42.精霊の加護を得るということは
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「…………なぜ反応しない?……っアースニードル!」
もう一度ダンダルが叫ぶ。
名前の感じからして、地面から針でも出てくるのだろうか。
まさか建物の中だから適用外、というわけでもあるまい。
再び詠唱からやり直し、魔法名を叫ぶダンダル。
だがその横で、泣きながらそんな彼を見つめている下位精霊に気づくことは無い。
「…………なぜ……」
拘束されたまま、だがそんなことどうでもいいとばかりに茫然と呟く。
レンシィはゆっくりと足を進めると、床に転がるダンダルの前に立って見下ろした。
「お聞きしたいのですけれど、ダンダル卿。貴方、クロノスに何をしていらしたの?」
レンシィの小さな足に気づき、ノロノロと顔を上げたダンダルの見上げた先に、美しい少女が仄かに微笑んでいる。
ただし、全く温度を感じられない笑みなのは何故だろうか。
しばらく茫洋とした目をしていたダンダルだが、不意に我に返ったのか、鋭くレンシィを睨み上げた。
「まさか! 魔法封じの石でも使ったのか!? 今すぐ解け!」
「魔法封じの石?」
「対象者の魔法を使えないようにさせる石があるそうですレンシィ様。本来は犯罪者の脱走を防止するために装着させたり、奴隷の逃亡防止で肌に埋め込んだりするのだとか」
「そんなものがあるんですの。便利な石があるんですのね」
「ただ、衛兵に保管されている魔法封じの石以外のものは相当な値段がするらしく、そう簡単に市場に出回ることはありません。また買えるほどの客といえば財力のあるものなので、貴族向けに美しく細工が施されているものも多いのだとか。ただ、時に宝石よりも高額になるのだと」
「随分と詳しいんですのね」
「執事たるもの、どんな情報にもすかさず答えられなければなりませんゆえ」
時々執事とは一体何なのか、小一時間ほど問い詰めたくなるレンシィだった。
だがこういった時に情報や知識をいち早く手に入れられるのは望ましい。
レンシィはしゃがみ混み、ダンダルを覗き込む。
スカートの裾が毛足の短い絨毯が敷かれた床の上に広がろうが、長く美しい髪が膝の横に弧を描こうが気にしなかった。
「精霊の力を借りて、魔法を使うのでしょう?」
「……なにを当たり前のことを」
「では、精霊の加護を得るに相応しい存在として、振る舞うことは当然ですわよね?」
「加護を得るに相応しいからこそ! 私は子供の時より土の精霊から加護を得ることが出来たのだ!」
下位精霊でもそれぞれ使える魔法に差はある。
同じ地の精霊に属するものでも、土の下位精霊と花や草の下位精霊とでは随分と生活魔法に差が出る。
その名前の通り、精霊は宿るものに特化している。
花の精霊は花を咲かせる能力。草の精霊は草を生やす能力。
薬草などとして重宝される草や、作物の豊作を促すなど、地の精霊に属するものは特に人の暮らしを豊かにしてくれるものが多い。
だがその中でも、特に攻撃にも使い勝手がいいのが土の精霊の力だ。
土を自由に操り、好きな姿に変えることができる。
その気になればダンダルが叫ぶように、地面から人を突き刺すことが出来るよう、針のように突出させたり、力が強いものなどは仮の命を与えてゴーレムを作り出したりすることもある。
ダンダルもそこに自信を持っていたのだろう。
しかし今、どんなにダンダルが呼びかけても、魔法が反応してくれることは無い。
「……人間の中に、時々ですけれど、ある日突然魔法が一切使えなくなる、という症状に悩まされることがありますわよね?」
「それがなんだ! この紐か!? これが魔法封じなのか!? 一体どこに!」
「何を仰っているのか分かりませんが、単に精霊に呆れられて加護を剥奪されただけでしてよ?」
「…………は……く?」
レンシィの呆れたような言葉に、ダンダルはピタリと動きを止めた。
一瞬、レンシィの言葉の意味が分からなかったからだ。
それは教師として各家で教えた経験のあるダンダルも聞いたことの無い言葉だ。
そして、何より恐ろしい言葉に思えた。
「……剥奪、だと?……得た加護を?」
「ええ勿論、彼らだって思いがありますし心変わりも致しますでしょう? 幼少期に可愛らしい子、賢い子だと気に入ったとしても、成長するに従い好みの子供ではなくなれば、その瞬間に精霊は力を貸すことを辞めたいと思っても、何ら不思議ではありませんのよ」
「何をデタラメなことを! きちんと精霊の勉強もしたことが無いような子供が!」
デタラメと言われても、精霊であるレンシィが人間よりも精霊のことを知らないはずがないというのに何を言っているのだろう? と再び首を傾げる。
何より、加護を与えて貰うということがどういうことか、理解していないのだろうかと疑問に思う。
レンシィやアトラスが最初に精霊のことを習った教科書に、基礎の基礎として記してあったのだ。
《人間の呼び掛けに応えてくれた精霊が、加護を与える》と。
なぜ精霊は呼びかけに応えるのか。
当然、その子供のことが気に入ったからであることは明白だ。
ならば逆も有り得るのだとなぜ気づかない?
精霊に嫌われるようなことをすれば、精霊とて呆れて加護を剥奪し見捨てることだって考えられるというのに。
「たまに町の医者にかかる人間に、ある日突然魔法が使えなくなった、という病がありますでしょう?」
思い当たるものはある。
ただ本当にごく稀に起こる病だ。
それこそ噂に聞く「枯葉病」と同じほど。
症例が少なすぎるため、まだ原因などは解明されていない。
おそらく患者自体は把握されているよりも多いのだと思うが、枯葉病と違ってただ魔法が使えなくなるというこの病、通称「喪失病」は体自体は元気であるため、ただ魔法が使えなくなるというこの国に住むもの全てにおいて、ありえないことであるが故に隠している者もいるだろう。
全体数すら把握できていないのだ。
「……喪失病……」
「そう、なぜ使えなくなるかなんて簡単なことですわ」
ダンダルのそこで悲しそうにその様子を見ていた精霊は、そっと離れ始める。
もう手が届く位置にはいないのだ。
自身を幼少の時に愛し、加護を与えてくれた精霊は。
まさか、とダンダルは思う。
しかし同時に、もしかしてと疑う部分もあるのだ。
だがそうなると、長年のこの国の不可思議が解決されると当時に、恐ろしい事実にぶち当たることとなる。
「…………精霊に、見放される…と?」
しかも一度与えた加護を消してしまうほどに。
精霊に失望された、ということなのだと。
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