第十一話 観測者たち
午前二時。
国内某所、外部には存在しないはずの会議室で、数名の人間がモニターを囲んでいた。
誰も声を荒げない。
ここにいる全員が理解している――不用意な言葉一つが、取り返しのつかない誤解を生むと。
「……確認します」
一人の男が、淡々と口を開いた。
「“例の現象”は、夢の内容そのものではありません。共通しているのは三点だけです」
モニターに、簡潔な箇条書きが映し出される。
――異常に鮮明な夢
――起床後も残る身体感覚
――選択を迫られる構造
「これらは、宗教的体験、集団幻覚、ストレス性障害、どの分類にも完全には当てはまらない」
別の人物が続ける。
「加えて、被験者の一部に“身体的変化”が確認されています。筋力、反射神経、集中力……誤差の範囲と言えなくもないが、偏りがある」
「夢で鍛えられた、と?」
「そう聞くと荒唐無稽だが……否定できる材料がない」
沈黙。
誰もが、口に出さない言葉を共有していた。
――もし、これが“選別”だとしたら?
「……問題は、我が国です」
最初に話していた男が、画面を切り替える。
「夢の発生率、継続率、適応率。どれも他国より、わずかに高い」
「“わずか”というのが、また厄介だな」
「ええ。偶然と言い張れる程度。しかし――」
男は一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「長期的に見ると、無視できない差になります」
誰かが、息を吸った音がした。
「理由は?」
「不明です。文化的要因、生活リズム、教育……考えられる要素は多い。ですが、どれも決定打に欠ける」
そして、低い声で付け加えた。
「まるで、“見られている”かのようだ」
会議室の空気が、わずかに張り詰める。
「――観測者がいる、と?」
「仮説の一つです」
誰も笑わなかった。
この場では、“ありえない”という言葉はすでに信用を失っている。
「民間ではどうなっている?」
「掲示板、SNS、動画配信。表向きは夢談義ですが、核心に近づく投稿は消えています」
「削除?」
「いえ……削除された形跡がない。
“最初から存在しなかった”ように」
沈黙が、重く落ちる。
「……こちらが、試されている可能性は?」
その問いに、誰も即答できなかった。
試されているのか。
導かれているのか。
それとも――遊ばれているのか。
「ひとつ、はっきりしていることがあります」
男は、画面を止めた。
「この現象は、敵意だけでは説明できない」
助けているようにも見える。
だが、無条件ではない。
「善意とも悪意とも断定できない存在。
それが、最も扱いづらい」
会議は、結論を出さないまま終わった。
ただ一つだけ、全員が同意した事項がある。
――この“夢”は、無視していい段階を過ぎている。
一方、その夜。
勇希は、再び夢の底に立っていた。
昨日よりも、空気が澄んでいる。
通路は変わらないのに、妙に“整って”感じられた。
「……人数、増えてる?」
遠くに、誰かの気配がある。
声は聞こえないが、確かに“他人”がいる。
それでも、混乱はなかった。
ここでは、恐怖よりも先に――理解が来る。
進むか、戻るか。
立ち止まるか。
選択肢は変わらない。
ただ、勇希はなぜか気づき始めていた。
――ここに来ているのは、特別な人間じゃない。
後悔を抱えている者。
守りたいものがある者。
譲れない何かを持つ者。
そして。
それらを、自分で選び続けられる者。
「……オレは」
勇希は、一歩踏み出す。
逃げないためでも、英雄になるためでもない。
ただ、
あの日の後悔を、もう一度見てもいいと思えたから。
その瞬間。
遠くで、何かが“応答した”気がした。
声ではない。
言葉でもない。
それでも確かに――
見ている。
そう思わせる、静かな肯定だった。




