているというだけで少し大人になった気分だったが、まだまだだったのかと分からせられた。

 そこからは幾つも決めることのある一日となった。何も家具が備え付けられていない部屋だったため、寝台や机から皿の一枚に至るまで、全てを自分で選ぶ必要がある。一人暮らしにはこれが必要という観点でハイルが選択肢を絞ってくれたおかげで、私も一日で決めていけた。これを本当に全て一人で選んでいたなら数ヶ月かかっていたかもしれない。


 翌週、引っ越しの実行日。一人暮らしには十分な広さで、私の希望通り浴室のある部屋。軽く踊れそうなほど広い洗い場に、手足を伸ばしても余裕のある浴槽。少々値は張ったが、私の月給から計算すれば、十分貯金に回す余裕もある値段だ。サマジア事務所近くの立地という条件がむしろ価格を下げる方向に働いてくれたからかもしれない。

 引っ越しの荷物も全て自分で往復しつつ運ぶつもりだったのに、上手く言いくるめられてハイルにも手伝ってもらった。私としては自分が全て持つ流れにするための言葉を選んでいるつもりだったのに、話し合いが終わった時の結論はハイルも手伝う、になっていたのだ。サマジアの団長という立場の人間を言葉で上手く動かせるはずないと忘れていた。

 新しい家に届く多くの家具もハイルと共に迎えた。どこに何を置くのか、暫定的にでも決めなければ届けた人が困ってしまう。同時にある程度の場所に置かないと自分が不便だ。暫定的な場所からより便利な場所には少しずつ変えていけば良い。寝台、箪笥、ソファ、机、食器類とそれぞれの場所に収納していく。外出中に洗濯物を干せるように、まとまった空間も残し、家具を配置していった。

 昼食も夕食も簡単に二人で済ませ、いよいよ二週間後に迫った私の誕生日の予定について詳細が詰められる。朝から出かけ、服などを選び、それを着てハイルの予約したレストランで食事を取る。その日が私の誕生日ということは私が成人する日、つまり表立って酒を飲めるようになる日だ。

「そんなに飲みたいのか?当日飲みやすい物を選ぶと良い。」

 私も本当のことを言うとお酒を飲んだことはある。警察の世話にはなっていないという言い方をするハイルにならそれを言っても良いような気もするが、なんとなく初めてだと嘘を吐く。私達姉妹は酒を飲める立場ではなかったが、姉が特別な日にこっそり飲ませてくれたのだ。飲んだことがないと言うとこれまで隠さなくてはならないのか。それは少し残念だ。そのうち本当のことを言おう。今のところは少しだけ隠し事だ。

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