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世界樹のダンジョン~神も夢を見るか~  作者: 花衣
贖罪編 高瀬勇希
25/35

第二十三話  準備という名の覚悟

翌朝、勇希はいつもより少し早く目を覚ました。夢の内容は覚えていない。

それでも、胸の奥に残る重さだけは、はっきりとそこにあった。


「……大丈夫だ」

誰に聞かせるでもなく、そう呟く。





洗面所で顔を洗い、鏡を見る。

目の下に、うっすらと影があった。だが、昨日ほどの疲労感はない。

身体は休めば回復する。問題は、心だ。


朝食の時間、咲良はいつも通りだった。

「お兄ちゃん、今日ちょっと元気ない?」


「そうか?」


「うん。ちょっとだけ」

勘が鋭い。

勇希は、曖昧に笑って誤魔化した。


「昨日、ちょっと寝不足なだけだよ」

「ふーん」


それ以上、咲良は踏み込まない。

その距離感が、ありがたくもあり、同時に胸を締め付ける。



――全部終わったら。

そんな、まだ言葉にできない誓いを胸にしまい込み、勇希は自室に戻った。













 

机に座り、ノートを開く。

そこには、ここ最近で書き溜めたダンジョン関連のメモが並んでいた。


罠の種類。

モンスターの傾向。

精神魔法を使う敵の特徴。

そして、大きく丸をつけた項目。

上級ダンジョン:精神耐性の重要性


「……甘く見てたな」

呟きながら、ペンを走らせる。

サキュバスとインキュバス。耐久力は低い。攻撃力も、純粋な物理では大したことがない。


だが、精神魔法。

あれは、対策なしで踏み込んでいい領域じゃない。

掲示板の書き込みが、頭をよぎる。


――「精神魔法の耐性は才能」

――「気合でどうにかなる」

――「慣れれば平気」


「……嘘だな」

正確には、半分だけ本当で、半分は嘘だ。

慣れはする。


だが、“初見殺し”の威力は、想像以上だった。

勇希は、スマホを手に取り、掲示板を開く。慎重に、関連スレッドだけを追う。


精神魔法対策。

精神耐性スキル。

聖水の効果範囲。


「……聖水」

呪いや内傷に効く。

精神への直接的なダメージは、軽減はできても完全には防げない。

つまり――受ける前提で、短期決戦。


勇希は、戦闘のイメージを頭の中で組み立てていく。

遭遇した瞬間に距離を詰める。一撃で仕留める。迷わない。

精神魔法を使わせる“時間”を与えない。


「……できる」

昨日の自分なら、言えなかった言葉だ。

怖さは消えていない。だが、それを理由に立ち止まる気はなかった。



ノートの最後のページに、大きく書く。

撤退ライン:明確に決めること

無理はしない。限界を超えない。それは、弱さじゃない。

生き残るための、最低条件だ。











 


夜。

布団に入り、目を閉じる。意識が、ゆっくりと沈んでいく。

夢のダンジョンへの招待は、選ばれるものだ。


だが、上級ダンジョンへの再挑戦は――自分の意思で踏み込む。


暗転。


次に目を開けた時、勇希は知っていた。

あの空気。重く、澄んだ、上級ダンジョン特有の感覚。


「……来たな」

足元は、石造りの通路。だが、前回とは微妙に違う。

壁の紋様。空気の流れ。罠の配置。

「同じじゃない……のか」


ダンジョンは、完全な再現ではない。

同じ“難易度”であっても、同じ攻略は通用しない。

それでも。

勇希は、深く息を吸い、剣を構えた。


「大丈夫だ」

自分に言い聞かせる。

怖い。だが、覚悟はある。



通路の先で、かすかな気配が動いた。

小さな影。甲高い笑い声。

――プチデビル。


勇希の視線が、鋭くなる。

「今度は……準備してきた」

ここからが、本当の上級ダンジョンだ。



逃げずに、折れずに、そして――守るために。

勇希は、一歩、前に踏み出した。

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