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5. ここは本当に異世界?


『では、地上へお連れします。どうか、この世界のことを宜しくお願いします。』


そう言って神は手を振ると、姿が薄れて消えていった。そして、周りを包んでいた光が粒子になって散り散りになり、泡のように消えていった。立っていた石段はいつの間にか地面になり、周りには外の景色があった。只々のどかな自然が広がる風景だ。


鈴子様は両腕を大きく伸ばして欠伸をした。


「ふう、ここがよおろっぱか。何もないところじゃのう。」


「鈴子様、ここはヨーロッパではないですよ。全く別の世界のようです。見た感じ、あまり違いを感じませんけど。」


「そうか?まあ、よい。さて、これからどうしたものかの。」


「そうですね。まずは人の住む街に行ってみてはどうでしょうか。俺達はこの世界のことをまだ何も知りませんから。」


「では、そうするか。して、どこに向えばよいのじゃ?」


俺は足元に伸びる街道を見た。地面が踏み慣らされただけの田舎道だが、靴跡や車輪の轍がある。案外、街は近いのかもしれない。


「この道沿いに進めば何れかの街に出るかと思いますが、まずはあの丘の頂上を目指しましょう。遠景が望めるかもしれません。」


俺は鈴子様を先導して道から少し逸れて丘を目指した。気候は程よく空気も爽やかだ。まるでピクニックにでも来てる気分だった。


しかし、丘の頂上までは思いのほか距離があったようだ。素直に道沿いを歩けばよかったかと思ったが、鈴子様は何も言わずに俺の後を付いてきていた。長年、屋敷に引き籠もっていたはずなのに、意外と体力があるのだな。


「ほう、遠くに海が見えるのう。」


意外と高い丘からは遠くの景色まで見えた。街道の一方は丘陵地帯へ向かい、もう一方は海側へ向かっていた。そして海際には壁に囲まれた街が見える。適当に山側へ向かっていたら分からなかっただろうな。しかし、海まではかなり遠く、徒歩では丸一日かけても到着できそうにない。


「あの海際の街に行くには、途中で野営する必要がありますね。」


「まあ、構わんじゃろ。」


俺は巾着から旅用の背負鞄を取り出した。こちらの世界でもちゃんと取り出せるようでほっとした。今となってはこのちっぽけな袋が俺達の生命線と言える。しかし、今更だけど、どういう構造なんだろうな。


方位磁石を出してみると、地球と同じようにちゃんと方位を示してくれた。空には太陽がある。一日が何時間あるか分からないけど、取り敢えずこれで方角を見失うことはないだろう。用心の為にサバイバルナイフを腰に差した。


「では、行きましょうか。」


「うむ。」


心なしか鈴子様の表情がいつもより柔らかい気がする。やはり、外の世界へ出てみたかったのかもしれないな。俺は途中で落ちていた木の棒を拾った。歩きながらナイフで枝や凹凸を削り持ちやすくした。鈴子様が歩き疲れたら杖代わりに渡そうと思ったのだが、その様子はついぞ見られなかった。


空には鳥が飛んでいるし、草原には時折、野生の小動物らしき気配があるが、街道に人の姿は今のところ見えない。街までまだかなり距離があるせいだろうか。途中に人家があれば安心なんだが、何もないところ見ると、この辺りは危険があるのかもしれない。長閑な景色が続いているが、用心しなければ。


そんな俺の気苦労を他所に、鈴子様は例の鼻唄を歌いながらまるで散歩気分のようだ。まあ、疲れたと駄々をこねられるより全然いいのだが。


「この前の魚は美味かった。こっちの世界ではどうかのう。」


ああ、それが楽しみなのか。まあ、海際の街だから海産物はありそうだが、元の世界のように食べられるものなのかは見てみないと何とも言えないなあ。つか、鈴子様は食事は要らなかったのでは···


「今夜は野営になりますので簡単なものしか用意できませんが、鈴子様も食べられますか?」


「そうじゃな。お前が食べるのなら、我の分ももらおうか。」


飲料水は限りがあるので、料理と言っても本当に大した物はできない。こうなると分かっていたら、色々用意できたんだけどな。愚痴を言っても仕方がないが。


夕暮れになり、俺は街道から少し外れた原っぱに野営のためのテントを張った。道中に拾った木切れを焚べて、飯盒で野菜多めの味噌汁を作ってマグカップに入れ、アルミホイルに包んだおにぎりと一緒に鈴子様に渡した。


「ほう、味噌汁か。異世界で食べれるとはのう。うむ、美味い。」


「手持ちの食料は限りがありますので、街に着いたら、こちらの食料事情も確かめないとですね。お金を持っていないし、仕事を探す必要があるかもしれません。」


「こっちの世界でも働くつもりなのか?」


「働かざるものは食うべからず、ですよ。」


「ふうむ、では我も何かしなければならぬか。」


「鈴子様の食べる分は俺が働いて用意しますよ。」


「ふふっ、従者としての心構えができてきたのう。まあ、我は元々食べずともよい故、まずはお前の食い扶持を確保することじゃな。」


「ありがとうございます。それよりも、寝ている間はどうしましょうか。ここがどういうところなのか分かりませんし、夜間に襲われないとも限りませんが。」


「お前は心配性ゆえ気になるか。では、我が結界を張っておくから、枕を高くして眠るがよい。」


「結界···ですか。」


「うむ、元の世界の屋敷よりも範囲は狭くなるが、問題あるまい。」


「えっと、そうですね。それなら安心ですね。」


鈴子様は両の手の平を合わせて何やら唱えた。一瞬、周囲が薄っすらと光った気がした。うん、さすが生き神様だな。そう、思うことにした。まだ二十歳前の俺には分からないことの方が世の中には多いのだろう。


テントは二つあり、大き目のテントを鈴子様に譲り、俺は簡易テントで過ごすことにした。鈴子様は早々にテントに入った。本当に不安な様子はなさそうだ。寝袋の使い方は教えてあるので大丈夫だろう。俺はすぐには眠れそうにないので、もうしばらく外で見張ることにした。


遠くの方から、野犬の遠吠えのような音が聞こえる。元の世界でもキャンプをしていれば時折あったことだが、それで危険に遭ったことはない。こっちではどうなんたろうな。犬とは全く別の生き物なのかもしれない。


正直、襲われたりでもしたら、どう対処していいか分からない。かなり遠くのようなので、ここまで来るとは思えないが。俺は一応、途中で作った杖の先端にナイフを括り付けて槍のようにした。本当に危険な生物に襲われたら、こんなものでどうにかなるとも思えないが。


空を見上げたら満天の星空だ。こういうところは元の世界と違わないな。しかし、よく見たら月が二つある。片方は大きく赤く、もう片方は小さく青い。やはり、ここは異世界なんだと実感した。




夜が更けるにつれ次第に眠くなってきたので、焚き木の火が消える前に俺も寝ることにした。冷え込みはキツくないので、何かあれば直ぐに飛び出せるように寝袋は閉じないでおいたが、何事もなく朝を迎えられたところを見ると、やはり要らない心配だったようだ。


外はまだ薄暗く、鈴子様も就寝中のようだった。俺は枯れ枝でも集めようと周囲を散策することにした。すると、少し離れたところに何かが落ちていることに気付いた。


近づいてみると、動物が倒れていた。それも数匹。シベリアンハスキーに似ているがそれよりも大きい。見たことないので分からないけど、狼だろうか?念の為、杖の先で突いてみたが、ピクリとも動かない。死んでいるようだ。


さて、どうしたものか。見たところ外傷はなさそうなので、何かに襲われたわけではなさそうだ。病気だろうか?死んでまだ間もない感じだし、だとしたら触るのは危険だ。でも、死体が複数あるのは病気にしては不自然だった。


「どうしたのじゃ、そんなところで。」


「あ、鈴子様。」


パジャマ姿の鈴子様がそこにいた。ちゃんと寝る前に着替えてくれたようだ。


「昨日はなかった動物の死体が落ちてまして、どうしたものかと。」


「ふむ、恐らく、我の結界に触れたのであろう。害意があるものに反応するから、我等を襲うつもりだったのだな。お前の心配が当たっておったわけじゃのう。」


じゃあ、鈴子様が結界を張らなかったらヤバかったのか。身体は大きく、牙も爪も鋭い。しかも複数。襲われていたら、成すすべもなかっただろう。しかし、目の前に死体が落ちているのに、何故か現実感がなかった。


「この獣の死体は例の袋に入れておくとよかろう。何かの役に立つかもしれぬ。」


「分かりました。」


動物とは言え、死体を入れるのには抵抗があったが、確かにこの世界では何があるか分からないしな。回収した獣の死体は五体だった。俺は枯れ枝を拾い集めてテントに戻った。やはり、結界などあるようには見えなかった。


お湯を沸かして温かい紅茶を淹れ、ビスケットを朝食代わりに食べた。そして、テントを畳むと再び街に向かって街道を歩き始めた。


「そう言えば、結界はあのまま放置しても良かったのでしょうか?」


「我が居らねば数刻で消えるから問題ないじゃろう。しかし、油断ならぬ土地のようだのう。早々に街に入った方が良さそうじゃな。」


しばらく歩いていると、少し先の方で何やら喧騒が聞こえてきた。様子を伺いつつ近付くと、路上に荷馬車が停まっていた。その周りを、今朝見た狼のような獣が数匹囲っており、手に武器を持った男が近寄らせまいと牽制していた。


「鈴子様、どうしましょうか?」


「ふむ、素通りしたくとも道の上じゃな。加勢できるか?」


「えっと、しかし、鈴子様が···」


「我の心配は無用じゃ。行ってやるとよい。」


と言われても、俺に何ができるやら。取り敢えず注意を向けさせるか。俺は巾着から鍋を一つ取り出して、それを杖でガンガン叩きながら走り寄った。音に驚いて逃げてくれないかと期待したのだが。


ところが、狼達の注意は引いたものの、今度はこちらを獲物と見定めたようで一匹が向かってきた。俺は鍋を投げつけたが、簡単に避けられた。その間に槍を構え、狼に突き出した。狼はそれもヒラリと躱した。しかし、それはフェイントで、返す刀で狼の脚を薙ぎ払った。怪我を負った狼は後ずさった。


すると、さっきまで襲われていた男が背後から狼を武器で殴った。その一撃で狼は地面に倒れた。見るといつの間にか数匹の狼が倒され、他は逃げたようだ。


「いや、助かった。おかげで馬も無事だった。ありがとうよ。」


狼を倒した男が武器を仕舞いつつ話をかけてきた。そして、右手を差し出してきた。どうやら、こちらにも握手の習慣があるようだ。俺は手を握り返した。


「いえ、大して役に立てなかったようで。」


男は若く、ガッシリとした体格をしていた。握った手も分厚かった。見た目は欧米人に似ている、気がする。


「いや、あんたが注意を引いてくれたおかげで一気に仕留めることができたんだ。馬車が故障して立ち往生していたんだが、まさかこんな街道沿いで襲われるとは思わなかった。」


見ると、片側の車輪が破損していた。積荷が多いところを見ると、商人か何かなのだろうか。


「えーと、修理できるのですか?」


「今、仲間の一人が馬で街に向かって部品を調達しに行っている。多分、一両日中に戻って来るだろうから、それまで持ちこたえれば大丈夫だ。ところで報酬だがな、すまないがこの狼一匹で手を打ってくれないか?馬車の修理に入り用でな。」


この獣は狼でいいのか。いや、自動翻訳でそう聞こえるだけなのか?まあ、その方が分かりやすくていいか。


「報酬は要らないですよ。通り掛かっただけですから。」


男はキョトンとした顔になった。


「そ、そうか。それなら助かるが。」


「どうしたのじゃ。話は終わったか?」


いつの間にか鈴子様が近くに来ていた。


「あ、はい。では、俺達は行きますので。」


「おう、本当にありがとうな。」


男は気さくな笑顔で手を振って見送ってくれた。




「先ほどの手際を見ておったが、胤広は腕も立つのじゃな。」


鈴子様に褒められて悪い気はしなかった。


「狼を相手に戦ったのは初めてですが、一応、護身術くらいは使えますよ。阿久津家では皆教えられましたから。」


「ほう、なるほどのう。國重の教えがまだ生きておったか。」


「國重さん、ですか?」


「うむ、前に話した千代の旦那じゃ。入り婿だが武芸者でのう、その技を阿久津家に伝授すると言っておったな。」


「そんな歴とした武芸だったのですね。俺が教えられたのは柔術と杖術でしたが。」


「國重は槍と刀が得意と言っておったが、護身の術に変遷する過程でそうなったのやもしれぬなあ。」


そんな話をしながら歩いていると、草原から一面の小麦畑に景色が変わっていった。そして、畑仕事に従事する農民らしき人達の姿も散見できた。


「ふむ、農家もあるのう。この辺りだと夜間も心配あるまい。」


「そうですね。井戸水を使わせてもらえるか聞いてみましょう。」


俺は道を往く人に話しかけて聞いてみた。村の中央に共同の井戸があるから、自由に使ってよいとのことだった。村はいくつかの農家が寄り合う形でできていた。井戸の周りには女性が数人集って談笑していた。


「こんにちは。井戸を使わせていただけますか?」


「あら、旅の人?ええ、どうぞご自由に。見慣れない格好だけど、何処から来たの?」


「えーと、あちらの山の方からです。」


「あらあら、最近の山は狼が頻繁に出て危ないと聞いてたけど、よく無事に抜けられたわねえ。ここから先は街に続く道があるだけだから安全よ。」


「それは助かります。」


水を補充する間、俺は話し好きな年輩の女性達から色々聞かれたが、何と答えればいいか分からなかった。異世界から来ただなんて、正直に話しても分かってもらえると思えないもんなあ。俺自身もこの状況をまだちゃんと理解できてないし。


「おーい。無駄話ばかりしてないで、こっち来て手伝ってくれ。」


少し離れたところから男性が大声で呼んでいる。女性達は白けた様子で解散した。解放されてよかった。


「どの世界でも、おなごは話し好きじゃのう。余計な詮索をされる前に、ここを抜けるか。」


「そうですね。」


村の周辺には麦畑の他に、家畜を飼育している牧場もあった。柵の中には牛や羊に似た動物がいる。そう言えば、さっきは馬もいたな。人の姿も俺達と大差あるように見えないし、本当にここは異世界なのだろうか。ヨーロッパのどこかの田園地帯と言われても違和感がない。


もしかすると本当にヨーロッパだったり?いや、どんなに田舎でも自動車が全く走っていなくて、代わりに馬車が行き来しているなんてことは今どきないだろう。そして、昨夜に見た二つの月。よく似ているけど、ここは間違いなく異世界のはずなんだ。


頭では分かっているはずなのに未だに目の前の現実を受け入れられないのは、元の世界にまだ未練があるのかもしれない。あるいは、好奇心よりも不安が勝っているのか。鈴子様はどうお考えなのだろう。俺は斜め後ろを歩く鈴子様を振り返って見た。鈴子様はニコリと微笑むと足を早めて、俺と並ぶところまで来た。そして、声を潜めて言った。


「お前も気づいたか。」


え、何を?


「何人かおるな。このまま夜まで歩き続ける。あまり周りを見るでないぞ。」


何が何んだか分からないまま、鈴子様に言われた通りに歩き続けた。道の両横には相変わらず小麦畑が広がっており、同じような景色が続く。やがて日が完全に沈み、夕暮れから夜になった。すると、鈴子様が突然に俺の腕を引っ張った。


「こっちじゃ。」


小麦畑の中に連れ込まれ、頭を低く押さえつけられた。


「そのままの姿勢で付いて参れ。」


鈴子様は身を低くしたまま、畑の中を分け進んだ。俺もその後に続くが、背後から怒声が聞こえてきた。


「ちくしょう、見失った!おい、松明を持ってこい!」



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