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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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12/26

姉のいない場所

 物件を見回り、ハイルといつになく沢山話した余韻を引きずったまま、翌日の仕事に向かった。サマジア事務所でハイルは普段通り仕事をしており、昨日のお出掛け程度大したことではなかったように見える。また何事も起きていないようでもあり、今日も私の思う順番でバラジーを回ってほしいという話だ。

 指示に従い、気の向くままバラジーを歩く。凶暴化した動物が街の中に入ってきていないか確認し、不審な動きをする人物がいないかも見て回る。凶暴化した動物がいてもほとんどの場合は対処中であり、助太刀も不要と言われるため、ただヴェントと共に散歩しているだけの状態だ。精霊に頼りすぎないように、とヴェントの力を借りることは最小限にされているためでもあるだろう。

 そんな中、また仕事の合間の休憩時間だったのか、ケイドに声をかけられた。最近どうか、と聞かれれば答えることなど一つだ。先日、ハイルと共に家を探した。そのことを伝えると二人で住むのかと詰められる。まさかそんなわけがない。私が一人暮らしするための家の候補を何軒か紹介してくれただけだ。私とハイルはサイフと姉のロゼットのような関係ではない。声が少し低くなったケイドに訂正すれば何故か、良かった、と呟かれた。ずっとバラジーにいるのかとも確認される。他に行くあてなどない。折角居場所を貰ったのに出てくるつもりなど最初からない。貸し出されているサマジアの一室が心地良く、仕事前後の報告にも便利だから引っ越す気にならなかっただけだ。まだ引っ越すかどうかも決められていない。

「じゃあ今がサマジアから足を洗うチャンスだ。一緒に仕事探してやるよ。」

 借金はもう少しで完済できる。そう聞いており、利息はセイカ達の善意の協力でなかったことになっている。それでも一度暴利を示されている以上、距離を取りたいのだろう。正規でお金を借りられない人、つまり返済能力に疑問のある人。利子を高くしなければ採算が取れないのだと説明されれば、私も納得せざるを得なかった。ただ、このハイルからの説明を私の口からケイドに伝えても同じ効果は得られないだろう。そう曖昧に笑うだけに留めると、ケイドは今度二人でゆっくり話せる時間がほしいと言う。しかし彼と私は度々仕事の合間に雑談しているではないか。いつも私が気付く前に彼から声をかけてくれており、仕事の日に何度も話しているのだから、わざわざ休みの日に時間を取らなくても良い。長時間二人という状況にも少々抵抗がある。返事を誤魔化し、私はその場を立ち去った。

 午前の巡回が終われば、一度事務所に戻る。その時間に合わせてハイルも休憩を取ってくれるため、私が買ってきた昼食を共に取ることも多い。今日は喫茶店での軽食だ。いつも私が主に話し、ハイルが聞いてくれる。今日もまたケイドのことを伝えた。

「引っ越すことは決定事項にしてもらわないと困るな。何度も言うが、あそこは一時的に貸し出しているだけだ。」

 分かっている。サマジアに勧誘してくれたおかげで収入も安定し、十分引っ越し資金も貯められた。他では素性の知れない子どもなど雇ってもらえなかっただろう。そもそもどう雇ってくださいと言えば良いのかすら分からない。姉と二人で引っ越した時は二人とも子どもで、私は幼いと言って良いほどだった。同情から村に入れてもらい、そこでの生活を許されただけだ。

「サマジアにいたと知られれば避ける所も多いだろうな。」

 軽い調子でハイルからは返ってくる。考えてみれば当然のことだ。住民への暴利や暴力を用いることもある組織にいたとなれば警戒される。繋がりがあると知られただけで、雇う側としては避けたい人間になるだろう。巡回時の会話は浅い交流。だからこそ受け入れられている。

「死ぬまでサマジアにいれば良いだろう。残念だが、表の仕事は俺も斡旋できない。」

 斡旋してほしいなどと言うつもりはない。そもそも私はサマジアを抜けるつもりなどないのだ。そのつもりなら最初からサマジアに入らず、クレハと共に仕事を探せば良かった。クレハなら私に戦い方も教えてくれただろう。

 ずっとサマジアにいる。そう伝えると私の誕生日の話を振られた。この前ハイルが誕生日を祝ってくれると言っていたため、予定は入れていない。例年は姉とサイフの二人が密かに祝ってくれていた。今年は成人なのに、もう祝ってくれる姉はいない。サイフと二人で私の誕生日を祝うということにも違和感がある。彼は姉の恋人、いずれ兄になる人だった。だから家族として時間を過ごしていた。姉のいなくなった今、彼とは同じサマジアの一員に過ぎない。

「それなら食事に行かないか?少し良いものを食べさせてやろう。」

 お酒も飲めるのだろうか。お祭りの時に村の大人が飲んでいたのを見たことがある。とても楽しそうだった。姉と二人で遠くから眺めているだけでも、それが特別な物だとは分かったのだ。

「少しだけな。誕生日にいきなり飲んで、体調が悪くなったら困るだろう?」

 どんな味がするのだろう。姉のロゼットは飲んだことがあったのだろうか。炎の精霊ロゼットは飲んだことがあるだろうか。そもそも精霊はお酒を飲むのだろうか。姉はいなくとも、あのロゼットのことも気になってしまう。別人だと感じていても、よく似た容姿の彼女のことがふとした瞬間に思い浮かぶ。

「一人で百面相してどうした?何か気になることでもあったか?」

 重い話にはしたくない。努めて軽い調子でロゼットの話をする。彼女のことが知りたい。だけどそうすることが姉の代わりを求めていることになりはしないか。少しだけ、軽くと思っていたのに、話しているうちに暗く、重くなってしまう。こんな話をされても困らせるだけではないか。

「ロゼットの遺骨が見つかったとサイフから報告があった。今度墓を作るそうだ。」

 墓があれば、姉のロゼットと炎の精霊ロゼットを混同してしまうことはなくなるだろうか。私も行くと答え、燃え尽きたヴェリタテ村で一泊する具体的な予定も立てられていった。荷物は何がいるのか、どこに宿泊するのか、護衛は誰か。自分がいるからそれ以上の護衛は要らないと自信満々のヴェントに任せることにし、クレハとサイフに合流しようと決める。一人でヴェリタテ村まで行くなんて初めての経験だ。落ち着いてあの村を見られるだろうか。現地で二人に合流する形になるため、前回と変わらないだろうか。

「俺も一緒に行こう。前回はゆっくり話せなかったからな。」

 私ともっと話したいとハイルも思ってくれているのか。話すだけならヴェリタテ村まで行く必要はないが、そこでだからこそ思い出せることもある。

「精霊を友とするお前がどう過ごしていたのか教えてくれ。」

 ヴェリタテ村では半分余所者扱いだった。それでも行くあてを失った私達を受け入れ、ヴェントと出会ったあの村のことは嫌いになれない。姉を生贄に捧げたあの村の人間のことは嫌いだ。同時に彼らがいなければ私達姉妹はもっと早くに死んでいただろうとも分かる。サイフだけは罪がない。彼は姉が生贄に捧げられることすら知らされていなかった。クレハは私を助けてくれた。

 自分の気持ちすら分からないまま、その日の夜からヴェリタテ村へ行くための荷物を纏め始める。朝に着ていく服、身を清めるための布、念の為の武器として杖、一日分の食料。ハイルの発言が私に気を遣わせないための方便だったのか、それとも本当に私がどう過ごしていたか知りたいのかも分からないが、疑問に答えられるよう準備も整える。姉と移住するための旅路、ヴェリタテ村で過ごした日々。お金も何もない私達はできる限り自分達で日用品も作成した。それらのことも思い出し、説明できるよう言葉を用意する。その場で言葉に詰まらずに上手く言えるだろうか。


 今回は遺骨探しではない。護衛も十分いる。動きやすい服装の必要はあるが、少しおしゃれする余裕はある。そうかといって姉の墓を作るのに派手な服装も避けたい。遊びに行くわけではないのだ。それでもどこか浮ついた気分で、何日もかけてようやく荷物を纏めきった。

 待ち合わせ場所は事務所前。今回の服装は結局汚れの目立たない地味なものにした。

「そうしていると一人前の旅人のようだな。」

 一人で各地を巡る旅人。実際は行ったことのある村でも自信のない子どもだ。それでも時間をかけて選んだ服を褒められると気分が良い。そんな気分のまま私がヴェリタテ村まで案内すると言って先導する。そんなことをしなくともハイルも場所くらい把握しているだろうが、それでも私のやりたいようにやらせてくれた。

 廃村ヴェリタテに到着すると、私達の家のあった場所の庭にサイフとクレハが穴を掘り始めていた。村の一番端、村外れが私達姉妹の家だった。辛うじて石の基礎や壁の一部だけが残るこの場所で今夜は眠ろう。荷物を置き、私達も二人の掘る穴の前に立った。

 既にロゼットの遺骨を埋めるだけの小さな穴はできている。サイフが丁寧に穴の中に置き、クレハとハイルが埋め戻してくれた。何も刻まれていない石を墓石とし、サイフが着けていたペンダントを掛ける。世界樹に還っているように祈ることはできない。何を祈るべきなのかも分からず、ただその墓石を眺めた。

 やがてサイフがこれからもサマジアにいたいこと、先にバラジーに戻ることをハイルに伝えた。ハイルもそれを了承し、サイフはクレハを連れて立ち去る。私達は一泊する予定だ。二人は今から出発して、暗くなる前にバラジーに到着するのだろうか。

「クレハも腕の立つ剣士だ。心配することはない。それより、村を案内してくれないか?ここで生活していたのだろう?」

 村の中心部にはあまり立ち入れなかった。そのため、案内は表面上のものになってしまう。聞きたいのはこういうことではないだろうと中断し、姉妹の家の跡地まで戻った。先程までいたのに、何故か新しく向かう気分だ。右足、左足、と意識して村の真ん中を通り抜ける。自分の心臓の音を聞きながら、玄関があった場所の前に立った。私がここに誰かを招いたことはない。姉がサイフを招いていただけだ。クレハも来てくれていたが、人を招くような余裕などあの頃にはなかった。ヴェントもいつの間にか傍にいた。自分で招く意識を持って人を案内したのはこれが初めてだ。

 深呼吸をしてハイルを見ても考えは読めない。求められるまま自分がここで生活していた時のことを語る。ここに机を置いていた、食事を取っていた。台所はここで、私も調理をしていた。洗濯物はここに纏めておき、庭に干していた。ここには姉の服を、ここには私の服を入れていた。サイフの服も少しだけ置かれていた。掃除用具はここに置いていた。入浴時に使う物はここで管理していた。そんな日常の些細なこともハイルはそうかと聞いてくれる。

 話すうちに舌も滑らかになり、ハイルの家のことも尋ねてみる。しかし答えてもらえるとは限らず、はぐらかされたりもしつつ、時間を過ごした。途中でゆっくり座って話そうと提案され、私は本当に姉妹二人しか知らなかった、サイフにも教えていない秘密基地へと案内する。ここにも賊が出現するようになっているかもしれないと、荷物も全て持っての移動だ。その移動の間も私の口は止まらなかった。姉が亡くなって以来、こんなに話したのは初めてかもしれない。次は自分が生贄にされるのだと思い、ヴェントに縋りついていた。バラジーの人達とも話したが、私ばかりが話すことなんてない。姉と二人暮らしをしていた頃は、毎日寝落ちしてしまうほど沢山話していた。今はもうそれができる相手もいない。

 村外れ、私達姉妹の家からも隠れた森の中。ほんの数分歩くだけでその秘密基地はある。葉や枝で組まれたそこはもう面影を残すのみだ。隠したドングリももう食べられないだろう。友達の栗鼠もどこかへ行ってしまった。小鳥の鳴き声もここにいる時は特によく聞こえる気がする。ヴェントが暖かな風で私達を包んでくれた。

「お前はここが好きなんだな。」

 村ではなくここが私にとって思い出の場所なのかもしれない。姉の墓もここにすれば良かった。それとも見つけやすいあの場所でやっぱり良かったのだろうか。ハイルの横顔からはやはり考えていることが分からない。セイカとクレハの協力や水の精霊アクアと交流したことがあったとはいえ、よく知らない私を護送団サマジアに受け入れてくれた。あの時にはヴェントが風の精霊だと気付いていたのだろうか。

「いい話を聞かせてもらった。礼を受け取ってくれるか?」

 秘密基地に腰掛け、荷物の中から小さな箱を取り出した。上等な包装紙に包まれており、安くない物とは装飾品に詳しくない私にも分かる。受け取れば軽く、それがより一層中身が何なのかという好奇心を刺激した。ちらりとハイルを見れば、開けて良いと頷いてくれる。

 紙を破らないよう慎重に開くと、ビロードのような箱が現れた。中には銀のチェーンに黒い宝石の付いたネックレス。バラジーでガラス越しに見たことがあるだけで、こんなに近くにあったことも触れたことも当然ないような物だ。こんなに大人の物が自分に似合うのだろうか。ひとまず着けてみようと首の後ろに手を回すが、何度も空振りしてしまった。

「貸してくれるか。」

 見かねたハイルが提案してくれる。そっと首筋に触れたかと思うとすぐ離れ、さっとヴェントに鏡を用意するよう指示した。ヴェントが鏡を持っているのかと思いきや、ふわりと風をどう調整したらそうなるのか、何もなかったはずのそこが鏡のように私達を映し出している。

 いつもより動きやすく移動に適した服装のハイルに、地味な服の私。その胸元には黒い宝石が光っている。なんだか護送団サマジアに相応しい大人の女性になった気分だ。

「やはり似合っているな。精霊の力を借りられたのはお前の力に依るところが大きい。報酬だけでなく個人的にも礼をしたかったんだ。」

 自分の変化に浸り、言葉を忘れてしまっていたと慌ててお礼を言い、喜びの言葉も添える。そっと宝石に触れれば自然と笑みが零れた。今なら姉との日常をもう一度なぞっても良い気がし、この近辺に生えている野草や木の実などを拾いつつ教える。簡単な食事は用意してきているが、それに加えて一緒に味気ない食材も一緒に食べてくれるだろうか。

「ああ、教えてくれ。」

 生で食べても良い野草、茹でないと苦くて食べられた物ではない野草、渋くてもお腹に溜まる木の実。中には青さと同時に甘さを感じる野草も果実もある。今は果実が実っていなかったが、野草なら生えていた。それを持ってきたサンドイッチに追加し、ゆっくりと味わう。あまり美味しいとは感じずに食べてきたそれも、サンドイッチに追加されると美味しく感じた。

 食後は歯磨き。それにも適した蔦がある。泥や表面の汚れを軽く払い、食べるわけではないが何度も噛めば良いだけ。細く硬い繊維が歯の汚れを取ってくれる。これも終われば入浴。湯など用意できなかったあの頃は、石鹸代わりの薬草で体を拭い、川で流すだけだった。

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