【連載版はじめました】真実を知る私は、妹に「あなたに殿下は合わないわ」と言って去った
「アリア、君との婚約を破棄させてもらいたい」
この国の第一王子であるエドウィン・キシュタルトはそう言い放った。
その隣には袖を目元に当てて涙ぐんで「か弱き令嬢」を演じている少女がいる。
「アリアお姉様、どうして……どうして私に酷いことをなさったんですか? 私がお姉様よりも優れた聖女だからって、何も、何も夜会に着ていくドレスを捨てることまでしなくてもいいではありませんか……」
(ああ、始まった……)
アリアは妹であるコリンナの発言を聞いてそう思った。
幼い頃からよく知っている妹のことである。
これが「嘘」であることは、姉のアリアにはお見通しであった。
可哀そうな妹が涙を流している──。
エドウィンにはそんな風に映っているのであろう。
(彼も騙されるのね……なら、もういいかな……)
アリアはドレスの裾を持ってお辞儀した。
「殿下、婚約破棄の件ですが、確かに承りました」
あまりに呆気ない承諾にエドヴィンとコリンナは両者ともに目を合わせて驚いている。
(いいわ、これで……仕方ない。殿下の選択だもの)
アリアは長い髪を揺らして夜会を後にしつつ、妹のコリンナに忠告する。
「あなたに殿下は合わないわ」
アリアはそう言って去っていく。
彼女の後ろからは「最後までなんて意地悪な姉なんだ」というエドウィンの声が聞こえた。
◇◆◇
翌日、夜会から戻ったアリアはそのまま眠ってしまっていた。
朝の眩い光がアリアの体にあたたかく差し込んでいる。
「もう朝ね……」
そう言いながら髪を櫛で整えていく。
アリアに専属侍女はついていない。それには理由があった。
彼女の実家であるイステル伯爵家では数百年に一度、「泉の聖女」と呼ばれる聖女が誕生する。
そして、泉の加護を受けた地域や国では農作物も豊富に取れ、豊かな土地となるのだという。
そうした伝承のもと、「泉の聖女」が二百年ぶりに誕生した。
それがアリアの妹、コリンナなのだ。
(コリンナ優先の生活には慣れたし、支度も自分一人でできるのは楽でいいわ)
実家で冷遇されているにも関わらず、アリアはその性格から「おひとり様」を逆に楽しんでいた。
(さあ、髪も整ったし、今日はどんなドレスにしようかしら……)
そんな風に考えていると、部屋の扉が突然開かれた。
「よっ! 元気にしてるか、婚約破棄された可哀そうなアリアお嬢様!」
黒髪で襟足の長い彼は、部屋に入るなりそう口にした。
「もう、入る時はノックしてって言ってるじゃない」
もう目の前まで近づいてきている彼に、アリアは文句を言う。
しかし、彼が自分の文句ごときではこの悪癖は直してくれないことを知っている。
「で、今日は何の用なの?」
アリアは彼から目を逸らしてドレスを選びながら言う。
すると、黒髪の彼は口を尖らせて告げる。
「たくっ、婚約破棄されたっていうから、幼馴染のレオン様がわざわざ励ましに来てやったのにさ」
「それはありがたいことね」
アリアが姿見を見てドレスに合う帽子を見繕っていると、レオンがその帽子をひょいっと取り上げた。
「あっ!」
「お、俺にも似合うじゃん!」
「似合わないっ!!」
言い合いをしながら帽子を取り合っている二人は、どこか楽しそうである。
「もう、いつも、意地悪するんだから!」
「んなことしてねえって。自意識過剰なんじゃねえの~?」
ひとしきり騒いだ後、レオンの手によってアリアの頭に帽子は返された。
「もう、また髪が乱れちゃったじゃない」
手櫛で整える彼女を見て、レオンは呑気に笑っている。
「それだけ元気ならよかった。そうだ、この前お前に押しつけられた本だけど、いつまで持ってりゃいいの?」
彼はアリアから借りた分厚い本を手に持って、彼女に尋ねる。
「ああ、その本。もういいわよ」
そう言って帽子のお返しとでも言わんばかりに、ひょいっとアリアは彼から取り上げた。
それを机の上に置くと、アリアは彼に告げる。
「あ、そうだ。今日の午後に妹とエドウィン殿下の婚約の儀があるんだけど、一緒に行かない?」
「俺は元々招待受けてるから行くけど、お前はいいの? その……」
さっきまでの威勢はどこへやら。
彼は口ごもって目を逸らして彼女に問いかけた。
そんな彼に向かって、彼女はにやりと笑って言う。
「行くわよ。なんたって、可愛い妹の晴れ舞台ですもの」
「いいのか?」
「ええ、ぜひ行かなくちゃ。ちなみにいいもの見れるから、楽しみにしててね」
アリアはそう言ってレオンに微笑みかけた。
「嫌な予感しかしねえ……」
そう呟いた彼の言葉に、アリアは知らないふりをした──。
◇◆◇
「これより、わが国第一王子であらせられる、エドウィン・キシュタルト様とそのご婚約者となるコリンナ・イステル様の婚約の儀をとりおこないます」
教会の壇上には、今日という日を楽しみにしていたエドウィンとコリンナが並んでいる。
「懐かしいわね。婚約の儀」
レオンの隣でアリアはそう呟く。
「懐かしいって……たく、もう少し悔しいとか悲しいとかねえのか……」
「悔しい? いいえ、もう吹っ切れたから」
そう言葉にしたアリアは、じっと壇上の二人を見つめている。
(さぞ嬉しいでしょうね。この国では王族には手を触れることも許されない。ただの令嬢が殿下に触れるためには、彼の婚約者になるしかない。それが叶うのだから嬉しいでしょうね、コリンナ)
アリアは俯きながら静かに笑った。
その両腕にはレオンがさっきアリアに返した分厚い本がおさまっている。
レオンはこの時、彼女の「策略」が見えてしまった。
「お前……あの本って、まさか」
「ええ、そのまさかよ。見ていなさい、あの人たちが恋に溺れて、そして絶望する瞬間を」
アリアがそう呟いた時、神父がエドウィンとコリンナに言う。
「では、婚約の儀の証として、殿下からコリンナ様に指輪を──」
その瞬間は突然訪れた。
コリンナのか細い指にエドウィンが触れた時、大きな音が教会に響き渡る。
「いたっ!!」
思わず手を引っ込めて自分の手をさするコリンナは、顔をひどく歪めている。
一方、エドウィンは何が起こったかわからず、困惑の表情を浮かべていた。
すると、教会の天窓から雷が大きな音を立ててエドウィンとコリンナの仲を引き裂く様に落ちた。
皆、あまりの衝撃に目を閉じ、耳を塞ぐ。
そんな中、神父は声をあげた。
「まさか、そんな……殿下は……」
神父は今やっと気づいたのだ。
エドウィンの中に眠る「ある存在」に──。
一同が動けず、何が起こったのかわからないままでいたその時、彼は声をあげた。
「これは『雷帝』の怒りだ」
立ち上がって発言したのは、レオンだった。
「殿下は『雷帝』の生まれ変わりであらせられるのだ。そうではないか、神父殿」
レオンの言葉に神父は、黙って頷いた。
神父は重い口を開いて、その場にいた皆に説明する。
「我が国は雷の如き速さと強さを誇ったグルテリス皇帝によって、建国されました。そして、彼のことを諸外国は『雷帝』と呼び、恐れおののきました。そんな皇帝の胸元には傷跡があったというのです。私は先程一瞬、見えてしまったのです。エドウィン殿下、あなた様の胸には傷があるのを……」
「まさか、私が『雷帝』の生まれ変わりだと……?」
エドウィンは神父の言った言葉に驚く。
そして、レオンは神父に続いて発言する。
「『雷帝』はその身に雷を宿すもの。雷を味方につけて、強き皇帝となられる宿命」
「まあ! さすが殿下! では、私はそんな強き皇帝の妃に……」
「なれませんよ」
コリンナの嬉しそうな発言を打ち消すように、レオンが言う。
「レオン?」
アリアはレオンを見上げた。
(いつものレオンと雰囲気が違う。怒っている……?)
アリアが見守る中、レオンはコリンナに冷たく言い放つ。
「あなたは『泉の聖女』であり、水の加護を受ける者。『雷帝』である殿下にこれ以上近づけば、命の保証はないでしょう」
「そんな……」
コリンナが信じられないと言った様子で、目を泳がせている。
「殿下、話が違うではありませんか! あなたの婚約者になれれば、皇妃にしてくださると……」
「コリンナ、その知らなかったんだ。僕は、僕がまさか『雷帝』の生まれ変わりなんて。じゃあ、僕は一生コリンナには触れられないのか……?」
その事実に気づいた時、エドウィンはアリアの存在に気づく。
「アリア、お前はこのことを知っていたのか……?」
「ええ、国王陛下から伺っておりました。『雷帝』は強き力を持つ代わりに、寿命がひどく短い。あなたの『雷帝』の大きすぎる力を抑えるために、私は隣にいたのです。『無の聖女』である私が、あなたの力を消すために」
聖女の力が発現しないということは、器だけあり中身がないということ。
溢れ出る『雷帝』の力をアリアは国王に頼まれて、自分の中に吸収していたのだ。
(殿下、もう戻れないのです。もうあなたのために、自分をすり減らすことは嫌なんです……)
悲し気に目を伏せた彼女の代わりに、レオンが今度は口を開く。
「殿下、あなたとコリンナ殿は結ばれない。それに、あなたはコリンナ殿にそそのかされて国庫金にも手をつけていた。国王はこれを知ってお怒りです」
「なっ! なぜ知って……」
「知っておるぞ。エドウィン」
自分の悪事がバレた彼に声をかけたのは、たった今隣国との会談より帰国した国王であった。
「わしのいぬ間に国庫金に手をつけ、勝手にアリア嬢との婚約を破棄した。自分の身を滅ぼしたのは、誰のせいでもない。お前の身勝手な欲望のせいだ」
「父上! しかし……」
「言い訳はいい! 本日をもってエドウィンから王位継承権を剥奪し、平民として暮らすことを命ずる。そして、王位継承権第一位の座には、新しく第二王子レオン・キシュタルトがつくこととする」
「そんな……」
地位を失ったエドウィン、そして婚約者になれずに皇妃という未来を叶えることができなかったコリンナは、それぞれその場に力なく崩れ落ちた。
(言ったでしょう、「あなたに殿下は合わないわ」と……)
◇◆◇
数日後、アリアのもとにレオンが再び訪れていた。
「気づいていたの? エドウィン殿下が国庫金に手をつけていたこと」
「ああ、国王が気づいて俺に伝えた。エドウィンから王位継承権を剥奪することも、俺を第一位にすることも」
「そうなの……あのね、聞いてくれる?」
「ああ」
アリアは窓の外を見て語り始める。
「不思議なのよ。三年も婚約者として、エドウィン殿下のために尽くしたわ。でも彼との想い出を何も思い出せない。感じないの。薄情なやつね、私って」
弱音を零した彼女の髪にレオンが優しく触れた。
「レオン?」
「薄情なものか。お前がエドウィンに尽くしているのを一番傍で見てたのは俺だ。お前の悪口を言うやつがいたら、俺が叩き潰してやる」
彼の言葉を聞いたアリアは、目を丸くして驚く。
そして、ふふっと笑った。
「あなたなら、本当に『叩き潰し』そうね」
「ああ、お前のためなら、俺はなんでもやるさ」
「え……?」
カーテンがひらりと舞って、二人を包み込んだ。
「幼馴染だからって、油断してっと、その唇奪っちまうぞ」
(奪われてしまってもいいかも──なんて思ったのは、内緒ね……)
婚約者に捨てられた彼女が本当の幸せを掴む日も、近いのかもしれない──。
(2025年6月23日2時30分 追記)
連載版をはじめました。→https://ncode.syosetu.com/n9597kq/
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