43.宝石を生み出す魔法ならば知っているが
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《加護無し》
このケルトレイ国で最も忌避される言葉だ。
大抵が加護の儀を受けた際に、精霊が召喚に応じなかった子供のことを言う。
殆どの子供は何かしらの精霊が応えてくれるが、それでもごく稀に、どんなに魔法陣を使って呼びかけても何も起こらないことがあるのだ。
そんな子供は「精霊から選ばれなかった子」「精霊に嫌われている子」と認識される。
それはこの精霊を何よりも崇めるケルトレイ国では致命的で、そして絶望とも言えた。
レンシィはユースベル夫人から教わった単語を頭に思い浮かべながら、目の前の〝同じ家庭教師〟を見下ろしていた。
今、目の前にいる男は、そんな加護無しより酷いだろう。
本来の加護無しは、ただ精霊が呼び掛けに応えなかっただけだ。
嫌われていると判断される要因など、本当はどこにも無い。
精霊は気紛れで気分屋で、だからたまたまその時に応える気分になかっただけなのかもしれないと言える。
しかしダンダルは違う。
これまで加護を与えてきた地の下位精霊は、ハッキリとダンダルを見捨て、与えていた加護を剥奪したのだ。
これは間違いなく精霊からの完全拒否の意思だった。
その事実が、ダンダルを襲う。
「そんな馬鹿な! 馬鹿なことがあるはずがない! 私はエリートなのだ! 他の地の精霊魔法使いとは違うのだ!」
ダンダルはそう叫ぶと、何度も何度も魔法の技名を唱える。
本来技名を口にするのはそのイメージをより頭の中へと抱きやすくするためだ。
特に魔法の練習をし始めるのが幼少期からであるため、子供に分かりやすくなるように考えられている。
それがいつからか人間の間では、魔法を使う時は技名を唱えるもの、と認識されるようになったようだ。
なんと面倒くさく、そして不便な縛りなのか。
もしも争いの最中に技名を叫んだりしたら、相手にどんな魔法を使うのかバレバレではないかと呆れるが、さり気なくユースベル夫人に問うてみれば、攻撃魔法を放つのは訓練の場か魔獣相手だけなので聞かれても問題ないのだという。
この国は長らく近隣諸国と戦争のようなものも起こっていないらしい。
ある意味で平和ボケしているのでは、と思わないでもない。
「それにしても、今のあの精神状態でいくら技名を叫んだりしても集中なんてできないのではないかしら。適当に幾つも叫び続けているように見えますわ」
いくら魔法を使おうとしても反応しないことに焦っているのだろう、ダンダルは明らかに室内で使うべきではないと思われる、地面の形状を変える技名まで叫んでいる。
先程のアースニードルだけならまだ、床から細い土でできた針が飛び出す程度だろうが、アースロックやアースホールなどは名前の意味を考えればとんでもないのではないだろうか。
これでもし発動などすれば、大事な伯爵家に大きな岩が飛び出し、床には深い穴が空く気がする。
「レンシィ様、これは本当なのでしょうか。彼は本当に……?」
クロノスの肩を支えながら、アトラスが困惑したようにレンシィへと問う。
レンシィは半狂乱のダンダルをしばらく眺めていたが、アトラスの言葉にそちらを向くと、2人へ歩み寄った。
そしてアトラスの上着が掛けられたクロノスの背中を、細く小さな手でそっと撫でてやる。
やがてレンシィの手のひらから、柔らかい光が染み出してきてクロノスの背中をじわじわと覆っていった。
「気づくのが遅れてごめんなさいね。痛かったでしょう?辛かったわね」
「…………レンシィ様……」
背中の、隠された傷が癒されていくのを感じる。
痛みが徐々に引いていくのを、クロノスはただぼんやりと感じていた。
やがてコロンとレンシィの手のひらに落ちたのは、以前クロノスの毒を消した時と同じ精霊珠。
だがその色と大きさは少し違っていた。
あの時渡されたものは、2センチ程の美しい翠色の精霊珠だったが、今クロノスへと差し出されたものはそれよりも小さく、1センチも無いかもしれない。
そして色は鮮やかな赤だった。
だが精霊珠であれば、この大きさでも相当な値段がするものだ。
宝珠の大きさで程度の差はあれど、確実に身を護ってくれる石なのだから。
そんな市場に出回ることがほとんど無い、精霊が気紛れに人間へと与える石だと言われているものが、再びレンシィの手の上に現れた。
これは一体どういう事なのか。
精霊珠を作り出す、なんて言う魔法はない。そんなものはある訳が無いと分かっている。
何故なら、精霊珠は精霊が生み出すものなのだから。
それなのになぜレンシィがその精霊珠を作り出せるのかが分からない。
しかも前回はクロノスの毒を消した時。
今回はクロノスの怪我を癒した時。
この様子から、レンシィが癒しの力を使った時に自然と宝珠が生み出されるのではとアトラスは推測する。
まさかクロノスを癒した時だけ、ということもあるまいと少しだけモヤッとしたアトラスは、知らないところでレンシィが避難民の少年であるアダムの母親の命を救い、その少年へも宝珠を手渡していることを知らない。
それだけではなく、あの時は相当数の避難民を救い、幾つも精霊珠をポンポン与えてきてしまっているのだが。
もしもレンシィが人を癒すことが出来、更には精霊珠をも生み出すことができると知れ渡れば、彼女を手に入れようと確実に危険に晒されることとなるだろう。
アトラスが咄嗟に思ったのはその事だった。
「……前に頂いたものと、色が違うんですね」
無言で差し出された精霊珠を受け取り、クロノスがどこか夢現のように眺めながら問う。
どうやら彼もアトラスと同じく、レンシィを追及するつもりは無いようだ。
「そうね、私もよく分からないのだけど、癒したものの種類によって色が変わるのではないかしら。赤は怪我のようですわね」
「……怪我……」
「そして大きさはその程度によるようですわ。大きな怪我であればあるほど、大きな石になって守ってくれる重度さも変わるのではないかしら」
疑問を多少含んでいるのは、レンシィがこれまであまり人間の世界に訪れる事がなく、更には精霊珠を渡すようなことが極端に少なかったために数える程度しか自身の与えた宝珠がその人物を守っているところを見たことしかないからだ。
何より人間になるまでは、あまりこの世界に顕現することも無かったのだからさもありなん。
大事そうにレンシィから渡された宝珠を両手で包み込んだクロノスを、アトラスがどこか羨ましげに眺めみやる。
だが仕方ない、これはクロノスの傷を癒して得た物なのだから。
いつの間にか、周囲も静けさを取り戻している。
振り向けば、ダンダルが茫然と膝立ちになり、虚空を見つめていた。
「……ダンダル卿」
レンシィの声がどこまで聞こえているかは分からないが、目の前に立ち、改めて呼びかける。
ダンダルの瞳がかすかに揺らいだ気がした。
「例えバレたとしても教師として、指導の一環としての体罰だったと言えば言い逃れできると思っておりましたでしょう?」
ビクリとダンダルの肩が揺れる。
それは如実に肯定を返していた。
「正解でしてよ、お見事ですわ」
ダンダルがノロノロと視線を合わせる。
その先には、鋭い目付きで立ち、男共すら従える令嬢が、鋭く睨みつけていた。
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