第四話 語れぬ理由、語られぬ夢
最初に異変が起きたのは、政府でも軍でもなかった。
ごく普通の人間――
肩書きも、権限も持たない者たちだった。
「……変な夢を見た」
そんな言葉がぽつりぽつりと個人の会話の中で漏れ始めた。
「やけにリアルでさ」
「目が覚めても、感触が残ってる」
「夢の中で、洞窟みたいな場所を歩いてた」
それらは最初はただの雑談だった。
誰も信じない。誰も深掘りしない。
――夢なんて、そんなものだ。
だが決定的に“違う”点があった。
「……これ、夢の話なんだけど」
そう前置きした上で語られる内容が妙に一致していた。
通路の形。
光の具合。
奇妙な茸のような生物。
攻撃してこない、不自然なほど鈍いモンスター。
しかも――
それらを語る人間同士に接点がない。
年齢も、職業も、住む場所も何もかもがバラバラ。それでも夢の中の“景色”だけが不気味なほど同じだった。
その頃。各国政府では未だに正式な発表ができずにいた。
理由は単純だ。
「説明できない」
夢の中で起きた出来事。そこから持ち帰った“物”。科学的根拠は部分的にしか示せない。
しかも――
その夢について語ろうとすると言葉が詰まる。
「……それ以上はなぜか話す気にならない」
「思い出そうとすると頭がぼやける」
政府関係者ですら同じ症状を訴えた。報告書は途中で止まる。会議は結論が出ない。
意図的な隠蔽ではない。だが共有ができない。
その原因は夢の奥深くにあった。
巨大な樹の前でソラは静かに意識を巡らせていた。
(……効きすぎか)
軽くかけたはずの暗示。
「知っている者同士でのみ話が通じる」
それだけの制限。
(派手に隠すつもりはなかった)
(政府が勝手に暴走してパニック起こされるのが嫌だっただけだ)
だが人間の“理性”は、想定より脆かった。
(夢の話を現実として扱う勇気がねぇ)
(だから余計に口を閉ざす)
○○は少し苛立ちを覚える。
(……まあいい)
(そのうち勝手に漏れるだろう)
事実、暗示は“完全な封印”ではなかった。
知っている者同士。
あるいは――
波長が合う者同士。そうした人間の間では夢の話が驚くほど自然に通じた。
「昨日のあの分岐路さ」
「右に進むと行き止まりだったよな」
「そうそう。左の方が、茸多かった」
互いに顔を見合わせ一瞬、言葉を失う。
「……え?」
「なんで同じ夢見てるんだ?」
その違和感がじわじわと広がっていく。
一方、政府内部では別の問題が浮上していた。
「我々より先に一般人が体験している」
「しかも制御できていない」
夢ダンジョン――
そう呼ばれてすらいない“何か”。
それが無作為に人を選び体験させている。
「危険性は?」
「今のところ軽傷程度の報告のみ」
「死亡例は?」
「……未確認です」
正確には確認できない。夢の中での死は現実の死と結びつかない。
だが再び夢に入れなくなる。その因果関係を政府は掴みきれずにいた。
(……まあ、死なせるつもりはねぇよ)
○○はその様子を遠くから眺める。
(少なくとも、今はな)
異世界では死は日常だった。だが地球は違う。
(同じやり方は使えねぇ)
(ここは壊れやすい)
だからこそ段階を踏む必要があった。
初心者向け。
罠なし。
動かない敵。
――“安全だ”と思わせる必要がある。
同時に政府には時間を与える。
(発表するかしないか)
(どこまで隠すか)
(誰を先に動かすか)
それを考える余裕を。
だが世間は待ってくれない。SNS。匿名掲示板。動画配信。
「夢で洞窟行った話信じてもらえないんだが」
「同じ夢見た人いる?」
「怖くはなかった。むしろ妙に落ち着いた」
インフルエンサーの一人が冗談半分で動画を投稿した。
《変な夢シリーズ第一弾》
それが予想以上に伸びる。
「俺も見た」
「これ同じじゃね?」
「え、俺もだ」
コメント欄がざわつく。
その動画は数日後、削除された。
だが遅かった。断片はすでに拡散していた。
政府は頭を抱える。
「……発表を急ぐべきか」
「だが説明が追いつかない」
「そもそも“夢の中の出来事です”と言って誰が信じる」
○○は小さく笑った。
(そうだよな)
(信じねぇよな)
(だから最初は“噂”でいい)
(勝手に疑って、勝手に考えろ)
(人間はその方が動く)
巨大な樹の枝が静かに揺れる。
(俺はここで神様ごっこがしたいわけじゃねぇ)
(ただ選択肢を置いてるだけだ)
――入るか。
――無視するか。
――信じるか。
――疑うか。
そのどれを選んでも結果は人間自身のものだ。
やがて政府は決断する。
「……段階的に発表する」
「夢の体験者が一定数に達してからだ」
「“異常な夢”として注意喚起する形で」
それはソラの思惑通りだった。
(いい判断だ)
(少なくともパニックにはならねぇ)
その夜。また誰かが夢を見る。
まだ世界樹ダンジョンという名前はない。
ただ――
確かに“そこ”は存在していた。そしてそれを見つめる存在も。
(……急げ)
(地球は平和すぎる)
(だが異世界は――)
○○は言葉を飲み込んだ。
(……いや)
(今はまだ…)
真実を知る者はまだ少なくていい。
この世界が“夢”を現実として受け入れる準備ができるまで。




