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世界樹のダンジョン~神も夢を見るか~  作者: 花衣
贖罪編 高瀬勇希
13/35

第十一話(幕間)観測されるものたち

会議室の照明が、さらに一段階落とされた。

壁面モニターに映し出されているのは、地図でも戦況図でもない。


——空白だ。



「……これが、問題です。」

内閣情報調査室の分析官は、淡々とした声で続けた。


「ファーストダンジョン攻略のあの日以降、“世界樹”――便宜上そう呼称しますが、その存在からの直接的な接触は一切ありません。」


「夢での接触も?」


「はい。ダンジョンに招待される夢は続いていますが、“語りかけ”や“説明”は皆無です。」


誰かが指を鳴らした。

「一方通行か」

「そう受け取れます」


モニターが切り替わる。

そこに映ったのは、無機質な施設だった。

「ファーストダンジョンでの日本のクリア報酬――精霊樹ですが」


「現在、精霊樹は国家重要研究指定区域、隔離区画にて管理されています。位置情報は最高機密。常時、複数系統の監視下にあります。」


「……で、何かわかったのか?」

「物理的には、普通の樹木です」

一瞬、間があった。


「ただし」

分析官は言葉を切り替える。


「生体反応、成長速度、周辺環境への影響、

いずれも既存の植物学では説明がつきません」


「触れた人間への影響は?」


「現時点では、“体調が良くなる気がする” “妙に落ち着く” その程度です。」

誰かが低く笑った。


「気休めだな」

「ですが」

分析官はその笑いを無視した。


「精霊樹に欲望を向けた者ほど、体調不良を訴える傾向があります」

室内の空気が、わずかに張り詰める。


「……欲望?」

「所有したい、利用したい、奪いたい。そうした心理状態です」


「研究対象として距離を保つ者、あるいは“ただの樹だ”と認識している者には、特段の影響はありません」


「選んでいる、というわけか?」

「可能性は否定できません」

分析官は、そこで話題を戻した。


「問題は、接触不能である点です」

モニターには、各国首脳の映像が並ぶ。


「ファーストダンジョンで、“世界樹”は明確に意思を示しました。しかし、それ以降――沈黙しています」


「制御はやはりできないか?」

「そもそも、制御対象ではない可能性が高い」

誰かが、腕を組んだ。


「だが、こちらが何か“条件”を満たせば、再び接触できるかもしれない」

「ええ。現在、その条件を推測しています」

分析官は、いくつかの仮説を提示する。



「第一に、攻略者の質。単なる能力値ではなく、強い動機、譲れない理由を持つ者」


「第二に、夢への関与度。浅い体験ではなく、深層まで到達した者」


「第三に――」

一拍置いてから、続けた。


「信仰、あるいは疑念」

「……疑念?」

「はい。盲信ではなく、“なぜ存在するのか”を問い続ける者」

会議室が静まり返る。


「神に疑問を持つ者が、神に近づける、か」


「現時点で、我々は“観測者”に過ぎません」

「しかし」

視線が、会議室の全員をなぞる。


「観測されている可能性を、相手が認識している以上――いずれ、観測は干渉に変わります」

誰かが、小さく息を吐いた。



世間はまだ、夢だと思っている。






―――――

静まり返った会議室に、時計の針の音だけが残っていた。


「……結論から言えば、“向こう”からのアクセスは完全に途絶えている、と」

誰ともなくそう言葉にした瞬間、空気が一段重くなる。


ファーストダンジョンのクリア報酬として得られた“奇跡”は、秘密裏に確かに世界を変えた。

回復不能とされていた症例が改善し、理論上不可能だったデータが現実に存在する。


だが――それを与えた存在は、再び沈黙した。

世界樹。

名付けることすら躊躇われたその存在は、声明も要求も出さない。ただ、夢という形でダンジョンを開放し、選ばれた人間を送り込むだけだ。



「こちらからの接触手段は?」

「全て試しました。宗教的儀式、学術的解析、疑似魔力反応……結果はゼロです。」

誰かが苛立ちを隠しきれず、机を指で叩いた。


「交渉の余地がない神ほど厄介なものはないな」

その言葉に、誰も否定しなかった。


各国首脳陣は理解している。

世界樹は“敵意”を見せていない。

だが同時に、“味方である保証”も一切ない。

夢ダンジョンの存在が公になれば、民衆は必ず縋る。

救いを、力を、奇跡を求めて。


しかし――誰が選ばれるのか、その基準は不明。

死亡した者は二度と入れない。

重傷を負い、現実に後遺症を残した者もいる。


「……観測されているのは、我々の方かもしれませんね」

分析官の一言が、誰かの喉を鳴らした。


「人類がどう動くか。欲望を優先するか、秩序を保とうとするか。それを――試されている」

沈黙が肯定となる。







その頃、世界のどこかで。


高校生の高瀬勇希は、眠りの底で、理由のわからない胸騒ぎを覚えていた。

夢は見ていない。

だが、確かに“見られている”感覚だけが残る。


(……気のせい、だよな)

そう思いながら、勇希は無意識に、妹の部屋の方角を確認した。

守るべきものがある。

失ってはいけないものがある。


それが、誰かに“観測されている”などとは、まだ知る由もなかった。





――沈黙は、拒絶ではない。


ただ、答える時を選んでいるだけだ。

その事実を理解するには、まだ少し、時間が必要だった。


だが、観測者たちは知っていた。

これはもう、目覚め始めた現実なのだと。

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