表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹のダンジョン~神も夢を見るか~  作者: 花衣
贖罪編 高瀬勇希
8/35

第七話 見られている

目が覚めたとき、天井がやけに遠く感じた。

見慣れた自分の部屋。

薄くカーテン越しに差し込む朝の光。


スマホの通知音が、現実に引き戻すみたいに鳴った。


――夢だった。

そう結論づけるには、胸の奥に残った感触が生々しすぎた。


呼ばれた。

確かに、誰かに。


名前を――

いや、名前のようなものを。

口に出そうとすると、舌が拒否する。

思い出そうとすると、輪郭だけがぼやけて逃げていく。



「……変な夢」

独り言にしては、声がかすれていた。


布団から起き上がり、いつものように制服に袖を通す。


妹の部屋の前で一瞬立ち止まり、起こすかどうか迷って――結局、ドアノブには触れなかった。

過保護だ、って言われるのは分かってる。

それでも、何かあったらと思うと、どうしても視線が向いてしまう。




キッチンでは母が朝食の準備をしていた。

「おはよう、勇希。顔色悪いわよ?」


「……寝不足」


嘘じゃない。

でも理由は説明できなかった。


テレビでは、朝のニュース。

昨夜からSNSで話題になっている“集団的な夢”について、コメンテーターが半笑いで語っている。


《はっきりした共通点は見つかっていません》

《ストレス社会の象徴、なんて声もありますね》

画面の隅には、例のワードが小さく流れていた。


――「夢の中の迷宮」

――「同じ場所を見た人がいる?」


スプーンを持つ手が、わずかに止まる。

昨日までは、他人事だった。


掲示板で眺めるだけの話題で、面白半分の陰謀論で。

でも今は違う。

見てしまった。


自分も、あの“場所”を。


ただし、他の書き込みとは決定的に違う点がある。

誰も書いていない――呼ばれた、という感覚。

名前じゃない。

でも、確かに「お前だ」と指し示された。





学校へ向かう途中、スマホを開いて例のスレを覗く。



数字はバラバラ。

IDも文体もまちまち。


114名無しが一匹

夢の中で森っぽい場所だった

空が変な色してた


287名無しが一匹

一本道の洞窟

モンスター? 動かなかったけど


402名無しが一匹

それ夢じゃなくね?

俺、触った感触あったぞ


515名無しが一匹

※この書き込みは削除されました


 



削除。

それも一つや二つじゃない。

妙に具体的な話ほど、消えている。


「……気のせい、か?」

自分に言い聞かせるようにつぶやく。

けれど、胸の奥のざわつきは消えない。






学校では、いつも通りの一日が始まった。

授業、休み時間、どうでもいい雑談。


「なあ勇希、あの夢の話見た?」

クラスメイトが軽いノリで振ってくる。


「見たけど。どうせ流行りもんだろ」

即答。

自分でも驚くくらい、自然に嘘が出た。


言いたくなかった。

理由は分からないが、これは口にするべきじゃない、という直感があった。





昼休み、屋上。

風に吹かれながら、ぼんやり空を見上げる。

青空。

どこまでも普通の、現実の空。


――あの場所では、空が近かった。

近すぎて、触れそうで。

それなのに、底知れなくて。


「……俺、関係ないよな」

誰にともなく言う。


俺は特別じゃない。

成績だってまあまあ、運動だってそこそこ。

ヒーローでも、選ばれた存在でもない。

そうであってほしい。



なのに。

夕方、帰宅途中。

スマホが震えた。

知らない番号。

非通知でもない。

でも、登録もない。



一瞬、無視しようとして――

なぜか、指が動いた。


「……はい?」

返事をした瞬間、

耳元で、ひどく懐かしい沈黙が流れた。


言葉はない。

音もない。

ただ、確信だけが落ちてくる。

――見ている。

――待っている。

思念が伝わる不可思議な感覚。


通話は、すぐに切れた。

履歴を確認しても、残っていない。

着信すらなかったことになっている。


「……は?」

心臓が、遅れて強く脈打つ。

これは夢じゃない。

少なくとも、完全な現実でもない。





その夜、布団に入っても、なかなか眠れなかった。

目を閉じるたび、

“あの感覚”が、底から手を伸ばしてくる。


呼ばれる前の、静けさ。

名を持たない呼びかけ。

そして、確信。


――次は、逃げられない。


勇希はまだ知らない。

自分が「選ばれた」のではなく、

最初から“視界に入っていた”だけだということを。


しかしそれが高瀬勇希の贖罪の始まりだということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ