第一話 ただの、よくある夢
目が覚めたとき、まず思ったのは「変な夢を見たな」ということだった。
内容はほとんど覚えていない。
白かった気がする。
やけに広くて、音がなくて、なのに――誰かに見られていたような感覚だけが、しつこく残っている。
天井を見上げたまま、数秒。
スマートフォンのアラームは鳴っていなかった。まだ起きる時間じゃないらしい。
「……夢、だよな」
そう呟いてから、妙な違和感に気づいた。
体が、重い。
いや、正確には逆だ。妙に軽い。
昨日までと同じ布団、同じ部屋なのに、何かが噛み合っていない。
起き上がると、心臓がやけに早く打っていた。
学校へ向かう途中も、その感覚は消えなかった。
風景はいつも通りだ。
駅前のコンビニ、工事中のビル、朝のニュースを垂れ流す街頭モニター。
なのに、頭のどこかで「見落としているものがある」と囁く声がする。
昼休み、友人との何気ない会話の中で、ふと思い出したように口を開いた。
「なあ、昨日……変な夢、見なかった?」
箸を止めた友人が、首を傾げる。
「夢? いや、別に」 「俺も見てないな」
そこで終わるはずの話だった。
だが、少し離れた席から、別の声がした。
「……見た、かも」
振り返ると、クラスメイトの一人が曖昧に笑っている。
「白くてさ。なんか、広い場所。説明できないけど……起きたあと、変な感じしなかった?」
一瞬、空気が止まった。
「偶然だろ」 「夢なんてそんなもんだって」
誰かが笑って、話題は流れた。
それでも、その「偶然」は、胸の奥に小さな棘を残したままだった。
放課後。
帰宅途中でポケットに手を入れたとき、指先に硬い感触が当たった。
見覚えのない、小さな欠片。
石のようにも見えるし、ガラスのようにも見える。
光を反射して、かすかに温かい。
いつ、どこで入れたのか。
そもそも、これは何なのか。
答えは出ない。
ただ一つ確かなのは――昨日まで、こんなものは持っていなかった、ということだけだ。
その夜、同じ夢を見ることはなかった。
代わりに、ニュースの片隅で流れた「原因不明の集団的体調変化」という言葉が、やけに耳に残った。
世界は、まだ何も変わっていない。
少なくとも、そう信じている人の方が多い。
けれど――
何かは、確実に始まっていた。




