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世界樹のダンジョン~神も夢を見るか~  作者: 花衣
贖罪編 高瀬勇希
19/35

第十七話 贖罪は、選ばれる理由にならない

夢ダンジョンの空気は、日を追うごとに重くなっていた。


攻略情報は増えている。中級ダンジョンの地形、出現モンスターの傾向、罠の種類。

掲示板やSNSにはそれなりに整理されたまとめも出回り始めた。


それでも――事故は減らない。

理由は単純だった。

情報が増えた分、「行ける」と勘違いする人間が増えたのだ。



【中級ダンジョン】最近マジで事故多くね?


4 名前:風吹けば名無し

明らかに実力不足で潜ってるやつ増えた


9 名前:風吹けば名無し

情報見てる=安全じゃないからな


15 名前:風吹けば名無し

夢だから死なないって思ってる層が一定数いる


21 名前:風吹けば名無し

死なない(夢に呼ばれなくなる)


27 名前:風吹けば名無し

それ死んだのと何が違うんだよ……







勇希は、そのスレを最後まで読まずに閉じた。

最近、こういうやり取りが増えすぎている。


誰かの失敗を分析するふりをして、自分がまだ安全な側にいることを確認するための言葉。

(……オレも同じか)

胸の奥に、嫌な棘が刺さる。



夢ダンジョンに潜る回数は、確実に増えていた。

一度の攻略で深追いはしない。中級ダンジョンの浅層を何度も回り、経験を積む。

罠を見抜く速度。モンスターの連携を崩す位置取り。体力の消耗を抑える動き。 


数字として表れるステータスは、夢の中ほど派手に伸びない。

現実に反映されるのは一割から二割。

だが――

判断力だけは、確実に磨かれていた。


(……来る)

足音。

湿った石床を擦る音が、二つ、三つ。勇希は壁に背を預け、呼吸を整える。

剣を強く握りすぎない。力を入れるのは、必要な瞬間だけ。


現れたのは、ゴブリンに似た小型の魔物。

だが動きが違う。一体が正面、もう一体が回り込む。

(……連携型)

掲示板で見た通りだ。


片方を倒そうとすれば、もう片方が確実に隙を突く。

勇希は、一歩引いた。

踏み込まない。焦らない。

石を拾い、通路の奥へ投げる。

音に反応した片方が、わずかに体勢を崩した瞬間。


――斬る。

短く、確実に。


残った一体は、すぐに距離を取った。だが追わない。深追いは事故の元だ。

「……よし」

胸の鼓動が、少しずつ落ち着いていく。


(オレは、強くなりたいわけじゃない)

頭に浮かぶのは、いつも同じ。

妹の額の傷。鏡越しに見るたび、咲良は気にしていないふりをする。

(でも、オレが気にしてる)

それだけだ。





攻略を終え、夢から覚めた後。

勇希は、スマホを手に取った。通知がいくつも溜まっている。

その中に、見覚えのないアカウントからのメッセージがあった。


『中級ダンジョン、最近ソロで回ってますよね?』

一瞬、指が止まる。

(……誰だ。何故わかった。)


返信はしない。

だが、続けてメッセージが届いた。

『中級ダンジョンの攻略ログを拝見しました。』

『悪意はありません。少し話を聞かせてほしいだけです』


攻略ログ――

夢ダンジョンのアプリに残る、最低限の記録。

誰でも見られるわけじゃない。

だが、分析する人間がいれば、傾向は掴める。



(……目、付けられたか)

胸が、嫌な形でざわつく。

勇希は、深く息を吐いた。


(別に、やましいことはしてない)

それでも。

「選ばれる」という言葉が、脳裏をよぎる。







その夜。

夢ダンジョンに入る直前、

いつもより、ほんの一瞬だけ“間”があった。

説明もない。声も聞こえない。

ただ、空気が違った。


(……なんだ?)

中級ダンジョン。だが、配置が微妙に違う。

同じはずの構造なのに、通路の幅、天井の高さ、光の入り方。 


(……初めてだ)

同じ難易度。

同じカテゴリ。

それでも、明らかに「別物」。


勇希の背中を、冷たい汗が伝った。

(選別、って……こういうことか?)


誰かに告げられたわけじゃない。

だが、直感が告げている。

――試されている。



無理はしない。

それが、これまでの判断だった。

だが。

(……ここで引いたら)

何も変わらない。

咲良の傷も。自分の後悔も。


勇希は、一歩踏み出した。

慎重に。

だが、逃げずに。









その頃。

どこか、遠い場所で。

観測者は、淡々とログを眺めていた。

「……なるほど」

感情はない。

評価だけがある。


「欲望じゃない。承認欲求でも、力への渇望でもない」

画面に映るのは、一人の高校生。

「贖罪か……」

その言葉は、選ばれる理由にはならない。


だが。

「それでも、面白い」

小さな揺らぎが、確かに、そこにあった。

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