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4. 異世界からのお迎え

次の日、俺はとんぼ返りで帰路についた。往復するだけで一週間かかるから、のんびり過ごしている余裕はない。もう、薪がどうとか言っている場合ではない。


自宅に戻って、まずはパスポートを引っ張り出してきた。有効期限はまだ問題ない。次に旅に必要そうなものをかき集めた。もっとも、多くは既に久遠家に持ち込んでいるので、自分の着替えを増やすくらいだった。


両親に言うべきか悩んだが、まだ雲を掴むような話なのでどう説明したものか分からない。遠いヨーロッパと言っても、電話や手紙で伝えることもできるだろう。家出するみたいだけど、黙っておくことにした。


今度は鈴子様に必要になりそうなものを調達しに街へ行った。まずは靴だ。サイズは測ってきたが、合う合わないは実際に履いてみないと分からないだろう。ファッション性はこの際無視して、とにかく歩きやすそうなものを数足買った。


試着したものと同サイズの下着や服も買い足した。前回は母親と一緒だったけど、今回は俺一人なのでどうしようかと思ったが、最近のファストファッションの店にはセルフレジがあるので、自分用の服に混ぜて手早く買い物カゴに入れて、まとめて支払いした。


後は旅行用の大きな鞄を買って荷物を詰め込み、慌ただしく久遠家へ向った。




「何でも持って行っていいと言われてはおるが、これはちと多過ぎんか?」


鈴子様は俺が用意した種々雑多な物を見て言った。


「もう少し行き先についての詳しい情報があれば、持っていく物をもっと絞れるのですが···」


正直、俺も途方に暮れている。着替えだけでも嵩張るのに日用品やキャンプ用品なども持って行くとなると、俺一人の手には余る。余り過ぎる。かと言って、鈴子様に荷物を持たせる訳にはいかない。本人は何も要らないと豪語してるし。


「ふふ、胤広は心配性じゃのう。善兵衛のようじゃの。」


「えーと、また以前の従者の方でしょうか。」


「そうじゃ。元々ここには母屋しかなかったが、善兵衛の奴が心配して、あれこれと増やしたのじゃ。しかも、家族全員で引っ越してきてのう。あの頃はここも賑やかじゃったな。」


「はあ、そんな時期もあったんですね。」


「うむ、しかし、長くは続かんかったのう。ここでの暮らしは人の身には辛いからの。その子の世代、孫の世代になると里に下りる者が増え、それがお前の先祖である阿久津家になった、という訳じゃ。」


うちの家系が代々久遠家の従者を務めてきたというのは、そういうことだったのか。しかし、それを知っている鈴子様の久遠家の実家はどこにあるんだろうな。やはり、里に下りてどこかで細々と家系を繋いでいるのだろうか。鈴子様が海外に行くことになったら、次代の当主は誰がなるんだろう。色々疑問が湧いてくるけど、今は目の前の問題をどうするかだ。


「久遠家の従者の家系であることを誇りに思いますよ。それはそれとして、これをどうしましょうかねえ···」


鈴子様は今は着物ではなく、俺が用意した服を着ている。こうしていると、ごく普通の美人な女性に見える。本人に言わせれば、上に羽織って帯で締めるだけの着物の方が簡単だそうだが、着物ってちゃんと着ようと思ったらもっと大変なはずだ。そして、俺には着付けができないので、外の世界に行くなら諦めてもらう他ない。申し訳ないけど。


「なに、お前が必要と言うならやむを得まい。全部持って行けばよかろう。」


「しかし、鞄に入る量には限りがありますし、俺一人の手には···」


「問題ない。」


鈴子様はどこから取り出したのか紺色の粗末な巾着袋を手に持っていた。紐を解いて口を開けると、目の前にあった雑多な荷物がパッと消えた。俺は自分の目を疑った。


「えっと、どうされたのでしょうか···」


「仕舞ったのじゃ。昔に手に入れたものだが、ちゃんと使えるようじゃな。今の今まで、これがあるのを失念しておった。どれ。」


もう一度、巾着の口を開くと鞄が一つだけ現れた。


「ふむ、自在に取り出せるようじゃの。これはお前に預ける。まだまだ中に余裕がある故、気が済むまで入れるがよい。」


受け取った巾着の中を覗くと、真暗な空間が広がっていた。それでいて、何が入っているのかは脳内にイメージが浮かんでくる。俺は目の前の鞄を巾着に入れるイメージをすると、再びパッと消えて、脳内に鞄が追加された。


いや、めちゃめちゃ便利なんだけど!これがあったら俺も含めて代々の従者の人達、もっと気軽にここに来れたんじゃないかな?




思いがけず、四次元◯ケットならぬ巾着を手に入れた俺は一つ試したいことがあった。この中の時間経過はどうなっているのか。上手く行けば食料だって腐らせずに保存できるんじゃないか?


今あるのはそのままでも保存が効くものばかりだから、収納できるだけでも有り難いが、現地で調達した新鮮な食材もそのまま保存できるなら、生活の質がぐっと上がるというものだ。


俺はお湯を沸かしてお茶を淹れ、湯呑みごと収納してみた。果たして、そのままの温度で溢れずに取り出せるのか?俺の横では鈴子様がお茶を飲みながらお茶請けをつまんでいる。亀◯の柿の種ワサビ味は気に入ってもらえたようだ。


三十分ほど経ったところで取り出した。お茶はまだ熱いままだった。量も減っていない。俺は持ち込んだ食材を全部収納した。量に限りはあるが、海外では重宝するだろう。


どれだけ入るのか限界を試してみたいところだけど、今すべきはそれではない。俺は再び、風呂焚きに挑戦していた。ここを離れるのなら、もう釜風呂に入る機会は他にないだろう。最後の思い出に、そして前回のリベンジに、反省を踏まえながら湯を沸かした。


その甲斐あり、少ない薪で効率よく沸かすことができた。ちゃんとマスクをしたので、煙で鼻の粘膜を傷つけることもなくだ。今回も鈴子様に先に入ってもらった。気持ちよさそうな鼻唄が聞こえてくる。俺はその間にバスローブと肌着の替えを籠に入れて、脱ぎ捨てられた服を回収した。相変わらず、汚れているようには見えない。不思議だが、俺の感覚も段々麻痺してきたのか、大抵のことには動じなくなっていた。



しかし、今、目の前にある光景には流石に驚かざるを得なかった。それは満月の夜のこと、鈴子様の言っていた迎えがついに来たのだ。


牛車と言うべきなのだろか、大きな車輪のついた車なのだが、それを牽引しているのは牛ではなく翼の生えた怪物だった。その怪物の背には、これも人なのかどうかよくわからない人型の何かが乗っていた。


「そなたが迎えの者か。」


「使者のグレゴリオと申します。久遠鈴子様とその従者の方ですね。主の命に従い、お迎えに上がりました。」


人っぽい何かは流暢な日本語で喋った。どこが口なのかもよく分からない見た目なのに。


「ふむ、このまま直接向かうのか?」


「いえ、一度こちらの神の元を訪ね、最終の承認を得た後に門を開放します。どうぞ、ご乗車ください。」


俺は何が何やら分からないまま棒立ちしている間に、鈴子様は牛車にさっさと飛び乗った。


「どうしたのじゃ。胤広も乗るがよい。」


「あ、は、はい!」


グレゴリオと名乗った使者は俺が座席に着いたのを確認すると怪物に指示をだした。すると、怪物は翼を羽ばたかせることもなく、牛車を引いて宙へ翔んだ。そして、満月に向かって浮いていった。




「では、神界の約定の下に、久遠鈴子とその従者、阿久津胤広の転移を承認し、各々の魂に証を刻みます。これにより、その魂はこの世の輪廻を外れ、あちらの世界に帰属することになります。どうか、貴方達の旅に幸運がもたらされますように。」


「神から直接、祝福を受けるとは変な感じじゃのう。お前もそう思わんか?」


神と呼ばれた恰幅のよい女性は神々しい光を纏っていて、いかにも神がかっていた。神様って本当にいるんだな。


「なんなら、アーメンも言いましょうか?」


しかも、ノリが軽い。本当に神なのか疑わしくなってきた。


「信じる者は救われる、ですよ?」


俺の方を向いて、ニコッと微笑みながら言った。もう、どう反応していいのか分からない。


「鈴子さん、長い間この世で窮屈な思いをさせてしまったこと、歴代の神々に代わり心よりお詫び申し上げます。そして、どうかあちらの世界では、鈴子さんの存在が広く受け入れられることを願っております。では、開門の儀を。」


「神の承認お呼び魂の約定の移転を確認しました。これにより、門を開放します。」


グレゴリオがその手にかざしたピラミッド形のオブジェが光り、そこを中心に空間が渦を巻いて裂けた。その先には漆黒が広がっていた。


「ふむ、では行こうか胤広よ。」


鈴子様の差し出した手を俺は握った。広がった闇が俺達を飲み込み、そして空間が閉じられた。


「どうぞ、お達者で」


少し寂しそうな声がかろうじて聞こえた。




グレゴリオに導かれ、俺と鈴子さんは漆黒の闇の中を漂った。上も下も、右も左もない空間の中で、確かにあるものは手に伝わる鈴子様の手の感触だけだった。それを離すまいと必死に手を握り続けた。


どのくらいの彷徨ったのか、どのくらいの時間が経ったのか、感覚だけでは全然分からなかった。永遠とも思えるほど、とにかく長かったのだけは分かる。手が繋がっている感覚がなかったら、とっくに意識を失って暗闇の中に取り残されていたかもしれない。


しかし、入った時と同様に、目の前の空間が裂けたことで、朦朧としていた意識が引き戻された。俺はいつの間にか円形の石段の上に立っていた。周囲は淡い光りで満たされた広い空間が広がっていて、石段は宙に浮いていた。


鈴子様は?俺は握っていた手を見た。手はちゃんと繋がれていた。隣りに立つ女性は鈴子様に違いなかった。よかった、離れ離れにならなくて。


「顔色が真っ青だの。気分はようないか?」


「い、いえ、大丈夫です。鈴子様は?」


「我のことは心配無用じゃ。人の身でよう耐えたな。」


鈴子様が手で俺の頬を優しく撫でた。さっきまでの車酔いのような気分の悪さがすーっと落ち着いた。


「ありがとうございます。気分が落ち着きました。しかし、ここは何処なのでしょうか?」


「さあな。そろそろ、来るであろう。」


下から、別の石段がせり上がってきた。その上にはグレゴリオがいた。


「お待たせしました。今から、こちらの世界の神に拝謁していただきます。どうぞこちらへ。」


グレゴリオが手を伸ばした方向に光りが凝縮し、道ができた。鈴子様は何の疑問も抱かない様子で、先に歩くグレゴリオの後をスタスタと付いていく。俺は未だにこの状況が何なのか分からないまま、遅れまいと慌てて後を追った。


一際大きな石段まで道は続いていた。そこには長い白髪の老人が一人立っていた。全身には白いローブを纏っていて、なるほど神だ、と思わず納得する姿だ。グレゴリオは俺達を案内すると、すうっと消えていった。


『ようこそ、我が世界へ起こしくださった。久遠鈴子殿とその従者、阿久津胤広殿。心より歓迎いたしまする。』


声が脳に直接響いた。


「招きに応じ参上した。この世界の神はお主一柱かの?」


『いや、この世界には複数の人類がおり、それぞれに神を戴いております。私はそれらを統括する立場におります。とは言え、この世界では神が人類に干渉することはなく、主に世界を維持することに注力しておりまする。』


「ふむ、元の世界では唯一の人類を神同士が奪い合っておったが、こちらでは神同士が協調しておるのか。」


『いえ、協調はしておりませぬ。皆がそれぞれの勢力拡大を目指しており、直接の干渉こそせぬものの、環境に働きかけて人類を促しておりまする。故に私が行き過ぎた動きがないかを監視しておるわけです。』


神同士の争いって、意外と姑息なんだな。


『いえ、神同士の直接の争いにならないように、太古においてそう定めたのです。阿久津殿の元いた世界では、神同士のゲームと表現した方が分かり易いでしょうか。』


おっと、考えたことがそのまま発言になるのか。気をつけなければ。


『いえ、疑問に思ったことはどうぞ全てお聞き下さい。私がお二人の前にいられるのは、今この時のみになりますので。』


「ほう、それはどういうことじゃ?」


『私は神々を統括する立場故、特定の人類に肩入れする訳にはいきませぬ。その為、外界に顕現することはありませぬ。人類で私の存在を認知しておる者がいないのは、そういうことです。お二人にも、私の存在は外界に下りた瞬間にお忘れいただくことになりまする。』


「なる程のう。それは構わぬが、しかし、我等をこの世界に招いたのはお主であろう。それはこの世界への直接の干渉にならぬのか?」


『それは問題ありませぬ。何故なら、貴方達をこの世界にお招きすることは神全員の総意によるものだからです。』


どういうことだ?


『先ほど、ゲームに例えましたが、この世界の勢力分布は長らく膠着状態、つまり詰んでおりまする。と言うのも、それぞれの人類の棲み分けができてしまい、互いへの干渉を避ける風潮がすっかり根付いてしまった。その状態を打壊すべく、鈴子様に来ていただいた次第なのです。』


それって、むしろ平和でいい世界なんじゃないのか?わざわざ壊す必要あるの?


『競争のない世界では魂が腐り、やがて魂の輪廻そのものを崩壊させてしまうのです。阿久津殿の世界の言葉を借りれば、無菌状態で育てられた生物は逆に病気に弱く、何かの拍子に一気に病気が蔓延し死滅に至る、と言えばお分かり頂けるでしょうか。』


つまり、俺達はワクチンみたいなものか。いや、むしろバイキンか?


『この世界に変化をもたらす波紋の最初の一滴、と思っていただければよいかと。私達は地上に降り立った後のお二人にも、何も干渉はいたしません。目的を強いるものでもありません。この世界におけるお二人の行動全てが、私達の望むものもなのです。』


「ふむ、では手始めに人類を滅ぼせばよいか?」


鈴子様、恐ろしい子!よく、この状況で冗談を言えるなあ。


『鈴子殿がそれを望まれるのであれば致し方ありますまい。しかし、阿久津殿がそれを望まれるとは思えませぬが?』


「ふむ、そういうことか。まんまとしてやられた訳じゃな。まあ、よいわ。我とて今更、修羅道に興味はない。」


脳内に安堵の溜め息が聞こえた気がした。


「胤広は聞いておきたいことはないか?」


「えーと、では、根本的なことですが···ここって、何処なんですか?ヨーロッパではないですよね?」


『ここは、阿久津殿にとっては異世界ということになりまする。世界の呼び名は人類によって様々です。我々は世界としか呼んでないですが。』


「それって、人類によって言葉が違う、ということですか?」


『違いますな。』


それって、かなり不便なのでは···いや、元の世界でも日本語しか喋られなかったけども。


『お望みでしたら、世界の言葉を授けましょうか。』


「それはどのようなものですか?」


『今、私が使っている言葉です。言語の壁を越えて意思を伝え、相手の意思を汲み取るものです。先ほどの使者も使っておりましたでしょう。』


自動翻訳ツールみたいなものか。それは是非ともお願いしたい!あ、でも、心の中まで覗き見たり見られたりは、ちょっと···


『では、音で伝わる言葉のみに限定しましょうか。』


そういうアレンジもできるんだ。



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