第3話:令嬢アリア、娯楽感覚で人が死ぬ
〜極秘報告書 抜粋:セルフデストリクト王国・潜入観察記録(第3日)〜
提出者:第七特務諜報部・観測官クロウ
記録時刻:午前11:00〜午後21:00
◼︎ 上流社交界への潜入
王命により、上級貴族アリア・ヴェルトライン嬢の邸宅を訪問。
目的は「財務状況の確認」だったが、開始5秒でそれどころではなくなった。
邸宅の庭には血の噴水が高々と吹き上がっており、周囲の芝生は真紅に染まっていた。
庭師の説明は以下の通り。
「“赤い噴水の日”でございます。お嬢様の気分転換にて」
気分転換で血液を使う感性の時点で、人間ではない気がしてきた。
◼︎ アリア嬢との謁見
謁見室にて、ついにアリア嬢と対面。
——その瞬間、呼吸を忘れた。
圧倒的な美貌。
絹のような銀髪に、宝石のような瞳。
白磁の肌に、滴るような紅の唇。
まるで神が気まぐれに芸術を創り、それに血と狂気を混ぜたような少女。
だが——その美しさが微笑んだ時、私は本能的に悟った。
「ああ、これは“人間の顔をした災厄”だ」
足元には“人間大のクッション”が転がっていた。
アリア嬢は紅茶を啜りながら言った。
「ねえ、今日のクッション、なかなか沈みが良いのよ。中身? ……さあ?」
私は二度とこの人の家の家具には座らないと心に決めた。
◼︎ 財務報告(恐怖)
目的の財務報告を求めたところ、彼女は愉快そうに笑いながら答えた。
「昨日? 劇場を4つ燃やしたから、舞台費用は浮いたわ。絵画オークションで税金も全部使ったから、今月の国庫は空。でもいいじゃない、美は永遠。民の命なんて、すぐ消えるもの」
書記官(生存者)が震える手で差し出した帳簿には、こう書かれていた:
市場再建費 → “燃やしたから不要”
教育予算 → “子供を焼いたので不要”
医療費 → “病人は治すより処分した方が効率的”
字面の意味が理解できないのに、意味がわかってしまうことが怖い。
◼︎ エンタメ処刑イベント「血の晩餐会」
夜、彼女主催の舞踏会に出席。
豪華絢爛な会場。貴族たちが笑いさざめき、音楽が鳴り響く。
——だが、会場中央にはギロチンが設置されていた。
「演出よ、演出。驚いた? 安心して、首は飛ばすけど“演出用”だから♡」
そして実際に、貴族の首が3つ飛んだ。
その理由は——
「お嬢様がケーキを食べている最中、“咀嚼音を邪魔した”ため」
さらにその最中、トイレに立った一人の貴族がいた。
彼が戻ってきた時、会場の片隅に「人間素材のモダンアート」が展示されていた。
「あれ、さっきの伯爵では……?」
「ええ、“芸術”に変えました。彼、歩き方が不愉快だったの」
会話が成立してしまっていることが恐ろしい。
◼︎ 観測者コメント(第3日 締結)
アリア・ヴェルトライン嬢は、優雅なる終末の化身である。
彼女にとって人の命は、芸術を引き立てる“演出素材”でしかない。
怒りも憎しみもない。あるのは、退屈と美学。
そしてそれが、国家そのものを焼き尽くす炎となっている。
美の名の下に、命が軽くなっていく。
それは殺意よりも、はるかに冷たく、深い。
この国の崩壊は、暴力でも制度崩壊でもない。
——“感性の暴走”による死なのだと、私はこの日、理解した。