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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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居場所

 しっかりと体を休め、また仕事ができるよう整える。今日の仕事は隣町フォルドの様子を聞いてくること。ヴェントの協力で通常の人間よりも素早く移動でき、昼過ぎにはフォルドに到着できた。こちらも道行く人々の表情は明るく、首都ヴィクルスの地盤沈下の影響は少ないように感じられる。

 遅めの昼食を済ませ、町長のお婆さんの所を訪問する。部屋まで通され、待っている間も温かい茶と甘い菓子でもてなしてくださった。思わずうとうとしてしまいそうな気持ちに喝を入れ、急な訪問なのに時間をくださった町長に挨拶をする。気にしないでと軽く返してくださり、秘書らしき方に用意させた書物を見せてくださった。

「首都が地盤沈下して以降の日誌よ。近隣都市での連携も深めるべきだと思ってつけていたの。それは写しね。」

 促されてペラペラと少しだけ中身を確認するが、そんなに早く文章は読めない。まだ勉強中だと伝えれば、書かれている概要を教えてくださる。最初のほうは住民の不安、物資の量や流通に関する記述で、徐々に日常に戻っていく様子が記載される。研究関連では人員や金銭の調整も行い、食料や生活必需品の不足といった問題は今のところ発生していない。将来的に発生しうる問題点などをまとめたページには、豪雨の際に首都が水没してしまう可能性が記される。特に書物や水に濡らしてはいけない遺物の保管に関する強い懸念がある。首都内の高所に保管するか、一部資料に関しては高地の都市に移転するか。水を凍らせて守ってもらえるかという交渉もフロストに行う予定らしい。ほとんどこの話だけでフォルドの現状を把握できそうだが、フォルドの空気を感じるためと人も貸してくださった。

 最初に向かうは氷の精霊フロストの所。町の中央にある噴水は常に凍らせて良いことになったらしく、町長と約束したと上機嫌に教えてくれた。彼の知る限り世界樹に悪影響のある研究も全て停止済みのようで、彼もフォルドの人々を安心させるために尽力すると約束している。具体的な内容についてはまだ相談中らしい。子ども達も私達の会話など気にせず噴水の氷を削って舐めているため、良い関係を築けていることは確かなのだろう。フロストの怒り声も子ども達を散らすだけの効力は持っているが、逃げる際のはしゃいだ声からは本気で畏怖されているわけでないことも分かる。

 町の中を挨拶しつつ歩き、バラジー同様日常に戻っていることを確認する。時折フロスト様にお菓子などを贈ろうと話している人もいた。精霊が町の中心にいるだけで、精霊の守護があると信じられるのだろう。

 フォルドも混乱状態にない。自分の目で確かめた感想も報告できる。暗くなる前にバラジーに到着したいとそろそろ帰ることを伝えた。本当はお土産を渡したいという気遣いも聞きつつの見送りを受け、私とヴェントは帰路に就いた。

「姐さん!お帰りなさい!」

 風の精霊の暴走を鎮めたからか、一部のサマジア団員は尊敬の念を込めて、私のことを「姐さん」と呼んでくれる。真正面からは何と返事すれば良いか分からず、いつも手を振るだけで応えていた。それでも友好的に声をかけてくれている。

「今から事務所戻るとこっすか?これどうぞ。団長も好きなヤツなんすよ。お二人で食べてください。」

 いつも売り切れていて一度も買えていない、美味しいと評判のシュークリームだ。あるパン屋さんに売られている物だが、店に並ぶと同時にすぐ売り切れてしまう。一人三つまでの個数制限があり、彼はそのうちの二つを私とハイルのために分けてくれるそうだ。今から夕食の時間のため、これは食後のデザートになるだろうか。お礼を言い、報告のため事務所へと戻った。

 私もすっかり護送団サマジアの一員として認められている。ただ団長であるハイルが入れたからというだけでなく、他の団員達から受け入れられている。そこにはヴェントの力が大いに関係しているだろうが、精霊が対話に応じてくれることも理由の一つだと思って良いだろう。認められた証のパン屋の箱を事務所の机に置き、ハイルを夕食に誘った。

「キッチンにも食事を用意してくれている。行こうか。」

 温め直せば良いだけの状態にしてから帰ってくれているそうだ。仮眠室を利用している人や昼食を自分で作りたい人向けに用意されているだけの調理室のため、あまり広くはない。用意してくれていた料理は具沢山のスープとしっかり歯応えのあるパン。温まるほどに匂いが広がり、より食欲を刺激された。

 食事を取りつつ、先程の日誌の行方について教えてくれる。あの日誌は市長と共に内容を確かめるそうだ。市長は密かに護送団サマジアとも交流を持っており、住民達には隠しつつ連携を取っている。その市長は大変お忙しく、だからこそフォルドに向かい協力の意思を確認するなどの役割がサマジアに任されていた。住民感情に配慮し、交流は表に出していない。私にも隠すよう伝えられた。

 隠し事は得意だ。姉にだけは見破られていたが、他には秘密基地の存在だって悟らせなかった。任せてくれと言い切れば、難しい話はここまでと打ち切られた。その代わり、最近困っていることはないかと聞かれた。何かあれば都度誰かに相談している。ハイルにも相談したことはあり、毎回解決してくれている。そのおかげで今困っていることと聞かれても思いつかない。常々思うようなこともすぐ思いつくようなことも、放置されていない。

「特に気になることがないならそれで良い。ただ少々引っかかることがあっただけだ。しばらくの間サマジアの連中に見られるかもしれないが、気にしないでくれ。」

 巡回中だけでなく休日に茶や食事を共にすることもある。今日のように菓子を貰うこともある。精霊術の練習に付き合ってもらったことだってある。ほぼ毎日誰かに会うことなど既に日常の一部だ。

 今日の仕事は少々珍しいものだった。また明日以降は日常の業務に戻る。私も何か珍しくて美味しい物を見つけたら昼食に買って帰ろうと作戦を立て、今は目の前のスープを味わった。


 週末、私は一人でヴェリタテ村に泊まってみた。ヴェントにもしっかり警戒するよう伝え、自分も杖で賊に対応できるよう心の準備を整える。あまりに頻繁では疲れてしまうため難しいが、数週間に一度の頻度であれば体力的にも余裕だ。万一のことを考え、ヴェントとヴェリタテ村に向かうことはサマジアの人々にも伝えている。

 今回は先に炎の精霊がいつも過ごしているという場所に立ち寄ってからにした。ロゼットにも挨拶したかったからだ。

「一人で?不思議なことをするものね。」

 このロゼットの感覚はよく分からない。昔を懐かしむのも悪くないと、今度は一人でも振り返ってみようとしているだけだ。私の意図もロゼットには難しいようで、行ってらっしゃいと見送ってくれるだけだった。

 廃村の様子は前回と変わらない。風の音と鳥の鳴き声がするだけだ。ここに私達の家があった。ここでよく姉と空を見ていた。サイフがよく遊びに来て、姉と語らっていた。墓もこの前と変わらず佇んでいる。村の中心部には特に思い出もない。村の奥にある祭壇は姉が殺され、私も縛られた場所だ。長く居たい場所ではない。

 姉との秘密基地にも向かう。前回はここでハイルにネックレスを貰った。今も着けている、少し大人にしてくれる黒い宝石のネックレスだ。食べられる野草や木の実、果実の話もした。いつもの水浴びだって話した。今回は全てここで取れる物で食事を作ろうと考えていたため、何も食料は持ってきていない。木の実を集め、野草を集め、木の枝や枯れ葉を集め、ヴェントの力も借りて火を熾す。どれも基本的に火を通したほうが美味しく安全に食べられると体で知った。

 前回より食事の用意に時間が掛かっているはずなのに、早い時間に準備が終わってしまった。木の実の団子に炙り野草。サマジアに入る前は毎日食べていた食事であり、先週は野草を一枚入れただけで懐かしくなったのに、今は何も感じない。舌が肥えてしまったのだろうか。食事の時間もすぐ終わってしまった。村にいる頃は陽が沈むと同時に眠る日だって多かった。今日も早く水浴びし、早く寝てしまおう。それとも今日は水浴びを省略してしまおうか。それだと時間が余る。やはり前回同様、姉といた頃のように水浴びをしてみよう。

 先日と同じ薬草を使い、頭と身体を洗ってみる。同じ感触、同じ香り。姉といた頃は何も意識しなかった物。何も特別なことなどなく、何も起きないことを残念に思う必要などない。それなのにいつもより星も遠く見え、寒さも強く感じてしまった。


 前回のように満足できるヴェリタテ宿泊にはならなかった。その理由は分からない。しかしサマジアに戻ればいつも以上に温かさを感じられた。バラジーの巡回も私を日常に戻してくれる。ヴェリタテと異なり、一人の食事でも一人の感覚がない。サマジアの事務所が見える屋上で柔らかなパンにベーコンやトマトの挟まれたサンドイッチを味わう。ベーコンの旨味にトマトの爽やかさがいくらでも食欲を煽ってくれる。午前中の疲れを全て癒してくれる味だ。

 道行く人々もそれぞれの目的地に向けて歩いている。中には私に手を振ってくれる人もいた。その中にケイドも混ざっており、彼は同席の許可を求める。断る理由なく受け入れると、嬉しそうに前に座った。

「最近週末は街の外に出掛けてるな。休みの日もこき使われてるのか?」

 そんなことはない。毎週末は休日であり、むしろ私の時間のためにハイルが付き合ってくれている。ヴェリタテに行くことは姉との思い出を振り返るためだった。それ以前に住んでいた場所は分からない。当時は姉について行くだけで精一杯であり、急に姉妹二人で生きることを求められ、他の何も考える余裕などなかった。平日だってこうして十分な休憩時間が確保され、杖を用いた護身術だってサマジアの団員が教えてくれている。長い文章の読み方や、難しい文字のことなども教えてくれる。身寄りのない新入団員の私がこき使われているなんて話になればハイルの評判が落ちてしまうかもしれない。既に怖い人、危ない組織の人として知られており、本人も訂正するつもりはないようだが、それでも自分のせいで不必要に評判が下がるようなことはしたくない。そうはっきり否定を返し、事実を伝える。それなのにケイドは少し傷ついたような表情をした。

「そんなに力いっぱい否定しなくても良いだろ。」

 なぜか視線を左右に揺らし、言葉を探しているように口を開閉させた。私はそんなに力いっぱい否定しただろうか。ただ事実を並べただけだ。やはりケイドはハイルが苦手なのだろうか。借金のことを思えばそうなっても仕方ないかもしれないが、結局借金は元本のみの返済で終わっている。

 ようやく言葉を見つけたらしいケイドが私を見た。その手は少し震えている。出てきた言葉は私がケイドの恩人だから助けたいという的外れで、そんなに身構える必要があるのか疑問になる内容だった。彼の恩人というならセイカやクレハのほうが適切だ。実際に利子分を返済するために動いてくれたのは彼らだから。しかしケイドからの感謝の気持ちを否定する必要もなく、セイカとクレハにも、と言い添えるに留めた。助けられるような状態にないことを伝えても反応は薄く、自分の食事に戻る。私のパンに挟まったトマトもどこか元気をなくしてしまっているように感じられた。

 サマジアの仮眠室が見える。この前の夜、こうしてケイドと二人で話している時にハイルは上着を貸してくれた。翌朝すぐに返せたが、あれは洗ってから返すべきだったのではないかと今になって思い始める。自宅で洗濯できるような服だったかすら分からないような、私に馴染みのない物だった。クリーニングに出すべきだったのかもしれない。しかしそれでは返却が遅くなってしまう。少し考えてみても結局どうすべきだったのか分からないままだ。これもハイルに聞けば教えてもらえるだろうか。ついでにお礼も用意しよう。意外と甘い物が好きだという話は団員から聞いた。バラジーの中でもサマジア事務所から離れた地区の店を一度じっくり見てみよう。それともネックレスを貰っているから何か装飾品のほうが良いだろうか。

 装飾品には詳しくない。この前のネックレスがほとんど初めてだった。ハイルには何が似合うのだろう。そもそも着ける人なのだろうか。ネクタイを締めているところは見たことがある。ネックレスやブレスレットは着けているところを見たことがない。宝石など私の給料で買えるのだろうか。しかしそれを貰っているのなら同じくらいの金額の物を返したほうが良いのではないか。今すぐは難しくてもそのうち、あの黒い宝石のネックレスに見合うだけのお礼をしたい。

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