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世界樹のダンジョン~神も夢を見るか~  作者: 花衣
贖罪編 高瀬勇希
20/35

第十八話 違和感の森で、名を持つ影と相対す

中級ダンジョンに入るたび、勇希は必ず同じことをしていた。

深呼吸を一つ。足裏の感覚を確かめ、背負ったリュックの重さを確認し、頭の中で手順をなぞる。



 ――今日は、いつもと違う。

入場した瞬間から、それは分かっていた。


これまで潜ってきた中級ダンジョンは、ある程度の「共通項」があった。

森林型なら湿った土と苔の匂い、洞窟型なら冷えた空気と水音。


だが、今日のダンジョンは違う。空気が、澄みすぎている。

木々は確かに生い茂っているのに、葉擦れの音がない。

風がないわけじゃない。なのに、音だけが切り取られたように静かだった。



「……静かすぎるだろ」

思わず、独り言が漏れる。


いつも見ている掲示板ではよく「中級は慣れ」と言われる。初級よりもモンスターは強いが、パターンを覚えれば事故は少ない。

勇希自身も、ここ最近は安定して周回できていた。


だからこそ、この違和感が引っかかる。

勇希は足を止め、索敵に意識を集中させた。音、匂い、地面のわずかな揺れ。

ダンジョン内で身についた“数字に出ない感覚”が、警鐘を鳴らす。



――いる。

だが、どこに?

中級モンスターの気配は、基本的に分かりやすい。集団で動く鳥型、茂みを荒らす小型獣、足音の重い中型。


しかし今回は、どれにも当てはまらない。

まるで――ダンジョンそのものが、息を潜めているようだった。


勇希は慎重に進む。いつもより足運びを抑え、無駄な魔力消費を避ける。

その時だった。

前方、木々の間に“何か”が立っている。


人型。

だが、人間ではない。

全身は黒曜石のような質感で覆われ、関節部だけが淡く光っている。

顔に当たる部分は滑らかで、目も口もない。

それなのに――見られている、という感覚だけがはっきりとあった。



「……ユニーク、か?」

自然と、喉が鳴る。

掲示板で見たことはある。

“ユニークモンスター”――同じダンジョンでも低確率でしか出現しない、名を持つ存在。

中級ダンジョンでも出ることは稀。

そして、出た場合――難易度は跳ね上がる。


黒曜石の人型が、一歩、前に出た。地面が、わずかに軋む。

次の瞬間。

――速い。


視界が追いつく前に、勇希は横に跳んでいた。直後、さっきまで立っていた場所の地面が抉れる。


「っ……!」

反射で距離を取る。剣を構え、呼吸を整える。

相手は、攻撃のあと止まらない。無駄な動きが一切ない。

攻める、退く、構える――その切り替えが、人間以上に洗練されている。



――強い。

数値的な強さだけじゃない。“戦い方”そのものが違う。

勇希は焦りを抑え、まず様子見に徹した。

無理に決めにいかない。中級ダンジョンでの基本だ。

だが、その判断は――半分、間違いだった。

 

黒曜石の身体が、淡く光る。

次の瞬間、勇希の足元の影が“跳ねた”。


「――ッ!?」

影が、刃のように伸びる。

ギリギリでかわしたが、脛に熱が走った。見ると、浅い切り傷。

夢ダンジョンとはいえ、油断すれば大怪我につながる。



――こいつ、魔法も使う。

しかも、派手な詠唱も予兆もない。地形と影を“当たり前のように”使ってくる。

勇希は歯を食いしばった。ここで逃げることはできる。

だが――


(……ここで逃げたら、オレはまた)

脳裏に、あの時の妹の姿がよぎる。

小さな傷痕。

もう癒えたはずの、それでも残っていた過去。

守れなかったという後悔。

見ないふりをしてきた自分。


勇希は、一歩踏み込んだ。受けに回るのをやめる。相手の間合いに、あえて入る。

黒曜石のユニークが、初めて“間”を乱した。


その一瞬を、勇希は逃さない。

剣を振るう。

影が弾かれ、金属音が森に響いた。ダンジョンが、ざわめく。


――通る。

確かな手応え。

そこからは、消耗戦だった。

一撃一撃が重い。判断を間違えれば、即座に致命傷。

だが、勇希は耐えた。数字に出ない経験が、彼を支えていた。



最後は、互いに満身創痍。黒曜石の身体に、ひびが入る。

その瞬間、初めて“声”が響いた。


『――適応、確認』

次の瞬間、ユニークモンスターは崩れ落ち、光となって消えた。

残されたのは、一枚の光る欠片。


 【上級ダンジョンへの招待状】


手に取った瞬間、胸が熱くなる。

――招待状。

掲示板で噂に聞いていた、上級への切符。勇希は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

怖かった。

正直、何度も引こうと思った。

それでも――


「……行くしか、ないよな」

呟いた声は、思ったよりも静かだった。森は、再び音を取り戻す。

風が葉を揺らし、遠くでモンスターの鳴き声がする。




中級ダンジョンは、もう“いつもの場所”ではなくなっていた。

そして勇希は、まだ知らない。

この一歩が、観測者たちの視線を、決定的に引き寄せたことを。





――いくつもの上級ダンジョンへの扉は、すでに開かれている。

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