我らがヒメ様の商談
「むかーしむかし人間さんと魔族の仲が悪かった頃」
誰かが子どもに絵本を読み聞かせている。
「今は仲良しなの?」
「う〜ん...多分この頃よりはマシかな?わかんないけど」
夢を見ている。
直感でそう悟ることが出来た。
なにせ読み聞かせを聞いているのは幼少の僕だ。
「そして魔族は人間さんと大喧嘩が始まってしまいました。」
「人間の方が圧倒的に数が多いのになんで戦ったの?」
「まぁ昔の魔族は今より強かったらしいし...ね?」
なんとマセたイヤな子どもだろうか。
「人間さんは最初は強い魔族にやられてしまいましたが、持ち前の知恵と勇気と愛が神様に認めてもらえたので魔族をやっつけることができました」
「神様も露骨に贔屓するのズルいよね」
「こらっ!バルト!そんなこと言ったらダメでしょ」
神様の贔屓がズルいと思うのは今でも変わっていない。
「神様は魔族はお詫びのために、人間さんに尽くし、愛と知恵と勇気を学ぶようにご指示くださいました。」
「嘘だよ!都合よく解釈してんじゃないの?」
「バルト、神様を悪く言うもんじゃないよ」
この嘘つけよという気持ちも変わっていない。
「そうして魔族は人間さんに尽くすために神様に力を預け、人間さんと魔族は一緒に暮らし始めたのでした。めでたしめでたし」
「...だから僕たちは人間にイジメられてるの?」
「イジメられてる訳じゃなくて、お詫びをしてるんだよ?」
「本当にあったのかもわからない事を、なんで僕たちもお詫びしないといけないのさ!!」
この気持ちは少し変わってきている。
事実かどうかは重要じゃない。人間のほうが数が多くて力がある。弱い方は生きるため隷属する他無いのだ。
「ごめんね、本当にごめんね...」
ごめんね母さん。謝らせるつもりはなかったんだ。
でも僕もこんなのおかしい!って叫ばないとやってられなかったんだ。
◆◆◆◆◆◆
「...きて」
身体が揺すられる。
誰が起こしに来たのかは判っているが、昨晩遅くまでの作業は睡魔の勢力を助け、僕の意識を手放そうとしない。
「起きて」
しびれを切らしたのか、僕の身体に馬乗りになり、ペシペシと頬を叩いてくる。
痛くはない。むしろ柔らかな手のひらが気持ちいいくらいだ。
とはいえそろそろ起きるべきだろう。彼女が僕を起こしに来るのも珍しいのだ。なにかあったのだろうか。
「おはようございます。ヒメ様」
「うん、おはよ」
小柄なヒメ様をベッドから降ろしながら朝の挨拶をする。
トレードマークの腰まで伸びた赤髪が日に照らされて美しく輝いている。
この方はヒィルメ・ドラグハート様。我らが赤龍の傭兵団の団長。ヒメ様は愛称だ。発音し辛いからね。
「どうかされましたか?こんな朝早くに珍しい」
「もうお昼前だよ?というかバルトの寝坊の方が珍しいよ?」
キョトンとした顔で言われてしまった。
ここ数日続いた大雨の対応に追われて疲労困憊の僕の身体はいつも通りの時間に目覚めてくれなかったらしい。
「ヒメ様もお疲れのはずなのに態々起こしていただき光栄の至りでございます」
大袈裟に感謝を伝えつつ”態々”と付けたのはもう少し寝ていたかった僕のささやかな皮肉だ。
「ごめん。もう少し寝ていたかったと思うけど...」
そう言いながら窓の外へ視線を移した。
遠方から馬車が向かって来ている。どうやら来客のようだ。
ヒメ様は団員以外と話すのが苦手だ。僕に対応を振ろうと起こしに来たのだろう。
「アレは...シャルニーの馬車ですかね?」
「うん、昨晩も大雨だったのに凄いね」
シャルニーは僕たち傭兵団相手にまともな取引をしてくれる数少ない商人だ。
昨晩の嵐をものともせずのご到着とは見上げた商人根性だ。
「ごめんくださーい!ウィーリヤス商会からシャルニーが参りましたよ!」
シャルニーが大声で口上を述べ始めてしまった。
このままでは疲れている他の団員が目を覚ましかねない。
急ぎ支度をして対応しなくては。
「いつも通り、基本的な対応は僕がしますけど、一応同席してくださいね?」
急いで自分とヒメ様の身だしなみを整えながら伝えた。
日常的な商談とはいえ相手は唯一の取引先の商人だ。一応団長が同席すべきだろう。
「私...本当に居ないとダメ?どうせ何もしないし居なくて良くない?バルトのことは信頼してるし、キミの判断に全部任せるよ?」
「駄目です。そんなことじゃ将来国を持った時に苦労しますよ?」
ヒメ様の夢は魔族の国を作り、皆で幸せに暮らすことだ。
気弱なヒメ様だが、幼少の頃からこの夢は変わらない。
正直今の我々には到底叶えられる物ではないが、ただでさえその日暮らしの毎日なのだ。何かしら夢が無ければ耐えられない。
「私が王様になったら政治は全部バルトに任せるよ。そういうの得意だもんね?」
「駄目です。王が臣下に政治を丸投げして良かった試しがないですから」
「うぅ...」
もう何度も繰り返した会話だ。
国は置いておくとしても、団長として少しでも交渉事や折衝には慣れて貰わないと困ってしまう。
「それに私が権力に溺れてクーデターを起こすかも知れませんよ?」
「でもバルトはそんな事しないよ?」
極めて真剣な瞳で即答されてしまった。
僕はこの目に弱いのだ。
「ま、まぁそんな事は国が出来たら考えましょう」
「そうだね。私のことはゆっくり考えよう」
そんないつも通りの話をしているうちに準備が整った。
「ごめんくださーい!!ウィーリヤス商会からぁ!!シャルニーが参りましたよぉ!!」
皆寝ており誰にも相手にされていないからか、口上も段々と大きくなって怒鳴り声のような声量だ。
急ぎ向かわなくては団員の安眠が妨げられてしまう。
「ではヒメ様は先に応接室へ向かってくださいね。私はシャルニーを連れて向かいますから」
「うん、わかった。いつも通りにお願い」
「わかってますよ。では行ってまいります」
◆◆◆◆◆◆◆
「申し訳ありません!大変おまたせ致しました」
「ああ!バルト様!ご無沙汰しております!」
ご無沙汰と言っても一ヶ月程度ではあるが、期間に関わらずいつも言われるので定型文なのだろう。
「昨晩も大雨でしたし、もう少しゆっくり来られても大丈夫でしたのに」
「いえいえ!自分も駆け出しの身ですからね!人様が休んでいる時こそ動かねば!」
人懐っこくニコリと笑いながらそう言ってのけた。
本当に見上げた商人根性だと感心する。
「そういう皆様は大丈夫でしたか?」
「なにぶん古い建物ですからね。対応がもう大変でしたよ」
僕たちが住み着いているのは数十年前に破棄された砦だ。
砦自体はそれなりに堅牢であるが老朽化はどうにもならない。
雨漏りや浸水なんかの対応に追われ、気がつけばもう日が昇っていたくらいだ。
「左様でございましたか!何かご入用であれば是非お教えいただければ!」
「あはは、そういった話は団長を交えて改めてさせてください」
セールストークを躱しながらヒメ様の待つ応接室へ向かう。
応接室と言っても比較的老朽化が目立たない部屋というだけではあるのだが、やはり体裁は重要だろう。
「団長、ウィーリヤス商会のシャルニー様をお連れしました」
「うむ、入れ」
恭しく頭を下げてから部屋へ入る。
「ドラグハート様。ウィーリヤス商会から参りました。シャルニーでございます」
「うむ、遠路ご苦労であった」
毎度行われる会話であるが、シャルニーはいつも緊張しているように見える。
本来は傭兵団程度の相手であればここまで礼節に気を使う必要は無いと思うが、やはり魔族の傭兵団長と対応するのは怖いものなのだろうか。
「今回も基本的な対応はバルトからさせていただく。よろしいかな?」
「は、はい!もちろんでございます!」
ヒメ様が台本通りに僕に主導権を渡してくる。
事前に発言内容を決めておかないとヒメ様は何も喋れなくなってしまうため、暗記は必須だ。
「ではまずは前回お願いした物から確認させていただきますね」
「はい!こちらが前回ご注文いただきました商品でございます!」
シャルニーは今回運んできた商品の目録を広げながら説明を始めた。
対応者が僕に変わりいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。
「あれ?お願いしておいた武器や防具が入っていないようですが...?」
「は、はい...それが...その...」
シャルニーが言い淀む。
傭兵とはつまり金を貰って国の兵隊の代わりに戦闘をするのが仕事だ。
武具の補充は定期的に必要になる。
先日近隣に住み着いた盗賊団への攻撃依頼を受けた際に損耗が多かったので、今回の補充をあてにしていたのだが...
「申し訳ございません!!ご用意する事ができませんでした!!」
「そ、そうでしたか...」
あまりの謝罪の勢いに思わずたじろいでしまった。
先程まであれほど元気だったのに今は見る影も無い。
「頭を上げてくだされ、シャルニーさん」
「は、はい」
ヒメ様がいつにも増して優しげな声色で声をかけた。
先日書いた渾身の台本【相手が頭を下げた時のやつ】が役に立つ時が来たようだ。
「私は貴女と貴女の腕前を信頼している。そんな貴女が調達出来なかったとあれば事情があるのだろう?お話いただけるかな?」
初めて使う台本だったが中々上手く行っているんじゃないだろうか。
カリスマ団長っぽいセリフが上手く書けたと自負している。
「もったいないお言葉でございます...しかし...」
「どんな事情であれ大丈夫、どうぞお話くだされ」
これ以上引き伸ばされると台本がもたない。
早く観念して話して欲しいところだ。
「わ、わかりました。お、お話いたします」
「うむ」
良かった。どうやら大丈夫そうだ。
「実はご依頼いただいたときに武具の生産を依頼していた鍛冶屋から皆様の武具の引き渡しを断られてしまいまして...」
「ほう?」
シャルニーはまだ若いが信用と腕と愛嬌で今日までやってきた
有望な商人だ。
それが引き渡しを断られるなんてことあるだろうか。
引き渡しを断るということは鍛冶屋の稼ぎも無くなる上に、信用問題にもなりかねない。
ただの魔族嫌いではそんな事は起こり得ない。
何か大きな事件が絡んでいる予感がする。
「皆様とは長くお付き合いさせていただいていますのでお伝えいたしますが...」
「う、うむ」
ヒメ様も只事ではない雰囲気を感じ取ったのか緊張が見える。
「どうやら王国の方から魔族に武具を渡さないようにお達しが出ているの様子なのです」
「...」
ついにヒメ様も演技を忘れて黙り込んでしまった。
魔族への武具差し止め。それも王国主導とは穏やかではない。
こういった事が起こる時は大抵の場合...
「恐らくご想像の通りだと思います」
「王国内での反乱、でしょうか」
「確証はありませんが...」
思わず口を挟んでしまった。
恐らく反乱を仕掛ける側が軍部をある程度掌握出来ているのだろう。
その上で、仕掛けられた側が戦力を用意できないように傭兵団を締め上げているのかも知れない。
「シャルニーさんのお話はわかりました。武具に関しては、事情が事情だけに致し方ないことでしょう。どうかお気になさらないでください」
「ありがとうございます...ですが皆様は大丈夫でしょうか」
「と、申しますと?」
「その、皆様の商売道具である武具が差し止められていて、大丈夫なのかな...と」
その心配はもっともだった。
魔族などと大仰な名前で呼ばれてはいるが、人間より遥かに強かったのは大昔の話だ。
昨今の魔族は一部を除き、人間と比べてそこまで圧倒的に強いという訳では無い。
人並みの武具が無ければ有事の際苦戦することもあるかもしれない。
「まぁ王国もいつまでも差し止めて置くわけにもいきませんから、しばらくすればいつも通りに戻るでしょう」
「だと良いのですが...」
傭兵団を心配してくれているが、無い物ねだりをしても始まらないし、無いなら無いなりになんとかするしか無いのだ。
幸い武具だって全く無い訳では無いし、積極的に戦いにいかなければ問題ないだろう。
「ここはそれなりに王都から離れておりますので、反乱を制した方への尻尾の振り方さえ間違えなければ大事にはなりませんよ」
「そ、そうですよね!」
傭兵の参戦を絶対に防ぎたいのならば、先んじて傭兵団を雇っておけば確実なはずだ。
武具の差し止めなんて不確実な方法を選択している以上、反乱を仕掛ける側はそこまでしなくとも勝つ自信があるのだろう。
「まぁしばらくは戦働きは控えて、大人しくさせていただきますよ。幸い大雨が続いたせいでやることがうんざりするほど有りますからね」
「あはは、そうでしたか!でしたらご入用の物など有りましたら何なりと!」
そこからの商談は和やかに進んだ。
遠く離れた王都での王位簒奪など僕たちには関係ない。
それこそ雨が止むのを待つように大人しくしておけば良いのだ。
少なくともこの時の僕は本気でそう思っていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
初投稿のため、至らない部分も多いと思いますが、感想や評価など頂けましたら嬉しいです。
何卒よろしくお願いしいたします。