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世界樹のダンジョン~神も夢を見るか~  作者: 花衣
贖罪編 高瀬勇希
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第二十六話  それでも、立ち上がる理由

膝をついたまま、勇希は荒い息を繰り返していた。

視界の端で、リリスがゆっくりと歩く。羽音もなく、床を踏む音もない。まるで夢の中を漂う影のようだった。


「不思議ね」

囁きが、直接脳裏に染み込んでくる。


「あなた、壊れていない」

リリスの声は甘く、優しい。



だがその奥にあるものを、勇希は直感で理解していた。

――逃がさない。

「多くの人間は、そこで折れるわ」


視界が歪む。

また、あの日の公園が滲み始める。

咲良の泣き声。

血。

自分の中に生まれた、一瞬の安堵。

胸が、締め付けられる。



(……やめろ、やめてくれ)

だが、止まらない。


「守ると言いながら」

リリスが、勇希の前にしゃがみ込む。


「一瞬でも、手放そうとした」


「……っ」


「それが、あなた」


真実だった。

言い返せない。否定もできない。

(オレは……)

勇希は歯を食いしばる。

(最低だ)


剣を握る手が、震える。

持ち上げようとしても、腕に力が入らない。

「苦しい?」

リリスが、楽しそうに首を傾げる。

「当然よ。あなたは――」


「……違う」

かすれた声が、口から零れた。

リリスが、ぴたりと動きを止める。

「違わない」


勇希は、ゆっくりと顔を上げた。

「違わない……けど」

視界はまだ揺れている。頭の中は、過去で埋め尽くされている。

それでも。


「……それだけじゃない」

リリスの眉が、わずかに動いた。

「オレは、あの日……」

喉が、詰まる。


「一瞬でも、最低なことを考えた」

逃げたい。

忘れたい。

「でも」

勇希は、床に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


足は、まだ震えている。

「……そのあと、死ぬほど後悔した」

胸が、痛む。

「それを、一生抱えて生きるって……決めた」

リリスの目が、細くなる。


「罰を、受け続ける?」

「違う」

勇希は、剣を構えた。完璧な姿勢ではない。隙だらけだ。


「忘れない」

剣先が、わずかに震える。

「……逃げない」


リリスは、しばらく黙っていた。

そして、ふっと微笑んだ。

「なるほど」

次の瞬間、圧倒的な精神圧が、勇希を押し潰す。



視界が白く弾ける。

「それが、あなたの答え?」

過去が、押し寄せる。何度も。何度も。倒れそうになる。

だが――。


(咲良)

勇希の脳裏に、現在の妹の姿が浮かんだ。

笑っている。元気に、学校へ行く姿。

(……オレは)

(まだ、守れてない)

地面を踏みしめる。



「……ああ」

声は、震えている。

「これが、オレだ」

完璧じゃない。綺麗でもない。それでも。

「それでも、前に行く」


リリスの目が、見開かれた。

「……面白い」

精神魔法が、一段階強まる。

勇希は聖水を取り出した。瓶の栓を歯で噛み、強引に引き抜く。


「……!」

聖水を、床に叩きつける。光が弾け、精神干渉が一瞬だけ緩む。



――今だ。

勇希は、前に出た。距離を詰める。剣を振る。

リリスは、紙一重で避ける。

「甘い」


反撃の精神波が、脳を揺らす。

勇希は、呻きながらも踏みとどまった。

(倒せない)

(……でも)

(耐えられる)





何度も。何度も。精神を削られ、膝をつきかける。それでも、立ち続ける。

リリスの表情が、次第に変わっていく。

「……あなた」

声に、わずかな苛立ちが混じる。


「どうして、壊れないの?」

勇希は、息を整えながら答えた。

「壊れてる」

苦笑する。


「……最初から」

最後の聖水を、投げた。リリスの動きが一瞬止まる。

勇希は全力で踏み込んだ。剣が、リリスの胸を貫く。



「……!」

リリスは、驚いたように目を見開いた。そして、静かに笑った。

「……なるほど」

身体が、光の粒子となって崩れていく。


「あなたは……」

声が、消えかける。

「後悔を……力に変える人間ね」

最後の言葉が、風に溶けた。ダンジョンが、静まり返る。

勇希は、その場に座り込んだ。



「……はあ……」

全身が、重い。勝った。

だが、晴れやかな気持ちにはなれない。

(……消えたわけじゃない)

後悔も、罪悪感も。

(それでいい)

それを忘れたら、自分じゃなくなる。



視界の端に、光が浮かぶ。

――クリア報酬。

だが、今はそれを見る気になれなかった。

「……帰ろう」



現実へ戻る光に包まれながら、勇希は思った。

(咲良)

(オレは、まだ途中だ)




夢の世界がゆっくりと遠ざかっていく。

完全な救いなど、ない。

それでも。

立ち上がり続ける理由だけは確かにここにあった。

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