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生贄の乙女の恋  作者: 現野翔子


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10/26

雷の精霊イクトゥス

 未だ護送団サマジアの建物にある仮眠室に住んでいる。家を探さなければと思いつつ、そんな経験などないためどう選べば良いのか分からず、仕事前にハイルと話すなら事務所と同じ建物にある仮眠室が便利だと、あまり探す気にもならないでいた。

 今日ももはや自分の部屋と化している仮眠室で小さく欠伸をし、伸びをして眠気を飛ばす。書物を読むための力にはなれないため、私は通常の仕事に戻っていた。バラジーの街を歩き回る仕事のため、動きやすい服装に着替え、髪も一つに束ねる。ヴェントとも挨拶し、後ろから見てもおかしな所がないか確かめてもらった。それから街に朝食を取りに出かける。朝は軽くバゲットにバターを塗った物にオニオンスープ。ほとんど毎日通っている店だからか顔も名前も覚えてもらえた。さっと食事を済ませ、軽く散歩しながら自室に戻る。

 歯ブラシもバラジーで購入した。店には何種類も売られており、前回と異なる物を購入したが、いまいちどう違うのか分からない。使い心地は大差ない。もっと高い物を買えば差が感じられるのか。もう安い物でも良いかという気持ちもある。そんなことを考えながら歯磨きを終え、事務所のハイルに挨拶に向かった。

 闇の精霊ノクスと水の精霊アクアがいるのはいつものこと。夜の間に起きたことを確かめているハイルを横目に、二体はソファで寛いでいる。セイカも書物の概要把握を終えたのか、精霊達と一緒に座っていた。サイフは今日から休暇だと聞いている。少し待つだけでハイルが今日の仕事を教えてくれた。

「ヴェリタテ村近くで雷鳴がやまないという報告があった。調べてくれ。」

 またヴェリタテ村。既に村人はいない。近くにロゼットもいる。しかしそのロゼットはもう私の姉ではない。ハイルに即答できずにいれば、セイカは行くと即答していた。案内係として私を求めている。会いたくないわけではない。私も深呼吸をし、同行を決めた。

 出立は明日。今日は荷物の確認だ。杖に食料、防寒着。準備は万端なのだろう。しかし少しだけとハイルに相談に戻った。伝えたいことはセイカによるラグナ一家殺害の件だ。

「不安か?それなら俺も向かおう。そろそろ体も動かしたいと思っていたところだ。」

 気晴らしになるのだろうか。私のためと思い上がっても良いだろうか。彼女と二人で向かうよりは良いとただ感謝を伝えた。


 実際に向かう者は三人と三柱。私、ハイル、セイカの三人と、私のヴェント、ハイルのノクス、セイカのルナの三柱。雷が相手だから万全を取るという言い訳までハイルは用意してくれた。

 雷鳴の場所は音だけでなく光も落ちていた。どうしようもないという話にも納得だ。私もヴェントやハイルがいなければすぐさま離れようと思っただろう。今はヴェントを抱き締め、隣にハイルが立ってくれているから見ていられる。セイカは怖くないのだろうか。

「雷の精霊の力を感じるとルナが言っている。何かが起きているようだ。」

 精霊の力なら精霊で対抗できる。雷光の眩しさは闇の精霊ノクスが、雷鳴の激しさは風の精霊ヴェントが遮ってくれる。危険な物があれば光の精霊ルナが感知してくれる。セイカも気配には敏感らしく、安心しろと言ってくれた。私のことは守ってくれる。ヴェントの力を借りることでしか対抗できない私を中央に入れ、雷鳴響く、雷撃落ちる森へと足を踏み入れた。

 私達の周囲だけが暗く見えている。雷光の眩しさを闇の精霊ノクスが軽減してくれているためだ。境界に筋が見えるのは、雷鳴の振動を風の精霊ヴェントが伝わらないようにしてくれているためだ。光の精霊ルナは見えにくい先の状況を教えてくれる。三柱のおかげで私達は先へと進めた。

 ヴェントの示してくれている安全圏の端をセイカは平然と歩いている。精霊たちの作ってくれている半球の前部分にセイカ、中央に私、後ろにハイル。前後に人がいてくれるおかげで、うっかり出てしまう心配がない。身長を考えれば私が端にいるべきなのだろうが、戦えないことなどを理由に中央にしてくれた。セイカは気が急いているだけかもしれない。

 すぐ傍に雷撃が落ちた。木は黒焦げだ。一体何が起きているのだろう。奥へ進むほどに雷は一層激しさを増す。小さな祠が倒されている。その傍では全身から雷を迸らせる男性が地面や木、石を叩き、暴れまわっていた。

「正気に戻って、イクトゥス。」

 光の精霊ルナが抱きついても行動は変わらない。ただ彼女をぶら下げたまま動き回っている。ルナが振り落とされることも、不思議とその雷で傷つけられることもなく、ただ雷撃以外の音も続いた。

 セイカが安全圏から出る。人の身でこの雷に撃たれればひとたまりもないだろう。それなのにセイカは悠々と歩き、男性を殴りつけた。

「雷の精霊イクトゥス、落ちぶれたな。何が起きたか語る言葉すら失くしたか。」

 知らない誰かの言葉のように聞こえたそれは、間違いなくセイカのものだ。一瞬動きを止めたイクトゥスにルナが抱きつく力を強め、何度もその名を呼びかける。森も静けさを取り戻した。ノクスとヴェントも安全圏の確保を止め、それぞれ近くの倒木や祠に留まった。

 始まったのはヴェリタテ村がまだ生きていた頃の話だ。この場所はイクトゥスの隠れ家の一つだったそうで、フレイムもよく散歩する場所。世界樹の根を傷つける者の侵入を受け、破壊を決めた。もう世界樹の根を傷つけられるはずがない。それなのに人間が二人も侵入してきたそうだ。今は世界樹の樹液が採取されていた場所で気絶している。殺してしまうことはフレイムに止められていると不満を声に出した。

「フレイムは寛容だな。」

 批判するような声のセイカが侵入者の確認に行こうと、大樹の根本に隠された階段に下り始めた。この先に二人は眠っているそうだ。

 この場所には私も初めて来る。しかしこういった場所があることは聞いていた。冬の暖を取るために、夏の涼しさを得るために、力が必要なのだと。それを願うためにも生贄が必要なのだと。その恩恵に私達姉妹が与ったことはない。結果は精霊の怒りを買っての壊滅。生贄で許可を得られているというのはただの人間の願望だった。姉は無意味に殺されただけだった。

 ルナに宥められている雷の精霊イクトゥスも連れ、階段を下りる。細く長い通路が続く。途中で倒れているサイフとクレハがいた。

「彼らが?人違いではないか?」

 セイカは不思議そうにしながら彼らに近づく。トントンと軽く頬を叩き、まずクレハを起こした。その横ではハイルがサイフを揺さぶり起こしている。

 二人はパチパチと瞬きし、周囲を確認する。現状を認識したのか、ああ、と呟き、何が起きたのか説明を求められた。私達に分かることは少ない。それでも報告と自分達の見た物を合わせてハイルからクレハとサイフに伝えられた。次は私達が聞く番だ。

「サイフがロゼットの骨があるはずだと言って、ここに来たんだ。」

 クレハの言葉にサイフも続けた。この通路はヴェリタテ村にある大穴に続いている。つまり生贄にされた者達の骨がそこに残っているはずだ。だからせめて人として死んでしまったロゼットを埋葬するために、骨を回収したい、と。ロゼットは精霊に転生した。しかし私達のことは覚えておらず、フレイムと親しい様子を見せていた。私もあのロゼットのことを姉と呼ぶのは憚られる。本人も望んでいるようには見えなかった。墓すら立てさせてもらえなかった人間のロゼットを遺すために、ロゼットの骨が欲しい。そのサイフの気持ちは私にも理解できた。

 世界樹を傷つけるためではない。埋葬のために来たサイフと、その護衛のため同行したクレハ。彼らを殺す必要はない。そんな言葉をイクトゥスは理解してくれた。このまま世界樹の根の近くを通る許可もくれた。この先には人間だけでなく、あの時まで捧げられ続けた動物達の骨も残っているだろう。フレイムに追われて落ちただろう人間の死体も残っているはずだ。その中からロゼットの骨を探し当てられるのだろうか。サイフに問いかけることもできず、ただ足を進めた。

 静かに通路を抜けていく。世界樹の樹液を奪う者とただ死者を悼むために来た彼らを間違えたことを恥じているのか、イクトゥスは大きな体を小さくしている。日光の入らない場所でもルナが照らしてくれるため、問題なく進めた。その間もイクトゥスは自分の体でルナの光を邪魔しないよう端を歩いてくれる。足音だけの時間は骨の散らばった空間で終わった。ルナが天井の見えない部屋全体を照らし出せば、空が明るいことに気付く。ここが、あの生贄を落としていた大穴の底だ。

 ロゼット、とサイフが骨を漁る。どれが人間の骨なのかすら一瞬では判別できない。それほどまでに骨は多く、幾つも重なってしまっている。不思議と全て骨になっていた。村人達は落ちて死んだのではなく、燃えて死んだのだろうか。それとも落ちて死んだ後燃やされたのだろうか。どちらでも良いと、私もロゼットの骨を探し始めた。

「骨なんてあっても変わらないよ。」

 ヴェントは不思議そうだ。ただ私達の行動を見守っている。彼もロゼットのことを知っている。それでも人間のように骨を埋めたいと、墓を建てたいという感情は持っていない。探す手伝いもしてくれないが、邪魔することなく見守ってくれている。ルナやノクスも同じなのだろうか。

「大切な人の痕跡を持っていたい、分かるようにしていたいって気持ち自体は分かるわ。」

 そう言うルナは優しい白のロングドレスに淡い黄金の光で稲妻模様を入れた。精霊同士も人間のように交流することがあるのか。イクトゥスももう落ち着いたようにルナに触れていた。

 ノクスはどうなのだろう。ただの鳥のように嘴をハイルに撫でられている。ハイルが死んでしまった時、ノクスは何か感じるのだろうか。

「我は、人を主にするのも初めてではない。墓や骨は、思い出すための媒介だ。」

 鴉の姿の彼が、最も人間のように墓や骨を大切にしてくれる。ノクスが生前のロゼットを知っていたなら、一緒に探してくれたかもしれない。このノクスの態度をハイルも補足してくれる。代々護送団サマジアの団長は闇の精霊を従えている。だからこそ、ノクスは人に近しい感性を知ってくれている。

「我の認めた者が団長に据えられているに過ぎん。人は難儀だ。我が指示すれば頭を使うことを忘れる。」

 闇の精霊ノクスに認められたから、ハイルは若くして団長の座に就いている。そんな説明をされても、それだけではないだろうと感じられた。団員達は間違いなくハイルに従っている。ノクスに認められたからというだけでは纏められないだろう。

 気を紛らわせるための会話の間もロゼットの遺骨捜索は続いた。それでも簡単に見つかる物ではない。多くは獣の骨だ。長年捧げられ続けた生贄達の骨は、どれも粗雑に扱えない。人間の骨だってある。それも長さからロゼットではないと一つ一つ弾いていくため、さらに時間がかかった。もしかしたら私達姉妹がヴェリタテ村に来る前、それどころか生まれる前に捧げられた人間もいるのかもしれない。そう思えばこそ、ロゼットの骨を探すことだけに集中などできなかった。


 何度も往復し、私とサイフ、クレハの三人でロゼットの遺骨を探し続ける。セイカとルナ、ヴェント、イクトゥスが護衛をしてくれている。人間と獣の骨の仕分けくらいならできるとセイカも手伝い始めてくれた。最初こそ乱雑に骨を放り投げるようなこともしていたが、人でなくても生贄に捧げられてしまった動物の骨だと言えば、行動を改めてくれる。放り投げて仕分けたほうが効率的なのだろう。それでもその行動はどうしても受け入れられなかった。

 そうして二日、三日と過ぎ、四日目。骨の溜まり場に至るまでの道中に変化があった。黒焦げの死体が現れたのだ。刃物も落ちている。しかしそれ以外の変化はなかった。

「昨夜、侵入者があった。気付き次第、排除している。」

 イクトゥスもここを守ってくれている。今近づいてきた人間のことはセイカに任せると雷を落とすことは控えた。セイカは剣を抜く。今回もまた何も話を聞かずに殺すつもりなのだろうか。せめて言葉を交わし、どうしてここにいるのか、何をしようとしているのか、どうしてそれをしようとしているのか聞いたって良いと訴える。その間にも彼らは近づいてきており、私達に向かって弁明を始めた。

「世界樹も精霊も、祈っても助けてくれなかったじゃないか!」

 そんなことは当たり前だ。姉のことだって助けてくれなかった。ヴェントだって同じ精霊になることを期待し、儀式を見守った。声に出さない祈りなんて精霊に届かない。世界樹なんてただあるだけの物だ。それでも世界樹を傷つけてはいけない。家の柱を壊せば家全体が壊れるように、世界樹を傷つけてしまえば世界が壊れてしまうかもしれないから。そんなお伽噺を聞いて育った者なら、世界樹に祈らなくても傷つけようとは思わない。せめて生贄を捧げようという発想になるのは、罪を犯している自覚があるからだろう。しかし生贄を捧げて得た利益を、生贄の家族にすら与えないのなら、ただ自分達が楽をしたいだけに思えてしまう。姉も私も、世界樹の根から得られる物なんてなくても生きていけた。それなのに得るための生贄に、災害を鎮めるための生贄にされたのだ。

「精霊もこの世界を共に生きる同胞に過ぎない。縋る相手ではないと知るが良い。」

 セイカは彼らを貫く。何人もいる彼らは何柱もいる精霊達を恐れているのか、碌な抵抗もできないまま、セイカの手に掛かって死んでいった。

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