第1話:優しすぎる王、破滅の国政
〜極秘報告書 抜粋:セルフデストリクト王国・潜入観察記録(第1日)〜
提出者:第七特務諜報部・観測官クロウ
記録開始時刻:午前09:00
◼︎ 王都入城
入国初日、さっそく問題発生。
国境警備隊は誰一人おらず、代わりに柵に木札がぶら下がっていた。文字は、なぜか丸文字フォントで書かれていた。
「ようこそセルフデストリクト王国へ! 武器は各自で管理してね♡」
……なぜそこをかわいくしたのかは不明。
だが、この時点で国家としての統制が欠落していることは明白だった。
王都周辺には、乞食、野良犬、よくわからない聖人風の女が寝そべり、混沌の街並みが広がる。
王宮の正門前には、ペンギンに似た謎の生物が直立しており、「護衛役」と称されていた。
恐ろしく不安だったが、任務を思い出し、進行を継続。
◼︎ 王との謁見
正午、王宮・玉座の間にて王——エルダン五世と接見。
彼は豪奢な玉座に座しながら、左手におにぎり、右手に子猫を抱いていた。
こちらに微笑みかけながら、唐突にこう言った。
「そなた、異国より来たる者じゃな? よう来たのう。疲れておるじゃろ? ささ、お金をあげるから、宿にでも泊まるが良いぞい!」
その場で金貨10枚を押し付けられた。
資金源を尋ねたところ——
「昨日、国庫に“見つけた”金貨がまだ余っておるんじゃ♡」
……財務担当を探したが、すでに解雇されていたらしい。
理由は、「悲しそうな顔をしていたから、楽にしてあげたかった」とのこと。
任務初日で帰りたくなった。
その後、部屋を出ようとした私を、王が神妙な面持ちで呼び止めた。
まさか、身元がバレたのかと一瞬で冷や汗が走る。
しかし——
「この子、爵位持ちなのじゃぞ」
「わしより偉いのだから、敬意を持つのじゃぞ。皇帝猫なのじゃ♡」
……心の中で絶叫した。
猫に臣下の礼を強要されたのは初めてだ。
◼︎ 王政の実態
午後、王政評議会。
出席者は王と、焼き芋を焼いていた近所の老婆のみ。
開会早々、その老婆が芋を手渡してきた。
「ほら、焼けたよ。いい芋が入ってるの。食べながらやんなさいな」
もう何も言えなかった。
以下、議事録抜粋:
老婆「陛下、税収が落ちております」
王「では、税を廃止しよう!」
老婆「兵士の給料が支払えません」
王「では、民に配る金を減らそう……と思ったが、それもかわいそうじゃのう……どうしようかのう……」
議会は30分で打ち切られ、「今日は決めなくてよい」として解散。
王は満足そうに芋を頬張り、老婆は二本目を焼いていた。
私は、芋の皮を剥きながら、涙をこらえていた。
◼︎ 市街の様子
王の“優しさ”は、すでに国家制度の大半を破壊していた。
制度状態原因
税制度廃止「課税はかわいそう」←現実を見て
警察解体「犯罪者にも再起の機会を」←結果:無法地帯
貴族議会強制休暇「ストレスは毒」←国政よりデトックス
軍備放置「戦争は悪いこと」←善悪で国は守れません
街では、役職のある者ほど解雇され、
無職と動物と“何かよくわからない存在”が政権中枢にいる状態。
つまり、統治構造が完全に消滅している。
◼︎ 観測者コメント(第1日 締結)
エルダン五世は、確かに善良である。
だが、致命的に“国の王であってはならない存在”である。
彼の優しさは、麻薬だ。
彼の施しは、毒だ。
彼の微笑みが、国家を静かに殺している。
まだ誰も手を下していない。
だが、この国はすでに死に始めていた。