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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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15/25

巡回の中で

 休日に一日かけてハイルへのお礼を選び、平日の昼食時にそれを渡す。結局お礼の物はハンカチにした。贈ってもらったネックレスに及ぶ物ではないが、上質な物を選んだ。何枚あっても困る物ではないだろうと思ったことも理由の一つだ。同時にこの前のように上着を借りた時、洗って返すのか、そのまま返して良いのかを尋ねた。

「相手と状況にもよるが、洗い方が分からないならそのことを伝えれば良い。クリーニングも下手な店に頼むと物が悪くなるからな。この前のような状況ならそのままで良い。お礼も嬉しいが、必須ではないな。」

 この前の自分の行動は正解だったようだ。相手と状況で変わるなら毎回これをすれば安心ということもなさそうだが、その時は都度ハイルか誰かに相談させてもらおう。お礼も軽く何か、くらいで良さそうか。今回はネックレスのお礼も含めているため、少々奮発した。

 一つ気になっていたことを解決し、昼食に集中する。今日は面白い見た目の物で、とぐろを巻いた蛇のような形のパンにウインナーが刺さっている。柔らかなお肉で気力と体力を回復し、午後の仕事も全力で挑めそうだ。翌日も仕事の日は余裕があっても早めに寝るようにしている。週終わりの仕事が疎かになってしまわないよう、自分なりに調整しているのだ。

「今日はこの後、どう回る予定なんだ?」

 午前中はこの近辺を中心に回った。午後はその反対側の地区を中心に回るつもりだ。小さな頼まれごとを請け負いつつの移動のため、半日で複数の地区を回ることは難しい。もちろん手を貸してほしいことが起きたならそちらに向かうつもりだ。

「午後も頼んだ。話は変わるが、今夜は空いているか?」

 空いている。星を見に出かけることもあるが、予定というほどでもない。誰かと夕食に出かけることもあるが、予め約束することは少ない。たまたま会えばそのまま一緒に行こうという流れになるだけだ。たまに事前の約束もあるか。それも午後に会った際仕事終わりに、と話す程度だ。

「仕事終わりに食事に行かないか?予約制度もないような気軽な店にはなるが、美味しい店を紹介しよう。」

 ハイルも気に入っていると言われたなかなか買えないシュークリームは美味しかった。そのハイルの言う美味しい所なら期待できる。何度も外食はしているが、まだ行けていない店も多い。どんな所なのだろう。それを楽しみに午後も気合を入れて向かおう。

 無理はしないようにという忠告を受け取り、事務所を出る。バラジーの巡回は毎日するもの。同じことを繰り返しているようだが、街の人々の安全や安心、そしてサマジアの皆とも協力し合うために必要な仕事だ。街の出入り口で門番をされている方々や、サマジア事務所の前で見張り番をされている方々のように、私も日々の仕事を真剣にする。それが信頼に応えるということだろう。そんな気合も今日は一段と強く入った。

 街を歩き回っている際に、知り合いを見つけた。狩りや採集の依頼を受けることの多いらしいクレハだ。もう首都での仕事は良いのだろうか。そう尋ねれば今日は休日にしてバラジーまで戻ってきていたそうで、運よく話す時間を取ってもらえた。

「元気そうで良かったよ。俺だけだと今後の生活どうするかって所までは気が回らなかっただろうし、ハイルさんが意外と良い人で本当に良かった。」

 最初はクレハも彼を少し警戒していたらしい。やはり噂など当てにならないということだ。いや、噂の中には真実も混ざっているが、そうするには理由もある。少なくとも私のような人間に意味も理由もなく理不尽を強いる人ではない。むしろ村にいた頃よりも贅沢な生活をさせてもらっている。

 セイカの話も聞かせてくれた。彼女は各地の精霊と協力し、世界樹を傷つけるような研究の停止を求めて回っている。説得する方針に変えたようで、首都との交渉が順調ということもあり、人に危害を加えるような行動はなりを潜めているそうだ。フォルドからの日誌の中には首都での研究内容についても触れられていたそうで、幾つかの街や町と話し合い、首都の地盤沈下に関しては禁忌の研究に触れた人間への罰、という形に収めると決定された。実際どのような研究だったのかは私も聞けていない。

「アルドラはどうだ?家とか借りれた?俺みたいな仕事だと家借りても意味ないんだよな。宿借りたほうが安くなって。」

 街を離れている日も多く、都度宿の部屋を借りるだけで十分らしい。確かに他の町に行くことも考えれば家賃の支払いは無駄になる可能性もあるか。私は常にバラジーにいるため家賃の無駄はないが、まだ借りていない。借りるかどうかという話も家主としていない。サマジアの仮眠室が心地良いのだ。

 クレハと別れ、巡回に戻る。度々挨拶し、手を振り返し、少し雑談に応じ、何事もなく巡回の時間は終わった。もうサマジア事務所に戻ろうと歩いている道中、大きな声で呼び止められる。一日の終わりと思えないほど元気なケイドからの夕食の誘いだ。しかし私には先約がある。そのため明日以降に予定を確認するからと断りを入れたのに、ケイドは食い下がり、その先約の相手を聞いてきた。隠す必要はないため、ハイルとの食事の予定をそのまま答えた。それなのにケイドはあからさまに不機嫌そうな顔をする。

「その人とだったらいつでも行けるだろ。俺は明日だと会えるかどうかも分からないし、仕事の時間もまばらだから、せっかく予定の合った今、アルドラと一緒に行きたいんだ。」

 私の予定は空いていない。約束を反故にもできない。そう重ねて断る。明日すぐは難しいがそのうち予定が合えば、と話を打ち切ってその場を立ち去った。

 サマジア事務所で報告を済ませ、ハイルの仕事の区切りを待つ。いつ見てもこの部屋は整っており、無駄な物があまり置かれていない。仕事の合間の休憩に使う湯沸かしやカップ、一口で食べられそうな菓子程度。そう少し眺めていただけで待つ時間は終わった。

 ハイルの先導で事務所を出る。店の名前も聞いたが、私には心当たりのないもので、場所が分かっただけだった。どんな所だろうと思いつつ、問いかけはせずに付いて行く。その代わり午後の出来事を話した。最初はクレハの話だ。今も狩人や力仕事をすることで安定した毎日を送っている。助けてくれた人は今も変わらぬ様子で笑ってくれていた。ハイルのことももう警戒していない。クレハの実力や人柄をハイルも認めてくれている。それに気分が良くなり、私の口はさらに弾んだ。

「続きは食べながらにしよう。こういう所はどうだ?」

 レストランというほどの風格ではない、食堂といった外観の店。仕事用に動きやすい服装をしている今でも入りやすい雰囲気だ。そう答えればここに決定され、お腹の音を合図にしたように店の中へと吸い寄せられた。

 他の客の料理の匂いでも食欲が刺激される。幾つかパッと見ただけの料理名でも迷ってしまうほど美味しそうに感じられ、早く食べたいのに選びきれない。一つに絞らなくても良いと料理の量を相談しながら幾つか選んだ。

 程なくして到着した料理を味わい、少しお腹が落ち着いてから今日の午後の話に戻る。仕事終わりにケイドと遭遇したこと、夕食に誘われたこと、明日以降も時間があれば誘うつもりのような態度を取られたこと。事務所での報告では仕事上必要ない内容を省略するが、今は仕事の時間外だと個人的な内容まで話していく。気付けば私ばかりが話してしまっていた。

「俺の仕事はあまり変化のないものだからな。お前の話を聞いていると新鮮な気分になるよ。」

 彼の言葉に甘え、話を続けているうちに二人とも食事を終えた。長居をしては店にも迷惑だろう、話すなら明日の昼食時でも良い。そう私が立ち上がった時にはもうハイルの手に伝票は握られていた。今日は特別なことがあったわけではない。奢ってもらう理由がないと、自分の分は自分で出すと提案するが、軽い言葉で断られてしまう。

「良い話を聞かせてくれた礼だ。奢ったからといって自宅に来いなどとは言わないから安心してくれ。」

 奢ってもらうことと家に行くことに何の繋がりがあるのだろう。分からないながらもお言葉に甘えて奢ってもらうことにした。また機会があればお礼をしよう。明日からすぐにできることは仕事を頑張ることだ。いつも十分に役割をこなしているつもりだが、より一層の気合を入れ、緊張感を持って、巡回の任務にあたろう。


 美味しく温かい食事を取り、事務所まで送り届けてもらい、翌日の仕事もハイルに挨拶することから始まった。巡回する地区の指示を貰い、それから出発だ。

 街の人々やサマジア団員達とも挨拶を交わしながら、ヴェントと共に通りを歩く。激しい口論など、殴り合いに発展しそうなら声を掛け、当事者達の話を聞く。彼らの矛先が私に向いてもヴェントが見えない壁を作ってくれるため、その拳が私に届くことはない。その他犯罪関連も目撃すれば捕縛くらいはする。私も護身術を学び、縄で拘束する方法も学んだ。ヴェントと協力すれば警察に引き渡すまでの時間を稼ぐくらいはできるようになったのだ。それ以降の処理などは警察の方々やサマジアの団員達にお任せだ。ハイルからも人々が精霊の力に頼り切りになる事態を招かないよう、可能な限り他に任せるよう指示されている。いざという時にヴェントがいる、ヴェントに頼み事をできる私がいるというだけで、人々を安心させられるらしい。

 特に揉め事も見つからなかった午前の巡回。昼食とその後のデザートでも買って帰ろうか。様々な情報を纏め、指示を出す仕事のハイルは頭もよく使う。お昼にだって甘い物が欲しくなるのではないだろうか。そのために事務所には常に菓子が置かれているのかもしれない。

 そんなことを考えつつ店に向かっていると、大きな声で呼び止められた。振り返ると駆け寄ってくるケイドがいる。彼も街中で清掃の依頼を受けているため、街の中であればどこにいてもおかしくない。おかしくはないのだが、どの地区を巡回していてもよく会うことに違和感はある。

「次もよろしくって言ってくださる方も各地区にいるからさ。それより、これからお昼だろ?一緒に食おうぜ!」

 昼食時に一度戻るよう指示されている。昼食を一緒に取ると約束しているわけではないが、ここ最近は毎日のことになっているため、事前連絡なしにその予定を覆すことには抵抗がある。何より私は今日自分が買って帰って、小さなお礼ではあるが昼食をハイルに奢ろうと思っているのだ。そのため、これから昼食ではあるが、予定があると言って断った。

「予定って?そんなに忙しいのか?お昼もゆっくり食べられないくらい?」

 ゆっくり食べるための予定がある。そう言いたい気持ちを抑え、ちょっとしたいことがあって、と言葉を濁した。それに、と昼休憩時に一度事務所まで戻るようハイルに指示されていることも付け加える。報告は大事という説得ならケイドにも納得してもらえた。しかし渋々といった様子だ。その上聞かせるつもりではないのだろうと思えるほど小声で、またあいつかよ、と呟いた。独り言なら返事は要らないだろうとその場を離れる。

 無意識に詰めていたらしい息を吐き出し、目的の昼食と食後の甘い物を購入できた。巡回中、ケイドとはよく遭遇している気がする。不思議なこともあるものだ。これも昼食を食べながらハイルに報告しようと、足取り軽く事務所へと向かった。

 おおよそ同じ時間に事務所に到着するように調整してはいる。それでも多少時間は前後しているはずなのに、ハイルは毎回私に合わせて昼食の時間を取ってくれた。巡回前の一回、昼食時の一回、巡回後の一回会っている。それでも仕事に関係しない話は昼食時や夕食時くらいしかできない。今話したいことはケイドに昼食に誘われ、一度の軽い断りでは食い下がられてしまったことだ。

「急に言われて困っただろう?今回のように仕事を口実に断ってやれば良い。お前が相手の都合も理解できないお子様に振り回されることはないからな。」

 確かに困った。純粋に私への感謝やそこから発生した親しみからの申し出だとは思っていても、その誘いをどう受けるかなんて考える気にならなかった。ケイドは私よりも子どもに見える。だからある程度譲歩してあげなければならない気がしていた。それが振り回されることなのだろうか。

 断って良い。口実には仕事がある。そう繰り返せば、食事の進みも早くなった。午後の巡回に向かう足取りもどこか軽くなった気がする。子ども達の悪戯も危険の少ない方向へ誘導するだけで一緒に楽しもうと思える気分だ。実際には提案するだけで一緒にはできないが、それでも小さな悪巧みに背徳感を味わう子ども達を見ることだって悪くない。私もそろそろ仮眠室を借りているような仮住まいから腰を据える家に変えようか。どこか別の町に引っ越すつもりがあったわけではないが、サマジアから離れたいとも思えなかった。今ならバラジーの街の中なら引っ越してもサマジアの傍にいる感覚を維持できる気がした。

 街の水路に必死に手を伸ばす男の子がいた。その隣では女の子が泣いている。少し大きな男の子も定規を手に水面を叩いている。何をしているのだろう。

「髪留め落としちゃったの!貰ったのに!」

 涙ながらに訴える女の子の言葉と補足してくれる男の子の話を要約すると、女の子が男の子から貰った髪留めを着けて遊んでいたら外れてしまい、運悪く水路に落ちてしまった、という話だ。幸い花の飾りが軽く、髪留めは水路に浮いている。精霊の力を頼るのは治安の維持に関係する場合のみ。そう言われているため、まず私は自分の杖を伸ばしてみる。届きそうだ、と思った時、当たった勢いでむしろ遠くに行ってしまった。いっそのこと反対側まで飛ばす勢いにすれば良かったか。しかしそれでは沈んでしまう危険がある。ここは彼らに内緒という約束をしてもらい、ヴェントにお願いしよう。今回は例外だ。

 本当は身体の危険がない時に精霊の力を頼ってはいけない。そう三人にも説明し、内緒にすることを了承してもらい、それからヴェントに頼んだ。ヴェントも精霊としての力をあまり表に出さないよう、周囲からの目も気にしてくれる。ただの狐のように水路を泳ぎ、髪留めを口に咥えて戻ってきてくれた。女の子の涙も止まり、男の子達も笑顔でお礼を言ってくれる。特別な日のご馳走を貰った気分で、私は巡回に戻った。

 弾んでしまいそうな足取りを抑えた巡回。駆け寄る人影が見えた。杖を構え、襲撃に備える。しかし近づけばそれがケイドであることが分かった。

「ちょっと休憩時間ができてさ、アルドラの姿も見えたし。昼は駄目だったろ?だから夜はどうかなと思ってさ。無理なら週末でもいいし。」

 今日すぐにと言われても困る。特別予定を立てているわけではないが、わざわざ待ち合わせて、となると準備も必要だ。週末には週末で、そろそろ本格的に家を探したり、自分の服や靴を新調したり、したいことがある。それらをしてからでは夕食を一緒に取るため出かけようという気力は残っていないかもしれない。休みの前日、あるいは前々日なら最も付き合いやすいか。

「じゃあ明日にしよう。俺が予約しとくし、おしゃれしてきてくれよな!」

 仕事終わりにわざわざ着替えて食事に行く。確かに私は仕事終わりに事務所で報告し、同じ建物にある仮眠室で着替えられる。移動が増えるわけではないのだが、手間は増える。それも明日急になんて、と考えている間に、待ち合わせの場所と時間を一方的に伝えられた。

「俺が奢るからお金の問題は大丈夫!楽しみにしといてくれ!」

 言いたいことだけ言ってケイドは走り去っていく。私は何も返事していない。お金の問題ならハイルから十分に貰っているため、私も心配していない。無駄遣いしたくないとは思っているが、理由もなく奢ってもらうようなつもりもない。自分の分は自分で出そう。今から追いかけても聞いてもらえる気がせず、次に会った時にしようと巡回を続けた。

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