第二十話 上級ダンジョンへの扉は、静かに開く
その招待状は、手に取った瞬間から違っていた。
中級ダンジョンのそれは「眠りに落ちた先で、気づけば使っている」ものだったとすれば、これは明確な意思を要求してくる。
――本当に、行くのか?
そんな問いが、頭の奥に直接響く。
「……行く」
勇希は短く答えた。
迷いがなかったわけじゃない。むしろ逆だ。
中級ダンジョンを何度も潜り、レベルも経験も積んだ。
それでも、確信には至らなかった。
――上級ダンジョン。
スレでは賛否が割れている。
『地獄だった』
『中級とは別物』
『運が良ければなんとかなる』
『精神が削られる』
情報は錯綜していたが、一つだけ共通している点があった。簡単ではない。
勇希は、眠りに落ちる直前、妹の寝顔を思い浮かべた。
咲良の額に残る、あの薄い傷。
笑っている顔に残る消えない痕。
「……待ってろ」
誰にともなく呟き、意識を沈める。
足元に、固い感触。
目を開けた瞬間、空気の重さに眉をひそめた。
「……これが、上級ダンジョン」
視界は薄暗く、天井は高い。壁は黒ずんだ石で、魔法陣のような文様が脈打っている。
中級ダンジョンとは明らかに違う。
まず、罠。
最初の通路を数歩進んだだけで、違和感があった。
「……床、か?」
一見、何もない。だが一歩踏み込んだ瞬間、床が沈む。
「っ!」
即座に後退。
次の瞬間、前方の壁から無数の杭が飛び出した。
――即死級の罠。
中級ダンジョンなら注意すれば回避できる罠が多い。だがこれは、反応が遅れれば終わりだ。
「……冗談じゃないな」
慎重に進む。索敵を怠れば、即アウト。
さらに進めば、天井からの落下罠、魔力反応付きの爆発罠。
複数が連動している。
中級ダンジョンの「単発罠」とは違う。
罠を避けても、次の罠が待っている。
「……集中しろ」
心拍数が上がる。
次に現れたのは、モンスターだった。
デビル(悪魔か?)。中級ダンジョンで見たゴブリンやオーガとは、存在感が違う。
二足歩行。
筋肉質な体。
鈍く光る斧。
「グォォ……」
咆哮と同時に、踏み込んでくる。
速い。勇希は咄嗟に横に転がり、斧をかわす。
地面が砕ける。
「……力も、段違いだな」
剣を構え直す。
デビルの攻撃は単純だが、隙が少ない。攻撃一発が致命傷になりかねない。
正面からは危険。
誘導。
罠の位置を利用し、距離を取る。振り下ろされた斧を、ギリギリで受け流し、懐へ。
「――はっ!」
全力の一撃。
剣が、肉を断つ感触。デビルは呻き、膝をつく。
追撃。
頭部を狙い、斬り下ろす。
霧散。
深く息を吐く。
「……これが、上級ダンジョンか」
腕が、微かに震えていた。中級ダンジョンとは違う。確実に、死が近い。
だが――。
倒せた。
まだ、戦える。その安堵が、次の油断だった。通路の先。
甘い香りが、漂ってきた。
「……?」
空気が、変わる。
現れたのは、二つの影。艶やかな翼。人に近い姿。サキュバスと、インキュバス。
「……また悪魔、か」
本能が、警鐘を鳴らす。デビルとは違う。
この二体は、戦闘力ではなく――何か別のものを持っている。
サキュバスが、微笑んだ。
その瞬間。胸の奥が、ざわついた。
――嫌な予感。
勇希は剣を強く握りしめた。
ここから先が、本当の意味での上級ダンジョンなのだと。
そう理解したところで、視界が歪み始める。




