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あなたのために、絵を描こうと思う

作者: りんもく

 夜、王都のとある酒場で2人の男が楽しそうに飲んでいた。

 仕事の愚痴や子どものことから、最近の噂話まで、いろいろな話をしていた。

 その話の中には、最近話題になっている絵についての話も含まれる。


「なあ今日見に行ったか、ヴェアの絵」

「えっ、行ってない。新作が出たのか?」

「ああ、今回の絵もすごく上手かったぜ」

 男は自慢げに話した。

「俺も明日見に行こう。あんなに上手い絵を見ないなんて損だ」

「ほんとにな。しっかし、無料で俺たちのような平民にあんな上手い絵を見せるなんて、誰が描いているんだろうな」

「その話何回目だよ。まあ、気になるけどよ、とにかく変わり者だろ」

「だな」


 2人が話している絵とは、ここ2年前くらいから王都のすこし路地に入ったところにある小さなアトリエのことだ。

 そこには珍しい絵が展示されている。珍しいと言っても、描かれているものが、ではない。その描き方だ。猫や犬などの生き物の目、毛並みをまるで本当に生きているかのように描く。そして風景画については、どこにでもあるような街並みを美しく描く。


 ある日突然できたアトリエのドアには、

『ヴェアのアトリエ―気軽に立ち寄って見てください―』

 と書かれている。


 平民の識字率は高くないが、それでも誰かがそのアトリエに足を踏み入れたのだろう。いつからかこんな噂が流れ始めた。


 路地を少し入ったところに小さなアトリエがあり、その絵を見た日は幸せな一日となる


 実際にそんな効果は絵にない。しかし、誰もがすばらしいと讃えるほどの絵は見た者の心を満たし、幸せな気持ちにさせるのだろう。

 その噂が流れ始めてからアトリエへ行く人の数は急増した。珍しい絵は人々を魅了し、新しい絵が出ていなくても何回もアトリエへ通う人も多い。

 そして今街の中でもっぱら話されている話題はそのアトリエのことであり、絵師の正体についての考察である。


「ヴェア」という単語は、男の名前としても女の名前としても使われることはない。そのため、性別、年齢といった基本的なことが何もわからないのである。

 画材は決して安くはないため、一般的に絵師を目指す者は裕福な家に生まれた平民である。さらに、女性の絵師は今まで存在したことがない。それらを踏まえて、絵師ヴェアの正体を誰も見たことがないが、男性であり、裕福な家に生まれた跡継ぎでない長男以外の男性であると考えられている。

 しかし、それらは一つの可能性にすぎず、結局は何もわからないため、人々はいろいろと妄想をしている。例えば、絵を描く以外はダメダメすぎて家では妻の尻に敷かれている爺さんだとか、貴族の子息が親に秘密で絵を描いているだとか。

 ただ、その妄想の中であっても絵師が女性であると言う人はいない。それだけ、女性が絵を描くのはありえないことなのである。


 その常識から離れられない人々は気付かない。

 たとえ絵師本人が堂々と街を歩いていようと。



 王都から少し離れた街にある薬屋「レーベン」

 3年前まではお爺さんが店主をしていたが、彼が死んだ後、一人の若い女性が営んでいる。


「はあ」

 今日も1日接客を終えた店主シエラは、誰もいなくなった店内で思わずため息をついてしまった。

 接客は、精神的に疲れる。なぜなら、私は人と近い距離にいることが苦手だから。


 苦手になった理由は、私が育った環境にある。

 私は、ある子爵家に住み込みで仕える使用人の子どもとして生まれた。

 その子爵家は、裏で悪事を働いており、また、子爵夫妻とその一人娘である令嬢の性格が酷かった。

 生まれたばかりの頃は、ひっそりと使用人に割り当てられたスペースで過ごしていたから何もなかった。

 だが、7歳のとき、子爵家の人たちの生活スペースに入ってしまったことで、日常が変わった。

 令嬢に目を付けられ、ほぼ毎日呼び出され、嫌がらせと暴力を受けるようになったのだ。大抵のことは侍女にやらせていたが、時々令嬢から直接叩かれたりすることもあった。

 痣や傷は毎日増えていき、心もボロボロになっていった。

 優しい両親は私を守ろうとしてくれた。しかし、そのせいで両親は子爵に殺されてしまった。


 そんな私には、秘密がある。

 それは、私が前世日本人だった記憶を持っているということ。

 前世の私は、絵を描くのが好きだった。

 この世界に生まれ変わってから、一度両親に自分が描いた絵を見せたことがある。

 絵を見た両親は、すごく褒めてくれた。「我が子は世界で一番絵が上手い」なんて言っていて、親ばかだと思った。

「それは言い過ぎだよ」って言ったら、「でも本当に上手だ。娘はこんなに絵が上手いんだって、みんなに自慢したいぐらいだよ」って笑いながらお父さんは言っていた。


 両親が亡くなり、子爵家から逃げた今、私は薬師をしながら絵を描いている。正体不明の絵師「ヴェア」として。


 私を拾ってくれた先代店主には、アトリエを出すことに反対された。

「普通の絵だったら他の絵に埋もれるかもしれないが、シエラの絵は絶対に注目を浴びることになる。絵を見た全員が褒め称えるだろう。この世界にはない新しい絵で、シエラしか描けないとなれば、貴族はこぞってシエラを囲みに来る。権力を持つ貴族から逃げることは難しい。もし囲われたとして、貴族嫌いのシエラは耐えられるか?それに、その貴族が良い人だとは限らないんだ」

 そう言われたが、アトリエを出したいという気持ちは変わらなかった。

 貴族が囲いに来る可能性があるとわかっていながら、それでもアトリエを出すことを決めたのだ。

 それに、注目を浴びることが目的だった。


 両親が褒めてくれた絵。みんなに自慢したいと言ってくれた。冗談だったかもしれないが、あの時の両親は本気でそう思ってくれていると感じた。

 だから、亡くなった両親に、自分の絵が賞賛されているところを天から見てほしいと思う。



 アトリエを開いてからも、特に変わったことも起きず、いつも通りの日々が過ぎていく。


 薬の在庫が切れそうになり、シエラは店を一旦閉め、近くの森へ薬草を採りに行くことにした。


 薬草を採るのは、結構好きだ。天気がいい日の森は綺麗だし、基本的に人に会うことはないから、楽でいい。

 魔物はいるが、それに対処する方法はある。



 ある程度薬草を採り終え、もう帰ろうかと思ったとき、後ろから


 ガサッ


 と、音がした。


 驚いて振り向いたら、そこには騎士の服を着た男がいた。


「ごめん、驚かせちゃったかな。でも、君、ここに1人でいるのは危険だよ?」


 男は黒髪に碧眼で、整った顔立ちをしていた。

 きっと、貴族だろう。


 できれば関わりたくない。さっさと帰ろう。


「心配してくださってありがとうございます。この辺りで魔物を見たことはないので大丈夫だと思いますが、気を付けます。それでは」

 シエラはとりあえずお礼を言って、その場を去ろうとした。


「あ、待って。俺も丁度森を出るところだから送るよ」


「え?」


「今まで魔物に遭遇したことがないからってこの先も出会わない保障はない。だから森を出るまで一緒に行く。女の子が1人でいるのは危険だって言っただろ?」


 そう言って自分の前を歩く男に、シエラはついて行くしかなかった。


 森を出るまでの道中、お互いに自己紹介をして、当たり障りのない会話を続けた。

 男はエリオットと名乗った。

 家名は言わなかったが、シエラが歩きやすいようにエスコートをする姿は、貴族だと確信するには十分だった。


 会話の中には、今王都で話題の「ヴェアのアトリエ」の話もあってドキッとした。

 自分だとバレないように気をつけて会話するのは大変だったが、エリオットは実際に見に行ったことがあるらしく、すごく上手な絵だったと褒めてくれたことが嬉しかった。


 シエラは森を出たらすぐに別れるつもりだったが、エリオットは家まで送ると言い、全力で断ろうとしたが、結局根負けした。


「騎士様の宿舎は逆方向では?」

「まあ、そうだね。でも、俺が君の店の薬を買いに行くのだから方向が一緒でもおかしくないよね」

 シエラを送るのではなく、あくまで薬を買うついでだと言われたら、ダメだとは言えない。

 騎士団には薬が常備されていて、わざわざ買う必要はないはずだが、私用にいくつか持っておきたいらしい。

 そして、シエラの店に着くと、エリオットは本当にいくつか傷薬を買って帰って行った。


 疲れた。

 こんなに1人の人と長時間話すのはいつぶりだろうか。

 エリオットは貴族だが、平民であるシエラを下に見ることもなく、とても話しやすかった。

 だからだろうか。疲れたが、エリオットのことは普通に好ましく思った。


 でも、エリオットと会うことはもうないだろう。

 騎士団の宿舎があるところの近くに行くことはないし、今日薬草を採ったことで森に行く予定はしばらくない。それに、次森に行くときは時間を変えよう。

 また1人で森に入ったとバレたら面倒だ。


 だから、エリオットとの縁は今日だけだと、そう思っていた。



 エリオットに初めて会ってから、彼は時々店に来るようになった。

 以前、なんでわざわざ騎士団の宿舎から離れたシエラの店に来るのか尋ねたところ、シエラが作った傷薬の効果が今まで使ってきた薬の中で1番良かったから、という答えが返ってきた。


 シエラの作る薬の効果が他より良いのは当然だろう。

 だって、魔法が掛けられているから。


 シエラには、もう1つ秘密がある。

 それは、ある特殊な魔法が使えること。


 この世界で魔法が使えることは珍しくないが、普通は決められた言葉を言う必要がある。


 だが、シエラは紙に書くことで魔法を使う。

 紙に書いた願いは実現し、描いた絵は具現化させることができる。


 だから、シエラはいつも傷薬を入れる容器のラベルに、「あなたの傷がよくなりますように」と書いている。

 だが、特殊な魔法が使えることがバレると面倒なため、少し治りが早くなる程度にしている。

 だから、まさか気づかれるとは思わなかった。


 幸いなことに、エリオットは薬の効果について秘密があるのではないかと探るようなことはしなかった。

 シエラが傷薬を用意する間は、最近あった面白いこととか、街で噂になっていることについて話したりしている。


 ただ、最近、エリオットの秘密を知ってしまった。

 先日また薬草を採りに行こうとしたとき、エリオットに森へ行くことがバレて一緒に行くことになった。

 そのとき偶然魔物にあってしまい、エリオットが倒してくれたのだが、魔物を倒す最中、彼が、魔法が使えないことを知った。


 この世界には魔法が使えない人ももちろんいる。

 しかし、貴族は魔法が使えるのが普通だ。


 その中で魔法が使えないエリオットは、嫌な思いをきっと沢山してきたのだろう。

 魔法が使えるのが当たり前の他の貴族と会話をするのが苦手だと話すエリオットの表情は、いつもより暗かった。



 カラン、カラン


「いらっしゃいませ、エリオット様」

 エリオットはいつも夕方の、客が少ない時間帯にやってくる。


「こんにちは。今日は傷薬をいつもより多く欲しいんだけど、いいかな?」


 傷薬をいつもより多く。

 エリオットは何ともないように言ったが、その意味は重い。

 最近、街にはこんな噂が回っている。


 西の隣国がこの国と戦争をしようとしている、と。


 この国の軍事力は強い方だ。

 近年起きた戦争では、勝っている。


 しかし、今回西の隣国に勝てる可能性は低いと言われている。


 なぜなら、隣国は魔物を使役する魔法を生み出したから。

 隣国は魔物を使役するようになってから、周りの小国を攻めている。

 そして、次々と勝利を重ね、属国を増やしている。


 今まで弱い小国としか戦争をしてこなかった隣国が、ついにこの国にも戦争を仕掛けるという。

 だから今、騎士団は戦争に向けての準備をしている。


 エリオットの傷薬を多めに欲しいというのも、その準備なのだろう。

「・・・」

 いつもなら薬を包んでいる間に他愛無い会話をするが、今日はエリオットも話す気分ではないのかもしれない。


「お待たせいたしました。こちらが傷薬になります」

「ああ、ありがとう。あと、急なんだけどさ、明日からはちょっと、来れないんだよね。」


 エリオットは理由を言わないが、戦争に行くのだろう。


 他の客がいない店内は、静かすぎて、時間が長く感じた。


「・・・次、いつ来ますか?」


 自分で言っときながら、ひどい質問だと思う。

 戦争で絶対に生き残れるという保証はない。

 さらに、今回は魔物を使役する人たちが相手で勝てないとも噂されているのだから、魔法が使えない彼が生き残る可能性はいかほどか。


「・・・約束は、できないかな。ごめんね」

 エリオットは言いにくそうに困った顔をした。


「いえ、いいんです。答えにくいことを聞いてすみません」

 エリオットなら、明るく適当に帰ってくるよって、言うと思っていた。

 心のどこかで彼は、自分に心配させないよう、嘘をつくかと思っていた。

 それが、まさか、約束はできないと答えてくるとは思っていなかった。


「そんな顔しないで。できれば笑ってほしいな。そしたら俺、頑張れるから」

 きっと今、自分は泣きそうな顔でもしているのだろう。

 本当に、もう、泣きたい気分だ。


 でも、彼が望むなら、


「わかりました。では、約束はしませんが、次のご来店、お待ちしております」


 泣きそうな気持ちを抑えて、今できる精一杯の笑顔で、彼を送ろう。


「うん、ありがとう」



 閉店時間になり誰もいなくなった店内。

 シエラは何もする気が起きず、カウンターのところにある椅子に座り、ただぼーっとしていた。


 頭の中をずっと占めているのは、エリオットのこと。

 最初はあまり関わりたくないと思っていたのに、いつの間にこんなにエリオットのことばかり考えるようになったのか。


 もう、認めるしかないだろう。


 自分は貴族が嫌いで、エリオットは貴族の子息で。

 自分は平民で、身分差の恋だとか、もうどうでもいいくらいに、


 エリオットが好きだ。


 だから、強く願う。


 エリオットに死んでほしくない。


「はあー、もう、自分の感情から逃げるなって、正直になれってことか」


 声に出したら、揺らいでいた気持ちが固まった。


 エリオットが無事に帰って来るように、自分にできることをしよう。


 戦争が始まるまで、もう時間はない。


 シエラは早速、自分の部屋へ向かった。



 戦争が始まり、エリオットが店に来なくなってからも、淡々と日々は過ぎていく。


 気づいたら数か月が経ち、この国が戦争に勝ったという知らせが届いた。

 家族の帰りを待つ、国中の人が喜んだ。


 エリオットは無事に帰ってきただろうか。

 戦争が終わってもすぐには帰って来られないとわかっているが、不安でしょうがない。

 暇な時間はずっとエリオットのことばかり考えてしまう。

 だから、以前は客がいないときはカウンターのところの椅子に座って外の景色を眺めたりしていたのに、今では薬を作ってばかりいる。


 そして、今も丁度客がいない時間帯で、薬を作ろうと店の奥に行こうとしたとき、


 カラン、カラン


 店のドアが開く音がして、振り返る。

「いらっしゃいま、、」


 言いかけた言葉は、最後まで言えなかった。


「こんにちは、シエラ。久しぶり」

 入口に立っていたのは、エリオットだった。


「・・・」

「ははっ、驚きすぎ。おかえりって言ってくれないの?」


「お、おかえりなさい」

「ただいま」


「き、今日も傷薬を買われますか?」

 他にもっと言うべきことがありだろうに、頭が働かず、なぜか普通の接客をしてしまう。

「ああ、そうだね、買おうかな」

 だが、エリオットは、そう言って、懐かしむように店内に並べられている商品を見に行ってしまった。



「あのさ、いろいろ話したいことがあるんだけど、明日、会えないかな?」

 薬の用意ができて、代金を受け取った後、エリオットが唐突に言った。


「丁度、明日は薬草を採りに行こうと思っていて、店は休みにするつもりだったので、大丈夫です」


「じゃあ、森に薬草を採りに行きながら話そう」


「いいんですか?一応まだ薬の在庫は残っているので、薬草を採るのは別の日でも平気ですが」


「だから、1人で森には行かせられないって。それに、俺も誰にも邪魔されないところで話したかったから森なら丁度いい」


「わかりました」


 そして、何時に森に行くか決めて、他には特に話すこともなく、エリオットは店を出て行った。



 翌日

 エリオットはシエラを店まで迎えに来てくれた。

「おはよう」

「おはようございます」


「やっぱり、誰もいない森って落ち着くよね。今日は天気もいいし」

「そうですね」

 森に入り、最初にシエラが薬草を採っている間、エリオットは自然に癒されていた。


 薬草を採り終わり、森の中で開けたところで持ってきた昼食を2人で食べた。


 まだ、エリオットは昨日言ってた話したいことについては、何も話していない。

 急かすつもりはないが、そんなに話しにくいことなのかと思うと不安になる。


「ねえ、少し離れてるけど、あっちの方に川が流れているんだ。行ってみない?」

 エリオットが突然立ち上がったかと思うと、そう言って手を差し伸べてきた。


「いいですね、行きましょう」


 差し伸べられた手をとって、川の方へ行くことにした。


「今回の戦争さ、相手が魔物を使役するから、敗戦濃厚って言われてたんだよね」


 エリオットはゆっくり歩きながら話し始めた。

 おそらく、これが話したかったことだろう。


「その話は、私も耳にしたことがあります」

「そうだよね。結構みんな知ってて、戦争に行くことが決まった人たちは、みんな絶望したような顔してた。正直俺も、死ぬかもって思ってた」

「、、、」

 勝ち目がないと言われている戦争に行くのは、とても辛いことだろう。


「でも、戦争に行く直前に、絵が配られたんだ。それも、王都で話題になっているヴェアの絵。みんな、『なんで?』って顔してた。でも、それがすごいんだ。描かれている動物が上手ってだけじゃなくて、具現化するんだ。しかも、魔物のように魔法を使う」


 戦争に行く人たちに配られた、ヴェアの絵。

 それは、私が描いて騎士団に送ったものだ。


 戦争が始まる前最後にエリオットに会って、彼に死んでほしくないと思った。

 最初は動物の絵を描いて具現化させ、それにエリオットを守らせようかと考えていた。

 でも、戦争中に死ななくても、国が負けて占領されたら貴族であり、騎士であるエリオットが無事でいられるかなんてわからない。


 だから、この国が戦争に勝つことも大事だと考えた私は、王様宛てに手紙を書いた。

 内容は、ヴェアの絵の秘密について。


 ヴェアが描いた絵は具現化する。

 そして、具現化させた動物に魔法を使わすことができる。

 だから、もし、ヴェアの正体を探らず、活動に干渉しないと約束してくれるのならば、具現化する絵をできるだけ多く提供する、と。


 普通に考えたら不敬すぎる。

 だが、魔物を使役する隣国に勝つためにも、魔法を使える動物を具現化させることができる絵は、喉から手が出るほど欲しいだろう。


 そう思って手紙を出したところ、ヴェアに干渉しないと約束するから絵を提供してほしいという返事が来た。


 その後は、絵を提供する際の細かい条件について手紙でやり取りしたり、提供するための絵を夜遅くまで描いていた。


「俺もそうなんだけど、みんな、絵が具現化した動物が魔法を使うのを見て、希望を持ったんだ。だって、具現化する絵があれば、俺たちも魔物を使役しているのと一緒だ。相手の魔物を使役しているというアドバンテージを無くせば、後はもう、こっちの実力を見せつけるだけだ」


「すごい、ですね」

 自分が描いた絵が役に立って良かったと思う。


「ああ、本当に。ヴェアの絵を見たら幸せになるって話があるんだけど、まさか本当に特別な力があるなんて思ってなかったからすごいよ」

 できるだけ多くの絵を提供するために睡眠時間を削ったのは大変だったが、エリオットが無事に帰ってきてくれたから、頑張って良かったと思う。


 エリオットは、他にも会えなかった間の出来事をいろいろ聞かせてくれた。

 そうしているうちに、川にたどり着いていた。


 川の水は綺麗に澄んでいて、周りには花も咲いていて美しい景色が広がっていた。

 ほんの少しの間だが、2人は何も話さず、景色に見入っていた。


「戦争に行って、気づいたことがあるんだ」

 沈黙を破ったのは、エリオットからだった。


「何に、気づいたんですか?」


「シエラ」

 急にエリオットの声のトーンが下がり、真面目な雰囲気になった。


「エリオット様?」


「俺は、シエラのことが好きだ」


「っ、、」


「いつからかわからないけど、気づいたらシエラのことが好きだった。本当は、戦争に行く前から好きって言いたかったけど、生きて帰れるかわからなかったから言えなかった。でも、俺はちゃんと帰ってきたから伝えたいんだ」


 そよ風が吹いて木の葉がこすれる音がするはずなのに、シエラに聞こえるのは、エリオットの声だけだった。


「俺の、恋人になってくれませんか」


 ああ、嬉しさと驚きで心の中がぐちゃぐちゃだ。


 自分はエリオットから嫌われているわけではないし、どちらかと言えば好かれているだろうとは思っていた。しかし、エリオットは貴族で、自分は平民。

 恋人になる想像はしていなかった。


 でも、彼も同じ気持ちを抱いていて、その気持ちを伝えてくれた今、自分も応えたいと思う。


「よろしくお願いします」

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