第二話 再び聞こえる声と、誰にも聞かせない本音
再び、夢が訪れた。一度目ほど唐突ではなかった。
むしろ眠りに落ちる直前――
「また、あの夢かもしれない」
そう予感した者すらいた。
揺蕩う意識。境界のない空間。そして、変わらずそこに在る巨大な樹。
『お集まりいただきありがとうございます』
声は丁寧だった。
柔らかく落ち着いていて相手を尊重する調子を崩さない。
国家の代表者たちは一度目よりも冷静だった。
すでに「同じ夢を見た者が他にもいる」その事実を共有している。
『前回お伝えした内容についていくつか補足と提案をさせてください』
巨大な樹の周囲に淡い光が浮かび上がる。
それは、簡素な構造の迷宮だった。直線的な通路。分岐は少なく、見通しも悪くない。
敵と呼ぶには躊躇するほどの存在――
動きの鈍い茸のような生物小さな虫型の魔物。
『こちらが、最初に用意するダンジョンです』
『罠はありません』
『構造も複雑ではなく6歳程度の判断力があれば十分に踏破可能な難度に調整しています』
その言葉に何人かの首脳は眉をひそめた。
「……子どもでも?」
『はい』
即答だった。
『もちろん、夢の中での体験です』
『現実への影響は精神面を除けば極めて限定的です』
『死亡に相当する事態が起きた場合その人物は以降、夢のダンジョンに招かれません』
『現実世界で命を落とすことはありません』
そこまで説明され場の空気はわずかに緩む。
だが、緩みきらない。
「質問があります」
ある国の首脳が慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「このダンジョン体験を、我々が管理することは可能ですか?」
『管理、というのは』
「参加者の選定、情報の公開範囲、報酬の分配などです」
巨大な樹は、ほんの一瞬だけ沈黙した。
『参加者の選定については完全な制御はできません』
『ただしこのダンジョンにおいては「招待」を行うことは可能です』
『情報の公開については現時点では制限を設けています』
『段階的に自然な形で広がることを推奨します』
『報酬については……』
枝葉が、ゆっくりと揺れた。
『ファーストダンジョンを攻略した者、もしくは国家には、相応の品を用意しています』
その言葉に空気が変わった。
“相応”。
曖昧でしかし重い言葉。
夢が終わったあと各国では水面下で議論が始まった。
——これは、機会か。
——それとも、罠か。
慎重派は言う。
「正体不明の存在と取引などできない」
「夢という不確かな場に国の信用を賭けられない」
積極派は反論する。
「だが、同時多発的に同じ夢を見るなど異常だ」
「完全に無視する方が後に致命的な遅れになる可能性がある」
そして、現実主義者たちはこう結論づけた。
——まずは、試す。
公式には動かない。
だが、完全に無関係な“民間人”でもない。信頼でき口が堅く失敗しても国家として切り離せる存在。
つまり、
軍人、情報機関員、極秘研究者など。
そうして“最初の攻略者”が選ばれた。
その夜。
夢の中で再び巨大な樹が語りかける。
『招待に応じていただきありがとうございます』
声は変わらず丁寧だ。
『これよりファーストダンジョンへの転送を行います』
だが誰にも聞こえない内側でおもわず別の声が漏れる。
(……ったく)
(人間ってのはやっぱりめんどくせぇ)
(疑うのはいい。警戒も当然だ)
(でもな、動かねぇ奴が一番役に立たねぇんだよ)
それは苛立ちではなく諦観に近い感情だった。
(こっちは時間がねぇ)
(異世界のダンジョンは待ってくれねぇんだ)
夢の中で、最初のダンジョンが開かれる。
通路は明るく壁には淡い光が走っている。恐怖を煽る演出はない。
それでも足を踏み入れた者たちは理解した。
——これは、ゲームではない。
茸型の魔物に殴られれば痛みはある。
虫に噛まれれば不快感が残る。
死の恐怖は薄い。
だが、この先はゼロではないのだろう。
数時間後。
最初の攻略者たちは無事にダンジョンを踏破した。
夢の中で彼らは再び巨大な樹の前に立つ。
『お疲れさまでした』
『こちらが、ファーストダンジョンのクリア報酬です』
光が収束しいくつかの品が現れる。
見たこともない素材。微かに魔力を帯びた道具。
そして――
回復効果を持つ液体。
目覚めたあと。彼らはそれを現実で確認した。“持ち帰れている”。その事実が、各国政府の中枢を震撼させた。
——夢ではない。
——少なくとも完全な幻想ではない。
そして同時に別の問題も浮上する。
「……この存在と、その後、連絡が取れない」
ファーストダンジョン攻略後、巨大な樹――
その声は沈黙した。
夢は見ない。呼びかけもない。
「意図的に距離を取っているのか?」
「それとも、こちらの対応を見ているのか?」
疑念が渦巻く。
夢の向こう側で巨大な樹のもとで、“それ”は静かに息をついた。
(はぁ……)
(まあ、こんなもんだろ)
(急に距離詰めたら余計警戒される)
(人間社会ってのは段階が必要なんだろ?)
(知ってる知ってる)
枝葉がかすかに揺れる。
(……それに)
(あんまり顔出しすぎると、余計な期待も押し付けられる)
(ここでも神様扱いとかマジで勘弁だ)
丁寧な声の裏で、内心はぶっきらぼうだった。
(こっちは必死なんだっての)
(異世界も、地球も)
(どっちもちゃんと生き残らせるために)
そして“観測”を続ける。
掲示板での噂。夢を見た一般人。まだ形にならない、小さな波紋。
(……さあ)
(どこまで行ける?人間)
その問いに答えるのはまだこれからだ。




