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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象1人目、騎士
7/47

7.一人目の「辛い過去」を回避!





まるで神の御業のようだと、グリムは愕然としながら思った。

感じたのは歓喜とともに恐怖だ。

 

当然だろう。

それは明らかに人間が出来うる事象では無かった。

 

確かにこの世界には魔法が存在する。

精霊の力を借り、自然界に影響を及ぼす能力を得るのだ。

能力は精霊が上位であればあるほど強力なものとなり得る。

 

癒しの力のことは聞いたことはあった。

「聞いたことがある」という程度の、珍しいものだ。

 

基本は魔法というものは五大精霊に属するものと契約するのが一般的だった。

火、水、土、風、時とある属性の中で、上位、中位、下位と精霊の力によって位が別れてゆく。

加護を受けた精霊に属するものであれば、その魔法は使用出来る。

加護を受けた精霊が上位であればあるほどその力は増し、より強く様々な魔法が使えるのだ。


上位精霊の上にはそれらを纏める最上位精霊の光と闇。

だが実質光の精霊の方が闇の精霊よりも上の位と言われている。

癒しの魔法は、その光の精霊の加護を受けなければ使えないはずだった。

光の精霊と言えば中位精霊でさえ滅多にお目にかかれるものではなく、下位精霊に加護を受けることが出来れば相当。数千万人に1人とも言われるほど稀な存在だった。

 

何せ光の精霊は気紛れ。

上位精霊たちとは違い、人間の世にあまり出てこようとすらしない。

更には命を生き返らせることが出来るほどに強い癒しの力を持つと言うのは聞いたことも無い。

辛うじて欠損を癒す程強い光の加護を頂いたという人物の話は聞いたことはあるが。


「……貴方は……聖女様なのですか?」


茫然と口から出た言葉に、グリム自身がビクリと身体を震わせる。

 

かつて、この国でも100年に1度の割合で聖女が現れ、国中を癒して回り人々の暮らしを発展させたという話は残っている。

その聖女は、光の精霊の加護を受け、死者を甦らせることは聞いたことがないものの、手足を失い視力を無くした民に、四肢や目を取り戻したという噂は聞いたことがあった。

 

今まさに、目の当たりにしたような。

それが今からだいたい100年ほど前。時期も合致する。

しかしグリムの問いかけにチラリと視線をよこしただけで、レンシィの口からは全く違う言葉が放たれた。


「時間がありませんの。他にも傷付いた者がいる天幕がありますでしょう? 全て癒して回りますわ」

「……なっ!?」


そのままスタスタと歩いてゆくレンシィの後を、今度は止めようとする者はいない。

それを察したレンシィは満足気に頷き、空に向かってクルクルと人差し指を回した。

 

指先から先程と同じように光の玉が生まれ出る。

だが今度は数が多く、また大人の拳ほどの大きさがあった。

それはレンシィの周りにふよふよと群がっている。

明かりの煌々と点いた室内のように足元が見えやすくなったそのキャンプ場内を、レンシィは目的地に向かい歩みを止めない。

 

見かける天幕の中を片っ端から開けて回り、突然の行為に驚く中の者たちに構うことなく次々と光を発現させる。

そうして後に残るのは、新品のようになった天幕と、バーンと開放された入り口の向こうで唖然としている元怪我人。

見渡すその全てが、今まで怪我で苦しんでいたとは思えないほどになっていた。

過酷な路地を乗り越えて、漸くここまで辿り着いた民とはとても思えない。

 

唖然とし、まだ現実に戻って来れない者。

歓喜の声を上げる者。

混乱し周りを忙しなく見回す者と様々だが、暫くすれば彼らはその奇跡を起こしたレンシィの後に、ひとり、ふたりと立ち上がり、歩き出した。

やがてそのキャンプ地を歩くレンシィの後ろには、人々が列を成して着いて歩いてゆく。

 

そうしていつの間にか最後の天幕を訪れる頃には、我先にと誰かが天幕の入口の布を開け、レンシィの手伝いをするようになっていた。

 

全ての天幕は綺麗にされ、その前に茫然と佇む人々は誰1人苦しむことも無く、夢心地のような瞳でレンシィを見詰める。


「…………お嬢様……」


それまでレンシィの後をただ付き従い、奇跡を目の当たりにし続けたグリムが、どこか力のない声で呟くように呼びかけた。

それでもレンシィの耳には届いたようで、背後にいた彼を僅かに振り返った。

美しい、深海のような瞳がグリムを射抜く。

全身に一瞬走ったのは、神を目前にしたような感覚と言えばいいだろうか。

それは筆舌に尽くし難いものだった。

 

続く言葉を躊躇っていたグリムが口を開くより、どこからか子供の啜り泣く声が聞こえてくる。

レンシィはあっさりとグリムから視線を外すと、その泣き声の方へと歩き出した。

だがその向かう先に、それまで黙ってレンシィの後を着いていたグリムが慌てて止めようとした。


「あ! お待ちください! そちらは」


目指した先は、一際奥まった場所に建てられた小さな天幕だった。

今までの天幕と同じく泥や埃で汚れており、とても衛生的などとは言えない。

最低限の夜露をしのげればそれで、と言わんばかりだ。

これまでと同じく、レンシィは迷うことなくその入り口を開いた。

その伸ばされた手の横を、小さな光の球体が幾つかふよふよと通り過ぎ、レンシィに見えやすいように天幕の中を照らし出す。

 

そこには4~5歳程の少女を抱きしめる、レンシィと同い年程の男の子がいた。

おそらく兄妹なのだろう。

兄の方は、涙を流しながらもキョトンとした妹を守るように強く抱き締め、突然の侵入者に対し鋭い眼差しを向けた。


「なんだお前! どっから来た!?」


気は強い方なのだろう。そして妹を守らなくてはという責任感もあるようだ。

その姿に、レンシィは好感を抱いた。

こういう人間の姿は悪くない。

だからこそ、手を差し伸べたくなるのだ。


「アダム!」


少年へと声を掛けようとしたレンシィより早く、後ろに控えていたグリムが慌てたようにその横をすり抜け、入口の幕の隙間から少年らの元へと駆け寄った。


「アダム! 失礼をするな、この方は」

「何だよ父様! 顔も見たくないって言っただろ!」


少年を嗜めようとでもしたのか、差し伸ばされた両手が目の前でピタリと止まった。

父様、と呼ぶのだから、この少年はグリムの息子なのだろう。

だがその呼び名に反して、到底親へと向けるものとは思えないほどの厳しさを湛えた眼光を、アダムと呼ばれた少年はグリムへ投げつけたのだ。

 

鋭い言葉と共に。

 

反射的に怯んだかのようにその場に踏みとどまったグリムの様子を見遣り、レンシィは軽く首を傾げるとアダムへ視線をやる。

しかしレンシィへ意識を向けるよりも強く、アダムは父親への憎悪を顕にしたまま妹を抱き締めていた。


「……お父様ぁ……」


涙を流しながら、アダムの腕の中で少女が泣く。

それは父親を求める声だったが、アダムは許さなかった。

そんな2人に、グリムは伸ばしかけていた手をそろそろと下ろし、俯いた。

1度だけ強く唇が引き結ばれる。


「……すまない……だがな、アダム」

「うるさい! 何も聞きたくない!」

「アダム! 聞いてくれ!」

「母様を殺した奴と話すことなんか何も無い!」


その言葉に、グリムの目が見開かれる。

父親の、痛みを耐えるかのような表情を知りながらも、アダムは尚も睨み続けていた。


「どういうことですの?」


一瞬ピンと張ったかのようなこの場に、全く相応しくないような鈴の音を転がす声を投げ入れた人物に、親子はハッと声の主を見る。

 

そもそもこの天幕に先に入ってきたレンシィだ。

グリムはそれを追いかけてきたに過ぎない。

その場の視線を全て集めることとなったレンシィは、ゆっくり息を吐き出すと、アダムの方へと1歩近づいた。


「貴方のお父様がお母様を殺した、と仰いましたわね? それは本当ですの?」


レンシィの優雅ともいえるその動きに僅かに気圧されたのか、アダムはグッと息を飲むと、吐き出すように「そうだ!」と答えた。


「父様がちゃんと母様を守れば! 母様は死なずに済んだんだ! 母様の傍を離れなければ!」

「………………」

「あの魔獣が襲ってきた時! 何よりも母様を守るべきなんじゃなかったのか!? なぜ家族を見捨てたんだ父様!」

「………………」

「父様がもっと強ければ母様は死ななかった! 父様が守れなかったから! 母様は殺された! 家族すら守れないのに! 村の民なんか守れるものか!」

「あぁ、なるほど」


悲痛な少年の幼い叫びを気にもせず、レンシィはサラリとした声で応えた。

この場に相応しいて思えないほど軽いその声色に、一瞬その場にいたグリムらが理解出来ずにその動きを止める。

だがそれも僅かな間だけだ。


「貴方、お母様を魔獣に殺されて、その八つ当たりをお父様にしているのね。なんて恥ずかしいのです」

「なんだと!?」


次にアダムへと向けられたレンシィの言葉と視線が、意図も容易くその場を荒立たせた。

多分に呆れを含んだ言葉と視線。

幼いながらにも、自分へと向けられたそれらを、アダムは正しく感じ取り激昂した。

レンシィの後ろでは、グリムが軽く息を飲んだのが分かる。

その口が言葉を紡ぐより早く、アダムが叫ぶ。


「何が八つ当たりだ! 父様は母様を守れなかった! それは事実だ!」

「何をおっしゃっていますの? 貴方のお母様を守れなかったのは貴方も同じでしょう? それなのになぜお父様だけを責めているのです?」

「な!?」


絶句したアダムに構わず、レンシィは軽くため息を吐く。

それは明らかに侮蔑を孕んでいた。

カッとアダムの顔に朱が走る。


「貴方のお母様をお父様が守れなかったのなら、貴方が守れば魔獣に殺されることも無かったでしょう? それなのに貴方は何をしていたのです?」

「ぼ…僕はまだ子供だ! そんな力もないのに母様を守るなんて!」

「子供だから何です? 弱いのは仕方ない? 守ってもらうばかりの存在? 貴方の見てきた世界は、そんなことが許される世界でしたの?」


アダムがグッと口を引き結ぶ。

それはつい最近、生まれて間も無い赤ん坊でさえも命を落とした場面を目の当たりにしたからだ。

幼い子供が、魔物に食われてしまったという話も聞いた。

この世は、子供だから許されるということなど無い。

庇護してくれる誰かが存在して、その人物の力が及ぶ範囲に限り許されるだけ。

それだけの厳しい世界なのだ。

それを子供ながらに身をもって知った。


「歳も、性別も、身分も関係ないんですのよ? 弱ければ奪われ、守れなければ失う。それが嫌なら、自分が何よりも強くなるしかないでしょう?」

「…………」

「貴方が弱かったから、お母様を殺されたのです。それを人のせいにして、自分の弱さを肯定していては、いずれ全て失いますわよ。ほら、その腕の中の存在も」


途端にアダムの身体がビクリと跳ね、抱き締めていた妹に回していた腕に力を込める。

妹は、それまで泣いていた瞳をいっぱいに見開き、レンシィを見つめていた。

その視線に、レンシィは苦笑混じりに応えてやった。


「貴方もね、幼い子。そうやってお兄様に守られてばかりでは、いつか失ってしまうかもしれませんわよ。守られてばかりでは、何も守れないのですから」


その言葉に、妹は兄の腕をキツく握りしめた。

言葉の意味を正しく理解したのだろう。

互いに庇い合うように抱き締め合う兄妹の姿に満足するように、レンシィはひとつ頷くと、細く白い自身の手を軽くパン、と合わせた。


「分かったのでしたら、強くお成りなさい。もう二度と失わなくて済むように。もう一度、喪ったりすることのないように」


そっと開かれた両の手のひらから、水が湧き出るように光が溢れ出し、流れ落ちる。

突然の眩さに思わず目を閉じ、手で塞いだ兄妹の元へと光を浴びせるように、レンシィは両手をふわりと広げ、光を舞い上がらせた。

 

辺り一面へと広がったかに見えた光の粒子は、やがてキラキラと眩しさを湛えたまま集まりだし、何かの形を作り出した。

それに気づいたのは、眩しさに耐えながらもレンシィから目をそらそうとしなかった妹が誰よりも早かった。


「………………あ……」


小さな声をあげ、それが形を為していくのをただ見守っていた。

大して長い時間ではない。

光はあっという間にひとつにまとまり、そしてその力を失うかのようにすぅっと消えたのだ。

 

残ったのは、レンシィが天幕の中へと入ってきた時に共に浮遊してきた、灯火替わりの光の玉がいくつかのみ。

 

だがそれで十分だった。

 

代わりにその場に現れたのは、1人の女性だった。

彼女はたった今、眠りから覚めたばかりと言うように微かに瞼を震わせ、そろりと開いたのだ。

座り込み、俯いた顔をゆっくりと上げると、小さな声で「……え?」と零した。


「…………アダム? イブリナ?……どうしたの? そんな顔をして」


呼ばれた名前はアダムと、おそらくその妹である少女の名なのだろう。

キョトンと不思議そうな視線を向ける女性に、だが2人の子供は目をこれでもかと見開き、固まっていた。


「……か……」

「ん? ここはどこかしら? 私寝てたのかしら?……あら、貴方はどちらのお嬢さん?」

「…………母様……?」

「……ルルゥ?」

「まぁ、グリム? どうしたのそんな顔して。何かあったの?」


目覚めてすぐのこの状況が分からずキョロキョロと周りを見渡す女性に、周囲は驚愕し動けないでいた。

しかしそんな空気はすぐに砕けることとなる。


「お母様ぁ!!」


その場で1番幼く、また母を求めて泣き続けていたアダムの妹、イブリナが、ルルゥと呼ばれた女性に駆け寄り、泣きながらすがりついたのだから。





 

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