第十話 選ばれなかったはずの夜
目を覚ました瞬間、勇希は理解した。
――今回は、完全に戻ってきている。
天井は自室のそれで、耳に入るのは早朝の車の音。
夢の残滓は、いつもなら数秒で薄れるはずなのに、今日は違った。
足裏の感触。
湿った土の匂い。
進もうとした、あの一歩。
すべてが、現実の記憶と同じ重さで残っている。
「……選べってか」
呟いた声は、やけに乾いていた。
あの場所には、声がなかった。
神の宣告も、案内人も、説明もない。
ただ“選ばせる”だけ。
それが何より、怖かった。
朝食の席で、咲良が少しだけ元気そうだった。
笑顔を見た瞬間、胸の奥が軋む。
――オレは、妹を守りたい。
それなのに、昨夜のオレは、確かに前に進んだ。
学校に着くと、異変ははっきりしていた。
スマホを見ている生徒が多すぎる。
誰も口に出さないのに、全員が同じ話題を追っている。
昼休み、勇希は意を決して例の掲示板を開いた。
【夢見スレ Part.4】
87:名無し
昨日は見なかった。これで終わりってことでいいよな?
102:名無し
俺も見てない
正直ホッとしてる
119:名無し
見てない報告多いな
でもさ、見たやつは「より鮮明になってる」って言ってる
134:名無し
>>119
それ削除されてたぞ
146:名無し
削除って何?運営?
151:名無し
違う
「書き込んだ本人のアカウントごと消えてる」
背中に、冷たいものが走った。
掲示板は騒がしくなり始めているのに、同時に静かでもあった。
核心に近づく書き込みほど、綺麗に消えている。
まるで、誰かが――
いや、“何か”が、線を引いているみたいに。
「……偶然、じゃないよな」
勇希はスマホを伏せた。
夢を見る人が減っている。
その一方で、夢を見続ける人は、より深く潜っている。
選別。
昨夜、感じた言葉が、嫌なほどしっくりくる。
放課後、部活を休んで帰宅すると、咲良がリビングでテレビを見ていた。
ニュースでは、海外の研究者が「集団的な鮮明夢」について語っている。
司会者は笑って流そうとしているが、研究者の表情は硬い。
「お兄ちゃん」
不意に、咲良が呼んだ。
「最近さ、変な夢、見てない?」
心臓が跳ねた。
「……どうした?」
「クラスの子がね、夢の中で“変な場所”に行ったって。すごくリアルで、起きても忘れられないって言ってた」
勇希は、答えられなかった。
妹の夢に、あの場所が触れたら。
それだけは、絶対に嫌だった。
「……見るなよ」
「え?」
「変な夢、見ても……深入りするな」
咲良は首を傾げたが、深くは聞いてこなかった。
その夜。
勇希は眠る前に、はっきりと考えた。
――もし、また呼ばれたら。
逃げるのか。
進むのか。
妹を守るために、何もしない選択。
妹を守るために、危険を引き受ける選択。
目を閉じた瞬間。
世界は、再び切り替わる。
だが今回は、通路の先に光がなかった。
代わりに、足元に刻まれた痕跡。
何人もの足跡。
進んだ者、立ち尽くした者、引き返した者。
勇希は、悟る。
――これは、もう“個人の夢”じゃない。
ここは、
人の選択が積み重なる場所だ。
そして。
その選択を、
“誰か”が、確かに見ている。




