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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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11/26

日常と変化

 何日もロゼットの骨を探してばかりではいられない。そうサイフとクレハ、セイカ、それに従う光の精霊ルナ、元々そこにいた雷の精霊イクトゥスを置き、バラジーへと戻った。

 バラジーではハイルが様々な報告を確認し、忙しくしていた。まだ地盤沈下した首都の状況に対応しきれていないようだ。私には街の巡回が任された。自警団やサマジア団員達が見回っているおかげか、バラジーは日常を取り戻している。私への挨拶もあり、ヴェントにも私のおまけといった形で声をかけてくれた。以前は話さないただの狐のふりをしていたため、その印象が強いのだろう。ヴェントもまんざらではないようで、時折与えられるペット用のお菓子をご機嫌に貰っている。

「精霊さんってこんなに可愛らしかったのね〜。」

 穏やかなこの貴婦人はヴェントの頭も撫でてくれる。昔からお伽噺には語られるが、特に都市部では実際に見ることなどない。だから物珍しさからか、こうして触れたがる人もいる。相手によっては拒否しているが、ヴェントも穏やかそうな人ならこうして受け入れてくれていた。

「この前見かけてから創作意欲がむくむくと生まれてきてしまったのよ〜。これ、受け取ってくれるかしら〜。」

 見せてくれた物は淡い紫のケープであり、ちょうどヴェントが着られそうな大きさだ。ヴェントがお菓子を一度私に預け、貴婦人に体を差し出した。そっと貴婦人はヴェントにケープを着せてくださる。金色の体毛に淡い紫のケープ。精霊らしさが増したようにも見える。ヴェントも私の腕からふわりと浮かび上がり、くるりと回転して貴婦人に見せびらかした。

「よく似合っているわ〜。気に入ってくれたの〜?ありがとうねぇ。」

 贈ってくれたのは彼女なのにお礼を言ってくださる。こちらこそとお礼を言い、戻ったらハイルにも自慢しようとこっそりヴェントと会話した。数日離れていたからか他の住民にも声を掛けられつつ、この日の巡回は無事終了する。

 事務所ではまだハイルが書類を読み、何か別の紙に書き記している。たった数日でそんなにも問題が起きるものなのだろうか。

「首都の異変はそれほどまでに影響を与えるということだ。」

 都市の中心部にいる者達との連絡に時間がかかるようになる。連絡が迅速でなくなるということは、対応に鈍りが出るということ。それを好機と悪事を働く者もいるそうだ。

 ハイルは目を上げることなく報告書に目を通している。巡回自体は特段問題なかった。住民達の混乱もなく、ヴェントも受け入れられている。淡い紫のケープを自慢したかったのだが、それどころではなさそうだ。

「アルドラ、どうした?」

 やっとこちらを見てくれた。ヴェントを持ち上げ、街の貴婦人に貰ったと自慢する。よく似合っており、ヴェントもどうだと言わんばかりの表情だ。狐としての扱いかもしれないが、ヴェントも街の人間に受け入れられ、可愛がってもらえているのだ。

「良かったな。その調子で明日以降も頼む。団員だけではなかなか住民の空気感を掴むことも難しいからな。」

 サマジアの団員は怖がられている。だから私が可愛いヴェントを連れ歩くことで、住民達の日常を覗き見る。ロゼットの骨探しは休暇を利用したものだった。結局気は休まらず、むしろ今のほうが休み気分だ。巡回もしっかり仕事のため、明日以降は気合を入れ直して挑もう。


 いつも通りの巡回。そう思って巡回前の挨拶に向かった。それなのにそこにはケイドまでいた。ハイルのことを睨みつけており、その手にはナイフまで握られている。確かに護送団サマジアは恨みを買うようなこともしている。しかしケイドはそこまでのことをされていないはずだ。

「いつまでアルドラをここに縛り付けるんだ!」

 私は縛り付けられてなどいない。ハイルが答えるまでもなく、私が答えられる。私は行き場がなかった。頼る一方ではなく、仕事として報酬を得られる立場が欲しかった。それをハイルは与えてくれた。ケイドにだって話したことがあるはずだ。それなのにケイドは覚えてくれていない。

 ケイドは私を見ない。私の話をしているのに、ハイルを睨みつけてばかりだ。ナイフを握り締めたまま、私を守ると嘯いている。話しているのに聞いてくれないケイドにこれ以上何を言えば良いのか分からず、ハイルを見た。

「アルドラに付き纏っているらしいな。そんなことで優秀な精霊術士を壊されてはたまったものではないのだが。」

 優秀な精霊術士。そんな場合ではないというのに思わず口元が緩んでしまう。精霊と心を通わすことができたのはひとえに精霊達の性格のおかげであり、ヴェントが傍にいてくれたおかげでもあるだろう。それでもこうして真正面から褒められ、それもただの褒め言葉ではなく純然たる事実のように言ってもらえることには格別の価値を感じた。

 ケイドは刺々しい態度を取り続けている。何をしに来たのだろう。さらに、アルドラは俺のものだと宣言し、ハイルのような悪党のものではないと喧嘩を売った。いつ私はケイドのものになったのだろう。ハイルのものでもないが、サマジアには所属している。ケイドの家族と会い、少し手を貸したことからこの認識になっているのだろうか。あれは家族への挨拶ではなく、ただ自分にできることがないかという居場所を探しての行動だった。サマジアを見つけた以上、あの場所が居場所になることはない。

「アルドラ本人が決めることだ。」

 静かなハイルの言葉にもケイドは態度を改めない。それに私がケイドの発言を認めていないことにも気づかないまま、啖呵を切った。俺と勝負をしろと、ナイフを突きつける。ハイルは動じることなく、仕方ないと訓練場へと場所を移した。

 ケイドとハイルの腕試しが始まる。まさか本気で殺し合うわけではないだろうとは思いつつ、それでもなだか落ち着かない気分だ。ケイドはナイフを持っている一方、ハイルは何も持っていない。安全のため距離を取ったこの位置からではハイルの表情だけが見え、ケイドのことは後ろ姿しか見えない。ここからどうするつもりなのかも分からず、ただ見ていることしかできなかった。ノクスすら手を貸すつもりがないのか、私と一緒に見学している。

 まずはケイドの突進。ナイフを突き立てる動きは体の重心の位置をずらしただけの動きでハイルに躱された。ほとんど同時にナイフを持っていない手をハイルが掴み、ケイドの突進の勢いを利用するように振り回して離す。転びそうになるケイドも体勢を立て直し、再びナイフをハイルに向けて走り込んだ。ハイルも今度はそれを受け止め、ナイフはその眼前で止まった。

「よし!俺の勝ちだ!」

 俺のほうが強い、守れると喜びに満ちた声を上げる。ナイフを投げ捨て、両の拳を突き上げた。しかし私はこれを喜べない。ハイルも悔しそうにしておらず、ただ静かに祝福の言葉をかけた。ケイドの傍を通り過ぎ、ノクスを頭に乗せて立つ私の傍にまで来る。あるはずもない怪我の確認だけをして、ケイドを振り返った。

 ケイドは何も見ていなかった。ただ喜びのままこちらに駆け寄り、私に手を突き出す。

「アルドラ、これで君は自由だ!」

 その表情は期待に満ちたものだった。私は最初から自由だ。私がその手を取ることはない。断る言葉を探し、私の選択を待つハイルを見る。

「アルドラ、これはお前が自分で決めることだ。」

 善良な市民のアルドラなのか、護送団サマジアのアルドラなのか。話を聞いてくれる人と、何も見てくれない人。私は一歩ハイルに近づき、そっとその服の裾を摘んだ。なんで、とケイドが声を上げ、信じられないとでも言うように一歩後ずさる。私はその反応のほうが信じられない。私は一度も助けてなんて言っていない。勝負の結果で居場所を決めるとも言っていない。そのことをハイルは分かってくれていた。

 私の思いをハイルはただ聞いてくれている。ケイドは私がバラジーとフォルドの救世主だから隣に立つために強くなければならないと反論した。それにも私から言えることがある。強さはヴェントが担ってくれているのだ。私は傍にいたい人に勝負の強さよりも求めるものがあると知った。ケイドにどう伝えるべきか分からず、言葉を上手く紡げない。その間にハイルは騒ぎを聞きつけた団員にケイドを送り届けるよう指示を出していた。


 気を取り直して巡回を行い、昼食のため事務所に戻る。しかし休憩を取った様子もないハイルが各所からの報告書と睨み合いをしていた。賊の侵入、凶暴化した動物の排除など、問題が山積みなのだ。私が来ても気付かないほどだ。それでも報告のため声をかければ、ちょうど休憩するところだったと確認を切り上げてくれた。

 こうして休憩しやすいようにか、すぐ側にはローテーブルとソファが置かれている。簡易の湯沸かしで二人分だけ湯を沸かし、コーヒーと共に昼食を取る。

「そっちはどうだ。疲れは溜まっていないか?」

 定期的な休みがあり、巡回の時に発生する問題も少ない。何か起きてもヴェントが常に傍におり、暴力的な事案には対処してくれるため、肉体的な疲れは少ない。精神面もヴェントが癒してくれる。街の人々も多くはいつもお疲れ様と声をかけてくれる。むしろハイルのほうが忙しいのではないか。色々とすべきことがあるのは分かるが、休めているのだろうか。

「今休んでいるだろう?」

 それ以外に、という意味だと反論すれば微笑みだけが返された。何か含みがあるのか、それとも本当に休んでいないから何も言い返せないだけなのか。それも分からず問いかけても午前中に貰った差し入れだと菓子を勧められる。むぅと表情に出しても状況は変わらず、諦めてお菓子に手を伸ばした。

 仕事相手からの差し入れだというそれは私でも一口で食べられる大きさだった。ほんのりと塩味のする表面に、中から出てくる甘いクリーム。何個でも食べられてしまいそうな味だ。ハイルも美味しそうに食べ、どこの店の物か聞いておけば良かったと呟いている。そのうち見つければ良い。それにバラジーならどこの物でも美味しい。お菓子でも、食事でも、飲み物でも。ついつい間食をしてしまうと悩んでしまうほどだ。

「食欲旺盛なのは良いことだ。それよりアルドラ、家は決めたか?今は貸し出しているが、あくまで臨時のものだからな。」

 今の場所が快適だ。護送団サマジアの団員達にもハイルにもすぐ会える。ヴェントも精霊仲間であるノクスにすぐ会える。お金は精霊との交流や隣町の救出に大きな役割を果たしたとして沢山お給料を貰っているため潤沢にあるのだが、今以上に良い家が見つかる気はしていない。

「明日は空いているか?俺も休みにするから、部屋を探しに行こう。予算を伝えてくれればその範囲で幾つか紹介する。」

 ハイルと休日に出掛けることは珍しい。滅多とない機会は逃したくない。しかし住むつもりもないのに時間を使わせてしまっても良いのだろうか。迷いつつも私は明日の約束をした。


 一夜明け、朝の支度をする。今日は仕事ではない。服はバラジーに来てから少し増えており、動きやすいズボンだけでなくスカートも持っている。折角ならスカートでおしゃれに挑戦してみようか。何かあってもヴェントがいる。ハイルがいるならノクスだって一緒だろう。何も気にせず服を選んで良い。

 ヴェントとお揃いの淡い紫のスカートに白いブラウス。靴も少しだけ踵の上がった物で、いつもより数センチだけ視線が高い。鞄も小さなポシェット一つで、村にいては出来なかっただろうおしゃれを楽しんだ。これからお出かけだというのに既に弾んだ心で事務所前のハイルに近づく。待たせてしまっただろうか。

「いや、時間通りだ。その服もよく似合っている。」

 サマジアの団員達とも服の話をすることがある。それでも今は何故か、その時以上にこの褒め言葉に浮ついてしまった。

「この街に来てからずっと忙しかっただろう?そういったおしゃれをする余裕も与えられなかったな。そうした物が好きなのか?」

 動きやすさ重視ばかりで選んできた。ヴェリタテ村でもそれ以前の村でも、生きるために必死だった。バラジーでも巡回を仕事にするなら、実際に戦うのがヴェントだったとしても、私自身も機敏に動ける必要がある。今日は仕事ではない。だから少し着てみようと思ったのだ。

 移動の間も言葉は尽きない。服の話から好きな色の話になり、花の話になり、それから年齢の話にもなった。

「アルドラは幾つになるんだ?今度誕生日を祝おう。」

 次の誕生日でようやく成人になる。酒も飲める年齢だ。村にいた頃は生活するのに必死でそうした嗜好品を楽しむことはできなかった。姉は年齢を考えれば飲めたはずなのに、一度として飲むところを見たことがなかった。一体どんな味がするのだろう。

 食事の好みの話など話題は多岐に渡った。私が次の話題を探している間にハイルの側から振ってくれるのだ。気がつけば私ばかりが話しているような気になり、今なら聞けるかもしれないと一歩踏み込んだ質問を投げかける。ハイルはどこに住んでいるのか。事務所に仮眠室はあるが、あくまで仮眠室であり出ていくよう指示するなら、彼もどこか別の場所に家を持っているはずだ。

「知らないほうが良い。厄介事に巻き込まれたくはないだろう?」

 どれだけバラジーや首都崩落の混乱のために尽力していても、護送団サマジアへの評判は基本的に明るいものではない。ケイドの父のように借金をしてしまった人は苦しい生活の中から高い金利の借金を返し続けることにもなる。あの時は私達が居合わせたため利子を免除してもらえたが、幸運に恵まれなかった者からは恨みを買っていてもおかしくない。配慮からの言葉なのだろうとは理解できる。それでもどこか距離を感じさせられた。

 次の話題を探す間もなく、最初の物件に到着する。本当に気に入る家があったら住めば良いのだ。だからこれは時間を浪費させているわけではない。そう自分に言い聞かせ、ハイルの案内に従って内見を始めた。

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